ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 54【ゴーストトリック】

『ナガレ選手、またも間一髪で回避ぃぃ! しっかーし、マルス選手の攻撃の手はまだまだ緩みません。また一つ! また二つ!! 正確無比な雷精霊魔法の連撃にナガレ選手、苦しい展開が続きます!』

 

「ぐっ……ゲホッゴホッ……ギリっギリだよホントに」

 

 

息を整える暇もなく落ちてくる稲妻を避け続けるのも、これで何度目か。

正確な数を数えてる余裕なんて更々ないし、そこに逐一思考を裂いてたらとっくにこんがり焼き上がってるのは目に見えてた。

 

 

「いいっ加減──出てくるのっ!」

 

 

かといってこっちも黙って好き勝手されてる訳もない。

ドームに引っ込んで攻撃魔法を唱えまくってるであろうあんちくしょうを何とか引っ張りだす為に、メリーさんが銀鋏を大きく振りかぶっている。

小柄な体躯を目一杯使って振りかぶるその一撃は、俺ですらゾッと背筋を震え上がらせるほどに恐ろしい迫力があったけれども。

 

 

──ガィィン!!

 

 

鈍く響くだけの衝突音は、マルスの築き上げた防衛手段が決して見掛け倒しではない事を何よりも証明してくれた。

 

 

『あーっとぉ! メリーさんの四度目の強襲、ですがまたも突破ならず! 硬い、硬過ぎます! マルス選手の築いた防衛魔法……ぶっちゃけ仕組みはさっぱり分かりませんが、その強固さはセントハイム門の城壁を彷彿とさせるほどです!』

 

 

「んにぃぃ……もうっ、なんなのこれ一体!」

 

 

銀の閃を銀の壁が受け止めたのも、これで四度目。

けれどそのいずれも、遠目には分からない程度の傷を付けるのが関の山。

あのメリーさんが全力でぶっ叩いて凹みもしないとか。

あまりの手応えのなさにうめくメリーさんを通して、もはやアレが要塞か何かに思えてきて。

 

見事なまでの押されっぷりに、渇いた笑いすら浮かんで来そうだった。

 

 

────

──

 

【ゴーストトリック】

 

──

────

 

 

「ふぅむ。やはり、"魔鉱石(レアメタル)"でありましょうか」

 

「……恐らくは、そうね」

 

「レア、メタル? 魔力を流し込むと色んな効果が表れる特殊金属ですわよね。ん? えっ、まさかアレ全部がそうだと言うんですの?!」

 

「まぁ……正確なところは本人に聞かないと分からないけれど。それにきっとアレは魔力を流すと硬質度が上がるタイプね。けどまさか、防衛魔法に組み合わせるなんて要塞化するなんて発想が……」

 

「いやいやいやそこじゃなくてっ! たっ、確かにあんなみょーちくりんな使い方なんて聞いたこともありませんけども……レアメタルですわよレアメタル! 希少だからレアなんですのよ!? あれ一枚で一体いくらになると思ってますの!?」

 

「他国と比べレアメタルの採掘量が多い我が国(エシュティナ)でも易々と手が伸びる代物ではありません。とすると、あのマルス殿は相当羽振りが宜しいようですな」

 

「くっ……本当に何者なんですの、あの男は……!」

 

 

レアメタル。

それは魔鉱石とも呼ばれ、主に魔力を通わせることで様々な効果を発揮したりすることが出来る故に、幅広い有用性を持つ物質。

 

例えば発光性のある種類のレアメタルを街灯に使用したり、予選エントリーの際に用意されたモラルモノクロもまた、レアメタルの一種を組み入れた魔道具である。

しかしそれほどの有用性に対して発掘出来る量は少なく、価値も非常に高い。

 

そんな貴重品を防衛魔法と組み合わせたマルスの発想と技量も驚くべきところだが、そもそも数ダース単位で所有してる時点で普通ではないのだ。

ナナルゥが狼狽をするのも無理もないだろう。

 

 

「残念でしたなお嬢様。袖にした御相手は思いのほか大物であったのやも知れませぬぞ」

 

「……う、うるさいですわよアムソン! このナナルゥ・グリーンセプテンバー……少々の財力で目の色を変えるほど安くはありませんわ!」

 

 

マルスを単なる軽薄なだけの男と捉えていたナナルゥからしてみれば、驚嘆どころではなかった。

セクハラ紛いな事をされた彼女からすれば、その先入観は多少致し方ないともいえるが。

 

 

「でも……不味い、わね。このままだと……」

 

「くぬぬぬぅ……あんな優雅さも美しさもナンセンスな壁一つどうにもできずに敗けるだなんて結果……わたくしは認めませんわよッ」

 

「別にナガレ様が膝をついたとて、お嬢様が負けた事と同義になる訳でもありますまいに。いつの間にやら一蓮托生でありますかな?」

 

「う、うるさいですわよアムソンっ! かっ、仮にもこのわたくしと道中を共にし、わたくしと共にミノタウロスを討った男ですわよ。小生意気な所も多いですが、いわゆる『同じ釜を焚いた仲』とゆーやつですわ! それがあんな破廉恥に良いようにされっぱなしというのが納得出来ないだけで……」

 

「ほっほ。左様ですか」

 

 

微妙に誤用された言い回しを、さりとて執事は否定しない。

些細な弱みにすら意地を張ろうとする主人の愛らしい反応に、目尻に皺を集める仕草は従者というより好々爺といった風情である。

だが、それでも眼下を見下ろす彼の表情は、普段と比べて厳しい。

その理由はやはり、同じ釜の飯を食べた仲であるナガレの旗色が、戦い上手のアムソンの目から見ても圧倒的に悪いからであった。

 

 

「(……さて。お嬢様の所感はともかく、ナガレ様の旗色は非常に悪い。マルス殿が築いたレアメタルの特殊障壁は生半可ではない。魔力感知に長けたお嬢様であれば、魔力同士の継ぎ目の"強弱"を見抜き、泣き所に魔法を打つなどの攻略も可能でありましょうが……)」

 

 

本来は単に攻撃を防ぐ壁として展開されるドーム系の魔法とレアメタルを用いて即席の要塞とするマルスの器用さは、並大抵の事ではないし、その頑丈っぷりは一目瞭然だ。

しかし、レアメタルの操作を含めたドームを維持し続けるのは容易とは言えないだろう。

 

ナガレに対し隙のない攻撃魔法を放ち続けている事を含めれば尚更で、そうなればある程度ドームを構築する魔力に揺らぎが出てくるはず。

となれば、ナナルゥのような魔力の感知や探査に秀でている者なら泣き所を見抜き、あの要塞を突破する手段を見出だせるやも知れなかった。

 

 

「(……厳しいですな)」

 

 

もっとも、その攻略法も異世界人故に魔法に関しての知識はほとんどからっきしであるナガレには、到底取れるものではない。

対戦相手が要塞に引きこもっているというのに、ナガレの方がまさに八方塞がりという状況は、皮肉としか思えなかったが。

 

 

「(……それにしても、あれほど大量の……加えて、彼の装備していた『盾』と『槍』も恐らくは……)」

 

 

ナガレの窮地。

それ以上にアムソンの額に皺を集める要因があった。

 

マルス・イェンサークルの持っていた、甲羅のような盾と、古びた槍。

少し風変わりな程度にしか見えない武装ではあるが、それもまたレアメタルを加工した特殊なモノであることをアムソンには"看過出来た"。

 

──けれどもそれは、直感や閃きに基づいた憶測ではなく、古い癖に未だ埃の一つもつかない、ある"心当たり"の糸を辿っただけのモノで。

 

 

「……──」

 

「……?」

 

 

マルス・イェンサークルのなにがしかから、老執事が思い至った予感。

連なる感情を押し殺す様に老執事の夕陽色の双眸が、夜に似た冷たい鋭さを浮かべるのを、隣立っていたセリアだけが些細ながら気付けた、が。

 

 

「うぅうぅうぁぁ!!! もうっ、ナガレー! なんとかなさーい!!」

 

 

夜空に浮かぶ陰り雲が、やがて風に千切れて消え行くように。

抑えきれない感情に任せて飛ばしたナナルゥの叱咤に、セリアの違和感は芽を出すこともなく立ち消えた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

思い返せば、打ち合いからの雷精霊魔法の切り返し、あそこから主導権を完全に持っていかれたんだろう。

 

下手に接近戦に持ち込めば、手痛い反撃を食らう可能性がある以上、こっちの攻め手は緩まされる。

そこにあんな意表をつく真似で距離を取られて、満を辞して奥の手を切る、と。

……単なるその場その場での思い付きとは違う。

完全にデザインされた流れに、まんまと乗せられてしまった自分が不甲斐ない。

 

 

「くそっ。そろそろ紙一重じゃ済まなくなって来たな……っと、あぶなっ!」

 

 

泣き言すら遮る働き者な稲妻に、疲労か稲光か、軽く目の奥がチカチカとすらしてきた。

正真正銘の鉄壁、その仕組みやシステムがどーなってんのとかは、この際深く考えたって仕方ないとして。

何でも良いから突破口を掴まないと、良い加減、俺自身が持たない。

 

もう、リスクとか甘いことを考えれる段階は過ぎてるか。

こっちのミスとはいえ、このまま好き放題されて無様に敗退ってのは受け入れ難いし。

 

……それに。

 

 

『うぅうぅうぁぁ!!! もうっ、ナガレー! なんとかなさーい!!』

 

 

本日二度目となるセコンドからの励まし。

まぁお嬢のことだから、こいつだけには負けてくれるなって感じのニュアンスであり、励ましっていうより『何としてでも勝て』って意味合いが大体を占めてるんだろうけども。

 

 

「………………はいよ、お嬢」

 

 

紛いなりにも美少女からの声援だし、応えてやらないと男が廃るということで。

つい綻んだ頬を引き締めて、陽光に煌めく潔癖な要塞を決意と共に睨み付ける。

 

 

(……極めて不利な状況。だとしても、まだ手はある!)

 

 

虎穴に入らずんば、虎児を得ず。

メリーさんばかりに無理を強いるのにも抵抗はあるが、もう手段を選んではいられない。

 

 

「出し惜しみは無しだ……! メリーさん!! 『保有技能』を!」

 

「えっ…………──っ、うん!! わかった! やってみる!」

 

『むむ! ついにナガレ選手、反撃の狼煙をあげるのかー?! メリーさんと何やら意味深なやり取りを交わされました!』

 

 

劣勢を、ひっくり返す。

 

その為の鍵になるのは、勿論俺の相棒メリーさんの能力が必要不可欠だ。

檄にも似た俺の指示を、彼女は初めこそ驚いてはいたが、次第に柔らかそうな頬を自信満々に吊り上げていく。

 

フワリとスカートを翻した可憐な相棒は、日輪にギラつく銀鋏を鳥の片翼みたく背に流しながら──疾風の如く駆け出した。

 

 

『っ、メリーさんはまたもや突貫! しかし、このままではさっきまでと何も変わらない結果になってしまいそうですが!』

 

 

(端から見れば、そうだろう。でも)

 

 

しつこい雷撃のアプローチをまた一つ袖にしながら、託した希望の行き着く先を見届ける。

或いは、観客のなかには馬鹿の一つ覚えだと、『なぜ魔法を使わないんだ』と、実にごもっともな声もちらほら聞こえて来るが。

 

マルスの盾を瞳と喩えた巨大な『一ツ目』に、疾走するメリーさんの速度は、事情を知らない観衆達の嘆息すら振り切るように加速していき。

 

そして。

 

 

『……へ?』

 

 

拡声ロッドが淀みなく拾い上げた、ハイテンションレディの動揺も狼狽も抜け落ちた、呆然としたソプラノ。

けれども彼女の"素の声"が、まさしく闘技場の空気をきっちりと代弁していた事は、この水を打ったような静けさが何よりの証明だろう。

 

 

……まぁ、そりゃ驚くか。

 

 

『……メリーさんが……き、消えちゃ……った?』

 

 

シルバードームに向かって全力疾走してたメリーさんが、あわやゴールと衝突するかの瀬戸際。

小柄な体躯と銀挟のシルエットが、急に光の粒子に移り変わったと思った時には、まるで幻みたく──姿を消してしまったのだから。

 

 

『こ、これは何かしらのアクシデント?! それとも、これこそが反撃の狼煙を意味するのでしょうか?!』

 

 

事態の推移を掴めない会場内に、どんどん積み重なっていくざわめき。

 

ミリアムさんの疑問の前者と後者、果たしてどちらが正しいのかと問われれば、勿論、後者だ。

そもそも、メリーさんは別に居なくなってしまった訳じゃない。

 

メリーさんの保有する技能、【依存少女】。

 

ポルターガイストさながらに物体への憑依を可能とする特殊能力、これを使ってあのシルバードームの一枚に──"取り憑いて"貰った、というのがメリーさん消失現象の正体といったところか。

 

まぁ、そんな種明かしをしてみたって、この世界の住人にすんなりと理解出来るモノでもないだろうし。

むしろ今重要なのは、この能力の欠点。

 

 

例えば俺のスマホみたいに、メリーさんにとって『居心地の良い物体』であれば、電話やメール、最近ではアプリの起動といった操作すら出来るトンデモな能力であるけれども。

逆に、相性の悪い物体だと操作も満足に出来ず、それどころか憑依出来る時間も極端に短くなるらしい。

 

もし、取り憑いたあの金属との相性が良いのなら……あのドームを憑依操作によって崩す事も出来ただろうが。

 

 

「ぐっ……」

 

『あ、あれ? なにやらナガレ選手の顔色が……や、やっぱりアクシデントなのでしょうか?!』

 

(う、ぐ……なんだこの、えっぐいくらいの不快感……ダメだ、相性かなり悪いっぽい。くそ、やっぱりそう簡単にはいかないか)

 

 

リンク越しにも伝わってきた、黒板を爪で引っ掻いた音を聴かされてるようなとてつもない不快感に思わず目眩がして、ぐらりと視界が傾くのをなんとか堪える。

きっと直接取り憑いてるメリーさんの方がしんどいはずだ、このくらいで音を上げてたまるか。

 

 

(取り憑いてから内部にメリーさんを侵入させるのも、無理か。マルスの防衛魔法が膜になってて侵入を阻んでる……でも──)

 

 

それに、例え操作出来なかったとしても、まだ、諦めるには早い。

 

メリーさんの奥の手を行使した、その『本当の狙い』は────シルバードームの内側がどうなっているのか、という情報を握る為。

もっと言えば、マルス・イェンサークルが引きこもってからの一連の中で、俺が行き当たった、あるひとつの"仮説"に対する答え合わせの為だった。

 

そして、その結果は。

 

 

 

 

「……──、────掴んだ」

 

 

 

 

試合開始からずっと、相手のペースに乗せられっ放しだった第二回戦。

散々に苦しめられた、一分の隙間も見当たらない強固な銀の要塞を打ち崩す為の鍵は、今。

 

 

不確かながらも、この手の中に。

 

 

 

 

 


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