ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 25【闘魔祭】

結局のところ、俺の財布の中身はあまり軽くならなかったようで、財布の口を狭められたのはアムソンさんの敏腕交渉によるところが大きいのは言うまでもない。

 

 

その交渉術の内容よりもメリーさんが購入した、双子の蝶の羽根を模したヘアブローチの使い道の方だった。

 

幻惑的なアメジストの彩飾はメリーさんに良く映えるだろうし、購入の太鼓判を押したというお嬢の審美眼も言うだけあるなと誉めそやしたって良かったけれど。

 

 

『私、メリーさん。これはメアリーさんへのお土産なの。メリーさん用とメアリーさん用とで、お揃い!』

 

 

指通りの良いキメ細やかなブロンドに、片翼だけの蝶を誘わせたメリーさんの喜びようはあどけなくて、あまりに無邪気で。

ただの友達想いな少女が、そこに居た。

 

 

似合ってるかと頬を染めながら俺の目を覗き込むエメラルドグリーンに、すんなりと頷いてやる事は出来たのに。

 

何でかな、ちょっと複雑にも思うのは。

喉の奥でチクリと針骨が刺さったような違和感が、王城へと向かう最中、長く尾を引いていた。

 

 

 

────

──

 

【闘魔祭】

 

──

────

 

 

 

セントハイムを訪れてからというもの、驚かされる事ばかりだった。

 

デザインアートみたいな街の配色もそうだし、国の規模や人施設の豊富さ、人の多さなんかにも圧倒されっ放し。

これでも一応現代日本の東京在住だったってのに、やっぱある程度の馴れっていうのは大きい。

 

 

そして、極めつけはセントハイム王城。

 

燦々(さんさん)と煌めく太陽にも、潔癖な大地を晒す白銀の月にも、シトシトと灰雲より降り注ぐ千の雨にも映える巨大な白城。

遠目にも充分なほど目立っていたけれども、こうして目の前に来れば物言わぬ迫力すら漂ってくる。

 

 

外観は勿論、内装も豪華絢爛という熟語が似つかわしくて、珍しく口数を減らしてるお嬢を見ればそれは一目瞭然だった。

 

 

お上品なダンスパーティーでも即座に開けそうなほどのホールとシャンデリア、足跡を残すのすら億劫(おっくう)な紅蓮鮮やかなカーペットといい、金が掛かってない物を見つける方が苦労するね、きっと。

 

と、高級な調度品に目移りする最中、ちょっとばかり気になっていた疑問を口にしてみる。

 

 

「政治とかに詳しくない俺が聞くのも何だけど、こんなあっさり通されるもんなの? 普通、大国の王様相手の謁見ってなったら多少なりとも待たされるもんだと思ってたけど」

 

 

「……えぇ、普通は。けれど、融通が利く理由にも色々あるの」

 

 

「同盟国からの使者だからか」

 

 

「……それもあるわね」

 

 

「……?」

 

 

どうにも答え辛そうというか、言葉に詰まったようにセリアの瞳が泳ぐ。

 

普段は歯に衣着せぬタイプのセリアにしては珍しく声を潜めているのはきっと、謁見の間へと案内してくれている城仕えの人に聞こえないように配慮してるんだろう。

 

しかし、なんでそんな必要があるのかと首を傾げれば、これまた音を抑えた溜め息が薄い唇からひとつ落ちた。

 

 

「……直に、その色々について分かると思うわ」

 

 

もしかして複雑な事情でも関わってるんだろうかと真面目に推測してみるも、どうも違うっぽい。

言外に、会ってみれば分かると告げる蒼騎士の横顔は、気まずそうに遠くの方を見つめていた。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「こうして会うのは、去年の僕の誕生祭以来になるのかな……ええと、久しぶりだね、セリア。そして使者の方々。遠路はるばる、よく来てくれたよ、うん」

 

 

「えぇ。お久し振りです、ルーイック陛下」

 

 

城のホールにも負けず劣らず広々とした空間の奥、国の象徴がデザインされたタペストリーを背に、数段高く設置された神々しい玉座。

そこにストンと腰を下ろしながら俺達を迎え入れてくれてる噂の国王様は、多分テレイザ姫とそう変わらない年頃の少年だった。

 

王族らしい透き通った金髪と青色の瞳、目元や鼻の通りもスッキリとした、まさに絵に描いたような美少年。

急な来訪でありながらも俺達を歓待してくれてる様子もあって、大国の君主にしては随分と人が良さそうな印象を受ける。

 

ただ、失礼な話だけどもイメージしていたセントハイムの国王様としてはちょっと迫力に欠けるというか、どことなく影が薄い。

 

 

というのも、ルーイック陛下の隣で彫刻の様に静かな佇まいながら、片膝をついた態勢の俺達を一人一人値踏みするかの様に見据えている、鳥の(くちばし)のような鼻を持つ老人のインパクトが強いからだろう。

 

 

それなりの高齢であるのは後頭部から広がる白髪や皺の深い面持ちから見て取れるけれど、その黒々とした瞳は油断なく鋭い光を放っていて、老いを感じさせない。

というかぶっちゃけ恐い、なんか目が合っただけで叱られそうな厳粛とした雰囲気が漂っていた。

 

 

「ほ、本来なら長旅の苦労をねぎらったり、歓待の席を用意するべきなんだろうけど、こっちもバタバタしててね……申し訳ないけど、早速本題に入って貰ってもいいかな?」

 

 

「え、えぇ……畏まりました。では、ヴィジスタ宰相。親書を」

 

 

「──うむ」

 

 

で、どうやら厳粛さの影響を受けてるのは国王様も同じであるらしく、優男然とした甘いマスクが緊張気味にひきつってるのを見れば一目瞭然である。

ヴィジスタという名の、大国の宰相というポストに収まるには充分過ぎるくらいの威厳に満ちた老人を前に、『二通』の親書を渡すセリアですら表情がいつも以上に硬い。

 

 

……ん、親書が『二通』?

援軍要請だけじゃなかったのか?

 

 

手渡された青い印の封がされた書簡と、親書というより個人的な手紙みたいな便箋を手渡されたヴィジスタ宰相は、口元を結んだまま書簡だけを読み始めた。

 

あの便箋、セリアが持ってる以上は親書って形になるんだろうけど、何か引っ掛かるな。

 

 

「……やはりか」

 

 

顎に手を添えて重々しく一息吐いたヴィジスタさんの皺だらけの手の中には、几帳面に畳まれた親書が。

 

はやっ、もう読み終わったのか。

 

 

「陛下、本題はどうやら、ガートリアムより援軍要請の嘆願のようです」

 

 

「……えっ、ガートリアムから? ラスタリアではなく?」

 

 

「そのようです。現在ラスタリア騎士団はガートリアムに帰属しており、ガートリアム騎兵団と共同で魔王軍からの襲撃に備えているとのこと」

 

 

「っ!」

 

 

淡々とガートリアムの現況を告げる宰相とは裏腹に、泡を食ったように親書に目を通すルーイック国王の焦りように、こっちの目も点になる。

その慌てぶりは同盟国の危機に対してという立場的意識よりも、個人的な感情から来る狼狽(ろうばい)にも見えた。

 

 

「……そ、そんな……ラスタリアが魔王軍に侵略を受けていたなんて……っ、セリア! テレイザ姫は!? テレイザ姫は無事なのかい!?」

 

 

「お、落ちついて下さいルーイック陛下」

 

 

「落ち着いてなんてられないよ!!」

 

 

「陛下、使者殿より預かった親書はもう一通ございます。恐らくこちらはテレイザ姫より陛下にと、したためられた物と思われますが?」

 

 

「ひ、姫からの手紙!?」

 

 

とんでもない剣幕でセリアに詰め寄ったかと思えば、宰相さんの一言で瞳を輝かせながら、姫からの便箋を穴が空くほど凝視して、と。

こんな短時間で印象がコロコロ変わる人も珍しい、ましてやそれが大国の君主様ともなれば……色々と心配になるけども。

 

 

一つだけハッキリと分かった。

 

謁見前にセリアが言っていた、色々と融通が利く理由の『色々』ってのは、つまり。

文字通り『色恋』とかそういう意味だったって事なんだろうな、きっと。

 

しかも、テレイザ姫からの手紙の内容に俺達が居るにも関わらず、年相応に一喜一憂してらっしゃる陛下の表情を見れば、そのゾッコン振りについては言わずもがな。

 

失礼ながら、大国の君主としてはあんまり見せられない姿を晒しちゃってる気がする。

俺としては、まぁ思春期真っ盛りな年頃なんだから割と好意的に捉えれるけれども、その直近である宰相からしたらそうもいかないんだろう。

 

 

気難しそうに眉間の皺を揉みながら、ひたすら押し黙ってるヴィジスタ宰相から滲み出てる重い雰囲気に、気まずそうに俯いてるセリアの背中が、なんだか可哀想に思えた頃。

 

これまた宰相ばりの速読で手紙を読み終えた国王陛下が、意気揚々と椅子から立ち上がった。

 

 

「よ、よし……ヴィジスタ! 直ぐに援軍の編成をしよう! テレイザ姫の窮地を、僕達が救うんだ!」

 

 

「……残念ながら、それは難しいかと。各方面の戦況や片付けなくてはならない内政問題に加え、【闘魔祭】の準備もございます。情けない話ですが、手を借りたいのはむしろ我輩らの方です」

 

 

「ぐっ……でも、東部のガルシア荒野に向かわせていた師団はそろそろ戻って来るんだよね? だったらちょっと遠回りだけど、ガートリアムに送る事は出来ないかな?」

 

 

「サンク師団長の隊の事でしたら、北東方面に配備した我が軍が劣勢に立たされている故、そちらの援軍として二日前に合流を指示したばかりですが」

 

 

「うっ……じゃ、じゃあ北部戦線の師団を少し呼び戻して……」

 

 

「お言葉ですが陛下、北部方面は魔王軍からの進攻がもっとも激しく、もっとも重要な防衛線でもありますので、僅かなりとも兵数を削るのは如何かと」

 

 

想い人の窮地に燃える国王様は、さきほどまでの姿勢とはうって変わって大層男らしいんだけども、その(ことごと)くがヴィジスタ宰相に却下されるという空回りっぷり。

 

俺達の立場からすれば、援軍を送ってくれるようにアレコレと提案してくれる国王様を応援したいとこだけども、ヴィジスタ宰相の言い分ももっともだ。

 

 

そもそもこの謁見の間に居るのが若き国王陛下と宰相の二人だけって時点で、セントハイムですら人手不足に悩 まされているのは察せれるし。

いつぞやに見た、アキラの取り巻き写メ娘こと桜田チアキが集めていた少女漫画に出てくる、王子と姫との恋を引き裂く悪役貴族がするような意地の悪い企みとは訳が違う。

 

 

「人員不足か……ワイバーンよりよっぽど厄介な問題っぽいね」

 

 

「……数ヶ月前に、先代の国王陛下が急病により崩御されたばかりだから無理もないのよ。三大国の一角ともなれば、国内態勢を整えるだけでも骨が折れるし」

 

 

「…………ガートリアムの上層が援軍要請に兵を回さなかった理由ってさ、もしかして……」

 

 

「……ワイバーンだけが理由じゃなかった、という事」

 

 

「……マジかぁ」

 

 

 

セントハイムの現国王陛下がテレイザ姫と同じくらい若い理由だとか、俺達が使者の一団にしては少数精鋭過ぎる理由の裏には、そもそも『望みの薄い賭け』って意味があったのか。

 

セントハイムへの使者が任命じゃなく立候補って形な時点で妙な感じはしたけども、セントハイムの国情を推した上でなら少しは納得出来る。

そりゃ死にたがりとか言われる訳だよ……まぁ、んな悪態を今更ついたってしょうがないか。

 

 

「じゃ、じゃあいっそ! こ、今年の闘魔祭を中止にしてみるってのはどうかな? そうすれば多少の手は確保出来る訳だし……」

 

 

「────陛下、それはなりませぬ! 闘魔祭は我がセントハイムが四年に一度の折りに欠かすことなく開催し続けてきた祭儀。如何なる事情があったとしても、闘魔祭を中止にする事だけはしてはなりませぬ」

 

 

「……で、でもテレイザ姫……いや、長年ともに歩み、栄えてきた同盟国の危機かも知れないんだよ? いくら闘魔祭が大切な祭儀だからって……」

 

 

いつの間にやら陛下と宰相の話し合いは佳境へと進んでおり、なにやら【闘魔祭】なるキーワードに主題が向いてるらしい。

 

闘魔祭。

そのまま読めばとてつもなく物騒な響きに加え、セントハイムで四年に一度開催されてきた祭儀という宰相さんの言葉を聞いて思い当たるのは……勿論、城に来る途中で見た、あの『闘技場』だ。

 

オリンピックと同じ開催期間といい、祭儀の名称といい、あの闘技場で行われる荒っぽい行事であるのはまず間違いないんだろう。

 

 

それを中止にするなんて人の良さそうな陛下にしては思い切った決断にも思えたけど、それ以上に異を唱えるヴィジスタ宰相の剣幕の鋭さに、背筋が跳ねた。

 

 

「同盟国の危機であることは我輩も承知しておりますが、陛下────闘魔祭は我がセントハイム"だけ"の祭儀ではないという事、お忘れではないですか」

 

 

「──う、ぁ……そうか……闘魔祭の中止は……『彼女』との盟約を違えてしまう……」

 

 

「その通りです。彼奴(あやつ)めの怒りを買ってしまえば……同盟国どころか、我がセントハイムの存亡の危機すら招きかねません……」

 

 

「…………"彼女"?」

 

 

宰相のある一言を皮切りに、心底深刻そうな面持ちでがっくりと肩を落としたルーイック陛下。

聞き逃すにはあまりに意味深で、国王の会話に口を挟む無礼も忘れて、つい拾い上げてしまった。

 

そんな俺をチラリと流し見たヴィジスタ宰相は、無礼を咎めることはなく、むしろ致し方なしとばかりに重々しく口を開いた。

 

 

 

「────【深淵を覗き込んだ者】……そう呼ばれる"魔女"の事だ」

 

 

 

 

 

_______

 

 

【人物紹介】

 

 

『ルーイック・ロウ・セントハイム』

 

 

セントハイム王国 十代目国王

 

身長169cm 年齢16歳

 

ロイヤルの代名詞的な華やかな金髪、青い瞳を持つ美少年だが、体格自体は普通。

性格は国王とは思えないほどに優柔不断で気弱なところがあるが、優しく暖かみのある温厚な一面を持つ。

セリアいわく、ラスタリアのテレイザ姫に御執心らしい。

緩い発言も多く、宰相であるヴィジスタに度々お小言を貰っているが、彼に絶大な信頼を寄せている。

 

 

 

『ヴィジスタ・アーズグリース』

 

セントハイム王国 宰相

 

身長161cm 年齢73歳

 

後頭部まで後退した白髪と、鋭く黒い瞳。

鳥の(くちばし)のような鼻を持ち、非常に厳格な雰囲気を放つ老人。

数ヶ月前に先代である九代目国王『ルーファス・ロウ・セントハイム』が崩御した為に、16歳の若さで国王となったルーイックを支えている忠義人。

 

平民の出でありながら先代国王に『我が宝』とまで言わしめるほどの深い知性と慧眼、政治的な手腕を兼ね備えた人物。

民衆の間では『賢老』と称えられている。

 

 

 


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