ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 49【ダンサー・オン・アイス】

辺りは一面銀世界だってのに、額から伝う汗がやけに熱く感じる。

キスアンドクライによって拘束された脛から下は、そう易々と動かせそうにもない。

迂闊過ぎたなと反省したい気持ちもあるけど、メリーさんを凍結の魔の手から逃せたのは幸いだった。

 

 

「はぁっ……はぁ……っ、精霊さんには、逃げられちゃいましたか」

 

「精霊さんじゃなくて、メリーさんなの」

 

「あ、はい。ごめんなさい、メリーさん」

 

「分かればおーけーなの」

 

 

こっちにとっての幸いは、ピアにとっての失敗でもある事が一点ともう一つ。

杖を支えに肩で息をしている彼女を見るに、多分あの魔法は魔力ってやつの消耗も相応に大きいのだろうか。

 

 

「くっ、やっぱ簡単には剥がれないか」

 

「メリーさんにお任せしないの?」

 

(……メリーさんの怪力だと足ごと粉々になりそうで恐い)

 

「む、なんか失礼なこと考えてるの」

 

「い、いやいや」

 

『さぁここに来てナガレ選手ピンチ! ピアニィ選手の反撃となるか!』

 

 

けれども不利なのは変わらないし、脱出を試みようと剣で拘束を削ってみてもそう簡単にはいかない。

メリーさんに任せるのも普段の力業を見てると一抹の不安がよぎる。

 

そして当然、折角つくった有利な状況が(くつがえ)されるのをピアが黙って見過ごしてくれるはずもなかった。

 

 

「させません! 詠唱破棄(スペルピリオド)……【フィギュアスケーター(妖精の靴)】!」

 

(詠唱破棄……それに、スケートシューズ? お嬢の天使の靴と似たタイプの魔法か!)

 

 

息を整えるなり、追撃の手立てとしてピアが唱えた魔法は、彼女の靴を硝子で出来たスケートシューズへと作り替えた。

お嬢の天使の靴が空を歩くなら、ピアの妖精の靴は氷点下を踊る為の作法。

 

シャッ、と妖精の靴のブレードが凍土を削ぐと同時に、濃い色合いの栗色髪がさらさらと流れる。

気弱な少女が観衆を惹き付ける、さながら氷上の妖精と呼ばれるべき魅惑の存在へと昇華した瞬間だった。

 

 

「いきますよ、ナガレさん! メリーさん!」

 

 

────

──

 

【ダンサー・オン・アイス】

 

──

────

 

 

 

『これは……ピアニィ選手! 妖精の靴によって凍りついたフィールドを自由自在に移動しております! その動きの華麗さたるや、観客の視線を釘付けだー!』

 

 

スケート関連に関心のなかった俺からすれば、テレビの向こうでしかお目にかかれない光景が、今まさに繰り広げられている。

陽光を浴びてキラキラと光る銀を流麗に滑るピアの姿は魅力的でもあり、ミリアムの解説通り、コロシアムに黄色い歓声があがっていた。

 

 

「アイシクルバレット!!」

 

「メリーさん!」

 

「てい、やぁ!」

 

『さらにピア選手の追撃! 華やかなだけでは終わらない戦法はまさに綺麗な花にはなんとやら! しかし、メリーさんの守護もお見事ォ! ピア選手の魔法をナガレ選手に届かせません!』

 

「ふふん、私メリーさん。これくらい余裕なの」

 

俺としてもピアの見事なスケーティングを観客席で眺めていられるのなら、気障な口笛でも飛ばしてやりたいくらいだ。吹けないけど。

 

 

「何度でもです! アイシクルバレット!」

 

「!」

 

 

でもそんな悠長な現実逃避に浸れる余裕は欠片もない。

遠距離からの攻撃は予想通りだけど、主導権は完全にピアに渡ってしまっている。

その上、コンパスの指針みたいに俺達を軸にして回るもんだから、簡単に反撃に移れない。

 

 

『ピア選手、攻撃の手も移動の足も緩めない! これには流石のメリーさんも厳しそうだー! ナガレ選手を守り切れるか!?』

 

 

移動砲台ってやつの厄介さを身をもって知らされているようだ。

メリーさんの鋏さばきはほんと頼りになるとはいえ、何処から打ち出されるか定まらない氷の弾丸をいつまで捌ききれるか。

とにかく、なんとか現状打破の手を練らないと。

 

 

「ぅ……メリーさんは、ナガレのパートナー。守るったら守るの!」

 

 

(メリーさん……くそ、もう怪我なんか気にしてられるか!)

 

 

俺が動けないのが枷になるなら、無理矢理にでも枷を外すしかない。

 

 

「────っ、壊れろぉぉ!!」

 

「えっ!?」

 

 

フルスイングで、ショートソードを右足の拘束に叩き付ける。

 

 

(痛ってぇぇぇぇ!!!)

 

 

厚めの氷から伝わる衝撃は鈍く、まるでハンマーで自分の脚をぶっ叩いたかの様で思わず苦悩の声が漏れそうになるけど、何とか我慢。

その甲斐があってか、バキンと音立てて走る亀裂は樹の根みたく広がって、右足の枷は粉々に砕け散った。

 

 

「ナガレ!……大丈夫?」

 

「だ、大丈……っ、メリーさん後ろ!」

 

「え?」

 

 

苦々しく歯を軋ませる俺を、心底心配そうなエメラルドが覗き込む。

その優しさにまた一つ強がりを重ねると同時に、詠唱を完成させたピアの姿が目に映った。

 

 

「アイシクルバレット!」

 

「左側、頼む!」

 

「お任せなの!」

 

 

片足だけでも自由になったことで、ここからは共同作業だ。

こっち目掛けて飛来する弾丸の右側二つを剣で切り払い、残り三つをメリーさんが畳んだ鋏で叩き落とした。

 

 

『ナガレ選手組、これも凌いだー!』

 

「て、手強いです……」

 

「こっちの台詞だって」

 

「あ、ど、どうもです。でも──まだまだ行きますよ!」

 

 

一瞬、頬を火照らす年相応な愛らしさは、すぐに強い意志と覚悟に移り変わる。

その真っ直ぐな気高さに感じ入ってしまったのか、自分の口角がゆっくり上がるのが分かった。

 

そして氷上の舞台での演目は、ラストパートへと。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

五十度もの大台を迎えたこの祭儀の第一試合の印象を、まるで『万華鏡』のようだったと、ミリアム・ラブ・ラプソディーは後に語る。

 

前回の闘魔祭も解説を務めた事によりある程度眼が肥えているミリアムからすれば、序盤の彼らの攻防の練度は、高水準とは言いがたい。

しかし、その後のナガレによる精霊召喚、ピアニィの鮮やかな反撃とのやり取りは目まぐるしく、観客の興奮を大いに煽る。

 

観客の中にはピアニィに苦戦しているナガレが本当に『精霊奏者』と呼べるほどの存在なのか? という疑問を挟む者も居たし、それに関する物足りなさをミリアムも抱いてはいたが。

 

 

「アイシクル……バレット!!」

 

「ナガレ!」

 

「はいよ!」

 

 

放たれる氷弾を、時に切り伏せ、時に剃らし。

 

 

「もう一回です!」

 

「メリーさん!」

 

「お任せなの!」

 

 

ナガレが処理しきれない隙を、華麗に宙を舞い、時にはナガレに手を添え彼の身体を主軸にして動きながら、弾丸の雨を攻略していくメリーという名の可憐な精霊。

 

彼女に華の全てを譲りはせず、奔放な相棒を時に重心が定まりやすいよう彼女の腰を持って支え、時に張り合うように剣と艶やかな黒髪を翻す、召喚主。

 

 

「……綺麗」

 

「せ、精霊ってあんなことも出来んのか」

 

『な、なんというコンビプレーでしょうか! ナガレ選手、さながらダンスの様な息の合いっぷり! ピアニィ選手の魔法を寄せ付けません!』

 

呼吸のあった彼らの動きは、まるで氷点下を舞台にした麗しき踊り(ダンス)のように華やかで見目麗しい。

時に命すら奪い合うこの闘技の場には起こり得ないような光景に、観客達の心はまた別の色に魅せられている。

 

これが次戦への切符を取り合う闘いである事を、観客はおろかミリアムにすら忘れさせるほどに。

例えばこれが祭儀開催を祝う演目であったとしても、きっと誰も驚かないであろうほどに。

 

まるで──極彩色が移り変わる万華鏡の様に、彼らの闘いは心を掴んだ。

 

 

(……この後の試合、ちょっと盛り上がるか不安かも)

 

 

まだ決着もついていないというのに、ところどころで沸き立つ拍手や歓声に、少々場違いな不安を抱くミリアムであった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

何だか変な気分だ。

一つ、また一つとアイシクルバレットを凌ぐ度に拍手だったり歓声だったりが沸いてる。

 

こっちは必死だってのに、勝手なもんだと皮肉屋を気取りたがる心もあるにはあるけど。

段々とダンスでも踊ってるような奇妙な愉しさが込み上げてきて、口角が緩ぐのを止められない俺は皮肉言える立場じゃない。

 

……でも、いくら楽しくったって、このままじゃ(らち)があきそうにないってのは分かってたから。

 

 

「メリーさん。次、仕掛けるよ」

 

「え? でも」

 

「大丈夫、一回くらいなら一人で何とかしてみせるから。頼んで良い?」

 

「……私メリーさん。ナガレの頼みなら、しょーがないの」

 

「さすが」

 

 

また一つ氷弾に刃を差し込みながら、攻勢の一手を打つ。

左足の拘束はまだ剥がしきれていないけれども、ここは自力でなんとかしよう。

不安を浮かべつつもゆっくりと頷いてくれたメリーさんは、俺にはもったいないくらいに良い相棒をやってくれてるよホント。

 

 

「アイシクル──」

 

「──今だ!」

 

「了解なの!」

 

 

時計で言うなら十二時、つまりは正面。

妖精仕立ての硝子の靴を履いた灰色瞳の少女へと、メリーさんが氷上を器用に踏み、大きく跳躍して襲来する。

目と目を合わせた奇襲はかえって意表をついたのか、ピアの顔付きがびくりと強張った。

 

 

「!? ──バレット!」

 

「っ」

 

『おおぉっと! ここに来てメリーさんが攻める! ナガレ選手、防ぎ切れるか?!』

 

 

戸惑いを振り払うように、カウンター気味に唱えられた氷弾がメリーさんの脇をすり抜けて此方へと向かう。

振り返らないまま鋏を振りかぶる小さな背中が、何よりの信頼の証だった。

 

半歩ずらして身を屈めて、呼吸を浅く。

ベースはやっぱりアムソンさんからの教え。

けれどもイメージするのは、予選で魅せられたセナトの軽やかさ。

 

 

「シッ──」

 

 

先行する二つを横に凪ぎ、振り切らずに返し刃でもう一つ。

ラスト二つの弾道。

このままなら、四つ目はギリギリ避けられる。

 

それならと、一直線に胸元へと向かう最後の一発を──

 

 

「ッ……らァッ!」

 

 

切り上げれば、季節外れの青いダイヤモンドダストがパラパラと舞った。

それがまるで、文字通り切り抜けた事に対する祝福みたいだと思うのは自意識過剰だな。

 

四つ目、肩を掠めてたし。まだまだ見極めが出来てない証だ。

 

 

だけど、これで。

 

 

「私、メリーさん──」

 

「【精霊壁(エレメントシールド)】!!」

 

 

俺の……いや、俺とメリーさんの勝ちだ。

 

 

「ナガレの為なら、頑張るの!」

 

「うっ、あ……あぁぁぁぁ!!」

 

 

メリーさんの全力全開の一振りは、展開された青い障壁を──多少の拮抗の末に打ち破り、ピアの手から杖を弾き飛ばす。

 

 

「…………ごめん、フォル」

 

 

チェックメイトを告げる、銀の刃がピアの首元にピタリと突き付けられて。

悔しさに瞳を揺らしながらも、がっくりと肩を落としたピアは、ゆっくりとその片手を挙げた。

 

 

「────参りました」

 

 

「そこまで! 勝者────サザナミ・ナガレ選手!!」

 

 

 

 

 

 


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