ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 55【クラックガール】

冷たい銀の六角形同士を繋ぐ、その空間を形成する為に必要な血脈ともいえる、紫閃光の仄かな明かり。

パチパチと、ノイズを挙げるドームの内側で、右腕に古びた槍を抱えていたマルスは、実に訝しげに眉を潜めた。

 

 

「精霊のお嬢ちゃんが、消えた……? チッ、こいつは……向こう側のトラブルか、それとも誘いか。『未知の力』ってやつはこれだから怖いぜ全く。ま……それについちゃお互い様か」

 

 

おどけた様に肩をすくめてはいるものの、呟かれた声色は今までの印象とは違い、決して調子を外してはいない。

それどころか、冷俐さを纏って細まる紅茶色の瞳は、平穏の中では決して育たない気配を宿している。

 

 

左手に持った『単眼望遠鏡』を覗いた彼の鋭い視線が射抜くのは、ドームを形成するシルバープレート達とは違う唯一の異物。

外部からは大きな眼球の瞳とも映る、ナガレには亀の甲羅の様だと評された、マルスの盾の裏。

 

だが、大きな眼球の瞳というのは決して比喩ではない。

何故なら、盾の甲羅紋様の"たった一部分だけ"──外部の様子が透けて見える、いわゆるマジックミラーとなっていたのだから。

 

 

「どうせ覗くんなら野郎じゃなくて見目麗しいレディの水浴びシーンとかにさせて欲しいぜ……」

 

 

つまるところマルスは、この狭い視界から単眼望遠鏡を使い、マジックミラー越しにナガレの位置を把握していたのだ。

しかし辟易と吐き捨てるマルスとしては、自ら好き好んで特殊戦法を行っている訳ではなかった。

 

 

「防衛魔法『イージス』ねぇ……」

 

 

(力押し相手にゃ確かに有効かも知れねぇが、長期的な維持が難しいわ、そのせいで攻め手に割く魔力が限られちまうわ。挙げ句、視界確保はアナログで面倒臭いと……色々と欠点が多すぎんだろ。『研究室』の変態ヤロー共……信民達から散々お布施やら寄付やら絞り取ってやがるんだから、せめてもっとまともなの作りやがれってんだ……)

 

 

「────ん?」

 

 

恨み言のように、この戦術を試させている者共への侮蔑を募らせていたマルスの動きが、ピタリと止まる。

 

 

「……」

 

 

望遠鏡のプリズムの中心で、メリーの姿が消失した途端に苦し気だったサザナミナガレの表情が、僅かな微笑みへと変わった。

諦めの笑みではない。

自棄になってるというのも違う。

 

なら、勝利への確信だというのか。

 

 

「……やれやれだ。Mr.ミステリアス君にはまだまだかくし球があると見える」

 

 

事実、大量のレアメタルを使用したこの守護領域には、マルスの言うとおり多くの欠陥があったのだろう。

 

シルバードームの展開と維持、更に攻撃魔法による魔力と意識を費やし続けねばならなかった彼は、蓄積した疲労により"ある違和感"を見落としてしまった。

 

壁に耳あり、障子に目あり。

意識の隙間をつくように、直ぐ傍に潜んだ怪異の影を──見落とした。

 

 

────

──

 

【クラックガール】

 

──

────

 

 

そもそも疑問を持つべきだった。

蟻一匹分の隙間すら見当たらないシルバードームの中で引きこもったマルスが、どうしてああも正確に俺を攻撃する事が出来たのか。

此方からではあちらの様子を伺えない。でも視界を銀の壁に遮られているのは、あちらからしても同じはず。

 

となれば当然、マルスは何かしらの手段でもって、こっちの位置を把握する手段を持っているんだろう。

 

 

(マジックミラーと単眼望遠鏡、ね。精霊魔法使いにしちゃ、やけにアナログ……いや、ドームの維持と魔法攻撃にただでさえ魔力を食われてるから、索敵ぐらいはアナログにしなきゃならない──ってのが妥当か)

 

 

【憑依少女】によってプレートの表面に取り憑いて貰ってるメリーさんがリンク機能で伝えてくれた情報は、さながらマジックの種明かしを見せられている気分だった。

俄然優勢な向こう側も、なかなか難儀な事をしていたって事だろうか。

 

しかし、この情報は──非常に大きい。

劣勢を覆す。いや、それどころか上手くアレが再現(ハマ)れば……一気に決着が着く。

リスクは大きいが、今更そんなものに足を取られはしない。

俺もメリーさんも、この期に及んで慎重さを選べれるほど余裕もない。

 

 

賽はもうとっくに投げた。

なら後は、虎穴に入らずんば虎児を得ず──その『隙間』を作ろうか。

 

 

「────」

 

 

頭に描いた勝利への道筋を強く思い浮かべ、リンク機能でメリーさんに託す。

けれど、メリーさんの返答は──実にやる気がないというか、渋々、といった具合で。

 

それが、酷く居心地の悪い場所に取り憑いている事によるものか、メリーさんいわく新たなライバル出現に対する抵抗感によるものか。

 

……相棒の奮闘を労るには、今回はハニージュエルくらいじゃ足りそうにないかも。

 

 

◆◇◆

 

 

 

「……様子見は終わりって事か。ならっ」

 

 

組み立てた算段を実行に移すよりも、再び頭上に魔方陣が展開する方が早かった。

反射的に身を乗り出して、大きく前転しながら、腰のショートソードを抜き取る。

バックステップではなく、前転。

防戦一方から攻勢へ打ってでる、という意思表示。

 

 

『束の間の静寂を破ったのは、やはりマルス選手! ナガレ選手、メリーさんを欠いたまま勝利することが出来るのでしょうか?』

 

 

「そりゃ無理。だから──メリーさん!!」

 

 

保有技能【憑依少女】──解除。

 

 

「…………ふぅ。もう、ビリビリだし窮屈だしで、居心地最悪だったの。ナガレのすまふぉを見習って欲しいの」

 

『って、えぇ?! ドームの中からメリーさんが?! い、言ってるそばからメリーさん復活! メリーさん復活です!』

 

 

ショートソード片手にそのまま前へと駆け出せば、俺の動きに呼応して、保有技能を解除したメリーさんが"シルバードームの直ぐ側"に再び現出する。

愛らしい表情がもう二度と同じ真似はごめんだと訴えるように膨れている辺り、ほんの数十秒間とはいえ相当しんどかったらしい。

 

 

「【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」

 

 

だからその分の不平不満は、物件の大家であるマルスにぶつけてもらおう。

 

 

「それじゃメリーさん、『マジックミラーをぶち抜いてやれ』!!」

 

「あいあいさー」

 

 

やけに間延びした返事とは裏腹に、その手に持った大鋏を携えて、俊敏にクルリと一転。

銀の凶刃が向けられた先は、大きな眼球(シルバードーム)()、そのまた一部の面。

いくらあの盾が相当に硬く作られていたとしても、マジックミラーとしてのギミックが施してあるのなら耐久度は当然、他より少しでも脆いはず。

 

 

「──っ、てやぁぁぁああ!!!!」

 

 

なら、その箇所(ウィークポイント)を一点集中したメリーさんが狙い穿てば、破れないはずがないだろう。

 

 

──バギィン!!

 

 

メリーさんが放った渾身の一撃が盾の一部を文字通り見事に突き破る。

引き抜くと同時に盾の紋様に、さながら猫の瞳みたいな、縦に割けた瞳孔の亀裂が出来上がっていた。

 

もはや盾としては落第も良いとこな有りさまだけども、それでもシルバードームを崩れさせるだけの一撃とはなりえなかった。

 

 

『強烈ぅぅぅ!!! こっちが真っ青になるくらいの、まさに乾坤一擲! しかし、恐るべき頑丈さ……マルス選手の盾は半壊こそしたものの、銀の壁は未だに健在、全体で見れば、僅かな亀裂が出来たに過ぎません! これはナガレ選手、万策尽きたかー?!』

 

 

「……本当ならメリーさん一人でなんとかしたかったけど」

 

「ホントお疲れ、後は俺に任せて。お休み、メリーさん……【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】」

 

 

だけどこの僅かな亀裂こそ、俺達が必死に手繰り寄せた勝機に他ならない。

 

あれやこれやと頼ってばっかりだったせいで、すっかり疲労困憊なメリーさん。

ドームの傍らで至極残念そうに佇んでいる相棒のお蔭で、その下ごしらえは全て整った。

 

 

「【プレスクリプション(お大事に)】」

 

 

なら後は、俺の役割だ。

 

 

「【非現実とは、不満や不安、恐怖の影から生まれるもの】」

 

 

精霊奏者もどきなどではなく、都市伝説の語り部として。

奇譚書を手に、物語る。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

『未知』というものが何故厄介とされるかの理由を述べるとするなら、時に易々と想定を凌駕してしまうからだと、マルス・イェンサークルは答えるだろう。

 

対峙する相手に何ができ、何が出来ないかを把握しているかどうか。

情報のアドバンテージが闘いの勝敗を左右する大きな要因である事を彼は無論承知していたし、現にこの二回戦ではその主導権を握り続け、優位を保ち続けていた。

 

闘いというものは、単に力がある方が強い、剣を上手く扱える方が強いという単純なモノではない。

たった一つの想定ミスで、目の前にある勝利を逃し、敗北の二文字を突き付けられる事だってある。

 

だからこそ、心理と真理を覆しかねない──『未知』というものは怖いのだ。

 

 

【非現実とは、不満や不安、恐怖の影から生まれるもの】

 

 

そして今、目の前で朗々と何かを謳う、夜の海空に似た青黒い瞳を持つ青年も、まさにその『未知』と呼べる者だった。

"どういう訳か"、ギミックによって生まれた急所を的確に突かれたことで半壊した盾の残骸が、足元でカランと鳴る。

悪戯できまぐれな幸運の女神があちらに微笑んだ結果などでは、決してない。

 

だが、だとしたら自分くらいしか知らない盾の弱点を知る事が出来たというのか。

 

しかし──その未知を追及する以上に、優先すべきモノがこれから起きると、マルスの直感が囁いた。

ソレを見逃してはならないと伝う冷や汗に背を押される様に、彼らによって作られた亀裂越しに、マルスは『未知』を深く見据えた。

 

 

【海を挟んだ大陸での悲劇や恐慌、エトセトラ。這い寄るように訪れる、必ずしも訪れる夜を飾る為に。"彼女"もまたそうだった】

 

 

ナガレが使役していたメリーという少女が再び姿を消した事にざわめく会場中が、彼の一言目で自然と口を閉ざし、耳を澄ませる奇妙な空気。

 

昼間なのに夜が訪れている様な、神秘とするには少し遠い得体の知れなさ。

精霊魔法の詠唱とは違う。

まるで、どこにでもあるお伽噺を聴かせるような、不思議な声色だった。

 

 

【居るはずない。けれども気にしてしまう無意識が形作ってしまうのか】

 

 

きっと遮るのは容易いのに、唯一持ち得たその権利を、マルスは行使しなかった。

魅入ってた訳でもなく、遮るのを無粋とする戦士の矜持などでもない。

 

敢えて言うなら、好奇心。

 

 

【居るはずのない、鏡の向こう。窓の外。扉の上。寝台の下、目蓋の裏。あるいは、或いは──入れるはずのない、タンスと棚の小さな隙間、とか】

 

 

例えば、今こうしてミステリアスが語る、『些細な暗がりに潜む者』に、誰もが僅かなりとも抱いてしまうもの。

恐怖と、興味。

意外なことに共存出来てしまう感情に、マルス・イェンサークルもまた心を傾けてしまったから。

 

 

「なぁ、マルス」

 

 

その心理の隙間を縫うようにサザナミナガレは、奇譚書とは異なる、もう一方の手に握っていたショートソードを、高くへと放り投げた。

クルクルと放物線を描くように空中へと放たれた剣の行方を、狭い亀裂の中から目で追う事は出来ない。

 

 

【その隙間から、覗いているのは誰でしょう】

 

 

問いかけの様で、問いになっていない、締めくくり。

深海の底からコポリと浮き上がる泡のような寒気が、マルスの背を撫でる。

 

ミステリアスの紡いだ与太話は、結局何を意味しているのか。

明かされない未知を少しでも暴こうと口を開いた、その瞬間だった。

 

 

「!」

 

 

不気味な静けさに包まれた空気を裂くかの様な、ショートソードとシルバードームとの鋭い衝突音が、マルスの"頭上"に鳴り響く。

 

ガランガランと荒っぽく転がる鋼鉄の悲鳴に誘われてふとマルスが真上へと視線を向けたのと同時に。

無機質な悲鳴とは違う、確かな温度がこもった囁きが彼の鼓膜をスルリと撫でた。

 

 

「【World Holic(ワールドホリック)】」

 

 

だから、マルス・イェンサークルは再び視線を戻す。

 

目的の見えないナガレの奇異な行動に、果たしてどういう意味があるのか。

沸き立った好奇心に従った結末に、果たして何があるのか。

 

 

それを、確認しようと。

見届けようと────するまでもなく。

 

 

異変は直ぐ、そこに居た。

ナガレの謳っていた怪異譚そのものを体現するかの様に、彼女はそこに居た。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

元の色彩が黒なのだと見間違うほどに煤色にくすみ、手入れの三文字とは生来無縁だったと分かるほどに所々ほつれている、ダークブラウンの長髪。

痩せた頬と病人みたく青白い肌、黒のインクで塗り潰したかの様な目元の(クマ)は健常者とは程遠い。

 

そんな、陰気さをこれでもかと纏っている彼女の、洞窟の奥底みたく深々と、黒々とした瞳に『真っ正面』から睨み付けられていて。

 

 

「────なんだそりゃ」

 

 

そう、真っ正面。

凡そ人間が入り込めるはずもない、シルバードームの亀裂の中に埋まるようにして、彼女は居る。

顔と、伸び過ぎてかぎ爪みたくねじ曲がった爪を蓄えた両手を、そのわずかな隙間から覗かせていて。

 

まだ、それだけならまだ、どうとでも解釈出来ただろうに。

 

 

「おい、おい……嘘だろ」

 

 

さも当たり前の様に。その少女はするりするりと亀裂から身体を滑らせて、茫然とするマルスの目前へと這い出て来てしまったから。

 

もう、理解するしかなかった。

目の前に這い出た少女は、常軌を逸した存在だと。

 

 

「二体目の精霊召喚……ははは、この土壇場でかよ…………"してやられたぜ"、ミステリアス君」

 

 

常識は、からくも脆く崩れ去る。

積み重なる理解不能に、青に冷えていく思考が最後に残せたのは。

 

口端を歪ませながら腕を振りかぶる彼女の、どこまでも陰気を纏った暗い笑みだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

考えても見れば、策と呼べるほどにしっかりした筋道なんかじゃなかった。

噛み合った幸運が一つでも欠けてれば、目の前で音立てて崩れていくドームはまだ健在だっただろうし。

 

 

行き当たりばったり、そう言われればそれまで。

けど……まぁ今は、俺にしちゃ上出来だったと開き直ろう。

 

 

『ちょ、ちょっと……あれ? メリーさんが居なくなったと思ったらナガレ君が何か怖い話しだして、そしたらいきなり女の子が現れて、あれよあれよとドームの中に、吸い込まれて??

………………ってうわぁぁ今度はドームが崩れていくしぃぃい!? ど、どうしよう、全然実況追っ付かないよー!』

 

「あー……どうすっかな、これ」

 

 

だけども、肩の力を抜いてる俺とは裏腹にミリアムさん含めた聴衆の皆さん方は完全に混乱してらっしゃった。

 

 

「何だ?! 一体何が起きたってんだ?! 誰か説明してくれ!」

 

「俺にだって分からん!」

 

「あの痩せっぽっちの女は?! アイツが何かしたんじゃないか?!」

 

「いきなり現れたと思ったら、急にアレの中に吸い込まれちまって……」

 

「いや、むしろ自分から突っ込んで行ったようにも見えたけど……というか、どうやったらあんな狭い亀裂の中を」

 

「ママ、メリーさんどこー?」

 

「え? ええっとぉ……疲れて帰っちゃったんじゃないかしら?」

 

「そんなー」

 

 

えー、うん、ですよね。

端から見たら何がなにやらさっぱりな摩訶不思議のオンパレードだったろうし、その結果があれだけ厄介だったシルバードームの崩壊。

その経緯をはっきり理解出来てるのはきっと、コロシアム内で俺だけなのは間違いない。

 

しかし、どれだけ過程がハッキリしなくとも、結果というヤツは自ずと姿を見せてしまうもので。

ガタンガタンとドームが崩れた拍子に巻き起こった激しい土煙が、やがて晴れたなら。

 

そこには昏倒してるマルスと、俺の再現した新たな都市伝説の姿が────って、あれ?

 

 

『あ、アレは……ご覧下さい! ドームの残骸の中からマルス選手の姿……ってあれ、マルス選手、倒れちゃってます? し、しかもなんかボロボロになっちゃってるし。というかその隣に居るのは、先程の謎の少女でしょうか?!』

 

 

なんか、様子がおかしい。

引っ掻き傷やらタンコブやらで大惨事になってるマルス……は、もうこの際良いとして、その隣。

 

薄い白絹を一枚だけ羽織るという色々際どい格好してる、俺と同じくらいの年齢の女の人が、再現した都市伝説であるのは間違いない。

しかし何故か彼女は、身を縮こませながら座り込んでいた。

 

 

(と、とりあえず、声かけに行こうか)

 

 

なんでだろ、と疑問を抱えながらも慌ててすぐ側まで駆け寄ってみれば……何やらブツブツと呪詛めいたうめき声が鼓膜にスルリと入り込んで来て。

 

 

「ううぅ……直射日光うざいし眩しいし真っ昼間だからってギンギラギンに輝きやがって……やめてやめろし太陽ほんと帰って雲仕事しろ……これ以上私日光消毒すんなしぃ……」

 

「………………」

 

「そしてなに此処、なにこの人の数……みんなしてこっちガン見すんなしマジワロえない……やめてやめろし集団恐い視線の暴力恐いしぃぃ」

 

 

……なにこれ。

あれ、なんか思ってたんとちゃう。

 

いやいやいや。

確かに、彼女の名前やらエピソードやらから鑑みれば、太陽と相性が良くないってのは分からなくもないけど。

見てるこっちが憐れんでしまうレベルで怯えてんのはどういう事だよ。

なにこのダウナー系の極地みたいなひと。ってか視線恐いってなに。

 

 

「あのー……【隙間女】さん? もしもーし」

 

「なんでなんだしなんなんだしぃ……どいつもこいつも私みたいな日陰女を虐めて何がたのし……──? えっ? えっ?! ぁ……ぁ、あぁ、貴方は、私を喚んだ……」

 

「そうだけど。あの、大丈夫?」

 

「だ、だだいじょじょ、大、丈夫……」

 

「(全然大丈夫そうに見えない)」

 

 

いざ声をかけてみれば、今度はダラダラと汗を流しながら目を白黒させている姿は、どう見ても大丈夫じゃなかった。

 

ただでさえ青白い肌が余計に具合の悪い色に冷めていってる。

しかも、間の悪いタイミングで現状を把握しにレフェリーまでやって来てしまって。

 

 

「あ、あの……失礼、ナガレ選手。そちらの方は……」

 

「ひぃッ──」

 

「え、のわッ!」

 

「!?」

 

 

──状況は、もっと訳の分からない事になってしまった。

 

端的にいえば、レフェリーの存在に驚いた隙間女が、その視線から逃れようと……俺のシャツを下から捲って、"頭を突っ込んだ"。

いや、うん、それだけならまだギリギリ羞恥プレイって事で話は着いたんだろうけど。

 

問題は、彼女がそのまま、俺の肌とシャツの『隙間』にスルスルと姿を滑り込ませてしまったのだ、"全身"ごと。

 

そう、"全身"。

頭から、足まで。お嬢ぐらいある背丈がすっぽりと。

つまりそれは彼女こと【隙間女】の持つ、『隙間に潜む』という能力に依るものなんだろう。

 

けど、んなもん俺はともかく、レフェリーからすれば真っ昼間におきた怪奇現象以外のナニモノでもなく。

 

 

「は、ハハ……せ、精霊って、凄いんデスネ」

 

「え……はぁ……」

 

「なる、ホド。成る程。分かりました」

 

「さ、さいですか(うわぁ……レフェリーの顔が真っ青に……)」

 

 

けど、んなもん俺はともかく、レフェリーからすれば真っ昼間におきた怪奇現象以外のナニモノでもない。

 

非常識な現象を前に、明らかに脳がキャパシティオーバーを起こしている。

不健康そうな汗を流しながら、まるで現実逃避をするかの様に視線をさ迷わせた彼の視線は、完全に意識を失っているであろうマルスの元でピタリと止まり、そして。

 

 

「ま……マルス選手、戦闘不能確認!!! 勝者──サザナミ・ナガレ選手!」

 

 

例え人生最大級のミステリーを前にしても、自らの仕事を全うするこのレフェリーこそ、プロフェッショナルってヤツなのかも知れない。

 

若干ヤケクソっぽいけど。

ともかく……ともかく、だ。

 

 

『えぇっと……正直、もうミリアムさんも何がなにやらさっぱりなんですが……とーもーかーく!! とにもかくにも、です!! 荒れに荒れた二回戦第一試合、混迷の中で勝ち星を挙げたのはぁぁぁ!!!!』

 

 

勝ちは、勝ちだ。

体力とかもうギリギリもいいとこ。

それでも、勝った。次に繋げれた。

 

ならもう、今は余計な事は後に回して。

 

 

『噂のMr.ミステリアスこと────サザナミ・ナガレ選手だぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

黙って、とりあえず拳を突き上げよう。

 

 

 

「太陽こわい視線こわい日光こわい集団こわい日中きらい屋外嫌いぃぃ……」

 

 

「……」

 

 

シャツの隙間からさめざめと囁いている、陰気MAXな彼女の存在を、今だけは後回しにして。

 

 

 

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