ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~ 作:歌うたい
人の気配は多いのに不思議と棲みきった空気の漂う屋敷の回廊を、先導する背中を追い掛けていく。
ハートやスペードなど、トランプのマークを
「想像は付いてたけど、傭兵団のアジトっていうよりお偉いさんの豪邸って感じの中だな。団員っぽい人もちらほら見かけるし、エルディスト・ラ・ディーのメンバーって皆ここに住んでんの、ヤックン?」
「なっはっは、流石にボクら全員住めるほど部屋の数足りてへんよ。そうなるとこないだ増改築したばっかやのに、まーたリフォームせにゃならんやん」
「団員って全員で何人?」
「なんや自分ら、そこんとこ知らへんとウチに来たんか」
「セントハイムにも今日来たばっかなもんで」
「なーるほど、それならしゃーないな。ウチの団員数やけど……正規のメンバーだけで数えたら、五十二人やね」
「五十二……(またこれみよがしな数字だな)」
「そんでなそんでな、まぁそない大人数をいっしょくたに動かせれへんっちゅー訳で、ウチでは部隊を四つに分けてるんよ。それぞれスペード、クローバー、ハート、ダイヤってな具合に」
「ですよねー」
「え、何が?」
「ごめん、こっちの話。でも親近感沸くなぁ」
「親近感? ……変わった事言う子やねぇ。ウチらも良く変わりモンの集まり言われるけど、ナガレ君もなかなかなモンやで」
「それほどでもある」
「なっはっは!」
「あっはっは!」
アキラのグループとで良くポーカーやら神経衰弱やらで缶コーヒーやジュースの賭けとかやってたのを思い出しつつ、バシバシと互いの肩を叩き合いながら回廊を闊歩していく。
まぁこんな風に早々に仲良くなれたのは、現代におけるトランプの馴染み具合なんかより、ヤクト改めヤックンの気安さのが大きかった。
でも、どうやら後方、もといお嬢には俺達のフレンドリーな態度が奇妙に思えて仕方ないらしい。
「もう肩まで組んでますわよ、アレ。使用人相手とはいえ、いくらなんでも警戒心というものが無さすぎやしませんこと?」
「お相手方、ヤクト様の親しみ易さもあるのでしょうな。ナガレ様も懐に入るのがお上手であらせられます故。セリア様もそう思われませんかな?」
「……そうね。アレを見れば、緊張してるのも馬鹿馬鹿しいとさえ思えてしまうわね」
なんか好き放題言ってくれちゃって。
貴族階級の立場であるお嬢からしたら、はしたない様にも見えるのも無理はないけど。
でも、どこか擽ったそうな明るい色のセリアの、フォローとも受け取り難い言い回しに、少し意識を引っ張られた。
「……"おもろい"なぁ」
「ん?」
「いやいや、こっちの話」
「……」
まるでつい先程のやり取りを焼き回したかの様に惚けるヤックンは、組んでいた肩をスルリとほどきながら再び先頭を歩き出した。
紺色の着流しに似合った足袋とわらじのラフな足元がペタペタとタイル床を進み、やがてピタリと止まる。
どうやら案内先に着いたらしい。
「お待ちどうさん、到着や。そんじゃ、詳しい話 はこん中でしよか」
「ありがとヤックン」
「ふふ、ええんよ。"ついで"やし」
「ついで……? ん? お待ちなさいヤクト。貴方も中で話を聞くんですの?」
「なっはっは、そりゃ勿論。なんせ──」
お嬢の引っ掛かりをなんでもないように受け流し、ノックもせずに談話室らしき部屋への扉を開けるヤックン。
その背を追い掛けて室内へと続いた俺達の耳に、秋風の様な物静かさを感じさせるソプラノが届いた。
「お掃除早かったですね、『エース』……あれ、お客様ですか?」
「そそ。なかなかおもろい子らが来てくれたんで、"趣味"の時間は終わりや。『ジャック』、お茶淹れてくれへん?」
「……良い所だったのに」
「なっはっは、良い所でこそ邪魔が入るもんやで」
「連れてきた張本人が言いますか……」
ここまで通って来た回廊よりも幾分か白い壁と床に、中央のスペースに置かれたガラス板のテーブルとそれを囲う複数人用のソファが並べられた室内は、端的に言ってビジネス会社の事務室に思えた。
その奥の硝子張りの仕切りからひょっこりと顔を出した、クリアパープルのショートカットに白縁眼鏡をかけている年若い女性。
『ジャック』と、ここにきて如何にも過ぎる名前で呼ばれた彼女は、口々にしていた不満など初めから無かったかのように淡々とした表情で、此方に頭を下げて再び奥へと引っ込んだ。
多分、ヤックンの申し出通りにお茶を淹れてくれてるんだろうけど……
そのヤックンが、よりにもって『
そう来ましたか、してやられた。
「そんじゃ、改めまして──エルディスト・ラ・ディーのスペード部隊長兼、"団長"もやらせてもろうてます、【スペードのエース】ことヤクト・ウィンターコール。ちなみにあっちは【ダイヤのジャック】ことミルス・バド。ミルちゃんなりミーちゃんなり、好きに呼んだって」
「勝手に紹介しないで下さい」
「なっはっは! そんじゃまぁ、ご依頼について聞かせて貰いましょか」
────
──
【五枚目の切り札】
──
────
「どうぞ」
「どうも」
手前にソーサーごと置かれたティーカップから立ち込めた白桃色の湯気の勢いが強く、向こう側のソファの上で胡座をかきながらヴィジスタ宰相からの手紙を読んでいる、ヤックンことエースの微笑みさえも曖昧にしていく。
まさか噂の傭兵団のトップが箒片手に掃除してるとは思わなかったけど、そんな茶目っ気のある真似をしでかしそうな人柄でもあると、不思議な納得が残ったのも事実だった。
未だに腑に落ちないのか、それとも騙された形が気に入らないのか、尖らせた気分ごと角砂糖を溶かしてしまえとスプーンで水面を回している左隣のお嬢。
淑女らしさはどこへやらな態度が、お嬢らしくて何故か安心してしまった。
「……随分、厄介な事になっとるみたいやね」
「ラスタリア、並びにガートリアムの状況に関しては今述べた通りよ」
「首が回らへんのはどこも一緒やなぁ」
「……そういえば、あと二人は?」
「ん? なにが?」
「『クイーン』と『キング』」
「……そういえば此処に来る途中、確か部隊を四つに分けてるって言ってましたわね」
「ふぅん、結構目敏いなぁ自分ら。まぁ、この部屋におらへんって事は……『趣味』の時間を楽しんどるんやない?」
「趣味? というか、貴方はこの団の団長じゃありませんの? 長であるならば部下の動向を把握してませんと──」
「いえ、確かに私達の団はエースを団長としてますけど、実際はそれぞれ四つの隊の隊長同士に格差はないんですよ。それに、結構ちゃらんぽらんな所があるエースだけに団の舵取りを任せるのも不安ですし」
「うわキッツいなぁ、ジャック。もうちょい優しい言い方してくれたってええやん」
「事実ですし」
「……分かるようで分からない力関係。お嬢とアムソンさんみたい」
「どういう事ですの!」
「いやはや、的を射た事を申されますなぁナガレ様」
風変わりというのは何も方針や理念だけを指した事ではなかったんだなと思いつつ、うぬぬと唸りながら詰め寄るお嬢を宥なだめる。
けど、それならよしんばこの二人に協力を結び付けれても、また更にこの場に居ないキングとクイーンを説得しなきゃならないのかも知れない。
予想以上に骨が折れそうだとひっそり落とした溜め息を薄目ながらも見逃さなかったエースは、ヒラヒラと手を振ってその不安を払拭してくれた。
「あぁ、心配せんでも大丈夫やで。一応その二人にも話はするけど、依頼を受諾するかせーへんかは基本的にボクが決めるから」
「……それってやっぱ、実質的にヤックンがリーダーって話に変わりないんじゃないの?」
「んなこたぁない。というより、あの血の気の多い二人にとっちゃ、より多くの魔物と派手にドンパチやれるんなら何でもえぇってだけの話やね」
「…………野蛮ですわね」
「なっはっは! ま、せやからボクらが依頼話を聞く役を引き受けてるって事や」
キングとクイーンは所謂、戦闘狂というヤツなんだろうか。
傭兵だのハンターだのと物騒な響きの組織に居るだけあって少なからずそういう人種は居るもんだと思ってはいた。
まぁ、そんな彼らの力を借りようとしてる以上は、心強いと思い込むしかない。
正直、なるべく顔を合わせたくない手合ではあるけども。
苦笑を紛らわすかの様に各々が紅茶を一口付けた所で、話はいよいよ本題へ。
「さて、肝心の依頼の件についてやけど……ボクら、エルディスト・ラ・ディーの理念にも『手段なき者の為の手札』っちゅうのもあるし、未然に防ぐべく危機の度合いもこれまた大きい。まずそこは間違いないな、ジャック」
「……そうですね。何より宰相様からの直々の紹介状、というのもあります」
「では……!」
まずは好感触といったエースとジャックの口振りに、ソファに腰掛けて以降、喜楽を浮かべていなかったお嬢の顔がパアッと華やぐ。
けどこれはあくまで前置きであり、駆け引きの為のちょっとした手札の開示に過ぎない事は分かっている。
それとなく探った『キング』と『クイーン』の所在。
正確な場所は分からないけども、少なくともエースの口振りからして、彼らが本拠地を離れていない事は伺えた。
それはつまり、ある"違和感"を生む。
「せやけどね、ボクらにも事情っちゅーもんがある。自分らも可笑しいと思ってるやろうけど、セントハイムも北へ東へ軍を動かして手が足りてへんのに、なんでボクらみたいなんが今こうして悠々と茶を飲んでられるんかっちゅー話や」
「……やっぱり、セントハイム"軍"からの協力要請があったのね」
「はい。軍団規模の魔物の驚異……こういってはあなた方に失礼ですが、私達の理念、そして危機の度合いをはかれば、今回の依頼以上に引き受けるべき内容でしたが……」
「その事情ってのが理由で断った、と」
相槌を打つかの様な気軽い頷きと共にエースはカップに口を付ける。
けれどもその細く尖った目元から覗いた緑色の瞳からは、強い意思が一番星みたく燦々と光っていた。
「正確には、断る"しか"なかったんやけどね」
「……?」
「前回は国から……つまりは軍が相手だっただけにボクらも首を横に振るしかなかった。せやけど今回は違う。『騎士』のセリアちゃんはともかく、他の三人は『騎士』やなくて、セリアちゃんの『協力者』って立場なんやろ?」
「──まさか、貴方達の事情って言うのは……!」
「そそ。国王さんとこ行ったんなら耳に入れてるかも知れんけど……もうあと一週間経ったら闘魔祭って祭技が催かれるんや。文字通り『剣でも拳でも魔法でも、何でもありのバトルトーナメント』でな、これにはエルディスト・ラ・ディーからも何人か参加するんやけどね……
──キミらもその参加者に加わって、可能な限り"優勝"を目指して欲しい。そして、優勝商品を手にしたのなら、それをボクらが貰う……この条件を飲んでくれるんなら、この依頼、引き受けてもええよ」
◆◇◆◇
「……テレイザめ。いつの間にか女狐の様な真似をするようになりおって」
まだ陽も沈み始めてすらいないというのに、ありもしない湿度すら伴った薄暗い部屋の中、しゃがれた老人の声が響く。
黒いカーテンの隙間から射し込んだ僅かな光と、頼りないランプの灯火が、傷の多い老朽したテーブルに積まれた書類の束を照らし出した。
「『援軍が叶わぬ代わりに、サザナミ・ナガレを闘魔祭に参加させて欲しい』などと……全く、何を考えておるのやら」
忌々しい小娘だと吐き捨てたくもなる。
皺だらけの手でランプの小窓を開きながら、蛍火を先に揺らす蝋燭へ指先を伸ばす。
多くを指示し、多くを指令をペンで刻んできた人差し指と中指の、その間には手紙が挟まれていた。
掌よりも小さいくらいの用紙に綴られた、『三枚目』の親書。
ガートリアムからの嘆願書と、テレイザがルーイックに宛てた個人的な手紙の間にひっそりと忍ばせてあった手紙。
その宛先が、この書斎の主であるヴィジスタなのは言うまでもなかったが、その内容はあまりにシンプルかつ意図の見えないもの。
「……あの小僧に何があるというのだ」
騎士セリアとエルフの主従という組み合わせの中では、逆に一際浮いていたナガレという若者。
三大国の宰相を務めるヴィジスタすら時折底を見せなくさせるあの姫君が、一見変哲のない印象を抱かせた彼に、何を期待しているというのか。
「悩みの種ばかり振り撒きおってからに」
微かな音を立てて、焔が肥大し、灰へと還す。
未熟な王を支える為に、その老骨に鞭を打ち続ける彼の心中はとても穏やかとは言えない。
良い意味でも、悪い意味でも。
「──やれやれ。あの小僧も、不運な事だ」
けれどもその呆れと厳しさに満ちた横顔に、僅かながらでも愉し気なものを見出だせたとしたら。
それはきっと、彼を深く知る者という証左なのだろう。
──例えば、数ヶ月前にこの世を去った、彼にとっての王であり、古き友人の様に。
◆◇◆◇
「参加資格?」
「はい。闘魔祭に参加出来る条件は、少ないですが絶対です。まず一つは、『過去に一度でも参加した事のある人物は、エントリー不可』」
「一度でもって……」
「闘魔祭には予選、本選と試合があるんやけど……本選のトーナメントは勿論のこと、予選敗退の場合でも二度と参加出来ないないねんな」
「……一応聞くけど、エースとジャックは……」
「参加経験あり、です。ちなみに私は前回に参加して、エースは……前々回の優勝者でした」
「なっはっは! ボクも結構やるもんやろ? あ、分かってると思うけど、例のキングとクイーンも当然過去の参加者やで」
「血の気多いって言ってたもんな」
国を挙げての祭儀だから色々と制約なりがあるのは過ぎってたけど、ここまで厳しいとは思わなかった。
というかエースさらっと優勝経験アリかい。
「二つ目は、年齢制限です。これは『十五歳から四十五歳まで』とされていますね。恐らく、極力死者や重傷者が出ないようにする為の配慮でしょう。とはいえ、出るときは出てしまうものですが」
「…………アムソン」
「……口惜しいですな」
この制限は正直、とてつもなく痛い。
アムソンさんの実力の高さからして、俺達の中では一番優勝の芽が見えていたというのに。
「そして、三つ目ですが──『自国他国に関わらず、軍務に関わる称号、階級を持つ者のエントリー不可』」
「……え。それじゃあ、セリアは」
「──参加出来へんって事や。制限の中でも一番新しい制限なんやけども、それでもずーっと前からの決まり事やからな……」
「────ッッ」
言葉にすらならない感情を握り潰すかの様に、セリアの籠手が鈍い音を立てた。
どうしようもないから、なんて気遣いが果たして彼女の慰めになるものか。
自分の国の危機を救う為の戦いに、騎士という立場でありながら、剣を振るう事が出来ない。
冷悧な仏頂面を崩した騎士が、悔しさの渦を回し続ける瞳が、自分の膝を睨み付けていた。
軍務に関わる者の参加不可。
なんでまたそんな制限が存在してるのかなんて、俺にはまるで想像出来ないけれど。
セントハイム軍からの要請を断る"しか"なかったというのは、そもそも交渉のテーブルにつけなかった事を意味していたのか。
「……で、では……参加出来るのは、わたくしとナガレだけ……?」
「……そうやね。けど、残念ながら制限とは別に、もう一つ厄介な点があんねんな」
「……勘弁して」
畳みかけるように拓けていた道が、閉ざされていく様な感覚に、思わず悪態をつきたくなるけれど。
この上、まだ……極めつけってのが残ってるだなんてね。
もし俺がテラーさんと出逢ってなかったら、今頃きっと神様を呪っていたかも知れない。
「まぁ、これはキミらだけの障害じゃなく、ボクらにとっての懸念でもあり大きな壁になって来るんやけどね……
今年の闘魔祭は────数十年振りに【魔女カンパネルラ】の弟子が参加してくるらしい」
──弱り目に祟り目過ぎんでしょ、これは。