ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~ 作:歌うたい
『第一ブロック。タニストン・ユーグ選手! タニストン・ユーグ選手、係員の元へ。続きまして、エイド・ファーク選手! さらに────』
早くも流れ出すアナウンスに耳を澄ませながらも、さっきの内容を反芻すれば眉間に皺が寄る。
顎に添えた指の腹が、手汗で妙に湿っぽい。
「バトルロワイアルか……んー、俺達からすれば追い風っぽいルールかもと思ったけど、そうもいかないっぽいね」
「……ですが、わたくしとナガレが一緒のブロックに選ばれる可能性もありましてよ?」
「確かに、それはかなりラッキーかもしんない。でも、もしかしたらそこにエトエナが加わるかも知れないし、それ以上の面倒もあり得る。そうなったら、エルディスト・ラ・ディーの立場としちゃ喜べないだろ?」
「……まぁ、そうかもしれませんけど」
「それに……周り、見てみなよ。俺達思いっきり警戒されてっから」
「え……?!……な、なんですの? 皆、わたくし達をジロジロと……」
お嬢が怯えたように俺の肩に手を添えたのは、周りの参加者達からの射抜くような視線が原因だろう。
堂々と此方を注視する者も、盗み見る者も居る。
いや、視線の行く先は俺達だけに留まらず、この会場全体を行き交っている。
その視線の理由も、そう難しい話じゃない。
「うぅ……こ、怖いよ、フォル」
「……チッ」
「ふん、そーゆーこと。闘魔祭の参加者は随分小心者が多いのね」
「小心者? どういう意味ですの?」
「……察しが悪いわね。闘いはもう始まってるって事よ。さっきあんたも言ってたでしょ。あんたと、そっちのナガレが一緒のブロックになったとしたら……残り八人はどう動くかって話よ」
「……?…………! わ、わたくし達が狙われる?」
「ま、そーなるね。本選枠は二名。ってなったら、残り八人からすれば『アイツらは組んでる可能性が高い』ってなるのが自然。逆に言えば、二対八の状況を作れるかもしれない。だから皆、まず蹴落とすべき奴らの顔を頭に叩き込んでる」
説明前の『悪目立ち』が、ここに来て手痛い仇となってしまった訳だ。
ま、んな事を今更掘り返したって仕方ない。
とりあえず、周囲に
『第二ブロック。ピアニィ・メトロノーム選手!』
「ひゃ、ひゃい!!」
と、早速か。
ビクンと背を強張らせたピアが、パタパタと『2』のプラカードを掲げる係員の元へと走っていく。
その折、何度も何度もこっちに振り返ってる顔が、今にも泣きそうなのは気のせいじゃない。
『続けて、フォルティ・メトロノーム選手!』
「……続けて呼ぶとか、悪意あるなぁ」
「……関係ないね」
信頼の置ける兄の名が呼ばれた途端にぴょんぴょん跳ねて喜びを示す妹の元へと歩み出す。
冷めた口振りながらも、フォルの背からは勇ましい気炎が上がっていた。
「どうせ、一人残らず思い知らせてやるんだ……『メゾネの剣』は、折れやしないって」
「メゾネの、剣?」
「…………」
問いに答えず、淡々と妹の元へと向かう背中に迷いはない。
抜き身の剣の様な気配は、相当な覚悟の証か。
「……どう考えても年齢ギリギリって感じだな」
「……生意気なガキだけど、一応、それなりの実力はあるみたいね。あのキングのお気に入りって話だし」
「キングって、エルディスト・ラ・ディーのか」
「それ以外に何があんのよ。言っとくけど、パッと見ただけでも、全然大したことなさそうなあんたが心配出来る相手じゃないわ」
「御忠告どーも」
『第四ブロック。コアトリクス・スパロー選手!』
そういや残り二人の隊長格とは未だに顔を合わせてなかったな。
しかし隊長格のお気に入りって事は有望視されるだけの
土台があるって事だから、侮れる相手じゃなさそうだ。
対お嬢とは違ってさほど刺を感じないエトエナの声色に相槌を流しつつ、浅く息を一つ。
「……」
『第七ブロック……エトエナ・ゴールドオーガスト選手!』
「……ふん。まぁ、どうせ一人残らずってのだけはあのガキんちょの言う通りよ。じゃあね、そよかぜ。くくっ、今のあんたは臆病風のナナルゥってとこね! あはは!」
「くっ……」
クツクツと喉鈴を転がすエトエナは、悪役を気取りながら、振り向きもしない。
機嫌が良さそうに揺れる金の尻尾髪が、犬のソレに良く似ていると思えるのは、他人事の証なんだろう。
さっきからお嬢がずっと俺の肩を掴んだままアナウンスに耳を傾けているのを、指摘する気にはなれなかった。
────
──
【エメラルドの磨き方】
──
────
『第九ブロック。バレンティン・ヤクマ選手!』
「……」
「大丈夫、大丈夫ですわ。わたくしは黄金風、グリーンセプテンバーに連なるエルフ。セリアだって、わたくしなら上手くやれるはずって……」
「(……熱しやすく、冷めやすい。手がかかる子供みたいだな)」
アムソンさんからの檄も、こうも向かい風が続けば臆病な心が顔を出しても仕方ない。
俺のジャケットを掴むオペラグローブに、しばらく残りそうな皺がいくつもいくつも。
大丈夫じゃない『大丈夫』は、お嬢にとって、言い聞かせ馴れた呪文なんだろう。
鏡に向かって言い聞かせるんじゃなく、下を向きながら延々と。
それじゃあ、かのブラッディメアリーだって引っ掻かない。
「出来るはず……やれるはず……頑張ったんですもの……ぶつぶつ」
「(……でもまぁ、手が掛かるほど可愛いって言うし)」
『最後に……ナナルゥ・グリーンセプテンバー選手!』
「!!!……ぁ」
彼女が脳裏に描いていた、俺と同じブロック入りの可能性は断つアナウンスに、お嬢は身を強張らせる。
白すら混じり始めた唇のわななきが、メッキを剥がす弱音を紡ぎそうで。
頼まれたから、彼女の強気を引き出そうか。
スマートにはいかないだろうけど。
「お嬢」
「え?……──ん、いひゃぁん!?」
「おー凄い声。なに、お嬢の性感帯って背中なの? へー」
「な、にゃに、なぁ、いぃぃきなり何をしますの!!」
人差し指でツーっと背中を撫でてやれば、色っぽい反応と共に目まぐるしく顔色が変わる。
若干潤みがちな瞳が、羞恥と怒りのランプ代わりに爛々と燃えているのは端美だけども、今伝えるべきは美辞麗句じゃない。
「ねぇ、お嬢。俺が思うに、なんだけど」
「え、はぁ? 今度はなんですの?!」
「まー落ち着いて。で、俺が思うに……」
「しゅ、淑女の肌を撫でておいて、なにをいけしゃあしゃあと……!」
「──アムソンさんって、無理な事は絶対にさせないんだよね。特に、お嬢に対しては」
「…………アムソン、が?」
「そそ。修行の時にも思ったけど、アムソンさんって人の限界を見抜くの上手いんだよ。俺がこれ以上は無理って本気で思った時には、いつも休憩を言い出してくれてたし」
「……」
アムソンさんの洞察力についてはお嬢が一番肌で理解してるはず。
なら、挫けやすい難儀なエルフの背中の押し方は、彼に倣うのが一番だろう。
「しゃんとしなよ、『お嬢様』。アムソンさんが送り出してくれた以上、決して無理な事じゃない。それに、セリアもセリアで、出来ない事を他人に求めるタイプじゃないし……こうして考えれば、お嬢は二人から太鼓判貰ってるって事か」
「……──!」
『ナナルゥ・グリーンセプテンバー選手! 係員の元までいらして下さ─』
──宝石を磨くのに、軟らかい布で包んだって始まらない。
皺みたいにささくれたモノの方が、鮮やかに仕上がるもんじゃぞ──
そう俺の頭を撫でながら独り言みたいに呟いた『
エメラルドグリーンは絢爛に、夜のオーロラよりも煌めく。
「…………スゥ……オーッホッホ!! 主役というのは端役を多少待たせておくのが作法! そう急かさなくとも、参りますわ! この豪華絢爛なるエルフ、黄金風のナナルゥが!! オーッホッホッホッホ!!」
ご自慢の美貌やらバストやらを存分に張って、悠々とブーツの底を歌わせる。
どことなく甘い顔立ちとは釣り合わない驚異的なお胸周りをこれでもかと張るもんだから、参加者の男性陣は生唾を飲んで鼻の下を伸ばすのも無理はない。
第九ブロックの列の最後尾の、バンダナ巻いてるお兄さんとか、渾身のガッツポーズを掲げながらうっひょーって叫んでるし。
ただ、そんな背中に苦笑混じりで呟けば、エメラルドのお嬢様は見惚れる様な所作で半分身体を俺の方へと傾けて。
「そうそう……ナガレ、この不埒者。嫁入り前の乙女の肌に触れた責任は、その内、耳を揃えてきっっっちりと払っていただきますわよ。なんでお耳揃える必要あるのかはさっぱり分かりませんけど」
「……お安くしといて」
「却下しますの」
頭のシルクハットを上品に掲げ、下唇を艶かしく潤わせるのだった。
熟しかけの林檎の様に、頬に紅を添えながら。