ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~ 作:歌うたい
「体調は?」
「問題なし。今日まだ何も再現してないから逆に調子良いくらい」
「そう。でも、無茶と油断は禁物よ」
「心配と忠告を同時にって、器用な真似するね」
「……茶化さないで」
心配だから忠告するんだってのは承知の上だけど、それじゃ不安さを隠す為の無表情を貼ってくれてる意味がない。
セリアって、要領良い癖にこういうとこは不器用だから、それが少し面白くもある。
「ふふん、安心なさい。もしナガレが負けたとしても、このわたくしがちゃちゃっと優勝して差し上げますわよ!」
「…………予選突破して以来すっかり調子に乗っちゃって……ま、そーなったらお嬢に託すよ」
「……ふむ。お嬢様、残念ながらご自分の試合で頭が一杯一杯であるのはバレてらっしゃるようですぞ」
「ちょっ、よよ余計な事を言うんじゃありませんわ!」
いつぞや泊まったガートリアムの兵舎に似た選手控え室に、慌てふためくお嬢の声がやたらめったら乱反射。
どことなく浮わついたお嬢の声のトーンは、調子に乗ってるからではなく、自分の試合に対する不安からだろうか。
お嬢って尊大な態度を取りたがる癖に、結構気遣い屋な所も目立つ。
アムソンさんの存在もあって、つくづく憎めないタイプの人だと思う。
「サザナミナガレ選手。お時間となりましたので、こちらへ」
「ども。そんじゃ皆、行ってくる」
「えぇ」
「……むー。言っておきますけど、半端に敗けるのだけは許しませんわよ。必ずベストを尽くしなさいな!」
「ほっほ。これもお嬢様なりの激励とお受け止めください。ご武運を、ナガレ様」
仲間達からの、各々なりの見送りを背に、例のクールな係員の後へ続く。
遠大な白い廊下の先からは、既に雄叫びにも近い歓声がここにまで届いていた。
「……」
自分に対する励まし代わりに、ホルスターに繋いだアーカイブをポンポンと叩いた。
────
──
【幾星霜の祭典へ】
──
────
『レディィイィィイィィス!! エン、ジェントルメェェェェエエンンッッッッッ!!!!! 祭典にお集まりの皆々様!! おっ待たせしましたぁ!! これより記念すべき第五十回の大台を迎えます、セントハイム名物────【闘魔祭】を開催致しますッッッ!!!!』
「「「「「「「おおおおぉぉおおおおぉぉお!!!!!!」」」」」」
幾度もの辛酸と苦渋と栄光を産み出したコロッセオに響き渡る来場者達の大喝采は、コロッセオの上部に位置する解説ブースから流れる、ハイテンションなアナウンスを霞ませるほどだった。
その勢いは厚い雲すら切り裂き、地を揺るがしかねないくらいに凄まじい。
客席から立ち上がって吠える周囲の観客に気圧されていた一人の老婦人が、我が家の棚が倒れたりしないかと心配するくらい、会場には熱気が渦巻いていた。
『此度の闘魔祭にてアナウンスを務めますのはぁ! 皆様のお耳の清涼剤! 人の姿をしたカナリアことミリアム・ラブ・ラプソディでーす!! よっろしくぅぅ!!』
「おぉおぉ!!ミリアムちゃぁぁぁぁん!!!」
「ソプラノボイスに耳がとろけるぅぅぅぅ!!」
「ミリアム、俺だァ!結婚してくれぇぇえ!!」
『はーい魂の籠ったご声援、ありがとーございまーす!!』
現代にあるマイクと酷似した形状をした、
底抜けに明るい印象を与えるミリアムの甘くも芯の据えたような声は、静寂を好むジャックことミルス・バトにも好ましいと思わせた。
「……ミリアムったら、相変わらず凄い人気。前回から引き続きで登用された事、喜んでましたもんね」
歓声の勢いにずれた白縁メガネをかけ直しながらの苦笑は、ミリアムとの親密さを窺わせる。
実際のところ、ウインクをすればキラッと星の一つでも光りそうな黒髪美女とジャックは友人と呼べる間柄だった。
その切っ掛けは四年前の闘魔祭でのアナウンスも務めていた彼女が、当事最年少参加者だったジャックを気に入ったからという顛末ではあるが、きっとそんな特別な経緯がなくてもどこかしらで出会えばすぐ打ち解けられただろう。
「カナリアっつーか、カラスばりにクソ喧しい奴だろ」
「!! 『キング』……来ていたんですか?」
「闘争のある所にキング様の影ありってヤツだ」
友人の晴れ姿に目を細めていたジャックの小柄を、のっしりとした大きな影がすっぽりと包み込む。
掠れがちなエッジボイスに振り向けば、その筋一つが凶器とさえ見間違うほどの筋骨隆々な裸体に、ファーの付いたコートをそのまま羽織った格好の大男がラウンドサングラス越しに見下ろしていた。
顔、胸、腹、腕。
至るところに残る、数多の傷跡を戦士の勲章と誇るような野性味とドレッドヘアーが特徴的な彼こそ、エルディスト・ラ・ディーにおける三枚目の切り札『キング』である。
「やっぱり弟子が可愛いですか?」
「弟子ぃ? んなもんオレには居ねぇ」
「フォルティの試合を観に来たのでは?」
「カカカ。アレは精々、暇潰しの
「またそんな事言って」
ガタンとジャックの隣に片足を掛ければ、元々彼女の隣を確保していた男が青い顔でそそくさと横にずれる。
横に奥に遠くにと、奇妙な連鎖を生んだキングは礼の一つも告げず、当然の様にそこへ腰を下ろした。
「……エースとクイーンは?」
「……『エルザ』さんの所です。容態が少し悪化したみたいで」
「チッ」
舌打ち一つすら、狼の唸りを彷彿とさせるが、その凶悪が似合う表情には、苛立ち以上の何かが備わっていた。
恐らく、エルザ・"ウィンターコール"…エースの妹の様子が多少なりとも気掛かりなのだろう。
それをそのまま尋ねれば、冷ややかな否定が返ってくるのは想像に易くないが。
「……で、エースが契約したガキとエルフの試合はいつからだ?」
「ナガレさんは開会の儀の後、すぐに。エルフのナナルゥさんは当分後ですよ」
「ほう……ソイツは──」
『それではそれでは!! ルーイック陛下より開催宣言を賜りたいと思います! お集まりの皆様、ご静聴下さい』
愉しくなりそうだ、というキングの獰猛を静めたのは開催の儀。特別に設けられている王族用の観覧席へ自然と視線が集まる。
『──十代目国王、ルーイック・ロウ・セントハイムである』
壮麗な彩飾に劣らないゴールドの髪を風に戯れさせる彼らが王の姿は、まさに気品ある美少年という形容が相応しい。
『一つの年月を星と例えたのなら、今この時は二百の星霜が満つる時。五十を迎えるこの度に、私が開会を唱えれるのは一重に諸君らの支えがあってこそと言えよう』
その隣にて静かに佇むヴィジスタ宰相と対照的であるように、若き王は権威を示すべくモーションを大きくしながら語りかけた。
『ならば──この祭儀に剣を掲げた者達よ。励み、競い、勝ち取るが良い。この舞台に爪先を乗せただけでも、勇壮を示した何よりの証である事を私が認めよう』
天へと掲げた礼装のレイピアの刃先に、太陽からの天光が射し込む。
堂々たる王の言葉に、背筋を伸ばす民草達。
果たして彼らの内のどれだけが、緊張のあまりに顔が青ざめているルーイックに気付けただろうか。
『──剣を掲げ、杖に誓い、誇りを守る盾を構えよ!! 勇者達の闘いに──精霊達の加護ぞ在れッッ!!』
「「「「「「「─────オオォォオオォォオ!!!!!!」」」」」」」
それでもよく通る若き王の激励に、老若男女違わず雄々しき歓声が響く。
清空高らかに届く、セントハイムの祭儀が始まった。
◆◇◆◇◆
『それではこれより闘魔祭でのルールを解説しまーす!!』
「き、緊張したぁ……」
「……途中で多少もたついた場面も見受けられましたが、普及点としておきましょう。しかし、そう気を抜かれた顔をされては困りますが」
「せめて少しは労ってよヴィジスタ」
「お断りします」
『まず勝敗について! 相手に降参、会場からの逃亡、気絶のいずれかをさせた時点で勝利とぉーなりまぁす!!』
装飾きなびやかな座椅子に脱力しつつ腰掛けるルーイックを、こうも素っ気なく諌めれる人物といえばヴィジスタしかいない。
冠を継いでからまだ年月を重ねていないにしても、この主従のやり方はある程度定例化していた。
『次に、レフェリーが勝利を判定した後や、ギブアップを申し出た対戦相手に危害を加えた場合、その時点で失格! その場合は相手が勝ち上がりとなりますのでご注意を!』
「ねぇヴィジスタ。開催宣言、本当にあれで良かったのかな? 僕……すっごく偉そうだったけど大丈夫なの?」
「何をおっしゃいますか……陛下が戴冠を迎えて以降、初めての闘魔祭なのです。我が国の伝統ある祭儀なれば、陛下の威光を示す機会でしょうに。あれぐらいで善いのです。先代……いえ、ルーファス様のような王でありたいとおっしゃられたのは陛下でありましょう」
「……そりゃ、父上はああいう台詞が似合うだけの風格みたいなものが……」
「ならば陛下も身に付ければ宜しい。それだけの事です」
大国の王とは思えぬ程に気弱な発言にも、毅然とした切り返しで対応するヴィジスタ。
戦線を分散させられている国難や、同盟国からの救援を押し退けてでも彼が闘魔祭に真摯に取り組む理由は、何も魔女との盟約だけが理由ではない。
永き歴史の中で一度として中止される事のなかった闘魔祭。
民草の間ではその手腕を疑問視されているこの若き王が、この祭儀を最後まで取り仕切る事。
それは王としての道を歩み始めたルーイックに、何よりも必要な"箔"であったのだから。
『そして最後! 試合中、対戦者以外の妨害行為は全面禁止となります!! 観客席から一方の選手に攻撃したり援助したりは絶対にノゥ!! 会場内の監視員、またはレフェリーに"故意である"と判断された場合には、即刻退場! 荷担された側の選手も敗退が確定します!! くれぐれも横槍は入れないで下さいねー! ミリアムさんとのおーやーくーそーくぅでっす!!』
「あっそういえば、テレイザ……じゃなくて、ガートリアムの使者団の……ええと」
「サザナミ・ナガレとナナルゥ・グリーンセプテンバーですかな?」
「そうそう。彼らも本選まで勝ち上がったらしいね。エルディスト・ラ・ディーとの契約の為……で、合ってるかな」
「はい。彼らは彼らで、祖国を救う為の策を組み立てたのでしょう。陛下も、その心意気を倣うよう──」
「とんだやぶ蛇だったよ……」
思わぬ説教を招いたと肩を落とすルーイックを尻目に、賢老と呼ばれし者はバルコニー状の観覧席の手摺にそっと手を乗せる。
闘いの場となる円形のフィールドを、薄い藍色を挟んだ黒の瞳が見下ろした。
「……(さて、ナガレとやら。あのテレイザに期待を寄せられるほどのものを、私にも見せて貰おうか)」
◆◇◆◇◆
『──それでは早速、第一試合を行いたいと思います! まずは、剣のコーナー!! ピアニィ・メトロノーム選手の入っっっ場でっす!!!!』
俺含めた選手たちが受けたルール説明を改めて会場にした所で、リングインのコールが宣告される。
ミシミシと鈍く音を立てて上がっていく太い鉄柵から、どう考えてもこんな荒々しい場所に似つかわしくない少女の登場に、一部の客席がどよめいた。
恐る恐るコロシアムの中心に立つレフェリーへと近付いていくピアの手には、まさに魔法使いが愛用する様な古びたワンドが一本。
やっぱりピアは、精霊魔法使いってことか。
「いいぞー嬢ちゃん!!」
「頑張ってー!」
「無茶するんじゃないよー!!」
「は、はいぃい!! どうもです! どうもですー!」
それでもこの場に立つという事は、それだけの覚悟があるって事と同じ。
呆気に取られつつも暖かい声援を投げ込まれ、彼女はガチガチに緊張しながらもペコペコと客席に礼を示していた。
ルーイック陛下の言葉を借りれば、彼女だって『舞台に爪先を乗せた者』な訳で。
可愛らしい見掛けに気を抜くつもりは毛頭にない。
『いやぁ可愛らしいお方ですねー! 果たしてどんな実力を秘めてらっしゃるんでしょーか! さてさてそれでは、続いて魔のコーナーより──サザナミ・ナガレ選手の入場でーっす!!』
「……!」
網目の檻が、先程と同様に上っていくのがまるで幕明けにも思えたのは、少し気障かも。
しかし踏み出した一歩は想像以上に重い。
開けた青空と、その枠を囲む様な人々と揺れるぐらいの歓声。
吸い込む空気が、何だか変に渇いてる。
『おおーっと、此方は美形なお兄さんですね! 闘魔祭最初の対戦カードは可愛い系対美人系の闘いとなりそうだー!』
「……(はは、こりゃ凄いな)」
なんか良く分からない事を言ってそうなアナウンスの内容でさえ、すんなり頭に入って来ない。
いや、緊張すんなってのが無理な話でしょ、これは。
観衆視線の雨あられに、身体中に見えない穴でも開けられてるみたいだ。
精悍な顔付きの男性レフェリーを挟んだ向こう側も、俺と同じ気持ちらしい。
今から闘うっていうのに、まず交わしたのはざらっと渇いた苦笑だった。
「お、お手柔らかにお願いします!」
「俺の台詞でもあるな、それ」
「両名、準備は宜しいですね?」
シンパシーが奇妙なシンクロでも生んだのか、ほぼ同時に頷いて身構えた。
彼女は杖先を此方へと向け、俺はホルスターを外してアーカイブに手を添える。
うん、確かに緊張するさ。
こんな大観衆の前で何かするなんて機会なんて勿論無かった訳だし。
でもそれ以上に──少し、わくわくしている自分が居て。
「それでは──闘魔祭、第一試合…………始めッッ!!」
「【
何せ──此処は所謂、晴れ舞台。
俺が愛して止まない彼女達を御披露目するのに、これ以上の場所はないだろうから。
「行くよ、メリーさん ────【World Holic】」