ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 36【緋色の女】

サッと吹いた木枯らしがさらった朱混じりの葉が、目の前でくるりと一周して落ちた。

秋風も随分寒くなってきたなと思えた理由は、色彩とは裏腹に温度の低い瞳が原因だろう。

セナトより少し焼けてるくらいの、小麦色の肌も相まって、一層威圧感があった。

 

 

「あーその、すんません」

 

 

「……」

 

 

自覚のないまま近寄ったせいで、彼女と精霊樹の対角線を遮ってしまってたみたいだ。

軽く謝りつつ、横に逸れる。

 

……というか、『彼女』で良いんだよな?

 

墨に浸けたんじゃないかってくらいに黒いローブを深めに被っているからか、その体格や顔付きが分かり辛い。

ただ、トーンは低いながらも声は女性らしい艶があったような気がする。

 

 

それに、フードの隙間からも見える流れている彼女の横髪。

 

夕陽の様な朱い毛先から、徐々に明暗のきめ細かな灰色へと変わる、不思議な配色。

ただ、その胸元に届きそうな長さからして、女性なんじゃないかって推測を立てただけ。

まぁ、一時は俺もこれくらい長かったから、断定は出来ないけど。

 

 

「…………おい、なにをジロジロと見ている。私に何か用でもあるのか?」

 

 

「──……え、いや……用っていうか……」

 

 

変わった髪色だなーとか逆に目立つ格好してんなーとかのんびり考えてる場合じゃなかった。

俯きがちだったフードの中から、間違いなく美人にカテゴライズされる様な淡美な顔がチラッと見える。

 

一瞬、アキラに似てるなとも思った。

特に今にも舌打ちしそうな煩い顔とか。

いやいや、んな懐かしさに浸ってちゃダメだろと。

 

慌てて何か言い繕おうと焦る俺だったが、その前を一歩躍り出る少女の金髪がふわりと舞った。

いうまでもなく、メリーさんだ。

 

 

「私、メリーさん。なんの絵を描いてるの?」

 

 

「…………貴様に関係ない」

 

 

「むぅ。ちょっと見せて?」

 

 

「断る」

 

 

「恥ずかしがらないで良いのに。自信ないの?」

 

 

「違う、そういうんじゃない」

 

 

「私、メリーさん。お絵描き屋さんだったら自分の腕に自信を持つべきなの」

 

 

「知った事か。第一、私は絵描きではない」

 

 

「(……いつぞやのアキラ達とのやり取り思い出すなぁ、この光景)」

 

 

どうやら彼女の存在はメリーさんの好奇心をくすぐったらしい。

(しき)りに見せてとねだるメリーさんの攻勢を、面倒そうに拒否するローブの女。

 

俺もアキラ達との初対面は、こんな感じで強引に接したもんだ。

妹分だけあって、似通(にかよ)うもんだねぇ。

 

 

「おい貴様!」

 

 

「ん?」

 

 

「何を傍観している! 貴様の連れをどうにかしろ!」

 

 

「あー、はいはい。メリーさんメリーさん、ちょっとストップ」

 

 

「あう。ナガレ、レディを持ち上げる時はもっと優しく」

 

 

猫みたいにじゃれついてるメリーさん。

両脇をひょいと持ち上げれば、拗ね気味に苦言を呈された。

善処しとく、と宥めながら、さて仕切り直し。

 

 

「いきなり悪かったね。俺はナガレ。で、こっちはメリーさん」

 

 

「そう。私はメリーさん。ちゃんとメリーさんって呼んでね?」

 

 

「……フン。名前なんて、どうでもいい」

 

 

「どうでも良くないの!」

 

 

「キーキーとうるさい奴だ」

 

 

「むぅぅぅ……」

 

 

スカートの端をちょこっと摘まむメリーさんの挨拶にも、彼女は仏頂面を崩さない。

それどころか、だからどうしたと言わんばかりに顔を伏せた。

セリアに負けず劣らず辛辣な言い様といい、絵を描くのを邪魔されただけでの態度とは思えない。

多分、元々排他的な性格なんだろうか。

 

 

「(幽霊について聞いときたいけど、これじゃあとりつく島もないな……でも)」

 

 

歓迎されてない雰囲気だろうが、お構い無しに行動するのは俺の十八番。

そして、こういうタイプには案外有効なのは、俺の交友関係からして実証済みってな訳で。

胸を張っていいもんじゃないけどね。

 

 

「っしょ、と」

 

 

「……っ、おい。なんのつもりだ貴様」

 

 

「まーまーお構いなく」

 

 

「これみよがしに隣に座っておいて何を……」

 

 

 

おー驚いてる。結構可愛い顔出来んじゃん。

戸惑いつつも、ウザがってるんだろうな。

けど、こういう『プライドの高そうな』人には、結構有効的な距離の詰め方なんだよね。

 

 

「いーからいーから」

 

 

「全然良くない」

 

 

「まぁまぁ。べっこう飴食べる?」

 

 

「いらん! くそっ、なんだコイツらは……」

 

 

何故ならこういう時、そそくさとどっかに行こうとしないから。

自分から離れる発想より、相手を追い払う方に重きを置いてしまうもので。

 

 

「ちょっと聞きたい事があって」

 

 

「チッ…………ハァ、面倒な奴。おい、さっさと言え」

 

 

「あざーす」

 

 

多分自分が退くのはプライドが許さないとか、そういうメカニズムでも働いてるんじゃないか。

そんな折にひょいと解決策をチラ見せすれば、深いため息の後に、仕方なく折れる。

それを叶えれば、どっか消えてくれるだろうと。

 

 

「じゃ、"まず"は……名前教えてくれない?」

 

 

だから、そこを折らせたのなら、後はもうこっちのものだ。

 

 

「何故そんな事、貴様に教えなくてはならないんだ」

 

 

「知らないと不便でしょ?」

 

 

「私は別に困らない……──名前なんて、そんなもの」

 

 

「……俺は困んの。メリーさんもそう思うよな?」

 

 

「そう、名前は大事。単なる音じゃないもの。あ、ナガレ。お膝の上、お邪魔していい?」

 

 

「どーぞ」

 

 

「わーい」

 

 

「自由か貴様ら……」

 

 

仏頂面も呆れ顔に変えながら、疲れたように肩を落とした彼女の名前を引き出すべく、見つめる。

胡座の上に身体を滑り込ませたメリーさんの頭に顎を乗せ、一緒になってジーっと見つめる。

 

 

「……………チッ……………────ルークス」

 

 

「「ん?」」

 

 

「だから…………私の名だ」

 

 

そうしてささやかな勝利を得たものの。

彼女……ルークスの緋色に、何故だか(くら)い光が滲んだのが気になって、つい。

悪い道化癖が顔を出して、頬を緩ませた。

 

 

─────

──

 

【 緋色の女 / Lux 】

 

──

─────

 

 

 

なんというか、今日は不思議と、懐かしく思う事の多い日だ。

 

 

「……へぇ。ルークス……はは」

 

 

「貴様……なにを笑ってる。八つ裂きにするぞ」

 

 

ギロリ、と。

眼力だけでも寒気のする切れ味の視線。

名前なんてどうでもいいって言った人とは思えない。

 

 

「おっかないこと言うなって。いや悪い悪い、実は俺、写メ娘……もとい友達にルー君って呼ばれてたから」

 

 

「ルー、クン? ……お前の名前はナガレじゃなかったのか」

 

 

「ナガレで合ってる。けどまぁ流って名前はル、って読

む事も出来んの。そんでルー君ってなった訳」

 

 

「……」

 

 

リョージとアキラはナガレ、チアキだけがルー君。

特別扱いとかそんな色っぽいもんじゃない、単なる呼びやすさから。

よく分からんなとそっぽを向くルークスと、不思議な響きだからか、るーるーと口ずさむメリーさんの対極な反応が面白い。

 

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 

付き合ってられないと、懐に抱えっぱなしだった古いスケッチブックを開き、ペンを取り出すルークス。

もう追い払うのも面倒になったのかも。

疲れた様な吐息と共に姿勢を正した慣性で、灰色の髪が柔らかく舞った。

 

 

「私メリーさん…………ほほー……うん、すっごく上手なの!」

 

 

「お、マジでか。どれどれ」

 

 

「貴様ら、勝手に……」

 

 

どうせ頼んでも見せてくれないだろうから、勝手に見ようということで。

ひょこっと覗いて見れば──確かに、ペン一つで描いたとは思えないくらい、陰影も細かく写実的な精霊樹の絵だった。

 

書きかけだが、とんでもなく上手い。

でも、それ以上に……あれ、なんか実際の精霊樹と違くないか。

 

 

「枝にも、精霊樹の雫が実ってる……」

 

 

「……あ、本当なの。どうして?」

 

 

「どうだって良いだろうが」

 

 

「んんー……あ、分かったの。精霊樹が寂しそうだから、実も描いてあげようって事ね。ルークス、やさしいわ」

 

 

「…………もう、それで良い」

 

 

きっと答えは違うんだろうが、それを提示するつもりはないらしい。

俺達の事を意識外へ追いやるように、ルークスは黙々とペンを進めてしまう。

ちょっと彼女が自棄気味になってる感じがするので、そろそろ本題に入るとしようか。

 

 

「ルークス。つかぬことをお聞きするけどさ、聖域で女の幽霊とか見てたりしない?」

 

 

「…………は?」

 

 

あまりに荒唐無稽な切り出し方だったからか、彼女は思わず顔を上げた。

丸々と開かれた緋色の瞳と、不健康そうな服装とは裏腹に健康そうな褐色肌。

鳩が豆鉄砲くらった様な素面が、少し幼かった。

 

 

「五日前くらいに、ここに観光に来た人が居てさ。そん時に女の幽霊を見たらしい」

 

 

「…………」

 

 

「で、こっからがちょい不思議なんだけど……何故か、その幽霊の顔が思い出せないんだとか! いやー紫鏡とか忘れないと不味いって話は良くあるけど、思い出せないってのは都市伝説にも中々なくってね! これは是非とも調査せんといかん! ってな具合で……」

 

 

「ナガレ、ナガレ。ちょっと落ち着くの。ルークスが……」

 

 

「……え?」

 

 

「……あの金髪エルフ。私の邪魔をしたばかりか、下らん噂を……」

 

 

「………………」

 

 

お分かりいただけただろうか。

金髪エルフ。噂。

忌々しそうにルークスが吐き出した言葉は、どう考えても当事者のモノで。

 

幽霊の、正体見たり、枯れ尾花。

 

いやいや、え、これで種明かし終了かよ。

 

 

「…………」

 

 

「……おい。なにいきなり、人の頬を突っついて……」

 

 

「……生きてるじゃん」

 

 

「……見れば分かるだろうが。あと気安く触るな、消し飛ばすぞ」

 

 

またもおっかない言い方に、大人しく手を引っ込める。

この、噂の種のしょうもなさから来る落胆も幾度となく経験したものではあるけど、異世界産のネタだけあってガッカリ感がいつもより多い。

 

 

「(というか、顔思い出せないって……単に忘れっぽかっただけ? あーもう、今朝のお嬢とエトエナの口論に割って入っとけばそこら辺もっと……)」

 

 

「よしよし、ナガレ、ドンマイなの」

 

 

「…………今度は勝手に落ち込み出して……なんなんだコイツは」

 

 

「私メリーさん。そしてナガレは都市伝説大好きっ子なの。でも、幽霊の真相が勘違い?……みたいだったから、ガッカリしてるの」

 

 

「……良く分からんが、コイツが馬鹿なのは分かった」

 

 

泣きっ面に蜂みたく、凹んでるとこに容赦ない一言。

かと思いきや、隣で落ち込まれるのが鬱陶しかったのか、それとも辛辣な弁ばかりのルークスのちょっとした優しさなのか。

 

 

「…………トシデンセツ。要は根も葉もない噂好きか」

 

 

「んな身も蓋もない言い方しないでくれ」

 

 

「……フン。つまり【闇沼の底】の類の話だろう。身も蓋もないのは事実──」

 

 

「闇沼の底!? おいおいなにそれなにそれ!! めっちゃ気になるじゃんそれ教えてくれ!!」

 

 

「なっ、おい、やめ、ろ肩を、掴むな! 揺らすな!!」

 

 

「……『身』から出た錆なの。蓋はせずに、ちゃんと教えた方がいいの」

 

 

「教えてくれマジで! さぁ、さぁ!」

 

 

「ぐ、教える、教えるから……離せ!」

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「『闇沼の底は異次元に繋がってる』……?」

 

 

「私メリーさん。こういう話は、どこでも変わらないものなのね」

 

 

「だがそれが良い」

 

 

「……理解不能な奴」

 

 

「理解したら負けって言われてるくらいだから」

 

 

「知るか」

 

 

揺さぶった事をまだ根にもってるのか、凛々しめの声には冷たいトゲが過分にあった。

 

ルークの語るレジェンディアの都市伝説。

魔女カンパネルラの庭、魔境【闇沼の畔】の底は異次元に繋がってるというものだが。

 

 

「異次元か……エレベーターでの特殊な移動法、紙に六芒星と飽きたを書くとか色々とあるもんだけど……」

 

 

「……?? えれべたー……?」

 

 

「あ、ごめんこっちの話」

 

 

聞き慣れない単語に少しだけ首を傾げるルークスに慌てて誤魔化しつつ、闇沼の地へと思いを馳せる。

 

異次元への道、か。

 

 

─────

 

 

俺の世界での【底無し沼の都市伝説】も似たような噂があるのは、奇妙な偶然? それとも、よくある一致?

 

ただ、比較してみれば現実世界の方がよっぽど恐ろしく、ファンタジー要素が付随しているけど。

 

─────

 

 

でも、これはいつか訪れておきたい。

つか絶対行く、魔女ってのにも会ってみたいし。

危険なのは百も承知。

リスクを恐れてちゃ都市伝説愛好家は務まらない。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

意識した訳でもなく自然と途切れた会話。

ため息とも呼吸とも分からないくらいに落とした浅い息を、渇いた風が流した。

 

急に訪れた沈黙は、かといって居心地が悪くならない。

いつの間にか再開されたスケッチの、紙擦れとペン先の微かな音が、優しい子守唄の様にも思える。

 

けれど、絵描きの心はこれ以上、興が乗らないらしい。

草花の奏でにしばらく指揮棒を託してから、ゆっくりとスケッチブックを畳んだ。

 

 

「私、メリーさん。ルークス、続きは描かないの?」

 

 

「……まぁな」

 

 

「……気が削がれた?」

 

 

「そう思うなら、そう思っていろ」

 

 

相変わらずの憎まれ口ではあるが、その表情はどこか穏やかで、少し──いや、気のせいか。

ゆるりと立ち上がる彼女を見上げようとしたけど、首が痛いから止めた。

決して俺より背が高いのが、なんとなく悔しかったからとかじゃない、決して。

 

 

「……帰んの?」

 

 

「……あぁ」

 

 

「そか。悪かったね、邪魔して。今度お詫びする」

 

 

「…………フン。今度、か」

 

 

スケッチブックを小脇に抱えて、背の高いローブ姿が感慨もなく草を踏む。

今度。

ルークスがそう呟き、少しだけ顔を振り向かせた時。

気のせいだと思っていた事が、そうではなかったと、奇妙な確信を抱いた。

 

 

「……要らない心配はいい」

 

 

「──?」

 

 

寂しそう、だと。

なんでそう思ったかなんて、分からない。

 

 

「私、メリーさん。またね、ルークス」

 

 

「……」

 

 

メリーさんの別れの挨拶に、背を向けたまま歩みを進める彼女はやはり振り向きもしなかった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

──そして。

 

 

 

ルークスの背中を見送って、それから同時再現で疲労が無視できなくなった分、しばらく聖域で身体を休めて。

 

未だに修行を続けているだろうお嬢達の差し入れ用と、メリーさんに約束のハニージュエルを購入した時だった。

 

 

「二袋で。いくらです?」

 

 

「80エンスですね」

 

 

「丁度で……っと。メリーさん、どーぞ」

 

 

「わーい、ありがとうなの」

 

 

「ふふ、可愛い妹さんですね。あれ、でも……妹にさん付けって、んん?」

 

 

「お気になさらず」

 

 

屋台の女性店員さんの疑問符を、適度に流しつつ、俺も俺で考えてみる。

今度お詫びするとは言ったものの、気難しそうなルークスに何を包んで持ってくべきだろうか。

女性でも甘いの苦手って人はいるし、写メ娘……もとい、チアキもそうだった。

反対にリョージと、本人は否定してたけどアキラも甘いモノには目がなかったけど。

 

とりあえず、相談してみよう。

 

 

「メリーさん」

 

 

「んふぅ? はぁに……んっんん……えっと、なぁに、ナガレ?」

 

 

「いや、ちょっとね。今度ルークスにさ、何かお詫びの品渡すみたいな事言ったじゃん。で、なににしようかなーって」

 

 

「あらら、恋人さんにプレゼントとかですか? さては妹と仲良くし過ぎて焼き餅妬かせちゃったとか」

 

 

「そんなんじゃないっすよ」

 

 

女性は出歯亀と恋話が好きな生き物だと、良く分かる代表例からの臆測を、苦笑いしつつ否定する。

ふと、そんな折に、メリーさんから服の裾をちょいちょいと引っ張られ。

 

どうしたの、と顔を向ければ、彼女は珍しく戸惑いの表情を浮かべながら──

 

 

 

「あの、私、メリーさん。ねぇ、ナガレ……その。

 

 

 

 

ルークスって、誰の事なの?」

 

 

 

 

そう、告げた。

 

 

 

 

 

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