ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 41【天使の靴と悪魔な戦術】

ナナルゥ・グリーンセプテンバーは至極機嫌が悪かった。

それというのも、闘技場で係員からの説明が終わり、開始のアナウンスが宣言された途端、参加者全員に囲まれてしまったからだ。

 

 

「ふん、まずはわたくしを蹴落として、という事ですのね……気に入りませんわ。大の大人が揃いも揃って、プライドというものはありませんの?」

 

 

「……悪く思うなよ、お嬢さん。エルフの精霊魔法をほっときながらやり合うなんて自殺行為、俺達はゴメンなんでな」

 

 

「勝つために知恵を使ってるまでさ」

 

 

「恨むんなら、恵まれた種族に生まれた自分を恨んでください」

 

 

エルフという脅威へのカウンター措置。

理にかなった当然の対処法だと理屈はナナルゥとて分かる。

だが、それはそれ、これはこれ。

ムカつく事はムカつくのである。

なら仕方ない、で納得出来るほどに彼女は達観していない。

 

 

「(……上等ですわ。もう腹を括りました。セリアから提案された"あの戦術"……やってやろうじゃありませんの!)」

 

 

ジリジリと得物を構えて距離を測る周囲をワインレッドで睨み付ける。

誰も彼も、自らの選択に迷いはないらしい。

 

 

「……?」

 

 

……いや、ただ一人だけ、至極つまらなそうな冷めた目をして周囲を見渡している例外が居た。

オレンジ色のバンダナと、焦がし茶色の髪と瞳を持ったセリアよりも少しだけ年上辺りの青年。

 

背中をすっぽり覆うような、亀の甲羅の形に似た大きな盾を背負い、手に古ぼけた槍を持っている。

顔はさっぱりと整ってはいるが、その身に纏う修行僧めいたローブは今一つ似合っていない。

 

ちなみに、ナナルゥは気付かなかったことではあるが、彼女がアナウンスに従い列に並ぶとき、そのたわわなバストの揺れに「うっひょー」と叫んでいた男でもある。

 

しかし、周りと違う雰囲気に視点を奪われた隙を、最初に声をあげた男は見逃さなかった。

 

 

「参るぞ、エルフゥゥゥ!!!」

 

 

「!? あ、くっ、【コンビニエンス(こんなこともあろうかと)】!」

 

 

ドスドスと床を踏み潰しながら先行する男を前に、慌てながらも収納魔法を展開し、そこから『黒いステッキ』を取り出す。

セリアのアドバイスによって考案された、ナナルゥの杖。

魔法を編む際に、より集中力と効率を高める為にと用意したものだ。

目を見開いて突進してくる男にそのステッキの先を向け、目を閉じた。

 

準備期間中に何度も練習した詠唱短縮の手順。

大丈夫、やれるはず、何故なら自分は教師役二人のお墨付き。

 

そう、ナガレの言葉を借りて自分を励まし、開いた真紅の目の先で。

突進していた男が、徐々に斜めに『倒れていく』。

 

 

「……えっ」

 

 

「なッ……グッ、お……い。どういう……」

 

 

驚いたのはナナルゥだけではない。

他の参加者達も、彼に追従していた二人も、そして"背中に槍が刺さった"為に倒れた男も。

 

どういう事だ。

そう、吐血混じりに呟きかけた台詞に答えるように。

ツカツカと倒れた男へと歩み寄ったバンダナ男が、背中の血に湿った槍を勢いよく引き抜いた。

 

 

 

「どういうも何も、こんなダサい真似に付き合える訳ないない。この俺様、寄って集って可愛い子ちゃんをいたぶる趣味はないんでね」

 

 

「お、お前……ぐっ!」

 

 

「槍……まさか、あなたが投げたんですの?」

 

 

「そーとも、俺様がやった事。痺れたかい、ハニー」

 

 

厚めの重装の上からである為に致命傷には至らなかったが、投擲を受けた男はこれ以上の戦闘は無理だろう。

そしてここに至り、七対二の構図が描かれる。

ウインク混じりにナナルゥへと近付く彼の背には、複数の鋭い視線がぶつけられた。

 

 

「……元からバトルロワイアル、文句はねーだろ?」

 

 

「……くっ、後悔するなよな……」

 

 

「後悔? この伊達男、マルス・イェンサークル様が後悔なんてするかってんだ!」

 

 

苦虫を噛み潰したような参加者の言葉に、大盾を地に下ろし、そこに足をかけ、ビシッと正面に指をさして。

 

マルスと名乗ったバンダナ男は、威風堂々とポーズを決める。

そんな無駄に逞しい背中に、ナナルゥは困惑しつつも問い掛けた。

 

 

「どういうつもりですの? というかさっきからハニーって」

 

 

「おいおいハニー、見て分かるだろ? 俺様がハニーの味方になってやるって言ってるのさ」

 

 

「…………」

 

 

「ん? さては信用してないな? よ、よーし、そんならここはギブアンドテイクとしよう。そうしよう。それならハニーだって納得だな?」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

ハニーという呼び名はこの際、一旦置いておくとして。

 

盾を構えながら周囲を視線で牽制するマルスの提案は、確かに納得出来るかも知れない。

だが何故か微妙にどもっている点と、チラチラと振り返る癖に目を合わせないとこが、ナナルゥには妙に引っ掛かる。

 

というか目が合わないのは、彼の目線が間違いなくナナルゥの顔より下にいってるからだろう。

 

 

──つまり。

 

 

「俺様が、助太刀する。その代わり、俺様達が勝ったら……」

 

 

「勝ったら?」

 

 

──彼は実に、欲望に忠実な男だったという事だ。

 

 

 

「そのたわわなメロン……い、一回、揉ませてくれ」

 

 

「…………は?」

 

 

────

──

 

【天使の靴と悪魔な戦術】

 

──

────

 

 

ナナルゥ・グリーンセプテンバーは至極機嫌が悪かった。

 

窮地を救って貰うという王道的展開は、年頃の乙女であれば憧れるものであり、ナナルゥもまた例に漏れることはなかった。

マルスの顔立ちが、彼女の好みではないものの、所謂イケメンといえる部類であった事も大きい。

 

だが、そんなちょっとしたときめきも一瞬で冷める時もある。

確かに、豊かに育った胸元はナナルゥにとって自慢であるし、だからこそドレスも谷間を強調する様なものを選んでいる。

 

しかし、幾らなんでも『胸を揉ませろ』はない。

例え彼女が夢枕で夢想する、百万エンスの夜景を背に、情熱的アプローチという段階を経たとしても、ない。

絶対にない。

 

故に、彼女に躊躇はなかった。

 

 

「ぜぇぇぇぇっっっったいに!! お断りですわ!!」

 

 

「え? ッ、はごぉぉッッ────?!」

 

 

全力で振りかぶったステッキが、彼の血の気の多い部分をフルスイングで振り抜くのに、躊躇など抱くはずもない。

緩やかにその場で倒れ伏した男は、ピクピクと波打ち際の魚みたいに痙攣した。

そのあまりに容赦のない一撃に、周囲がうわぁ……みたいにドン引きするのも無理はないだろう。

 

 

「……詠唱破棄(スペルピリオド)

 

 

怒りやら羞恥やらで真っ赤に染まった顔よりも、尚濃い色の瞳が、ぐるると唸る様に周囲を威嚇した。

辛うじて意識を保っているマルスに対し、軽蔑の視線を送る者と、青い顔をする者とで反応は二分している理由は言うまでもない。

 

 

「【スカイウォーカー(天使の靴)】」

 

 

『!!』

 

 

だが、この場において一番哀れなのはマルスを除いた残り七人の参加者達だろう。

マルスとの対立から意識を新たに挑もうと思えば、今度は喜劇めいた仲間割れ。

目まぐるしい状況の変化についていけない思考の空白を、ナナルゥは自覚も無しに突いたのだ。

 

彼女が現在詠唱破棄出来る二つの魔法。

その内一つの【天使の靴】の魔法名を紡ぎ、ステッキの先で軽く叩いたブーツが、柔らかな緑光に包まれた。

 

魔力光はブーツを覆い、次第に輪郭を変え、踵の横からまさに『天使の羽』と形容するに相応しい片翼が左右それぞれに現れる。

 

 

「……思い知らしてやりますわ」

 

 

【天使の靴】の効果は、空中遊泳を可能とする中級精霊魔法。

エメラルドに光る粒を舞い上がらせ、翼を得たエルフは華麗に高くへと高速浮遊。

あっという間に見上げるには首が痛くなるほどの高度に至った。

 

上品な巻き髪をふわりと撫であげて、ずれたシルクハットを直しながら、ナナルゥ・グリーンセプテンバーは高らかにステッキの先を地を這う哀れな者達に向ける。

 

 

「わたくしを怒らせたならどうなるか!! みっちりぎっちりばっちりたぁぁぁっぷりとぉ!! この黄金風のナナルゥが! 貴方達に教えて差し上げますわよ!!!」

 

 

はっきり言って、他の参加者からしたら絶望的状況だろう。

 

翼を持たぬ人間である彼らには、もはや得物を投擲するぐらいしか彼女を止める術はない。

しかし、その行為はあまりに無謀な行為。

何故なら、まだ残り『一枠』残ってるのに、自分から武器を手離す事など出来るものか。

 

ならば、この後に参加者達がその一枠に食い込む為にしなくてはならない事とは──何か。

 

高度から放たれるであろうエルフの魔法を回避しながら、他の参加者を蹴落としていく、地獄の様なバトルロワイアルを勝ち残る。

もう、それしか道は残されていなかった。

 

 

詠唱破棄(スペルピリオド)

 

 

かくして非常にハチャメチャな経緯によって、落ちこぼれと揶揄されるほどのエルフは、闘魔祭予選にて圧倒的な優位を確保した。

明暗を分けたのは感情に任せた彼女の大胆さと、参加者達の『エルフ相手だからと慎重に成りすぎた事』と言っても、過言ではない。

 

 

「オーッホッホッホッホ!! さぁ、覚悟は宜しくて?!──【エアスラッシュ(空裂く三日月)】!! 詠唱破棄!! 【エアスラッシュ(もう一丁ですわ)】!! 詠唱破棄ぃ!! 【エアスラッシュ(更に、もう一発)】!!」

 

 

そして参加者達の地獄への引き金を引いた、とある男のスケベ行為も、当然勘定には入ることも記しておく。

 

 

「どわぁぁぁ!!?」

 

 

「ひ、卑怯もの!! エルフの卑怯者──ってひいぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

「くそっ、くそ!! あいつ、収納空間に魔力薬たんまりストックしてやがる!!」

 

 

「しかも見境なしか、って──ぐぉぁぁあっっ!?」

 

 

だが、きっと一番恐ろしいのは。

 

 

『武道家といえど【天使の靴】で空中に逃げられれば、精霊魔法を使えない限り、為す術はほとんどない』

 

 

「オーッホッホッホ! セリア! 貴女の言ってた通りですわ!! わたくし、勝てますわよ! オーッホッホッホ!」

 

 

高笑いするお嬢様と一週間のマンツーマンで、詠唱技術を叩き込み。

 

 

『さらに優位性を維持したまま一方的に魔法で攻撃して、魔力が減ったら逐次、魔力薬(ポーション)で回復すればいい』

 

 

この武道家殺しの戦術を授けた張本人。

 

 

『型にハマれば、まず負けないわ』

 

 

蒼き騎士セリアであるのは、参加者達の悲痛な叫びを耳にすれば、疑いようもないだろう。

 

 


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