ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 33【星型のべっこう飴】

「うっわ……すんごい逃げ足。もう見えなくなってるし。あんな姿誰かに見られりしたら、大貴族の名が泣くねぇ、あっはっは」

 

かの陸上選手の記録すら上塗りかねないダッシュを披露してみせた男の背中は、とっくに見えなくなっていた。

因果応報と開き直るつもりはないけど、これ以上とない意趣返しの成功にまずは満足。

というか、てっきり伝聞通り包丁とかもって相手を追い掛け回すと思って、いつでもコントロール出来るように身構えてたのに。

当の本人は、何故だか橋の上で佇んだままだったなのは意外の一言に尽きた。

 

 

「……イイ笑顔ね。こっちは大変だったのに」

 

 

「ベタ褒めされたんだから良かったじゃん」

 

 

「はり倒すわよ」

 

 

途中から一緒になって隠れていたセリアの顔色は、まるで食あたりでもしたかの様に悪い。

よっぽどロートンの口説き文句がお気に召さなかったのか。

 

やんわりと流れた風に、セリアのほどいたままの髪が流れる。

機会は少なくないにしろ、普段とは違う彼女の姿はロートンが言うように、確かに美しかった。

 

 

「ま、文句を受け付けるのはまた後で。セリア、ちょっと待ってて」

 

 

「……えぇ」

 

 

月映え姿に心で拍手するのも一瞬、賛辞を送るべきもう一人を待たせたままなのはいただけない。

羽織っていた紅いレインコートを収納空間に放り込むセリアを尻目に、未だに石橋の上でポツンと佇む彼女の元へと歩み寄る。

 

ザクザクと小さな砂を磨り減らした靴音が響く中。

いつの間にやら再びマスクをしている彼女が、ゆっくりと此方へと振り返った。

 

 

 

さて、今回再現したのは『口裂け女』。

 

語り草の中でも述べたように、彼女の名前を誰しも一度は聞いた事があるだろう。

なにせパンデミックみたく拡散した彼女の噂の影響は、凄まじい実績を誇る。

 

流布された1979年頃の教育現場では口裂け女の対策が議論されたり、それに伴った集団下校、パトカー出動騒ぎも発生。

さらに口裂け女の摸倣犯も現れたりと、まさに社会問題となったほどだ。

 

 

様々な憶測や逸話、派生的存在を生んだ彼女はいくつもの創作にも引っ張りだこで、海外では2004年に韓国でも流布されたり、彼女を題材にした映画も幾つか作られて反響を呼んだとか。

まさに怪談系の都市伝説の看板的な存在といっても過言ではない、都市伝説の中の都市伝説。

 

 

俺からすれば心踊り過ぎて疲労骨折しそうなレベルの相手と、今、こうして向き合ってる。

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

なんというか、想像していたよりも大分美人というか。

 

口裂け女の問いかけは自分の容姿に対する自信のあらわれだという説があるけど、確かにそれも頷ける。

ちゃっかりスタイルも凄いし。

レインコートで浮き彫りになるシルエットも目に毒ったらない。

 

 

……ぶっちゃけ緊張してますとも、ええ。

なにせ、リスペクトの余りに髪まで伸ばしてた俺からすれば、彼女もまたずっと会ってみたかった憧れの相手だ。

緊張すんなってのが無理な話、だったんだけども。

 

 

「ねぇ……キミ」

 

 

「ん?」

 

 

奇しくも、先に語りかけてくれたのは彼女だった。

 

マスク越しだというのに、不思議と言葉の一字一句が耳に伝わる。

 

 

「……あたし、綺麗?」

 

 

「────」

 

 

 

……あ。

 

俺今もっかい死んでも後悔しないかも。

 

 

「────めっっっっちゃ綺麗でっす!!!」

 

 

「えっ」

 

 

 

────

──

 

【星型のべっこう飴】

 

──

────

 

 

 

いやもうね、第一声がこれはズルい。

 

例えば好きなアーティストが居たとして、その人からアカペラとか生演奏されるようなもんだから。

下手したら昇天もんだから。

 

自制心とかぶっ飛ぶに決まってんでしょーが。

 

 

「え、あの……」

 

 

「そりゃもうちょーキレイっす!! たまんないっす麗しいっす!! あとサインちょーだい!」

 

 

「さ、サイン!?……ちょ、ちょっと待ってよ、ボールペンとか持ってない……」

 

 

「……あ、違う今のなし。段取りあるもんね、俺とした事が……テイク2で!」

 

 

「え……やり直し!?」

 

 

「おなしゃす!!」

 

 

「えぇ……」

 

 

だが、興奮の中でもしっかり理性は働いてくれたらしい。

危うくお約束のパターンというものをぶっ壊してしまうとこだった、いかんいかん。

 

という訳でテイク2を希望するべく、ジーっと口裂け女に期待を込めた眼差しを送る。

なんか戸惑ってるっぽいけど、んな事は後回し。

 

 

「……えーっと……あ、あたし、綺麗?」

 

 

「綺麗」

 

 

「……そっ、そうですか……」

 

 

「……?」

 

 

「……あー……じゃ、じゃあ」

 

 

なんかやっつけ感を醸し出してらっしゃる口裂け女だが、やることはきっちりやってくれるタイプらしい。

 

ついさっきロートンにしてみせたように、彼女は耳元に指を沿わせ、ゆっくりとマスクを外した。

 

 

「…………これ、でも?」

 

 

「──おぉ、おぉぉぉ!! オォォォ来たきたキタぁ!!!! ガパーっとキタよこれこれ! っしゃ! っしゃい!」

 

 

「(……どうしよう。この子、すっごい変わってる。あたし、付いていけるかなぁ……)」

 

 

 

思わず渾身のガッツポーズを取らざるを得ない。

 

感動もんだろこれ。

全俺が震えて泣いた。

 

 

「たまんねぇ……生きてて……あ、いや、生き返れて良かった……」

 

 

「……ねぇ、キミ」

 

 

「ん。どしたの?」

 

 

場所が場所なら咽び泣きかねない勢いだが、トントンと肩を叩かれて顔を上げると、なんか口裂け女が唖然としていた。

あと耳がほんのり赤い。

見た目は二十台ってとこだけど、こういう表情は随分と幼く見える。

 

 

「……あたしの事、怖くないの?」

 

 

「いや別にそこまで……ハッ。いやうん、もちろん怖い! めっちゃ怖い!! ほらよく見ろ俺の身体震えてるじゃん?!」

 

 

「…………絶対そういう震えじゃないと思う」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……すんませんした」

 

 

口裂け女に綺麗じゃないと答えると襲われてしまうのは有名だが、怖くないと答える場合はどうなのかを知りたくてつい無理矢理な嘘をついた。

 

あっさり見破られたのもあって、頭をかきながら少しクールダウン。

すると彼女は、責めてるつもりじゃないと言いたげに首を横に振る。

 

 

「…………別に、怖くないなら、怖くないで良いから……嬉しく、ない訳じゃないし」

 

 

怪談系の都市伝説だから、てっきりブギーマンみたいに恐怖されるのを喜ぶ性質を持ってると思ったんだけど、どうやら違うらしい。

それどころか、彼女の耳はさっきよりもまた更に若干赤く、何やらモジモジと指同士を絡めていた。

 

 

「……嬉しいの?」

 

 

「……まぁ、嬉しい……けど」

 

 

「……そっか」

 

 

「……」

 

 

口裂け女の弱点といえば、【ポマードと連呼する】、私は綺麗かという質問を【無視する】など地域によって様々なものが言い伝えられている。

またその中に、綺麗だと何度も褒めると気を良くして見逃されるというのもあったが、もしやそれが反映されてるのかも知れない。

 

いや、もしかしたら……裂けた顔を見て怖がらなかったのが肝なのか?

気になるところではあるけども、それをわざわざ事細かに尋ねるのは──ちょっと野暮な気もする。

 

 

「……渡したいモノ? あたしに?」

 

 

「そそ。おーい、セリア。ちょっと来てー」

 

 

意表をつかれたように目を丸める口裂け女に頷き返し、石橋の向こうで此方を伺っていたセリアを手招く。

ロングヘアーの流し髪にタイトな私服姿であるのも手伝って、こっちへとてくてく歩み寄って来る姿は、まるで休日のモデルみたいだった。

 

 

「話は終わったの?」

 

 

「もうちょい。セリア、昼に渡したやつ出してくれない?」

 

 

「昼……あぁ、はい。【コンビニエンス(こんなこともあろうかと)】」

 

 

「ありがと」

 

 

流石はセリア、話が早い。

彼女が取り出したのは、半球を象ったガラス瓶。

その中に敷き詰められた琥珀色の星型が、カラカラとオモチャみたいに音を立てた。

 

 

「はい、これ。プレゼント」

 

 

「!!……これは『べっこう飴』?」

 

 

「正解。昼間にレインコート探す時に、たまたま菓子職人の屋台があってから、ちょっと作って貰った」

 

 

口裂け女の好物といえば、べっこう飴というのも有名な話。

これも地域によって変わり、中には嫌いなモノ、あるいは弱点として語り継がれている所もある。

 

だから場合によっては彼女の機嫌を損なうかも知れない危惧があったんだけど、それもただの杞憂で終わってくれた。

 

 

「……綺麗」

 

 

手渡したガラス瓶を両手で受け取って、少し掌で転がし甘い黄色星の色を楽しむ。

少女の様に優しい目尻をした彼女が蓋を開け、星をひと摘まみ。

マスクをずらし、薄紅色の唇へとべっこう飴を運んだ。

 

 

──味の方は保証出来る。

 

なんたって、新しい再現と聞いてヘソ曲げたあのメリーさんが、すっかり機嫌を良くしたくらいだし。

ちょっとした変装までさせて、紅いレインコートを買いに行って貰った分の手間賃でもあるけど。

 

 

「屋台のおっちゃん、良い仕事するでしょ?」

 

 

「うん……これ、とっても美味しい。わざわざありがとう……ええと」

 

 

「……細波 流。ナガレでいい」

 

 

「そう。ありがとう……ナガレ、くん」

 

 

「どう致しまして」

 

 

それは、メリーさんが見せるような、可憐な花がふわりと咲くような笑顔じゃない。

月の佇まいが映えるような、大人の女性らしい、静かで自然な微笑み。

 

マスクがあろうとなかろうと、そこに飾るべき正しき評価は、もう決まっている。

 

 

「綺麗ね、この人」

 

 

「あ、やっぱセリアもそう思う?」

 

 

「えぇ」

 

 

「うぁ……その、あんまり誉めないで……」

 

 

ただ、気恥ずかしさに負けて直ぐにマスクで顔を隠す辺りは可愛いと言ってやるべきか。

言ったら言ったで、もっと恥ずかしがらせるだけになってしまいそうだけども。

あと、照れると指同士ツンツンやるのが癖らしい。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

ちなみに。

 

今回は仕掛ける相手が相手だったので、万が一巻き込まない為にと宿屋に待機して貰ったお嬢とアムソンさん。

 

彼らにも当然、今回の一件についての説明も兼ねて、口裂け女を紹介した訳なのだが。

 

 

「女性の外見的特徴をそのまま名前にするのはナンセンスにも程がありますわ!」

 

という、お嬢様の鶴の一言により、口裂け女のニックネーム考案というミッションが与えられた結果。

 

 

「じゃあ……口裂け女だから『くっちー』……とか」

 

 

「……相変わらず安直ですわね」

 

 

「くっちー……うん、それでいいよ」

 

 

「良いの?!」

 

 

「良いんですの?!」

 

 

「だ、だって……ちょっと可愛いかなって……(アダ名に憧れてるとか言えない)」

 

 

俺のネーミングセンスのなさが露呈したのは言うまでもないが、本人が照れながらもこれを承諾してくれた。

 

 

「そんじゃこれから宜しく、くっちー」

 

 

「よろしく、ナガレくん」

 

 

だが……今にして思えば、くっちーというニックネームは、彼女という存在の【凄まじさ】にはあまりに似つかわしくなかったのかも知れない。

 

 

ワールドホリックで再現された【口裂け女】。

 

それが巻き起こす『異常現象』を知ることになったのは──翌日のことだった。

 

 

 

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