ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 40【Marry go round】

「兄ちゃん、悪く思わんでくれや。心配しなくても温情はかけたるから安心してや、へへへ」

 

そいつはどーもと、ニヤニヤと取り繕うジムの掌返しにヒラヒラと手を振って返す。

断るつもりだったから別にいいとは敢えて言わないが、その清々しい転身ぶりは見習うべきかも。

 

 

「お待たせしました。此処より先が第十二ブロックの闘技場になります。列順にお進み下さい」

 

 

プラカードを担いだ女性係員が、つらつらとした説明と共にその場を一歩横に逸れれば、現代でも一般的なドアノブ付きの鉄扉が顔を出す。

 

世界が違えども、案外似るとこは似るもんだねと、今更驚く事もなかったけど。

先頭がドアノブを捻った先に繋がる、巨大な空洞広間には流石に間の抜けた声が出た。

 

 

「うわ広っ……予選会場よりも面積あんな此処」

 

 

ぞろぞろと入場しながらざっと辺りを見渡せば、目に入るのは地面をドーム状にくり貫いたような、石の壁に囲まれた造りの闘技場の風景。

遊びの余地もない無機質さが、この場で繰り広げられてきた闘争の物々しさを肌で知らせる。

 

それにしても、こんな場所があと何個もあるってどんだけ広いんだよこのコロシアム。

 

 

「では、手短にではありますが、注意事項を説明させていただきます」

 

 

参加者の誰も彼もが、入り口の扉を背に語り出す係員へと傾聴する。

白い薄手袋をつけた彼女の右手が挙がり、視線もそちらへ。

 

 

「一つ。途中棄権について。予選試合中に降参される方は、『ギブアップ』と宣言して下さい。その瞬間、宣言された参加者は本選出場資格を失います。また、気絶した場合も同様に扱わせていただきます」

 

 

「……」

 

 

係員が折り曲げた親指の項目は、棄権について。

確かにこれは必要なシステムと言えるだろう。

明確に敗退するまでは棄権不可だったらどうしようって思ってたくらいだ、むしろありがたい。

気絶に関しても異論なし。

ていうか気絶したらギブアップって言えないし。

 

 

「二つ。闘争エリアについて。試合開始から終了のアナウンスまで、この闘技場から一歩でも外に出た時点で失格と見なします。なお、先程述べたギブアップを宣言された方は、速やかにこの会場より外へ退出して下さいね」

 

 

続けて折り曲げた人差し指は、場外ペナルティ。

まぁ、これも当然っちゃ当然か。

 

 

「そして最後。これは注意事項というより確認ですが、参加者の生死についてはあくまで『自己責任』であるという事です。我々も死傷者が出ないように務めて参りますが、最終的な命の責任は、ご自分で支払っていただきます。まぁ、至極当然の事ですね」

 

 

「……(微笑みながら言う台詞じゃないよ、お姉さん)」

 

 

つまり、死にたくなかったらさっさとギブアップするなりしろ、って事で。

フォーマルスーツに、バスガイドが被るタイプの帽子を頭に乗っけた係員のお姉さんは、怖じ気すら感じる微笑みを浮かべながら。

 

中指を、折った。

 

 

────

──

 

【意訳 あの黒いの許さないの】

 

──

───

 

 

「それでは、只今より──予選開始です」

 

 

ハキハキとアナウンス役を務めていたモルガナさんが聞けば眉を潜めそうな程に、張りも勢いもない開始宣言。

だがその分、闘魔祭の酷薄とした厳しさを演出するには丁度良い冷徹さなのかもしれない。

 

 

「……」

 

 

予選開始のストップウォッチはカウントを刻み始めたとはいえ、いきなり殺伐としたしのぎ合いが始まる訳もない。

互いが互いに、武器をその手に持ち、一定の距離を保ちながら、慎重に立ち位置を変えていく。

俺もまたショートソードを鞘から抜き、腰のアーカイブをいつでも構えれる様にホルスターを緩めて、周囲に倣った。

 

 

だが、その中で一人、構えを作る事もなく悠々と腕を組んでいる人間が居る。

いや、脚を動かしていないのは、正確には二人になるか。

 

 

「……」

 

 

悠然と立つセナトと、その背に控えながら汗顔を振り撒いて周囲を見回している、ジムだ。

涼しげに、何故か俺から視線を外さないセナトはともかく、ジムが焦るのも無理はないだろう。

 

何故なら徐々に──彼ら二人を中心にした、他の参加者達による円形包囲網が出来上がっていくのだから。

 

 

「……移動中にあんな話したら、こうなるに決まってんじゃん」

 

 

かくして出来上がったのは、さながら【かごめかごめ】の童謡をなぞった様な状況。

あの童謡も色々と都市伝説チックな謂れが多いよね、なんて余談も程ほどに。

 

 

「……どっちも籠の中の鳥ってタマじゃないけど」

 

 

んでこの状況もまた、闘いのルールに則った思考の末であり、まぁ当然の帰結と言える。

どう考えたって、一番『ヤバそう』なのはセナトだっていう参加者達の認識が共通に結びつけば、手は二つ。

セナトと手を組むか、全員で真っ先に排除するか。

 

前者は既に取れる手段ではないのなら、必然的に後者を取る。

状況の仕組みとしちゃこんな所か。

 

 

「だ、旦那……あんなガキ眺めとる場合とちゃうで!? ワイら、囲まれとるやんけ!」

 

 

「……」

 

 

だがそれでも尚、狼狽しているジムと違って、セナトは1ミリ足りとも動揺を顔に出さない。

それどころか、周りの状況なんかよりも──ただひたすら俺の動向を観察している。

 

……あぁ、やっぱ、見極めたいんだろうな。

危うく国家騒乱の扇動罪に繋がりかねない『悪質な悪戯』を引き起こしたであろう、俺の能力を。

 

未知故の警戒心か、それとも純粋な興味か。

で、参加者全員が真っ先に脅威と捉えたほどの男にこうも睨まれれば、下手に動けなくなる。

 

蛇に睨まれた蛙の心境が、今ならよーく分かるよやったねチクショウ。

だが、それは周りからすれば不可解ではあるものの、付き入る隙にも映った。

 

 

「──今だ!!!」

 

 

「!! おぉぉぉ!!」

 

 

「っ、てぇぇぇい!!!」

 

 

俺と丁度反対側の三人の戦士達が、けたたましい雄叫びと共にセナトとジムへと到来する。

いの一番に叫び突進した屈強な男は、鋭利な槍の先を正眼に。

その後ろをロングソードを持った髪までロングな青年と、両手のトンファーを手に馴染ませるようにクルクルと回す軽装の女性が続く。

 

 

「ひぃっ、アカン!」

 

 

「……」

 

 

そして、他の五人もまた、いつでも踵を地から離せるように腰を屈めて臨戦態勢へ。

さらにその内二人、俺よりも遠い方の左右。

ガントレット装備のグラディエーターと、鉄の戦槌を構えた巨漢が波状攻撃を仕掛けに動き出す。

 

あのミノタウロスですら、これにはひと溜まりもないんじゃないか。

そう思えるような猛攻の奔流を、それでも影法師はユラリと身体を傾けて──

 

 

「っがぁ、はっ?!」

 

 

突き出した槍は掠りもせずに支柱を叩き折られ、顎を回し蹴り。

 

 

「ぉぉぉ──っぎ、ぎあっ?!」

 

 

ロングソードも同様に弾かれ、鳩尾を一突き。

 

 

「うそ……うぁっ」

 

 

トンファーを易々と腕で受け止め、すれ違い様に(うなじ)を手刀で一打。

 

 

「「おおぉぉぉぉ!!」」

 

 

「暑苦しい」

 

 

屈強なパワーファイター二人による挟撃。

 

頭を食い破る鉄拳のフックと、地から脚を食い千切る戦槌の下段薙ぎすら、満月を描くようなムーンサルトを軽やかに決めながらいなす。

曲芸師さながらな身軽さを見せ付け、茫然と目を見開いている彼らを瞬く間に気絶させた。

 

 

「……フッ」

 

 

「………………マジかよ」

 

 

「……は、はは!! 流石! 流石やでぇ旦那ァ! ワイが見込んだ以上や!」

 

 

ちょっと待て、ほとんど一瞬の内に五人が沈んだぞ。

かすり傷一つ負わせれず、しかも全員一撃で片付けるとか。

……おいおい、アムソンさん並じゃねーのか、これ。

しかもまだ余裕ありそうだし。

 

 

「……後三人か。で、どうする?」

 

 

「……そんなに"種"がみたいって?」

 

 

「『だとしたら』?」

 

 

「……」

 

 

ほんっとに、意趣返しがお好きなようで。

絶対ロートンの件でなんかあったろ。

そんで、しっかり根に持ってるだろこの野郎。

 

黒装束の、ついてもない埃を払う仕草が尚更俺を煽っているようにも見えるし。

それとなく俺を外した残り二人の様子をチラリと盗み見てみるが、やはり旗色は宜しくない。

セナトの圧倒的格闘術を見せられて、完全に戦意が折れてる。

 

 

「だとしたら……『良い趣味』してるよ」

 

 

「……ほう」

 

 

後のことを考えて、なるべく手の内を見せずに、だなんてあまりに楽観視し過ぎていた。

ならもう、やるっきゃない。

そんなに見たけりゃ見せてやる。

 

 

「【奇譚書を此処に(アーカイブ/Archive)】!」

 

「──!」

 

 

「なっ、ま、魔導書?! 兄ちゃん、精霊魔法使いだったんかいな?!」

 

 

「「!?」」

 

 

白金光の逆巻く奔流と共に浮かび、パラパラとひとりでにページが捲られる怪奇現象を前に、黒真珠の瞳が大きく開かれる。

 

すぐさま身を屈め、懐から黒い小刀を二本取り出し、臨戦態勢を作る辺りほんと厄介。

でも、こうなったら後は切れる手札を切り続けるまで。

 

 

「出し惜しみは無しだ──【World Holic】!! やるよ、メリーさん!」

 

 

「──うふふ。勿論。私はメリーさん。ナガレの一番の相棒だもの」

 

 

奔流が止むと共に、どこからともなくふわりとスカートをたなびかせて現れたメリーさんは、その銀鋏の刃をギラつかせる。

かくしてその奇譚から成る愛らしい姿を前に、皆は一様に目を剥いていた。

無論、あのセナトすら。

 

 

「「「────は?」」」

 

 

「…………これ、は。まさか……『精霊召喚』……なのか?」

 

 

茫然と呟くセナトの言葉に、わざわざ答えを提示するはずもない。

精霊どころか亡霊とも呼べるべき少女は、軽やかな一歩と共にその場へと踊り出て、優雅に一礼。

蜂蜜色に輝く髪が、その神秘性を演出する。

 

無論──恐怖も。

 

 

「私、メリーさん……それで、メリーさんと遊んで欲しいのは──どなたから?」

 

 

ジャキンと銀閃を走らせて、ボロボロのゴシックドレスを見に纏った都市伝説は甘く獰猛に笑う。

 

凄惨な未来を、その脳裏へと焼き付けるかの様に。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「ぎ、ギブアップだ!!」

 

 

「あ、あたしもよ! 降参、ギブアップ! 早く、早く扉を開けて!!」

 

 

「で、では……退室を」

 

 

参加者達の反応は顕著だった。

精霊魔法使い達の頂点である【精霊奏者(セプテットサモナー)】。

一週間前の謁見にて、そう呼ばれる者達の奇蹟の証が精霊召喚と呼ばれる魔法であると聞きはしたが、真偽の程はご覧の通り。

 

我先にと扉へと駆けていく参加者や、あの係員のお姉さんの引き()った表情が、決定的に物語る。

 

 

「嘘やろ……? 精霊召喚て……はは。冗談きっついわぁ……こ、こないガキんちょが【精霊奏者(セプテットサモナー)】っちゅうんか……?」

 

 

「……」

 

 

腰砕けになりながら、悪夢でも見ているかの様に身体を震わせるジム。

彼はすがる様にセナトの背を眺めてはいるが、きっとその脳裏には降参の二文字が過っているはず。

 

 

「……フッ。どういう隠し玉かと思えば、精霊召喚、と来たか」

 

 

「……」

 

 

正直、訂正したい。

精霊じゃなくて都市伝説。

召喚じゃなくて再現だって、めっっっちゃ言いたい。

都市伝説愛好家としての性がね、そこは(こだわ)るところだって叫んでる。

 

でも、この状況は俺にとっての追い風であるのは間違いないだろう。

だから我慢、ここはグッと下っ腹に力を入れて我慢だ、俺。

 

 

「……私、メリーさん。そう、黒い人。アナタがメリーさんと遊んでくれるのね?」

 

 

「……だとしたら?」

 

 

「あははっ」

 

 

動揺を霧散させ、震えるジムとは対照的に、黒小太刀二刀を悠然と構える影法師。

そんな彼の勇ましさに機嫌を良くしたメリーさんが、銀鋏を片手で持ち上げながら、無垢に笑う。

 

……あ、いや、訂正。

なんかメリーさん、若干、怒ってないか?

 

 

「私、メリーさん。ねぇ、黒い人……メリーさんね、ナガレの背中が大好きなの。相棒は背中を守るものだし、ナガレの後ろっ側はくっついてるとメリーさん、凄く落ち着くの」

 

 

「……??」

 

 

……あー、これ、怒ってる。

怒ってらっしゃるし、妬いてらっしゃる。

 

 

「……だからね、黒い人。何度もナガレの背後に回るアナタは……とっっっっても許しがたいの。というか羨ましいの。ムカつくの、ちょームカつくの」

 

 

「…………」

 

 

なんかセナトが凄いげんなりしてる空気出してる。

えぇ……みたいな。

いやうん、俺もいまおんなじ気持ち。

てか多分、メリーさんがキレてるのってさ。

背後に回るのセナトに、悪趣味って言った俺のせいじゃね。

 

 

「ムカつくから──ボロボロにしてあげる」

 

 

「──!!」

 

 

まぁ、幾ら言ってる事は戯れてる様に思えても。

俺の相棒(パートナー)は、疑いようもなく強い。

 

闘技場の石床を、跳躍の反動だけで壊した彼女は、流星の様に、影法師へと飛来した。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

ギィ──ンと、銀閃に研がれた空気の悲鳴。

鼓膜にやけに残る奇妙な効果音の刹那を埋めるように、銀と黒の刃が激しく衝突した。

 

 

「っ」

 

 

「あははっ」

 

 

大きな取っ手に腕を通し、フラフープみたく刃を踊らせる動きは優雅だが、相対するセナトはあくまで冷静に軌道を読み切る。

そのまま屈みながら懐への一歩を目指すが、軸足を変えたメリーさんの繰り出す縦の軌道に阻まれた。

 

黒刀をすべらせ受け流そうとするが、凌ぐことは許されない。

遠心力も加えた鋏の威力に、セナトは身体ごと弾かれて大きく後退した。

 

 

「……見掛けは最早関係ない、か」

 

 

「ふふ、私、メリーさん。有名だから、力持ち」

 

 

「どういう理屈だ」

 

 

随分懐かしい言い回しをするメリーさんの身長ほどある大きなハサミ。

可憐な外見通りならなら持ち上げるのも難しいのに、それをまるで手足の様に扱えるともなれば、流石のセナトとて脅威を感じるだろう。

 

 

「シッ!」

 

 

「んっ!」

 

 

緩急をつけたセナトの飛び付きも、斜めからの切り上げに弾かれる。

軸を定めてクルリくるりと、柔らかく端を浮かせるドレスのスカートとは裏腹に、その一撃はとてつもない威力。

正面から打ち合うのは、メリーさんに軍配が上がった。

 

にしても、メリーさん、防御上手い。

元々接近戦の技量は高かったけど、ひょっとしたら俺とアムソンさんの修行風景を見て学んだ、のかも。

 

 

「……な、なんやあれ……精霊が武器もってチャンバラの真似事って……」

 

 

「真似事どころのクオリティじゃないけどね」

 

 

「ひぃっ、に、兄ちゃん……」

 

 

「御無沙汰、ジム」

 

 

セナトはとりあえずメリーさんに任せるとして、俺は俺で二人の戦闘を唖然と見つめている、残り一人に声をかける。

あくまで気軽に、気安く。

勿論、ショートソードとアーカイブをばっちり構えながら。

 

 

「な、なぁ……一応聞くんやけど、ワイと組んだりせーへんか? 兄ちゃんも、本選でもっぺん旦那と闘うは避けたいやろ? なっ?」

 

 

「……一理あるね。でも、却下……ジムがちゃんと俺の味方してくれる保証もないし」

 

 

「……へへへ。信用ないんやなぁ、ワイ」

 

 

「……で、どうする?」

 

 

「……はー。ま、虫がええっちゅう話やな」

 

 

ノロノロと立ち上がりながら、ジムは観念したと言わんばかりに大きく肩を落とした。

精霊奏者とまともにやり合うつもりなんかないと、ポリポリ頬を掻いた。

 

 

「ほんなら、大人しゅう退散させて貰うわ。兄ちゃん、本選頑張りぃや」

 

 

「どーも。応援宜しく」

 

 

「はは、ムカつくガキんちょやでホンマ……」

 

 

渇いた笑いを喉で転がしながら、ジムはトボトボと俺の脇を通り抜けていく。

適当なエールに相槌を打ってみてが、彼はお気に召さなかったらしい。

 

 

──フゥと、大きく息を吐いた、その直後。

 

 

「お前がワイの応援せぇやぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

「ナガレ! 危ないの!」

 

 

「──!!」

 

 

メリーさんの切迫した様な声が、届き切るより先に。

目の前で、鮮やかな血の華が咲いた。

 

 


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