ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 50【マザーグース】

「お疲れ様、ナガレ」

 

「ん、どうも……まずは一勝、ってとこか」

 

「えぇ。怪我は?」

 

「軽く擦った程度だから問題なし」

 

「そう……メリーさんは?」

 

「相当お疲れみたい」

 

 

真っ黒な画面をコンコンとノックする音だけが選手控え室に響くのが、一番の功労者の疲労具合を示していた。

ウンともスンとも言わない、ともすれば壊れたスマートフォンとしては正しい姿でもあるけれど、今やこの掌に収まる世界の主は寝入ってしまったらしい。

 

 

「ほっほ。老いたる物の目にも優しい戦いにございました。お疲れ様でございます、ナガレ様」

 

「途中かなり際どかったけどね。メリーさんが居なけりゃまず勝てない相手だったし」

 

「謙遜は美徳なれど、少しばかりは浮かれても良いものですぞ。ナガレ様の武勇もなかなかに魅せるものでありました。でなければ、あれほどの喝采は起こらなかったでしょう」

 

「……」

 

 

労い代わりのタオルをセリアから受け取れば、ひんやりとした肌触りが、らしくもなく昂った体温をあやす様に冷ましていく。

都市伝説が絡んだ発見とかとは違った、37.5度くらいの微熱。

 

勝ちを告げられた瞬間、俺とピアに向けられた喝采に、未だに少し高揚した自分を見付けて、それが何だか照れ臭いとも思えた。

頬に桃色を浮かべて観客席に頭を下げていたピアも同じ気持ちだったのかも知れない。

 

 

「……ナガレ」

 

「お嬢」

 

 

そんな慣れない浮わつきからか、アムソンさんの背に下がって何やら口をモゴモゴさせたり、目を泳がせているお嬢の心情を掴むのに少し時間がかかってしまった。

 

 

「わ、わたくしの方がもっと観客を沸かせてご覧にいれましたわよ!」

 

「……?」

 

「で、ですから……浮かれてばかりでなくて、その、まだまだ先が長いんですから、調子に乗って足元掬われたりするんじゃないですわよ……いいですわね!」

 

(……なるほど)

 

 

そういう台詞って、指先を付き合わせながら言うべきじゃないと思うけど。

忙しなく揺れる紅い瞳の色素成分は、嫉妬と対抗心、だけじゃないんだろう。

 

目立ちたがり屋な彼女なりの、嫉妬を織り混ぜた心配りってとこなのか。

そこで素直にお疲れと言わないところが、不器用なお嬢様らしいというか、なんというかね。

 

 

「……く、はは。おっけー了解。油断大敵って言うし」

 

「!! そ、そうです! 勝って兜の緒を締めよ、とゆーやつですわ! 別に兜なんて被ってないのは分かってますけど」

 

「はいはい」

 

 

引き締め役なんて似合わない事するから、背伸びしてるようにしか見えないのが微笑ましい。

これもお嬢なりのエールって事なんだろうな。

 

その確信は、すぐ傍らの老執事の微笑を見れば明らかだった。

 

 

────

──

 

【マザーグース】

 

──

────

 

 

番狂わせって言葉があるように、あらゆるものには想定外がつきものだし、こと闘魔祭のような競争においてはそういうダークホース的なものはむしろ歓迎されるべき要素といえる。

想定が覆ることもまた一つのエッセンスというか、割り切った言い方をすれば、観客達をより前のめりにさせる演出とも。

 

今回の第一試合はきっとそういう扱いなんだろう。

精霊奏者『らしき』者の登場は、間違いなく興奮の熱を煽る要因だったと、そういう見方も納得出来る。

まぁそれがつまり俺の事であり、観戦しているはずの周囲から刺さるほどの視線が向けられている理由でもある。

 

まだ若いだの、あの精霊はどこだの、普通の人と変わらないだの、筋肉ないだの色々囁き声が聞こえるのも分かる。

でも『ちょっと背の高い女の子にも見えるよね』って囁きは分からないし分かりたくもない。

 

 

『さぁそれでは両者の入場が終わりましたので、早速行ってみまっしょう!! 第三試合はリキッド・ザキッド選手 対 セナト選手! 果たしてどのような試合になるのでしょうか!』

 

 

話を本筋に戻すと、つまりはダークホースなんてものが囁かれるなら、優勝候補と目される本命が居るって訳で。

今回の闘魔祭に限っては、程度の差はあれ『四人』も居るらしい。

 

 

「あの黒装束が、ナガレとセリアが言っていたセナトという輩ですのね。案外あっさり負けたりしませんわよね?」

 

「……それはないわね、きっと」

 

「相手側については分かんないけど、セナトは文句なしに強いよ」

 

「ふぅん。あまりそうは見えませんけど」

 

 

その内の二人は、エルフであるという理由から、エトエナと、さっきから得意気な表情を浮かべているお嬢である。

まぁお嬢の機嫌良いのは、エルフである故に周囲の観客から注目を浴びているのが理由なんだろう。

いつも以上に意味もなく得意気な彼女の耳には、今この瞬間にも周囲が囁くセナトについての前評判が入って来ないのか。

 

 

「あれがアルバリーズに雇われたって噂の、黒椿の一人か……」

 

「黒椿って……あの東の奥地で暮らしてるっていう冷酷非道な傭兵団の事か? すっげ、エルディスト・ラ・ディーとどっちが強えかな……」

 

「分からん。だが西や南にまで評判が届いてるような連中だぞ。『切り札』共の幹部クラスでもないと厳しいんじゃないかって噂だ」

 

 

生活感というよりは身軽さや利便性を求めた服装の二人組が、更にもう一人の優勝候補について語り合ってる。

多分よそから来た冒険者ってとこだろうけど、聞けば聞くほどセナトの強者っぷりが際立つな。

 

でも、冷酷非道って印象は薄い。

むしろ底意地が悪いってイメージのが強いけど。

毎度逢うたびに背後に回ってくるし、予選でも意趣返しとか結構されたし。

 

 

「それでは闘魔祭、第三試合──始めッッ!!」

 

「……」

 

 

付け加えるとたった今、試合が始まったばかりだっていうのに、腕組みながらこっちを眺めているとことかね。

 

 

「ハッ、ヨソ見てやがる……チャーンス! やっぱ七番はハッピーセブンだったってか!」

 

「……」

 

『おおーっと、リキッド選手! いきなり転がり込んだチャンスをモノに出来るか?! モーニングスターを構えてセナト選手に突っ込んだー!」

 

 

これじゃまるで予選の時の焼き回しと言ってもいい。

つまりセナトからすれば、本選の大事な初戦であろうとも、予選の時となんら変わらないって意味であって。

 

 

「俺っちの勝ちだぁぁ!!!」

 

「────寝言は寝て言え」

 

 

大きく振りかぶって放たれた高速回転状態のモーニングスターのトゲを、わざわざガシッと掴むセナト。

 

 

「…………へ?」

 

「話にならんな」

 

 

呆然とするリキッドのアゴに、ハエを払うかの様な淡白な手刀を滑らかに薙げば、ブルンと気味悪く揺れた後に、その顔がカクンと表情筋を無くした。

 

 

「──」

 

「……し、勝負あり!! 勝者、セナト選手!!」

 

『な、なんとォォ!!! セナト選手、リキッド選手を一蹴ゥゥ!!!』

 

 

問答無用の一撃は、単純な武術一つですら格の違いを観衆に見せ付ける。

鮮やか過ぎるテクニカルノックアウト。

コロシアムに巻き起こったのは称賛の嵐というよりは、隔絶したセナトの実力に対する動揺の波だった。

 

 

「な、なんなんですの、今のは……!」

 

「若き身空でありながら、凄まじい武技でございますな。いやはや、これほどとは……」

 

「……底が、見えないわね」

 

 

恐ろしいくらいの瞬殺劇に、セリア達ですら思わず狼狽してしまう。

その気持ちは勿論嫌というほど分かるし、同じでもあるけれど。

俺にとってなにが一番恐ろしいって、あんなヤバい実力者にめっちゃ目を付けられてるところだよ。

 

 

「……余裕綽々って訳ね。くっそ、ホント意地悪いなアイツ」

 

 

目指すべきゴールの前に立ち塞がる難関の大きさを改めて突き付けるように、わざわざ此方を見上げて来る挑戦的な黒曜石の瞳。

見下ろしているのはこっちで、見上げているのはあっちだってのに精神的優位は欠片も得られない。

 

愉しみだろう、お前も。

 

そう言いたげに、余裕たっぷりな銀髪褐色肌の影法師は悠々と去っていった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

俺達の試合から一転、鮮やかな瞬殺劇の一幕によってコロシアムの空気はどこか緊張感に包まれていた。

けれどもその空気の重みは、次第に水がゆっくりと凍りつくみたく、どんどん張り詰めたモノに成り代わっていくようで。

 

 

『さぁ、衝撃的な第一試合、第三試合と続きまして……いよいよ第四試合!! まずは剣のコーナーより、ビルズ・マニアック選手の入場です!』

 

 

心なしか、伸びやかだったアナウンスも緊張によってか、どことなく硬い。

鉄檻のゲートから入場した、精悍な顔付きの剣士に贈られる声援も次を急いてるようにも聞こえる。

何より、ビルズという名の剣士は相手の入場を待たずして、腰に下げた双剣を鞘から抜き放っていた。

 

最大限の警戒を顕す臨戦態勢なんだろう。

つまりこれから彼が対峙する相手は、それほどの脅威であるという事を一番に示している。

 

 

『続きまして、魔のコーナーより……噂の【魔女の弟子】こと──トト・フィンメル選手の入場ですッッ!!』

 

「「「「「────ッッ」」」」」

 

 

最後の優勝候補とは、果たして誰か。

それはたった一つの称号を添えるだけで、群衆達が息を飲む音が重なるほどの存在。

 

青々とした真上の空に、翼を広げる鳥の姿はどこにもない。

それがまるで、これよりお披露目となる今大会一番の注目株に対する群衆の心中を示しているかの様だった。

 

開かれたゲートより姿を現した、黒より尚濃い漆黒のシルエット。

本選の枠決めの時に現れた時と同じように、大きな棺を背負いながら鈍く歩むその異様さ。

 

 

「……なんだ、アレ」

 

「棺?」

 

「闇沼の弟子だ」

 

「真っ黒……」

 

「あれが、魔女カンパネルラの……」

 

 

魔女に対する畏怖。シルエットに対する恐怖。

未知に対する恐れ。重々しい棺の中身の怖いもの見たさ。

彼女がゴトリと棺を置いた、ただそれだけで見るものの姿勢を少しばかり後退させるほどのもの。

群衆達の間に伝搬する、共感の底。

それはきっと紛れもなく、恐怖という感情であることをささくれ立つ肌が教えてくれた。

 

 

「第四試合──始めッッ!!」

 

『──っ、そ、それでは第四試合! ビルズ・マニアック選手 対 トト・フィンメル選手! 注目の一戦、スタートです!』

 

「……魔女の弟子、か。雰囲気だけなら遜色ないけど」

 

「分かりやすい特別扱いだもの。相応の実力は保証されていると思うけれど……」

 

「やっぱ(アレ)がね……何して来るのか全然読めない」

 

 

いざ火蓋を切った第四試合を早々に満たしたのは、奇妙なざわめきだった。

両者ともに動かない。

というよりはトト側があくまで棺の前で自然体に佇んだままであり、その不気味な様子見に警戒したビルズも動けずにいるという、ちょっとした膠着状態。

 

 

『両者睨み合い! お互い相手の出方を伺っているのかー?!』

 

 

やっぱりあの大きな棺の存在感を前にすれば、必然的に慎重になるのも分かる。

 

 

「……っ! クソッ!」

 

『むむっ! ビルズ選手、先手を切ったぁ! 双剣を構えてトト選手に襲来! 我慢比べをするつもりはないと言う事でしょうか?!』

 

 

けれどもビルズは一度大きく目を見開くと、直ぐさま対面のトトに向かって駆け出した。

 

 

「……なんか、焦ってないか?」

 

「──いえ、焦っているのよ。彼女相手に距離を開けるのは失敗だったかも知れない」

 

「慎重になってただけではありませんの?」

 

「いえ、お嬢様。彼女が、精霊奏者である魔女殿の『弟子』であるのなら……魔法も当然使えるはずでしょうな」

 

「あ、そっか」

 

 

あの棺……というより、棺の『中身』につい意識を囚われてしまっていた。

必ずしもそうとは限らないけれど、あの物々しい二つ名で恐れられてる魔女の弟子ともなれば、精霊魔法の扱いにも長けてそうだ。

 

きっとビルズも同じ思考に行き着いて、先手を取らざるを得なかったんだろう。

だが、剣士の突撃に対してトトはくるりと反転し、その小柄な背中を敵に晒すという行動に出た。

 

 

「っっ、おぉォォ!!!」

 

 

「──」

 

 

膝を折り、自ら身体を抱き締めるような態勢はともすれば単なる自殺行為であり、決定的な好機にも映る。

ここまで来たら躊躇いも捨てるべきと、短期決戦に賭けた銀閃が光るその一瞬。

 

ガキン、と。

まるで硬質な金属で出来た錠前を断つような、静かでいて物々しい音を引き連れて──ナニカが、その姿を闇より光に晒した。

 

 

「"マザーグース"」

 

「な、に……っ」

 

 

──現れたその様相は、敬虔なる少女の祈りによって棺より放たれた聖女の様にも見える。

絵画の聖母みたく、金糸髪を覆うように純白のシルクを羽織って、その背に"ガチョウの翼を生やした"大きな『ヒトカタ』。

 

 

温度の灯らない石の肌。

高い鼻と微笑む事のない唇。

嵌め込まれた二つのアメジストの瞳が、無機質に光る。

くすんだ灰色の翼の付け根が、石造りの感情を表すように羽根の先端を空へと伸ばした。

 

揺りかごを揺らした事もない、聖母の彫刻像の右腕が、キリキリと鈍く持ち上がり──

 

 

「トトを護って」

 

『──』

 

「馬鹿な……」

 

 

鋭い刃を五本指にした"文字通り"の手刀が、ビルズの双剣を飴細工のように砕き折った。

 

 

 


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