ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~ 作:歌うたい
これが何かと聞かれれば、まず妖怪と答える人が大概だと思うけども、これは元々カマイタチ現象と呼ばれるモノである事を知ってる人も現代では少なくないと思う。
日本各地に様々な呼ばれ方と共に、時には悪神とさえ扱われることもあるが、その伝承を紐解けばほとんどが同じケースから基づいてる。
自覚のない内に、皮膚に鋭利な刃物で切り裂かれたかのような傷が出来るこの現象を、古来の人々は妖怪の仕業として考えた。
けど科学の進歩と共に、『空気中で起きた真空が刃物のように傷を付けるから』とされ、その後さらに『寒帯と乾燥によって出来たあかぎれ』という説が出た。
特にこれは後者の説が有力視されてるけど、"面白い"のはこの説に反論するかのように暖かい地方での鎌鼬現象の報告があったり、現象が起きた時にイタチを見た、なんて意見まで出て来たところだ。
まるで、神秘的なものをわざわざ科学的手段で解明することを"無粋"とするかのように。
人間の技術の粋によって解き明かされたものを、否定するのもまた人間。
現代でも今なお各地で体験報告がネット上でも相次ぐカマイタチ現象。
古くは妖怪として伝えられ、今度はその神秘さの保持の為に生み出される手垢まみれの伝説。
その側面も踏まえて、一風変わった都市伝説として再現させてもらった訳なんだけど。
「(カマイタチ現象、じゃなく鎌鼬としての再現、か。てっきり【食べてすぐ寝ると】みたいな現象再現になると思ってたけど。浸透性……カマイタチ現象に対する大衆のイメージが影響してんのかな?)」
予想とは少々違った結果に、まだまだワールドホリックっていうものに対する理解と分析が足りてないなと唸りつつも、とりあえず危機を越えれた事に対する安堵も沸いてきた。
それにしても、あのめちゃくちゃ固そうなミノタウロスの角を一撃でぶった切っちゃうほどとは、流石に予想以上だ。
多分、あの三尾の内のどれかを鎌に変えてたんだろうけど、今はもう三つとも普通の尻尾に戻ってる。
「んじゃ、アーカイブでステータスチェックでも……」
「キュ、キュイ!」
「ん?」
そして、俺達のピンチを救ってくれた三尾の銀イタチは、丸っこいソプラノを響かせながら一目散に俺の元へと駆け抜けて。
「キューイッ」
「ぷあっ」
めっちゃ嬉しそうに、俺の顔にビターンと張り付いた。
モフモフと量があるのに滑らかな手触りな毛皮が、俺の鼻と口を塞ぐから思わずむせる。
慌ててその首根っこを猫みたいに摘まんで剥がすと、すごく機嫌の良さそうな真っ赤な瞳がパチパチと俺を見つめて。
メリーさんといい、このカマイタチも親和性がかなり良いみたいだから、すっごい友好的なんだろうか。
そんな考えがよぎった時、ついでに甘い薫のするエメラルドグリーンが視界一杯に広がって。
「やっ、やりましたわぁぁぁぁぁ!!!」
「どぅあっ!?」
機嫌が良いどころじゃない、満面満開に花弁を咲かせたお嬢に押し倒されたと気付いたのは、硬い地面の痛みに悶えた後だった。
────
──
【鎌鼬のナイン】
──
────
「お嬢様、ナガレ様、お見事にございましたな。よもやあのミノタウロスを倒す事が出来るとは……」
「オーッホッホッホ!! この黄金風のナナルゥの眠り続けていた真価がついに! つーいーにッ、発揮されたのですもの、勝利は当然の結果ですわッ! ミノタウロス程度、お茶の子さいさいというやつでしてよ! お茶の子ってなんなのか知りませんけどッ!」
「……ホッホ、左様ですか。ではお嬢様の真価を引き上げてくださいました功労者様を、そろそろ解放して差し上げてはいかがでしょうかな」
「ご、おっ、めっちゃ後頭部打った……いってぇぇ……」
「あ、あら……わたくしとした事が、少々はしたなかったですわね。ごめんあそばせ」
押し倒された拍子に思いっきり後頭部ぶつけたせいで、目の奥でパラパラと星が散ってる。
お調子者なお嬢様だって事は知ってけど、気を抜いてた所にいきなり飛び付くのは勘弁して欲しい。
悶絶してる俺を見下ろしつつ羞恥に頬を染めながらお嬢が腰の上からどいてくれたので、ぽっこりと腫れたタンコブを抑えながら俺も立ち上がった。
「……にしても、魔法を使った協力再現……思った以上に効果あったっぽいね。再現した鎌鼬、相当強いポテンシャル持ってたみたいだし」
「ふむ。状況の再現にお嬢様の魔法をお使いになられたからこそ、より強力な再現となったという事ですかな。となれば、ナガレ様のワールドホリック……ますます奥深く謎めいた力でございますな」
「つまり……つまりですわ! このわたくしの魔法を用いた結果、ミノタウロスの角を断ち切るほどの『威力』に昇華できたという訳ですのね! むふ、むふふふふふ……オーッホッホッホ!!」
なんかさっきからお嬢のテンションというか、機嫌の良さが天元突破してらっしゃる。
腰に手を当てて顎の下に掌を斜めに構えた、THE.お嬢様の高笑いなポーズを決めてる訳だけど、そのハイテンションの理由もなんとなく理解出来た。
エルフにしては物足りない魔法の威力、それはお嬢にとってとてつもないコンプレックスだったんだろう。
だからこそ、ミノタウロスの角を断つほどの再現に必要なファクターとなれた事だけでも、こんなに有頂天になるには充分過ぎた。
だからまぁ、別にお嬢の魔法が覚醒したって訳じゃないだろって無粋な発言は、舌の上で転がすだけに留めておこう。
と、そこで後頭部を酷くぶつけた衝撃ですっぽりと抜け落ちてしまったモノに気付く。
「……あれ、そういえば……肝心の鎌鼬はどこ行った?」
「ハッ、そうですわ! わたくしの美しさ上品さ絢爛さをぎゅぎゅっと凝縮したかの様な銀のイタチはいずこに!?」
「自分が関わってるからってとんでもない誉めっぷりだなおい。お嬢ってばわっかり易い……あ、ていうか、セリアもどこ行った?」
「……ご安心を。セリア様も鎌鼬様もそちらにいらっしゃいますよ」
スッと綿手袋に覆われた手が示した先を、お嬢と一緒に視線で追い掛けると、そこには。
すっかり夜の葵に更けた空を背景に、向き合う一人と一匹、藍色と銀色。
片膝をついて、夜に映える白銀イタチにそっと手を差し伸べる蒼き女騎士とのツーショットは息を呑むほどに、なんというか雰囲気が出来上がっていた。
……雰囲気は、うん、ばっちり。
雰囲気は。
「チチチ……るーるーるー……」
「キュッ、キュイ」
今まで見たことないくらいに真剣な目で、鎌鼬においでおいでってやってるセリアの頬が、ほんの少しピクピクしてるのが地味に怖い。
というかそれキツネにやるやつじゃない?
鎌鼬のちょっと戸惑ってるし。
けど、恐らくセリアに敵意がないって判断したのだろうか、彼女の籠手に包まれた指先を、前足でぽんぽこ突っつき始めて。
「……────」
いやまぁ男の俺でもその仕草はいかにも小動物っぽくて可愛いと思ったけどさ。
真顔のまま身悶えんのはホント怖いって。
アレだよ、めっちゃ運動した後にキンキンに冷えた飲料水飲んだ人みたいなリアクションだよそれ。
身悶える拍子に腰にぶら下げてるショートソードがガシャガシャ鳴ってんだけど。
「……キュイ?」
「はうっ」
あぁ、成る程……セリアって実は可愛い生き物に弱かったりすんのかな。
多分これでも必死に抑えてんだろうけど、流石にバレてるから。
膝をバシバシ叩きながらプルプルしてるセリアの隠れた一面を見せられて、なんとも微妙な心境に陥りましたとさ。
◆◇◆◇◆
───────
【カマイタチ/鎌鼬】
・再現性『B+α』
・親和性『A』
・浸透性『B+α』
保有技能【─未提示─】
保有技能【二尾ノ太刀】
・二本目の尾を鎌に変える
保有技能【─未提示─】
──────
「メリーさん並に高水準だな……このプラスアルファっのは協力再現の影響か?」
「オーホッホッホ! このわたくしの介添えの結果、更なる高みへと昇りつめれたという訳ですわね!」
「……ま、事実だから言わせといてあげる」
「そんな事より名前を決めましょう」
「賛成ですわ! ってそんな事とはなんですの!」
「キュイー!」
揺れのない長橋を渡り、風無き峠を下る途中。
そろそろ平原への緑が見えてくるかなってとこで、鎌鼬の名前を付ける事になりました。
正直ミノタウロス戦からずーっと再現し続けてるから、そろそろ身体がしんどい。
けど、かつてなく煌めいちゃってるサファイアブルーの瞳と、嬉々として賛成票を入れるお嬢のタッグを前に、んな事は言えません。
俺の首回りにマフラーみたいに巻き付いてる鎌鼬ご当人も、嬉しそうに一鳴き。
「名前……名前か。ちなみに案はある?」
「この子は風に関するのだから、精霊名にちなんで【シルフィス】とかはどうかしら」
「それでは安直過ぎますわ。このわたくしが再現に関わってるのですもの、華々しさと絢爛さと豪快さを兼ね備えた【ゴージャスデスパレード雪風】という名前で行きましょう」
「……仮にも風使いのエルフが精霊名を軽んじるような事を言っても良いのかしらね。それに、ナナルゥの案だと長すぎて呼びづらいわ」
「なっ、わたくしのネーミングセンスにケチを付ける気ですの!? 第一、貴女は再現に関わってないのだからここはわたくしに権利を譲るべきですわ!」
「……仮にも前線を維持した人間に対して随分な言い草ね。心外よ。それに、別に貴女じゃなくても風系統の魔法を扱えるのなら今回の再現は可能だったのだから、そう威張れるものじゃないでしょう」
「むぐぐ……いーえっ、わたくしの精密なコントロールがより再現性を高めたのです! そう、この子はわたくしとナガレとの力の結晶、言ってしまえばわたくし達がこの子の産みの親という事ですわ! それを横からアレコレと口を挟むなんて、まるで意地の悪い姑ですわね!」
「…………アムソンさん、どうするよこれ」
「そっとしておきましょう。淑女同士の意地の張り合いに男が軽はずみに口を挟むべきではないのですよ、ナガレ様」
「キュイ……」
案を募ったら、予想以上に揉め出した女性陣。
こうなってしまえばそっとしとくしかないのが男の悲しい所だな。
というかさ、お嬢さらっと鎌鼬のこと俺との愛の結晶みたいな言い方すんのは止めて欲しい。
その発言の時にアムソンさんの瞳がキュピーンって光ってちょっと背筋がゾワッとしたし、変な誤解を招きかねないよそれは。
「ナガレ、ここは貴方に決めて貰おうかしらね。【シルフィス】と【ゴージャスデスパレードなんたら】、どちらが鎌鼬の名に相応しいか」
「ゴージャスデスパレードゆ・き・か・ぜ! ですわ! さらっと後半を適当にして優位を稼ぐなんて、騎士にあるまじき浅ましさですわよ! ……ナガレ、貴方が産みの親としてはっきりと言ってやりなさい! この子にはわたくしの考えた豪華絢爛な名前が相応しいと!」
「えぇぇぇぇぇ……」
最悪なことにこっちに飛び火したし。
両サイドからそれぞれ腕をガッと取られながら、睨み合う両者の視線が痛いこと痛いこと。
アムソンさんに助けを求める視線を送っても、小皺混じりのダンディスマイルにさらっと回避されました、畜生。
なんとか矛先を俺から逸らしたい所だけども……あっ。
そうだそうだ。
こんな時こそ、頼りになる方がいらっしゃるじゃないか。
「……メリーさんメリーさん、メリーさんはどんな名前が良いと思う!?」
──プルルルルル。
ジャケットのポケットの中から、まさに溺れた時の藁とでも言うべきメリーさんからのコール音。
がっちりきまってた利き腕を固めるセリアの力が緩んだ拍子にポケットからスマホを取り出し、耳に当てる。
流石にこの二人もメリーさんの意見には耳を傾けるはず。
光明、射したり。
『私メリーさん。んなもん知ったこっちゃないの。ナガレが適当に付ければいいの』
「えっ」
光明どころか真夜中のふっかい闇の底でした。
スピーカーから伝わるくぐもった声は、やけにドスが効いてらっしゃる。
なんか、メリーさんすっげぇ機嫌悪いんだけど。
『……新参者の癖にナガレの首に巻き付くなんて許しがたい。馴れ馴れしい。なにその相棒みたいな立ち位置、ナガレの相棒はこのメリーさんだって決まってるもん。今更ダークホースなんてお呼びじゃないの……大体ナガレの初めての再現だってこのメリーさんで……ブツブツ』
「…………」
アカン、メリーさんがとてつもなく嫉妬してらっしゃる。
いやそこまで相棒の立ち位置大事にしてくれてて嬉しいけど、今この状況では何の解決にもならない。
というか、しれっと鎌鼬が見せ付けるように俺に頬づりしてるのは何でだ。
もしかして煽ってるとかじゃないよな。
とりあえず、この状況はもっと不味い気がする。
ごめん、また今度なんか埋め合わせするから。
そう言ってそっと通話を終了した。
光明射し込むどころか奈落の底に落ちましたよと。
「……うぉっほん。では、一番の相棒であるメリーさんのご意見も加味すれば、やはりナガレ様が名前を付けるべきではないでしょうかな。勿論、お嬢様方のご意見も大事かとは存じますが、カマイタチ様もそちらの方が喜ばれるのではないかと」
「「……」」
あまりに八方塞がりな状況を見兼ねて、アムソンさんがそっと助け船を出してくれた。
やはり年長者の声はよく通り、不服そうながらも俺の腕をゆっくり離す両サイド。
アムソンさんほんとありがと、流石執事の鑑。
でも、俺……ネーミングセンスないらしいんだよね。
以前、アキラの取り巻きの女の子、チアキが拾った猫になんか良い名前ないかって聞かれたんで『ニャー助』ってのを提案した所、即答で却下されたぐらいだし。
「名前……名前…………うーん……」
「「…………」」
でね、両サイドからの無言の圧力が半端ない。
迷ったなら自分の案を採用しろと言わんばかりのプレッシャー。
そんな中で、凝った名前なんて早々考えつけるはずもなく。
「……キューって鳴くから、【ナイン】とかどうか、な、って……はは、はは……」
「「…………」」
うわぁどうしよう。
安直でしかも親父ギャグみたいなネーミングにしやがったよコイツ、センスねぇなって視線がバッシバシ来るんだけども。
いやね、そりゃ自分で良い名前思い付くんなら最初っから案を募ったりする訳ないじゃん。
まぁ自分でも単純なネーミングだと思うけど……と、ガックリ肩を降ろした俺を慰めてくれたのは、まさかの鎌鼬だった。
「キュキュキュー!」
「……えっ? 【ナイン】が気に入ったの?」
「キュッキュイー!」
「……や、けど。セリアの名前のが格好良いし、お嬢のやつだって……うんまぁ確かに長いけど個性的ではあるよ。本当にいいの?」
「キュイっ!」
俺の首元で目一杯喜びを表現してくれてる様子だけでも充分伝わるくらい、この微妙な名前を気に入ってくれたようで。
しかし、これは流石にセリアとお嬢が納得いかないんじゃないかと、恐る恐る身構えるけれども。
「……優しい子ね、ナイン。撫でて良いかしら」
「キュイ!」
「ありがとう」
「ナイン……それにしても美しい毛並みですわね。そう、まるでこのわたくしの気品溢れる美貌がそのまま宿ったかのような……」
「自画自賛もそこまで突き抜けると、いっそ天晴れと申したくなりますな。流石はお嬢様にございます」
「オーッホッホッホ、もっと誉めても良いんですわよ!」
「皮肉を皮肉と取られないとは……よほど有頂天の極みにあるようですな」
……なにこの置いてけぼり感。
結局名前で呼べれば何でも良いんかい。
そう思うけども、ここからまた下手に藪をつついて蛇を出すのも馬鹿らしい。
はぁ、と溢した溜め息を鎌鼬──もとい、ナインだけには拾えてしまったようで。
「キュイっ」
「……ありがと」
慰めるように顎の下に頭を擦るナインにそっとお礼を告げて、まばたきひとつ。
何はともあれ、難関を越えた今、こんな些細なことで落ち込めるだけありがたい話か。
何とも言えない楽観を冷ますように、そっと草花の香りを運んだ緩い"風"が、ひとつ頬を撫でた。
風無き峠──突破。
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【都市伝説紹介】
『カマイタチ/鎌鼬』
・再現性『B+α』
・親和性『A』
・浸透性『B+α』
保有技能【─未提示─】
保有技能【二尾ノ太刀】
・二本目の尾を鎌に変える
保有技能【─未提示─】
身に覚えのない裂傷が起こるという、カマイタチ現象を元に再現した都市伝説。
正確には、カマイタチの科学的解明に対する反論のように作り出された各地での『鎌鼬発見報告の逸話』。
ナガレとしては【食べてすぐ寝ると】の様に現象的な再現となると予想していたが、再現されたのは原題である【妖怪『鎌鼬』】の方だった。
その複雑な経緯のせいで、伝承にあるような『三匹の鼬』ではなく『三尾の鼬』として顕現しているのではというのがナガレの推測である。
ナナルゥとの協力再現という形である為か、能力に補正が掛かっている。