ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

20 / 113
Tales 20【その旋風の名は】

「……これでも同年代の中では誰よりも魔法の覚えが早かったんですわよ? まぁ、それでも……気付いた頃には次々に追い抜かれた訳ですけども」

 

 

「……」

 

 

火力主義。

 

度々セリアとの会話の中で見られる魔法というものの評価として、一番に持ち上げられると感じたのは、火力だった。

 

汎用性だったり操作性だったり燃費だったり、本来はもう少し重視するべきところもあるけど、それでも火力の有無がいの一番に評価されるのは、多分対魔物を想定としてるからだろう。

 

まさに今、この状況に於いてセリアが求めた打開策も、『エルフ特有』の高威力の魔法。

現にセリアの魔法の威力では足止めが精一杯、高ランクの魔物と戦うにはやはり、火力の高い砲台の役割を果たせる者が必須になる。

 

 

「『そよかぜのナナルゥ』……本当は、そう、呼ばれるくらい……わたくしの魔法は、どうしてかどれも本来の半分程度の威力しか発揮出来、ませんの」

 

 

 

対人か、対魔物か。

レジェンディアの魔法というモノの見られ方がどこに置かれるのか、それは良く分かった。

 

そして、火力のないエルフがどういう風に見られるのか。

膝をつき、顔を俯かせながら自嘲するあの強気がちだったお嬢様の、この姿を見れば想像するまでもない。

 

 

『黄金風』のメッキを剥がせば、ただの『そよかぜ』でしか、なり得ない、と。

 

 

 

「……主従揃って、落ちこぼれですもの……フフ、笑いたければ──」

 

 

「……ふーん」

 

 

ナナルゥ・グリーンセプテンバーについて分かっている事は、舞い上がり易いお調子者で、家名を誇りに想っていて、その家名をより広める為にお嬢様の身でありながらギルドで冒険者の真似事なんかしてる。

 

でも、その根っこはあんまり強くないんだろうね。

 

協力を持ち掛けた時、ワイバーンの名前だけでも戦々恐々としてたし。

それでも最終的に俺の話に乗ったって事は……それだけナナルゥさん──いや、『お嬢』にとって家名ってのは大事なものなんだろう。

 

事情は分かんないけど、それぐらいは推し量れる。

 

 

「ねぇ、あの時、俺とメリーさんに何て言ったか覚えてる?」

 

 

「……え?」

 

 

「ほら、ワールドホリックを披露した時。確か"お嬢"はさ、主人も従者も、どっちもみすぼらしい格好はするな……みたいな事を言ってたと思うんだけど」

 

 

「…………い、言いましたけども」

 

 

いきなり何を言い出すのか、と問いたげに丸まった紅い瞳を覗き込みながら、お嬢の頭の上に乗っかったままの黒いレース付きのシルクハットを失敬する。

 

身嗜みをより良く見せる為のヘアアクセサリー。

彼女の虚勢を、これ以上彼女自身で剥ぎ取らせない為にも。

淑女が帽子を取る前に、その手を取って立ち上がらせてやらないといけない。

 

 

「今、お嬢の為に老体に鞭打って頑張ってる従者があっちに居る訳なんだけど。ご主人様のあんたが、そんなみすぼらしく打ち(ひし)がられて、ホントに良いのか?」

 

 

「…………で、ですがっ、わたくしの魔法では!」

 

 

「お嬢が今までどんな悔しい思いをしてきたとか、そんな事は俺には分かんないし、知った事じゃない。ま、そもそも俺のワールドホリックがちょっと食い違ったせいでこんなピンチになってる訳だけども」

 

 

本当なら、ワイバーンをただの牛に変えて、その脇を悠々とすり抜けて風無き峠を突破する予定だった。

 

上手く事が進めば些細な苦労で済むからこそ、お嬢も俺の協力に頷いてくれたってのもあるだろう。

だから、あんまり偉そうな事を言える立場じゃないし、これに関しては後でしっかり詫びを入れるとして。

 

 

でも……笑いたければ笑えって所がカチンと来たし、自分含めたアムソンさんを落ちこぼれって自嘲したのはもった腹が立った。

 

そして何より……俺は、この人に"恩"がある。

 

 

────

 

 

 

『……私メリーさん。もう綺麗になったの……』

 

 

『……まぁ、ギリギリ合格点ですわね。本来なら髪も櫛を通して、ドレスも変えておきたいところですが……』

 

 

『私メリーさん。この服はお気に入りだから着替えたくないの』

 

『もう、美意識が足りませんわ! 折角綺麗な顔に生まれたのだから、従者としても淑女としても美を磨く事を怠ってはなりません。それがグリーンセプテンバー家訓の六条目ですの。良いですわね、メリー』

 

 

『私、メリーさん……ちゃんと呼んで』

 

 

『良いですわね、メリーさん』

 

 

────

 

 

気付いてないだろうけど、あの時のメリーさん、結構喜んでたんだと思う。

俺やセリア、アムソンさんまで都市伝説というものとして捉えている中で、唯一、お嬢だけが"ちゃんとした普通の女の子"として扱ってくれたから。

 

 

だからメリーさんは、メアリーと出会った時。

"俺の意見も聞かずに"、彼女に話しかけられるくらいの積極性を振り絞ることが出来たんだろう。

 

 

都市伝説を都市伝説として扱いたい俺としては、余計なお節介にもなり得るところだけども。

メリーさんだって、友達を欲しがるだけの普通の女の子に過ぎない、それに気付かされたんだから、これはもう恩義としか言い様がない。

 

 

「ドレスに土つけてるだけの今のお嬢は、優雅でもなんでもない。それに、従者だけに頑張らせて肝心の主人達は何もしないってのは……格好が悪すぎる、でしょ?」

 

 

「──格好、悪い……」

 

 

貰った恩は、返せるものならしっかりと返す。

我ながら頑固で鬱陶しいこだわりは、そう簡単には譲れない。

 

だから、淑女が帽子を取る前に。

立たせてやる、勿論紳士みたいなマナーなんて知らないから、多少荒っぽく。

 

 

「…………格好悪いのは、嫌ですわね」

 

 

「そそ。ヘタレてる場合じゃないよ。あんまり格好が悪過ぎると、その内従者に愛想尽かされるかもしんないね。お互い、それは避けたいだろ?」

 

 

「……ふん。最近口うるさいのも目立つから、それならそれでいっそ清々しますわ。けれど、それではグリーンセプテンバーの家名を背負う者として面目が立ちませんわ!」

 

 

「……くく、素直じゃないね。お嬢は」

 

 

「やっかましいですわ! というかお嬢って何ですの。勝手に変なアダ名を付けるんじゃありませんわ!」

 

 

「呼び易くて良いじゃん。それとも『そよかぜ』の方がいい?」

 

 

「ぐぬぬぬ……この、生意気な男は……っ」

 

 

余計な一言で、余計なところに火がついた。

より大きく、より強く炎として育てるなら、この風無き峠は場所として宜しくないけど。

 

差し出した手を腹立だしそうに引っ付かみながら、ゆっくり立ち上がる目の前の、エメラルドグリーンのそよかぜが居れば、充分に育つ。

 

 

「……じゃ、やる気も取り戻せた事だし、もう一丁行きますか」

 

 

「……もう一丁?」

 

 

ズシリと不調が(むしば)む身体を奮い立たせながら、ポンポンとお嬢の肩を叩く。

ミノタウロスを打破出来るための手段がないのなら、作れば良い。

 

あの角を折るだけの高威力が、お嬢だけ不足しているだけだというのなら、追い風を呼び込もう。

 

その為の術は、もちろん俺の中にある。

 

 

「ワールドホリック第四弾! 今回の再現には……お嬢の力を貸して貰うよ」

 

 

「……わ、わたくしの力を……?」

 

 

 

さぁ、今度は初の試み、共同作業による再現。

 

魔法と異端のコラボレーション、いってみようか。

 

 

 

────

──

 

【紡ぐ旋風の名は】

 

──

────

 

 

 

「セィ、ヤァ!」

 

 

縦一閃の凶腕を横に滑りつつ、腰を屈めた突きを放ち、弾かれるように切り上げる連撃。

追撃と回避を兼ねたセリアの得意技ではあるものの、やはりそんな小技でどうにか出来るものではない。

 

 

「私メリーさん、やっぱり角狙いはダメみたい」

 

 

「魔物とはいえ、打たれてはまずい所は心得ているという事ですな。潜り抜けようにも、こやつの動きは図体に見合わずなかなかに素早い」

 

 

動物的な本能とも言うべきか、ミノタウロスは登頂部の角をカバーするように立ち回っている。

挙げ句、硬質な角を折りかねないメリーの一撃には特に気を払っているようで、その禍々しい紅瞳は油断なくメリーを捉え続けている。

 

加えて、ミノタウロスの攻撃目標に定まることが多いのも人形少女ばかりで、淡々とした口振りとは裏腹にメリーの表情は疲れを訴えていた。

 

 

「……」

 

 

やはり、高火力の魔法による一撃が求められる場面。

 

だが、先程の別れ際に見た、ナナルゥの様子のおかしさから、セリアの胸中に不安な思いを捨てきれずにいた。

 

コボルトとの戦闘後に見せた彼女の焦った様子もそうだが、何より腑に落ちない疑問がある。

 

 

それは、二人組のエルフが居るという情報を掴んでおきながら、隊長ラグルフは何故彼女達を、魔王軍の防衛手段として勧誘しなかったのか、という疑問。

 

エルフの魔法が魔物に対しての有効な手段であることは明白なのは、誰もが分かる事。

だというのの、そもそも彼女達がフリーな状態でクエストを受けているのは、明らかにおかしい。

 

 

「……アムソン。もしかして、ナナルゥは……」

 

 

なら、考えられる事は──

 

ナナルゥとアムソンの二人は、防衛戦に参加するには『不足』だと判断されたからではないのか。

 

そんな残酷な考えに思い至ったセリアは、どこか不安を晴らすかのように口を開く。

だが、そのセリアの反応につい気取られてしまったアムソン、そしてメリーの僅かな"緩み"を、ミノタウロスは見逃さなかった。

 

 

「グルォン!!」

 

 

「ぁ──」

 

 

「いかん!」

 

 

岩盤すら紙切れみたいに貫く恐ろしい腕が、メリーをまるで本来あるべき惨めな姿に戻してやろうとするかの様に迫る。

 

一瞬の油断、それは決定的な隙へと繋がってしまう。

甲冑を身に付けたセリアの腕が、反射的に伸びるけれど、間に合わない。

 

 

「メリ──」

 

 

「【プレスクリプション(お大事にね)

 

 

「!?」

 

 

だが、無慈悲な腕から彼女を消失させてまで守ったのは、ナガレによる帰還の命。

光へと存在を霧散させた事により、辛うじて彼女の安全は保たれた。

 

 

「ナガレ!」

 

 

「ごめん、二人とも。あと十秒だけ、時間稼いで。そしたら──」

 

 

流々と紡がれる詫びの言葉と、あと少しの辛抱を願う青年の声。

それにつられるように、セリアとアムソンが横目で後方を見れば、そこには。

 

 

「お嬢様……」

 

 

柳のように静かに、けれどもどこか余裕を秘めた眼差しで此方を眺める長い黒髪の青年と。

不安を押し殺しながらも、つとめて優雅に、そして毅然と立つエメラルドグリーンの淑女の姿。

 

 

「──わたくし達が、決めますわ!!」

 

 

細い血の痕を残した唇が、凛と吠えた。

 

風の無い死地にて、風を吹き起こす為に。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「分かってんね、お嬢。大事なのは威力じゃなくて、発生させる場所と、ちゃんと"旋風"であるってこと」

 

 

「分かってますわ。ナガレこそ、また失敗するんじゃありませんわよ!」

 

 

「俺の【食べてすぐ寝たら】は一応成功っちゃ成功なんだけど……まぁいいか。じゃ、いくよ」

 

 

出来の悪い主人コンビのせいで割を食わされた前線メンバーに報いる為にも、この再現はばっちり決めなくちゃいけない。

 

そんな意気込みからだろうか、元の優雅さを取り戻したかのようにヒラリと手を翳すお嬢の手に、重なる様に腕を構える。

格好悪かった分、ここは格好付けて行こうじゃないの。

 

 

 

 

「【奇譚書を此処に(アーカイブ)

 

 

逆転の鍵を、手元に。

 

いつもと違う手応えが、形となっていく。

アーカイブのプラチナの奔流光に、お嬢の魔力らしき緑閃光が重なって渦巻く。

 

その現象に驚きはするものの、疑問は挟んでられない。

派手で鮮やか、お嬢らしくていいじゃないの。

 

 

「『自由気儘に縛られる事を呪うから、淑女はいつも空回る』」

 

 

「【それはいつ如何なる時代においても散見される、ある不思議な風にまつわる話】」

 

 

互いに挑発的に細めた横目で視線を交わしながら、紡ぎ始めたのもほとんど同時。

 

へっぽこエルフなお嬢と、都市伝説マニアのろくでもない一時的なダンス。

けれど、不思議と高揚するものがあるからか、つい頬が緩んだ。

 

 

「『退屈しのぎに彼方此方へ、鈍い色した自由を求めて』」

 

 

「【悪神か、妖怪か、それともただの自然現象なのか。あらゆる推論や考察がなされる今日、決定的な結論は未だに出ていない】」

 

 

俺達の挙動に合わせて、セリアとアムソンさんもきっちりミノタウロスの気を引いてくれている。

何だかんだで、この状況を打破する一手として期待されてるって事なんだろうか。

 

ありがたいったらない。

応えなきゃ男が廃る。

 

 

「『ドレスについた紅いものを素知らぬ振りで、空絵に描く幸福ばかりに憧れる』」

 

 

「【野鎌、鎌風、飯綱、そして悪禅師の風。多様な名で呼ばれるその現象は、主に雪深い地方によって語られる】」

 

 

落ちこぼれ、なるほど確かに。

じゃあ一緒に這い上がって貰おうじゃないの。

 

淑女を舞踏会に誘えるような紳士っぷりなんて柄じゃないし、出来もしないけど。

強引に周りを巻き込むのが、いかにも俺らしいやり方だから。

 

 

「『自由とは身勝手なもの。彼女はまさに体現者』」

 

 

「【気付かぬ内に、まるで鎌で切りつけられた傷が出来ること。その摩訶不思議を、人々は、こう呼んで恐れたという】」

 

 

先手は、お嬢から。

 

翳したオペラグローブの指先から、緑閃光をまとった魔法軸が現れ、発動する。

 

 

 

「【リトルサイクロン(自覚なき台風の目)】!!」

 

 

魔法名を叫んだお嬢の声を聞くや否や、セリアとアムソンさんは大きくバックステップし、ミノタウロスと距離を取る辺り、流石だ。

 

標的と定めた魔牛の頭部から発生した、小規模な逆巻く烈風の勢いは強く、発生源に比較的近いセリアの結んでいた髪がほどけそうなほど。

 

小さいながら局地的なハリケーンを起こす、中級の風魔法らしいが、やはりこれだけでは強靭な角を折るには足りない。

 

 

だから、これがとどめの一手。

 

再現性は文句なし、親和性も多分大丈夫。

 

そして、浸透性だけど……これも下手したらワールドクラスなんだよね、実は。

 

 

だって、誰だって聞いた事あるだろう、この名前をさ。

 

 

 

【その名は──カマイタチ】

 

 

 

 

 

「【World Holic】」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

まるで生物としての軸、重心を失ってしまったかのようにグラリと傾いていく視界に、恐らく一番驚愕したのはミノタウロス自身だっただろう。

 

 

鋼にすら勝る屈強さや反応速度は、高位の魔物として揺らぎないもののはず。

だが、これはどうしたことか。

 

 

先程からしぶとくも周りを飛び回る矮小な生き物達を叩き潰す、力ある者。

それが、まさか──こんなイタチ風情に、と。

 

 

「ゴォ、ォ……」

 

 

灰に還っていく最中、途切れていく視界の中で。

 

まるで夜空にある月のような白銀の毛を輝かせる、三つに別たれた尻尾を(ひるがえ)したその銀イタチだけを見つめて。

 

角を断たれた、命の根元を断ったその小さな怪異の鳴き声が、ただ甘く風に流れた。

 

 

「キュイ」

 

 

 

風無き峠にて、旋風となるもの。

 

そんな矛盾した事象が、やけに相応しい。

 

決着は、ただ静かに。

 

 

_______

 

 

【魔法紹介】

 

 

『リトルサイクロン《自覚なき台風の目》』

 

「自由気儘に縛られる事を呪うから、淑女はいつも空回る」

「退屈しのぎに彼方此方へ、鈍い色した自由を求めて」「ドレスについた紅いものを素知らぬ振りで、空絵に描く幸福ばかりに憧れる」

「自由とは身勝手なもの。彼女はまさに体現者」

 

 

中級風精霊魔法

 

指定した座標に局地的な竜巻を発生させ、対象に高威力のダメージを与える魔法。

その威力は対象の体重によってはバラバラに引き裂くほどに強力で残忍であるが、範囲はあまり広く設定出来ない。

 

我が儘な少女の如く、周り全てを巻き込むのでフレンドリーファイヤには気を付けてなくてはならない。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。