ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~ 作:歌うたい
「どうだい、痺れたろ?」
橙色のバンダナを被り直す仕草が気障であるほど不思議と似合うマルスの言葉を、崩せるだけのモノを持ち合わせていない。
メリーさんに駆け寄るなり頬へと伝った冷や汗が、頭でも身体でも俺の焦りを証明していた。
『ビリリッと来る決め台詞と共に早くもカードを切りましたマルス選手! 二対一の状況を鮮やかに切り返す雷精霊魔法、これが彼の秘められた実力の一片という事でありましょうか!?』
「メリーさん、身体なんともない?」
「な、なんかビリビリする。うぅ、私メリーさん。苦手なものが増えたの」
銀は銅や金よりも電気が通りやすいってのは昔授業で知った知識だけど、それは精霊魔法ってフィルターを通した場合でも同じらしい。
幸いメリーさんの受けたダメージは大したことはないようだが、これで単純な攻めの一手は手痛い反撃を貰ってしまう事が明らかになった。
(……銀鋏メインで立ち回るメリーさんじゃ厳しいか。ナインに交代……いや、ナインの場合は身体の一部を鎌にする訳だし、分の悪さはメリーさん以上かも知れないが)
「! ぜ、前言撤回。メリーさんはナガレの相棒、ビリビリなんてへっちゃらなの」
「え、本当?」
「ほんと」
「……そ。じゃ、もう少し頑張ってもらうよ」
「うん!」
リンク機能で思惑が伝わってしまったのか、途端にむんっ、と背筋を伸ばすメリーさん。
それが強がりなのは見え透いてるけれども、ここは素直に甘えておくか。
ナインも、出来れば温存しときたいし。
……"お嬢の為にも"。
「……とんだ隠し球って訳だ。してやられたよ」
「なーに、このぐらい精霊奏者サマにとっちゃ初歩も初歩、児戯にも等しいってもんだろ?」
(……この感じ。少なくとも俺が所謂、精霊奏者とは違うってのはバレてるっぽいな。無理もないが)
トントンと靴先で地面をノックしながら飄々と肩をすくめるマルスの余裕を前に、必死こいて保ってるポーカーフェイスも崩れそうだ。
多分、彼には俺が俗にいう『精霊奏者』ではない事を感付かれてしまってるんだろう。
推測か直感か、そこまでは分からないけれども。
それでも不用意に近付けば必殺の突きの餌食にされる、そんな剣呑さを引っ込めないマルスの油断のなさが何より厄介だった。
「児戯ねぇ。絶妙なタイミングでかましておいて良く言う。結構
「俺様、野郎の褒め言葉に浮かれる趣味はねぇんでな。それよりかは見目麗しいハニー達に黄色い声援貰える方がよっぽど良い。こんな大舞台なら尚更、そうだろ?」
「……ま、男としちゃ否定出来ないな」
「くっははは、結構話が分かるじゃねーの」
『刹那の攻防を繰り広げた両者。互いの健闘を認め合うかの様な不敵な笑みを浮かべております。さしずめ、ここまでは闘う者達にとっての単なる通過儀礼に過ぎないという事でしょう! さぁ、さぁ! ここからの闘いは更に熾烈な展開となっていくのでしょーかぁ?!』
叩き合った軽口の最中、深いブラウンの瞳がギラリと鋭さを増す。
「つー訳でだ、ナガレ。お前さんは、俺様の為の踏み台ってやつになってもらうとしようか。なぁ?」
「……挑発のつもり?」
「へっ、ばーか……お耳に優しいあの姉ちゃんの言う通り、こっからが本番って意味だ!! そら……俺様の"奥の手"、目ん玉広げてよーく見てろォ!」
「「!!」」
カカと喉を震わせて、グッと砂利を蹴る姿勢はさながら滑空台のロケットのようで。
ミリアムさんのアナウンスと同調したみたく次の一手を示す初動に、俺とメリーさんは即座に身構えた。
……けれども、そんな警戒さえも嘲笑うようにマルスが取った行動は、なんとも意表をつくもので。
「──なんつってな!」
『「「……は?」」』
スッと伸びた脚をしゃかりきに動かしながら、バンダナ男は全力疾走した。
真後ろに。
────
──
【アドバンテージ】
──
────
『ちょっ、そこで逃げるって……う、うぉっほん! えー、ここに来てマルス選手全力後退! ナガレ選手から一気に距離を取りました! これが俗に言う戦略的撤退というヤツでしょーか?!』
え、いやいやなにこの乱暴に梯子を外されたみたいな脱力感。
さぁこれからどんどん追撃してやんよってな感じ出しといて、全力後退ってオイ。
「……そこで逃げるかよ普通」
「はや……すっごい逃げ足の速さなの」
場の流れというか空気というか、完全に想定外の行動をされたせいでいまひとつ思考が定まらない。
あっという間にコロシアムの壁際へ辿り着いたマルスのを見送るしかなかった俺達だったのだが。
「こっ……こ、こらぁぁぁぁぁ! それっぽいこと言っといてなにトンズラこいてやがりますのマルスットコドッコイ! あんな啖呵を切っておいてよくもまぁっ! どんだけ人をおちょくれば気が済むんですのぉぉぉ!!」
「ナ、ナナルゥ。落ち着いて、気持ちは分からなくもないけど、乱入はダメよ!」
「お嬢様、はしたないどころの騒ぎではありませんぞ」
『…………えーっとぉ……なにやら観客席側もヒートアップしておりますが、これも先程と同様、闘魔祭の醍醐味! しかし明確な妨害行為は違反となりますのでくれぐれもお気をつけてくださいねー! ミリアムさんとのお約束☆』
唖然としていた俺達の後方から飛んできた癇癪染みたお嬢のヤジが、かえって冷静さを取り戻せた結果となった。
しかし言うなればそれはあくまで不幸中の幸いであり、視界の遠くでニタッと微笑を浮かべた伊達男の策に、見事にハマってしまったことに変わりはなかった。
「あ? おちょくる? おいおい、この俺様が単なるからかい目的であんな真似するわきゃねぇだろ……【
「……?」
失敬な物言いだとうわべだけの不服を訴えた彼が、手短に唱えた収納魔法によって取り出したのは、パッと見た感じだとちょっとしたオブジェクトにも見えた。
その正体は、マルスの右腕に備わった盾と大きさと形状が似通った、厚さ一センチにも満たないくらいの銀板。
艶やかな光沢を放つ銀面は見るからに硬質で、腕にくくりつければ即席のライトシールドくらいには出来そうだが。
何より観客をどよめかせた理由は、その銀板が一つではなく、何十枚という数がまるで数珠みたくワイヤーか何かで繋ぎとめられている点だろう。
それこそ、工事現場とか企業倉庫とかの角辺りに積まれてる鋼材みたいな変哲のないモノにしか見えない。
「『紡ぐは鉄糸、繋ぐは勝機。手繰り寄せるならいずれとも』」
そんな変哲のないものを、目を疑うような光景に作り変えるのが魔法使いの本領というヤツで。
槍の切っ先でコツンと叩いた銀板はその途端、眠りから覚めた様にガタガタと鳴動し、『紫電』を纏いながら宙へと浮かぶ。
一つ二つ、三つ四つと。
鉄琴を奏でる楽士みたく動きはお世辞抜きに、絵になっているというか、サマになっているというか。
「『無礼な断つ手を拒むなら、雷鳴と共に城塞を築け』」
詠唱が進むと共にバチチ、バチュンと物々しい電音を響き、マルスの周囲に紫色の電気の網が半円状に広がっていく。
「【
そして宙に浮いた銀板達が、次いで浮かんだマルスの盾をセンターに次々とそのドームの表面へとパズルみたく貼り付いていく光景は、ファンタジーの世界においてはむしろどこか近未来的にも見えるけれども。
『な、なんということでしょうか……マルス選手が唱えたのは、エトエナ選手が使っていた防衛魔法と同種のものである様でしたが……! 収納魔法で取り出した謎の金属達を意のままに操り、そして……!』
──紫電の網と銀板の群れによって出来上がったのは、マルスの周囲を完全に覆うほどの大きさの
それはさながら形の整い過ぎた銀色の繭。
メタリックな威容と、その中心にある瞳にも見間違いそうな、マルスの盾。
まるで巨大な眼球に見貫かれているような威圧感が、ただただ不気味で、なけなしの冷静ささえ挫かれてしまいそうだった。
『ご、ご覧下さい! 先程の金属達が、マルス選手をすっぽり覆い隠すように集まり、一つの障壁となってしまいました! その白銀の威容は、対戦相手を睨み付ける巨大な眼球! こ、これも一種の魔法の応用というやつなのでしょうか……マルス選手のとんでもない奥の手を前に、ナガレ選手も驚きを隠せないようです!』
「……そんなのアリかよ」
一夜城どころの話じゃない手短さで築かれたそのドームは、即席にしては見るからに頑強そうで、それこそ一縷の隙間も見当たらない。
「……なんだかおっきな白い甲羅みたいなの」
「甲羅って……あー確かに、言われてみれば亀っぽいか」
「そうそう。あのお兄さんが最初に持ってた盾も……──って、ナガレ! 上!」
「!?」
となれば、マルスにとってあのドームが果たしてなんの役割を担うのか、という疑問はすぐさま氷解された。
一風変わったメリーさんの例えに妙に納得してしまった俺の真上から、急速に展開された魔法陣。
コンロを回した時に鳴るような、カチチという静かな雷鳴。
そして、そこから飛来してきた稲妻によって。
「くっ……!」
頬をひきつらせながらも咄嗟に地を蹴っての回避は辛うじて間に合ったものの、ズドンと目の前に落ちた小さな雷に背筋が凍る。
これもマルスの雷精霊魔法なんだろうか。
「ナガレ、大丈夫?!」
「な、なんとか……けど……そうか、そういう事か。畜生……!」
──完全に、してやられた。
顔色を変えて心配するメリーさんに応えつつも、内心の焦りを抑え切れるだけの余裕はもう俺には残ってない。
あの一部の隙間も見当たらないドームの形成と、その内部に居るにも関わらず"正確に"俺の真上に展開された雷精霊魔法。
つまるところそれは、マルスにとっての攻撃態勢と防御態勢をきっちり整えられてしまったということで。
「ナガレ、またなの!」
「んにゃろっ!」
また一つ展開された、俺の真上からの落雷を必死に避けつつ、頭の片隅に浮かんだひとつの確信。
試合開始における打ち合いから、ことここに至るまで……多分、全部マルスの手のひらの上だったってことだろう。
(したたか、なんてもんじゃない……とんだ食わせものじゃないか、アイツ!)
そして彼が描いた絵図の通り、勝負の旗色は、誰がどう見たって確実に、マルスの方に傾いていた。