ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 27【Eldest Ler Dea】

精霊魔法の使い手にとっての到達点であるセプテットサモナー。

闘魔祭のちょっとした起源。

大国セントハイムにすら扱い方を慎重にさせる魔女という傑物。

 

色んな情報が出揃ったのは、世界単位で部外者ゆえの知識のなさが浮き彫りになってる俺としては大助かりではあるけども。

 

 

『こんな時にテレイザの力になれないなんて……うぅ、僕みたいなへっぽこ王には愛する人の危機さえ救えやしないのか……』

 

 

結論は変わらず、援軍の要請は通らない。

 

 

いくらガートリアムの上層部からすれば、この展開が想定の範囲内であったとしても、こうしてセントハイムまで使者として訪れた俺達からすれば、仕方ないでは済ませたくない意地も沸く。

 

 

いや、沸いたんだけども……かといってセントハイムのお国事情についての知識を持ち合わせる訳でもない俺には食い下がる為の取っ掛かりを見つける事も出来ない。

その上、きっと俺達以上に無念を噛み締めているであろうルーイック陛下を前にすれば、もうなんにも言えやしなかった。

 

 

創作なんかでの英雄譚とかだとこういうのはトントン拍子に話が進むんだろうけど、なかなかどうして、世界が違えど現実というのはシビアであるらしい。

 

「あー……なんかずっと畏まってたのと、お嬢に盾扱いされたせいで変に肩凝った……」

 

 

「申し訳ありませんナガレ様。お嬢様は幼き頃からグリーンセプテンバー家の淑女足るようにと、それはもう厳しい教育を施されて来ましたので……その時の影響が今尚残っていらしたご様子。主の不徳はこのアムソンの不徳と為す所でございます。つきましては、このアムソンがマッサージをば」

 

 

「いやいや大丈夫。逆に、こう……アムソンの苦労が良く分かったというかね。肩でも揉もうか?」

 

 

「おぉ、なんというお気遣いでありますかナガレ様。この様な老いぼれを労るなどと……感激の余りこのアムソン、年甲斐もなく目頭が熱く……」

 

 

「ぐっ、わたくしだって悪かったと……ヴィジスタ宰相や陛下の御前で失礼な真似をしたと今では反省してますわ! だからといってそんな芝居がかった責め立て方がありますか!」

 

 

「んー……こりゃ相当凝ってるねアムソンさん。一辺温泉にでもじっくり浸かったら?」

 

 

「おぉ……これは、いささか手慣れておるお手並み。お上手です、ナガレ様。確かにこの年まで老いが深まると、温泉という響きがやけに魅力的に聞こえますしなぁ……」

 

 

「無視はやめて下さいます!?」

 

 

 

国外の魔王軍の動向を確認する為にも、ガートリアムの詳しい現状などを求めたヴィジスタ宰相。

使者の中で唯一明白に応えれるセリアだけを残して、こうして豪華な客室に通された俺達は、ご覧の通り完全に暇を持て余していた。

 

 

「……それで、どうするんですのこれから。致し方ない事情があるとはいえ、このままではわたくし達の努力が全て水の泡になってしまいますわよ」

 

 

「そりゃそうだけど……城内の慌ただしさからして、よそに回せるだけの手が足りてないのは間違いないみたいだし」

 

 

「ガートリアムが今にも魔物の軍勢に襲われるかも知れないというのに、そんな悠長な姿勢でどうしますの! くっ……やっぱり日を改めてもう一度ヴィジッ……ではなく、ルーイック陛下に助力を嘆願してみるか、他の手段を探してみるなりしませんと…………って、なにを驚いた顔をしてるんですの」

 

 

「……あぁ、いやお嬢達が姫様から受けた依頼の内容って、確かセントハイムまでの護衛"まで"だったじゃん。つまりは、もう依頼自体は達成してるって事になるのに……お嬢がそんなに熱心になってくれてるのが意外だったというか……うん」

 

 

「えっ、あっ……………………グ、グリーンセプテンバーの家訓が第二条!『心に痼を残すべからず、何事も向きあったのなら最後まで!!』 例え約束事を果たせたとしても、このような半端で投げ出すのはわたくしの性に合いませんの!」

 

 

「……そかそか。そーですか」

 

 

「ええ、そう、そうなのです! なにかおっしゃりたい事でもありますの!?」

 

 

「いーえとんでもない」

 

 

絶対気付いてなかったんだろうけど、本人の必死さもあって指摘するのは止めておこう。

それにしたって、このお嬢様もなかなか人が良いというかなんというか。

早くも暗雲立ち込めていた俺とセリアの行く末に、なんだかんだで付き合ってくれるお嬢とアムソンさんの存在は正直心強い。

 

 

「ありがとね、お嬢」

 

 

「…………むぅ」

 

 

素直に礼を述べれば、気まずそうに口を尖らしながら、クルクルに巻いてるサイドの髪に指を絡めてそっぽを向く。

照れ隠しのつもりなんだろうが、ほんのり赤くなってる頬を隠せてないんじゃ丸分かりなんだけど。

ま、これも指摘するのは野暮ってもんで。

 

 

「……じゃあお嬢にも渇を入れられた訳だし、セリアが戻って来たら今後に向けての作戦会議でも────」

 

 

「──そう。それなら、丁度良かったわね」

 

 

 

お嬢に背を押される形で何かしらの活路を見出だそうと客室のふかふかなソファに腰を下ろせば、台詞の通り丁度良く合流したセリアの声が届いた。

思ったより宰相への報告が早かったなと思いつつも、彼女の左手の中にある筒状に丸めた真新しい羊皮紙に目が行く。

 

確か俺達が持ってきた親書とは違うやつだと思うけど。

 

 

「丁度良かったっていうのはどういう意味ですの?」

 

 

「今後に対しての目処(めど)が立ったという意味よ」

 

 

「……目処って、その紙の?」

 

 

「えぇ、そう。といっても、確実性があるとは言い切れないけれど」

 

 

どうやら軍の力は借りれなかった代わりに、『打開策』を授けて貰ったという事らしい。

 

その鍵となる羊皮紙にそっと目を配らせたセリアが、薄い唇をそっと開いて打開策の名を詠んだ。

 

 

 

 

 

「傭兵団、『エルディスト・ラ・ディー』……彼らを頼ってみましょう」

 

 

 

 

 

 

────

──

 

『Eldest Ler Dea』

 

──

────

 

 

 

「偏見って訳じゃないけど、傭兵って聞くとやっぱ血生臭いイメージがあんだよね」

 

 

「確かに彼らは戦う力を生業にしている以上、そのイメージが強いというのも仕方ないわ。けれど今の時世では傭兵というより、魔物を狩るハンターという側面が強いかしらね」

 

 

「今の時世ではって事は、昔は違ったと」

 

 

「……貴方の言うとおり、まだ人間同士で戦争が出来ていた時代は、ということよ」

 

 

「……」

 

 

昇りきった太陽が緩やかに下りはじめる午後半ばの空は溜め息が出るくらい澄んでいて、人通りがさらに増し始めた街中は相変わらず活力に満ちている。

丁度通り過ぎた、出店で売られてる棒つき飴を買い与えられて満面の笑みを浮かべる親子の一幕がある裏で、滅びかねない瀬戸際に立たされている国だってあるのが、セリアの言う今の時世なんだろう。

 

 

セントハイムほどの大国ですら手が足りなくなるほどに魔物が跋扈してる今、国同士で戦争やってる余裕なんてあるはずが無い。

環境と共に生き方を変える生き物みたいに、戦場を寝床としていた傭兵達が剣を向ける相手も人から魔物へと変わったのは、安っぽい怪我の巧妙だと冷めた感想を抱かせた。

 

 

「ハンター……なんだか野蛮な響きですわね。本当にわたくし達の助けとなってくれますの?」

 

 

「実際に話してみないと何とも。ただ、ヴィジスタ宰相いわく、『エルディスト・ラ・ディー』という傭兵団は他の傭兵団とは違って組織方針が風変わりであるらしいのよ」

 

 

「ふむ、風変わりと言いますと?」

 

 

「基本的に傭兵団はエンスの額で依頼を請け負うものだけれど、『エルディスト・ラ・ディー』は魔物の危険性……特に人的被害の有無によって依頼を請け負うか決めるみたいね」

 

 

「……へぇ。なんというか、本来の傭兵としての在り方とは真逆に突き進んでるな」

 

 

セリアの弁からすれば、俺の想像していた傭兵の印象とは随分組織形態が様変わりしているらしい。

 

このご時世に珍しい慈善的な存在があったもんだね。

いや、魔物という明確な脅威に晒されてるご時世だからこそ成り立っているのかも。

 

 

「けれど、そんな理念を掲げている上で成り立ってる組織なのだから、少なくとも団員に相応の実力があるのは間違いないわ。でも、そのスタンスが影響して民間との結びつきは強く、支持もされてるみたいだけれど、逆に財を持つ貴族達やセントハイム上層部とは不仲であるようね」

 

 

「ちょっ、わたくし達、ヴィジスタ宰相の紹介でそこに行くんですわよね!? 門前払いされるのがオチじゃないんですの!?」

 

 

「……いえ、お嬢様。確かに宰相様の地位は紛れもなく高いものではありますが、あのお方と件の傭兵団が不仲という訳ではありますまい。それに、エルディスト・ラ・ディーが『危険性』というものを重視する組織なのであれば、少なくとも我々が門前払いされる事はないかと思われますが」

 

 

「確かに。国が滅ぶかどうかってレベルの『危険性』だから、話の席に着くくらいはしてくれそうでしょ」

 

 

「えぇ。契約を結べるかどうかは交渉や報酬次第になると思うけれど……まずは直接尋ねてみないと」

 

 

百聞は一見に如かず、もとい百聞は一会に如かず。

渡りに舟というには些か都合が良すぎる気もするけど、掴む藁も見当たらないよりかは全然良い。

 

 

「分かりましたわ……案ずるより産むが易し、とゆーやつですわね。産む方が簡単って甚だおかしい話ですけども」

 

 

「お嬢、セクハラ?」

 

 

「ちっ、違いますわよバカ!」

 

 

身から出たサビだってのに、顔を真っ赤にしながら食ってかかってくるお嬢をいなすのも、最近ちょっと馴れてきた。

そんな馬鹿らしいやり取りを呆れ顔で見送るセリアと、微笑みを添えるアムソンさんのスタンスも恒例と言っても良いかも知れない。

 

 

羞恥たっぷりなお嬢のハイトーンに驚いたのか、それとも単なる習性か。

低空飛行で俺達の頭上を追い越す数羽の鳥の影が、途端にふわりと浮き上がって、青い空へと伸びていった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

虹の在処という別名の、まさしく『虹』を示す色彩過多の屋根傘に、おかえりなさいと出迎えられたような気分だった。

 

 

民間との結びつきが強いという話からして、傭兵団の本拠地が民間エリアに構えられてるのは察せれる事だけども。

王城に来た道をなぞるように往復させられるのは、まるでここまでの行動が二度手間だったと言われてるみたいで少し複雑。

 

けど、そんなささやかな不満は、目的地到着と共に飛び込んで来た光景に、どこへやらに吹っ飛んだ。

 

 

「……城もそうだけど、あの闘技場といいこのギルドといい、セントハイムの建物って馬鹿みたいにでかくないといけない決まりでもあんの?」

 

 

「私に聞かれても困るわ」

 

 

「お、オーッホッホッホ……まぁ、なかなかの門構えと誉めて差し上げますわ。ですがグリーンセプテンバーの屋敷の方がこの2倍、いや3倍はありましてよ!!」

 

 

「お嬢様、従者として指摘するのは心苦しいですが、それは流石に盛りすぎかと」

 

 

市民街を少し歩いた先の開けた敷地にででんと構えられた石造りの屋敷は、傭兵団のアジトと言うだけあってちょっとした砦みたいにも見える。

建物の細部に曲線的なアートが施されていたり、庭園らしき自然もちらほら見られるというのに、物々しい雰囲気を感じるのは先入観によるものなのか。

 

 

「……ん?」

 

 

ふぅ、と緊張をほぐす浅い息一つ風に溶かして、誰からともなく足先を進めていく最中。

神社の狛犬みたいに屋敷の扉の前に並べられている、キッチリとワックスで磨かれたかの様に光沢を放つオブジェクトの造形に見覚えがあって、首を傾げる。

 

 

「『トランプ』?」

 

 

スペード、ダイヤ、クローバー、ハート。

 

大衆遊戯の一つとして誰しもが一度は手に取ったであろうトランプの象徴とも言うべきマーク。

生態系一つとっても現代とは大違いなこのレジェンディア大陸で、こんなにも馴染みのあるモノをお目にかかれるとは思わなかったな。

 

そんなちょっとした衝撃に気を取られたせいか、オブジェクトと屋敷の石柱周りで、箒を片手に鼻歌を響かせる細身の男性の存在に、気付くのが遅れた。

 

 

「ふーふんふーぅん、っと……んん? やーやーこれはこれは、騎士さんにエルフにと……これはまたえらい変わった組み合わせの方々がいらっしゃったなぁ。どないされました?」

 

 

「(関西訛り……?)」

 

 

微妙に音程が外れた鼻歌をピタリと止めて振り返るや否や、細長い目元に収まった緑色の瞳をゆったりと動かして俺達を見回す男性は、色んな意味でこの場所から浮いていた。

懐かしさすら覚える和風漂う濃い緑色の着流しに袖を通しているのもそうだけど、丁寧さと気安さを織り混ぜた関西訛りみたいな独特の言葉遣いも印象深い。

 

 

長めの黒髪も相まって、なんとなく彼に親近感を覚えてしまうのは日本人の性ってやつなのかね。

 

 

「失礼。エルディスト・ラ・ディーに依頼の相談があって来たのですが……」

 

 

「なんや、やっぱりお客さんでしたか──ふふ、そんならボクが案内しましょ。さ、ついて来ぃな、騎士のお姉さん方」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

堅い口調でセリアが取り次ぎを願い出るや、細かい話を聞かなくともあっさり中へと手招かれてしまい、流石に戸惑いを隠せない。

てっきりこのお兄さんが掃除兼門番役かと思ってただけに、もう少しやり取りがあって然るべきなんじゃないか。

まぁ、話が早いに越したことはないけども。

 

 

「あ、せやせや。忘れてたわ」

 

 

建物の中へと繋がる大きな扉の蝶番(ちょうつがい)を手にかけながら、彼はにんまりと温度の分かり辛い微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ボクはヤクト・ウィンターコール。愛称はヤッくんでもヤッキーでも、お好きなように。宜しゅうお願いしますな、皆さん方」

 

 

_________

 

 

【用語解説】

 

 

『傭兵団』

 

レジェンディア各地にある、傭兵集団の事を指す。

その形態は各組織によって様々である。

かつてはその名の通り国家間で行われる戦争に介入し、金銭を稼いでいた集団だが、現在はハンターとして様変わりしている。

 

 

『ハンター』

 

魔物を狩り、その恩赦や報酬で生計を立てている者の事。

冒険者と混同される事もある。

 


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