ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~ 作:歌うたい
「それで、調子は?」
「んー……どうにも、直ぐには動けそうにないね」
「そう。そうね。アレだけ立ち回れば、身体の方が悲鳴をあげてしまうのも、無理ないわね」
「……そんなしおらしい顔されると調子狂う」
「……ついでにその減らず口も減らせれば、回復も早くなると思うけれど?」
「さすが」
三度目ともなれば、そろそろ見慣れて来そうな選手控え室のベッドは、訪問回数に応じて固さが和らいでくれる、なんて便利な特典があるはずもない。
現にこうして腰かけてるだけで、ギシッと重い音がするくらい。
代わりに、入室してからずっとお堅い表情をほぐす事で、溜飲を下げてやる。
聞き慣れた溜め息と共に、セリアから手渡されたグラスの、並々注がれた水の冷たさが心地良い。
そんな些細な好感が、ある意味、自分の身体の疲れ具合を如実に物語っていた。
「にしても……"逆転劇扱い"か。観客置いてけぼりな試合内容だったんだし、疑惑の勝者扱いされても仕方ないって思ってたけど」
「全員が全員、という訳ではないけれどね。貴方について訝んでる人だって、居るには居る。でも、それ以上に……この闘魔祭が、国民にとって娯楽として受け入れられている、というのが大きいんだと思うわ」
「名前の通り、お祭り感覚ってことか」
「えぇ。乱暴な言い方をすれば、盛り上がれば細かい事は気にしない……ってことかしら。ミリアムの様な賑やかなタイプの人が実況者として選ばれてるのが、何よりの証ね」
「……なるほど」
他にやりようがなかったとはいえ、観客置いてけぼりな試合内容、場合によっては白眼視されるのも覚悟していた。
それだけに、ふはーっと肺から送り出した息が、今は少し軽い。
「……さて、そろそろ戻るわ。ナナルゥの不機嫌が治まってると良いんだけれど」
「……ん? お嬢がどしたって?」
「『マルスに勝利したのはともかく、公衆の面前であんなにべったりとくっ付き合うなんて破廉恥にも程がある』……って、大変だったのよ。アムソンが上手くなだめてなければ、今頃この部屋も大荒れ模様だったでしょうね」
「……うっそぉ」
試合が終わって以降、そういえば姿を見せてないなと思ってたが、まさかそんな事になっていたとは。
破廉恥って、んなこと言われても、別にあれは俺の指示とかじゃないし。
なんて説明してみたところで、頭に血が昇ったお嬢は聞く耳持ってくれないであろう事は、短い付き合いながらも充分把握出来ることで。
げんなりと肩を落とした俺の様子が琴線に触れでもしたのか、頭の上の方からしっとりと笑う声がする。
なに面白がってくれてんだか。
「貴方も観客席に戻るなら、頃合いを見計うべきなのかしらね」
「フン、お気遣いどうも。でも、それなら都合が良かったかもね」
「都合?」
「そそ」
蒼い騎士の物珍しいからかい調子を続けさせまいと、そっぽを向いた先にあったのは、枕元に置かれたままの奇譚書、アーカイブ。
「新顔とのコミュニケーションは大事だろ?」
「……程ほどに、ね」
オウム返しに頷いて答えながらも、ダークブラウンの装丁表紙を指先で撫でれば、いかにも納得したような
くっちー再現時の記憶を思い返しでもしたのか、若干呆れたような溜め息混じりのセリアの忠告は、聞かない事にした。
────
──
【隙間女】
──
────
さて、という訳で。
対マルス戦にてキーパーソンを務めて貰ったかの都市伝説、【隙間女】。
メリーさんやくっちー、もとい口裂け女に負けず劣らず都市伝説界の重鎮といっても過言ではない存在だろう。
『独り暮らしの学生が自室で不意に視線を感じて周囲を調べると、箪笥と壁の数ミリの隙間に立つ女がじっとこちらを見つめていた』という内容が典型例だが、類話や派生談も非常に多い。
さらにルーツは遡ること江戸時代。
将軍の賛美から病気の治療法、果ては同僚の怪異譚まで幅広くを書き記したというあの【
隙間に潜むという、名は体を表す、をこれ以上となく体現してる存在ともいえる。
改めて説明するまでもない、国内有数の知名度をお持ちの御方。
俺からすれば、サイン欲しいどころか、もういっそ油性ペンで身体に直接書いて下さいってレベルなんだけど。
なんですけど……うん。
「あぁ……狭くて暗い、日光のない屋内は最高だしぃ……ベッドの下の湿った匂い、埃っぽい石の床ぁ……ジメジメはやっぱり正義。私のジャスティス…………はふぅ」
呼び出すや否や、悲鳴をあげながら俺の座るベッドの反対側に設置されてるベッドの下へと逃げ込み、なんか気付いたらこんな有り様。
妙に艶っぽい吐息をこぼしながら、砂埃が付くのもお構いなしに床に頬擦りしてる彼女の姿は、まるで陽射しの強い夏の日に車の下でゴロゴロと寝転がる猫そのものと言っても良い。
ただ、いかんせん彼女が纏ってるのが薄い白絹一枚という非常に頼りないモノであるから、色々と際どい。
足元とか、太腿まで露になってるし。
まぁ、実際のところは彼女自体が痩せがちなせいで、色気を感じる以前に健康面が心配になってくるというオチなんだが。
問題はそこじゃない。
「あの、ハッスルしてるとこ悪いんだけど」
「ひゃ、ひゃい!?!? な、な、なんだし……いきなり声かけないで欲しいし……」
「悪い悪い。で、その……隙間、女? で、良いんだよな?」
「は、はぁ? いっ、良いもなにも……私を喚んだのは他でもない貴方だしぃ……ななな何か問題でも?!」
「や、問題っていうかね……」
分かってる。
声をかけた途端に至福の表情から一転、こっちが戸惑うくらいに挙動不審になってるこの子が、他でもないあの隙間女ってのは間違いない。
「な、なによ……じ、ジロジロ見てくんなしぃ……」
「……なんで立場が逆転してんだか」
でも、その確信を押し退けるほどに納得出来ない要素が……この異常なまでの『怯えっぷり』である。
いや、違うだろうと。そうじゃないだろうと。
そりゃ年頃の女性が異性にジロジロ見られて落ち着かないってのは、世の摂理に添ってると言えるけど。
「あー……なに。恥ずかしい訳?」
「ち、違うし。にっ、苦手だけだし!」
「苦手って……」
あんた隙間女でしょうが。
むしろ見る側だろ、穴空くほどガン見する方だろ。
隙間女のエピソードの肝ってそこじゃんか。
「日光とか集団監視が無理とかならまだ分かるけど、サシでも駄目って……」
「う、うぅぅ……に、苦手なモノは苦手なんだからしょうがないしぃ……」
思わず口をついて出た呆れに傷付いたのか、ただでさえ濃い陰気をより暗くさせながら、隙間女が背を向ける。
ベッドの下の陰りだけじゃなく、目の下のクマやら青白い肌も相まって、その内キノコすら生えて来そうなどんより具合。
お嬢の癇癪が暴風なら、さしずめ彼女はシトシトと降り続ける長い雨。
その陰鬱っぷりにこっちの気分まで沈んで来そうで、非常に居たたまれない。
「どうせ……どうせ、私はまともに人の顔を見てお喋りすら出来ない日陰女だし……ぐすっ、根暗だしキョドるし非リア充だし……ふ、ふふ、オワコン過ぎてマジワロエナイ」
「……」
次第に背中を丸めながら、呪詛にも近い自虐を並べ始めた細いシルエット。
やっぱりその姿は、思い描いていた隙間女とは大きくずれてはいるけれど……考えてみれば、今更過ぎる話だよな。
割と人懐っこいメリーさんに、妖怪の方の鎌鼬であるナイン、どこかくたびれたOL臭がする口裂け女ことくっちー。
今まで再現してきた都市伝説達は、プロットの枠外を飛び出すような、言ってしまえば『らしくない』面々ばかりだし。
(……俺の『
ふぅ、とついた息を区切りに、アーカイブを手に取る。
慰め役は正直得意じゃないけど、んな事も言ってらんない。
ベッドの横で体育座りなんて端から見れば変な行動をとりつつも、より一層自虐を濃くしていく背中に、そっと声をかけた。
「ねぇ、ちょっと良い?」
「え……な、なんだし……今はちょっと、そっとしといて欲しいんだし……」
「いや、そうもいかないって。あんたにそんなに自虐されると、あんたに窮地を救われた俺の立つ瀬がなくなるっていうか」
「は、はぁ? いぃ、いきなり何の話だし……」
突拍子もない切り出し方に動揺したのか、どもりがちな声が明らかな戸惑いを滲ませる。
ごもっともな反応だけど、だからと言って会話を打ち切るつもりは当然なし。
「だって最後に隙間女がマルスを何とかしてくれなかったら、まず間違いなく負けてたし」
「……う」
「実際、かなりギリギリだったし。あんたを再現した時にはもうほとんど体力残ってなかったしー? そうなりゃメリーさんの頑張りも無駄になるとこだったしー?」
「うぅ……ひ、ひとの口癖っ! まっ、ま、真似すんなし!」
肉付きの薄い背中が居心地悪そうにモゾモゾと動くさまはいとおかし。
その反応は今までの怯えや怖がり方とは違って、純粋に恥ずかしがってる様で、何だか小動物的な仕草と言えなくもない。
なんか、変な所で愛嬌があるな、隙間女。
でも、とりあえずからかうのはここまでにして。
「ま、ともかく。根暗だろーがキョドろーが、首の皮一枚繋げれたのは……他でもない、隙間女のおかげな訳」
「にぇっ?! そ、そんなこと……」
「そんなことあんの。だから……そう、あんまり自分を卑下しないでやってくんないかな。無理にとまでは言わないけど」
「……」
「それと、言い損ねたけど────ホントありがとう。力貸してくれて」
「……、──」
届いた、だろうか。
自分でも幼稚な慰め方というか、下手くそな感謝の仕方だとつくづく思うけど。
もっとスマートに伝えれれば良いんだけれども、理想を形にするには人生経験がまだまだ足りない。
たっぷり一分、二分の静寂。
いや、静寂というには少し雑音も混じってる。
主に、あーとかうーとか唸ったりモゾモゾしてる細い背中が発生源。
しかし、黙ってその背中を見つめることもう少し。
砂時計をひっくり返すまでには、あとちょっとの頃合いのところで、ついに。
「……、────ふぁい」
気の抜けそうな返事と共に、うつ伏せになりながらもこっちを向いてくれはじめた顔に、ひとまず胸を撫で下ろした。
◆◇◆
かくして新顔たる隙間女との交流は一段落を迎えた訳だけど、となるとやっぱりあのイベントも先に済ませておくべきだろう。
「隙間……すっきー、は被るし。変化球気味にすまのん……はなんかゆるキャラっぽいし」
「……あ、あの、さっきからなにブツブツ言ってるんだし。すっきーとかすまのん、って……」
「ん? ニックネーム決めとこうかなって。『隙間女』ってそのまま呼ぶと、またお嬢がうるさいだろうし」
「にっ、にっくねーむ!? わ、わわ、わたしに、そんなリア充イベント、じゅ、十年早いんだし!」
自分に対して十年早いって、また新しい使い方だな。
しかし、十年早かろうが百年早かろうが、どうせあのお嬢の前に引っ張り出せば光陰矢の如しな事になるんだから、遅かれ早かれの問題に過ぎない。
ワタワタと焦り出す隙間女を生暖かく見守りつつ、あれでもないこれでもないと悩み続けること数分間。
気付けば静かになってるベッドの下をチラッと一瞥すれば、緊張のあまり表情が強張ってる癖に、なんだかんだで期待に目を輝かせてる隙間女がこちらをじっと見つめてらっしゃって。
「……隙間女の
「!?」
「あ、微妙だった?」
「ゃ!……え……、……──」
不思議なことに、すんなりと降って沸いた名前をそのまま伝えてみれば。
なんか悶えるように床をゴロゴロと転がったり、口をパクパクと開閉したり、うつ伏せになってうーうー唸ったりしてみせたあと。
「…………え……えいだ、で良いし」
「……ん。宜しく、エイダ」
ゆっくりと、顔を上げた。
「うへへ……」
にへらっと緩みきった表情が、暗がりでもくっきり分かるくらいに真っ赤だったのを指摘するのは、野暮ってやつだろう。
何はともあれ、これにて新顔となる隙間女こと『エイダ』との初交流は幕を下ろし────
「これから宜しく、エイダ」
「よ、よろしくだし………………ご、ご主人様」
「よしちょっと待とうか」