ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 60【Alone again】

「いっでで! おいおい、手当てならもっと優しくしてくれよ……例えば膝枕した後に、そっと優しく頭を撫でるように、だ。出来るだろ?」

 

「した事ないんで分からないです。あといちいちキモい目で見ないで下さい。本部に抗議文送りますよ」

 

「あーらら、辛辣なこって。ま、それもこの俺様への愛情の裏返しってやつなんだろ? 知ってる知ってる」

 

「……チッ、どうせなら息の根も止めてくれればよかったのに」

 

 

 魔法薬を染み込ませた布地を傷痕に抉るように押し付けながら、薄紅色の髪の少女がつく悪態を、マルスは馴れたように聞き流した。

 繁華街の一角にある宿屋の床は木肌が荒く、椅子を引くだけでミシミシと鳴る。

 けれども顔中にひっかき傷と痣を作ったマルスの顔よりは幾度かマシである、というのは色に惚ける彼に対する痛烈な皮肉なのかも知れない。

 

 

「にしても、やってくれたぜミステリアス。男前が台無しじゃねぇか。これから人に会うっつーのによ」

 

「……え、これから会うのって……えぇ、ちょっと流石に本気で本部に部署替え申請したいんですけど」

 

「おいおいおい、なに勘違いしてんだ! 使者の方に決まってんだろ……なにせ『大貴族のお使い』なんだ、綺麗どころは充分期待出来んだろ?」

 

「あぁ、そういう。暇さえあれば女漁りってほんとキモいですね」

 

「ハニー候補を探すのは俺様のライフワークなのさ。勿論イコア、お前もその内の──」

 

「吐いて来ていいですか?」

 

「辛辣過ぎないか?!」

 

 無表情から繰り出される歯に衣着せぬ物言いに、ついにマルスが音をあげるが、イコアは取り付く島もない。

 端から見れば分かり易い力関係ではあるが、実際の上下は逆である辺り、ある意味で彼らの付き合いの長さを察する事が出来るだろう。

 

 

「ところで」

 

「ん?」

 

「そのミステリアスさんですけど……彼らを止めなくて良かったんですか? 間違いなく"仕掛ける"つもりですよ」

 

「……止めたって聞きゃしねーよ、盲目共は」

 

「でも、確かあの人、ガートリアムの使者ですよね。普通に大問題ですけど」

 

「心配ねーよ。あわよくば掻き乱せって上からのお達しもある。んで、こっちに泥かかる事になれば、遠慮なく切るまでだ。今、あの盲目共に"身分はない"」

 

「……」

 

「ま、それに……だ。あのミステリアスが、『やる時は殺れるやつ』なのかを測る良い機会。そーだろ?」

 

「……はぁ。知りませんからね」

 

 

 

 如何にも悪巧みを働かせている顔をする上司に、成人になりきらない年頃の部下が重い溜め息をこぼした時、室内扉にノックが響く。

 途端に弛緩した空気は消え去り、シンと張り詰めた静寂が来客と共に室内へと滑り込んだ。

 

 

「……あらら、野郎か。次からは気を利かせて欲しいもんだぜ」

 

「聖教の犬が無駄口を叩くな。嗅ぎ付かれてはおらぬだろうな?」

 

「きちんと撒いたさ。てっきりあのミステリアスに関心を向け続けてくれるかと思いきや、こっちもマークしてるとは……流石は『賢老』さんだな」

 

「あぁも目立つ闘いを選んだのは貴様だろうが! 実験だか何だか知らぬが、余計な手間を増やしおって……仮にも『聖衛使』と呼ばれる者に、貴様のような浅慮な輩がおるとは。我が主も訝しげに眉を潜めておったわ」

 

「へいへい。そりゃ悪ござんしたねっ、と」

 

 

 顔を見せたのは、ボサボサの髪と鼻を赤らめた、明らかに浮浪者な様相をした男。

 だが、賭けたギャンブルが外れたかの様に大袈裟に肩を竦めるマルスに対する尊大な振る舞いからして、外見とイコールで結びつく身分ではないのが窺える。

 

 そして大貴族の遣いの言葉をなぞるなら、マルス・イェンサークルもまた同じ理屈が当てはまるだろう。

 

 

「──で、例のモノは?」

 

「……」

 

 

 シミのついたテーブルの上に置かれた麻布袋が、ズシリと鳴る。

 素朴なようで厚い生地に覆われた袋の口から溢れるように、『紅い光』が鮮血の様に滲んだ。

 

 

「"レッドクォーツの原石"……『エリクシル』。間違いありませんね」

 

「……」

 

 

 レッドクォーツ。南部聖都『ベルゴレッド』においては禁忌とされるガーゴイル(兵器)の命の源。

 禍々しく輝く紅光に鼻の赤をより濃くした男は、その口角をニヤリと歪める。

 

 

「確認は済んだな。では──『ベルゴレッド』よりの使徒、【聖衛第四位】。マルス・イェンサークルよ。これよりビジネスを始めよう」

 

「……ふん」

 

 

 仰々しく身分を呼ばれたマルスは、さも乗り気ではなさそうに鼻を鳴らすが、それでも席を立つ事はない。

 舌打ち混じりに頬杖をついた反動で、彼の首からぶら下がった『十字架を模したペンダント』が、無造作に揺れた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 久しぶりって言葉に、果たして誰かを茫然とさせる意味合いってあったっけ。

 

 

「──いま、なんて……」

 

「? や、だから、久しぶりって」

 

 

 そんなすっ頓狂(とんきょう)な戸惑い方をしてしまうくらい、目の前の顔見知りの反応は過剰だった。

 

 

「お前……私を、覚えてるのか?」

 

「覚えてるのかって……そりゃそうでしょ」

 

 

 なんせまだ一週間前のことだし。

 と続けようとした俺の言葉を塞いだのは、そもそも彼女と出逢ったきっかけであり、俺がこのひっそりとした丘に居る理由でもある噂。

 

『精霊樹の幽霊』

 

 俺と一緒にルークスと会話したメリーさんでさえ、その日の内に忘れかけていたという不可思議な現象。

 そしてジムから聴いた、その女の幽霊がこの丘にも姿を見せているという話。

 色々と引っ掛かりを覚えつつもこうして足を運んだ訳だけど、噂の当事者であるルークスのこの反応は、"もしかして"をよぎらせる。

 

 

「…………名前」

 

「名前?」

 

「私の名前──もう一度、呼んでみてくれ」

 

 

 凛とした強さはなく、風ひとつに消えてしまう蝋燭の火のような儚い声。

 すがりつくように囁かれた願いに、籠められた想いに未だに戸惑いはするけれども。

 俺は、当たり前のように彼女の名前を"呼んでいた"。

 

 

──ルークス。

 

 

 

「……、──」

 

 

 世の中ってのは、分からない事の方が多い。

 奇々怪々に始まり、ささやかな謎だったり、解き明かされないままの未知が、この世界には多い。

 けれど時にそれは理論や理屈を抜きにして、人を惹き付ける事がある。

 

 

 サァッと吹いた夜風に、目深に被せられたフードがふんわりとめくれて。

 月明かりに浮かび上がった冷美な輪郭をなぞる、透明な一滴に、どれだけの感情が注がれているのかも俺には分からないけれど。

 

 名前を呼んだ、ただ、それだけで。

 一番星のように光を帯びる彼女の緋色()に、俺は見惚れるように立ち尽くした。

 

 

────

──

 

【Alone Again】

 

──

────

 

 

「甘いものって平気?」

 

「別に嫌いじゃない。ん、なんだこれは」

 

「ハニージュエル。前、絵を書くの邪魔した時のお詫び。覚えてない?」

 

「……ふん。そんなこともあったな」

 

 

 差し出した紙袋から蜂蜜色の菓子を摘まみながら、ルークスはそっぽを向いた。

 外見や言動からして年上な感じはするけど、こういう仕草は子供っぽい。

 軽く咀嚼しながら、甘い、と一言呟くとことかね。

 

 

「メリーだったか。アイツはどうした」

 

「就寝中。色々あって疲れたみたいで」

 

「色々か。まぁ、あれだけ立ち回ればそうもなるだろ」

 

「ん? あれ、もしかして会場に居た?」

 

「……随分と変わり者らしいな、お前達は。顔見知りが試合に出たかと思えば、精霊召喚の真似事なんざ披露するとは思わなかった」

 

「げっ……真似事と来たか。って事はルークスには……」

 

「ふん。精霊魔法の一つさえ使っていないヤツがサモナーと扱われるとはな。今後は奇術師か詐欺師とでも名乗ったらどうだ」

 

 

 手厳しい物言いに思わず苦笑する。

 前に出逢った時から只者じゃないとは思っていたけど、もしかしたらルークスも精霊魔法使いなんだろうか。

 

 

「そういや、ルークスはなんで此処に。精霊樹のスケッチは?」

 

「……静かに描きたいんだ、私は」

 

「? ……静かに、って。あぁ、そうか。この時間はあそこ、デートスポットになってんだっけ。はは」

 

「チッ、笑うな」

 

「悪い悪い」

 

 

 目の前でイチャつきだす恋人たちにしかめっ面をするルークスの姿が浮かんでしまって、ついカラカラと喉鈴が転がる。

 てっきり手痛い一撃でも飛んで来るかもと思ったけど、ひっそりと(そび)える樹に腰を下ろしてる隣は、不機嫌そうな舌打ち一つで許してくれたらしい。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 他愛のない会話がふと途切れて、マイナスに傾いた夜の音数に、そのまま浸るように耳を澄ませる。

 本当は、もっと別の事を聞くべきなんだろう。

 隣で同じように背を預けるルークスは、あまりに意味深な存在といえる。

 人の記憶に残らない。

 それは確かに未知であり不可思議な現象であり、正直、興味を惹かれて仕方ない。

 

 けれど、あまりに目に見えてる傷痕を無理矢理にこじ開ける気には流石になれなかった。

 

 

「……お前こそ」

 

「ん?」

 

「お前こそ、どうして闘魔祭なんてものに出ている。メリーや他のエセ精霊はともかく、お前自身は特別戦いに精通している訳じゃないだろ」

 

「……はっきり言うね」

 

「事実を言って何が悪い」

 

 

 相変わらず踏み込まない俺と違って、遠慮を脇に置いた緋色の瞳が問い掛ける。

 まぁいかにアムソンさんに防御術を仕込んで貰ったとはいえ、俺の技術なんてのは素人に毛が生えた程度。ルークスの疑問はもっともだ。

 

『なぁ、おい小僧。お前、どうして闘魔祭に出た?』

 

 

 その理由は、答えは。

 セリアやお嬢達の前では、どうしても紡ぐ事は出来なかったけれど──

 

 

「……」

 

 

 ホルスターから外したアーカイブを背を預けてる樹の根元に置いて、その上にスマートフォンを重ねる。

 そんな突拍子もない俺の行動に怪訝そうに眉を潜めているルークスに、苦い笑みで返して。 

 

 

「どうして、か。聞きたい?」

 

「一々、勿体振るな」

 

「はいはい。ま、俺が闘魔祭に参加した理由は……きっと────」

 

 

 

──あぁ、そうだな。

 

 こんなみっともない『理由』を聞かせるなら。

 偶々居合わせた程度の、縁の浅い相手の方が良いかもしれない。色々と手厳しい人であるのも、都合が良い。

 

 ルークスには傍迷惑な話だろうけど、そこはこっちへと踏み込んで来た分の責任とでも思って貰おうか。

 

 

 

「──死んだって……いや。

 

大切な人達と、もう会えないんだなって。

 

立ち止まってると追いかけてくるそんな『実感』に、捕まりたくなかった。

 

 

────たった、そんだけなんだよ」

 

 

 

 

 帳が落ち始めた夜に、懺悔のように言葉が溶ける。

 

 それはまるで、あの日、あの深く暗い沼の前で。

 ひた隠しにしていた胸の内を、親友(アキラ)に吐き出したあの夜をなぞるようだった。

 

 

 


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