ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 7【辺境のラスタリア】

広げた真っ黒な傘を舞台に、深い青のインクを垂らして。

色が溶けたら、その上に、光るイエローのペンでビーズのような点を浮かべていく。

 

幾つも幾つも、飽きるほど、沢山のビーズで着飾った星空は深く澄んで彩られるから、感嘆の息すら出そうなほどに美しい。

 

けれど、その見下ろす国の有り様からすれば、綺麗さが皮肉にすら思えて来る。

 

 

「…………」

 

 

ゴーストタウン。

国というより、それなりの街というくらいの規模とはいえ、そこに人の営みを感じない。

たった一晩、街から人の気配がなくなっただけで、こうも物悲しく、寂寞(せきばく)に陥るものなのか。

 

 

「……セリア」

 

 

「気を遣わなくていいわ。これは『分かってた』事だから」

 

 

「……そう、なのか?」

 

 

「えぇ。詳しくは後。どうやら魔物の気配もないみたいだし、少し街を見て回るわ。ナガレはどうするの」

 

 

「……命の恩人に付いてく。もしかしたら、どっかに魔物が潜んでる可能性だって無くはないだろうし」

 

 

「……そう。分かったわ」

 

 

命の恩人、と強調したのは建前みたいなもんだ。

こんな所で一人置いてかれたってどうしようもない。

 

ゴーストタウン、それも明らかに魔物の襲撃があったらしき後が所々見えるけど、少し気掛かりなのは戦闘の後、という訳じゃなさそうな点。

殴り付けられたみたいに壊れた樽からはみ出た果物、足元に転がる何かの破片達はレンガ、硝子、木材と統一性がない。

 

言うなればそう、八つ当たり気味に散らかされたって感じがしっくり来る。

 

だから、セリアのこの状況は織り込み済みだって発言も関係するんだろうかと察しながらも、それは彼女の口から語って貰えるようなので、その時まで待とう。

 

 

砂利混じりの硝子の屑をブーツの靴の底で踏み鳴らしながら、静止した街並みを感情を灯さず進む蒼い背中を追いかけた。

 

 

────

──

 

【辺境のラスタリア】

 

──

────

 

 

 

「……目敏い奴ら。使えるものは殆ど持って行かれてるみたいね……せめて代わりの鎧ぐらいあれば良かったんだけれど」

 

 

「……とりあえず、色々食料かき集めて来た……火事場泥棒してるみたいであんま良い気はしなかったけどな」

 

 

「……貴方が悪い訳ではないわ。それに、魔物に奪われるくらいなら少しは建設的な使い道をした方が良い」

 

 

「セリアって結構割り切るね。ま、そう言って貰えて助かるけど」

 

 

商店らしき所の倉庫とか、貯蔵庫も恐らく魔物達によって荒らされた形跡はあったものの、奥の方にはチーズやパン、果実などの食品が手付かずだったのは不幸中の幸いか。

 

しかし、セリアとしては壊れてしまった防具の代わりを欲していたようだが、武器屋防具屋などを思い付く限り探してみたけれど、見付からなかった。

 

 

「…………あぁ、疲れた」

 

 

割れた硝子と木屑を払いよけたテーブルに集めた食材を置いて、目の前にある硬そうなベッドに腰を下ろす。

んー……硬いよりも柔らかいベッドのが好きなんだけども、そんな贅沢なんて言ってられない。

 

比較的荒らされた形跡の少ない宿屋に、今晩は一泊するとして。

では明日からどうするか、という話になるのだけども。

 

 

「セリア、この国の惨状が『分かってた』っていう理由、そろそろ教えて貰っていい?」

 

 

「…………そうね。といっても、少しはナガレも察してるんじゃないかしら」

 

 

「…………あー……まぁ、何となく。魔物達の襲撃はあったみたいだけど、抵抗した形跡は見られなかったし。って事は降伏したか……退避したか、じゃないの」

 

 

「……えぇ。大体貴方の想像通り。そして、その退避する為の時間稼ぎとして、あの砦で決死の防衛線が敷かれた。私はその一員だった、それだけよ」

 

 

「…………」

 

 

どこまでも淡白に、もはや無用の長物となったガタガタの西洋甲冑を一つ一つ外しながら、他人事みたいに事情を述べるセリア。

 

元は美しい甲冑であったとしても、こうなればもう不必要だと、切り捨てるみたいに。

ガタンと感慨なく落ちた胸当てが、決死の防衛戦の末路を思い出させる。

 

 

……捨て石。

ラスタリア、その国に住まうものを逃がす為に築かれた石垣。

彼女は、その一つだった。

 

 

聞いておいて、返す言葉が浮かばない。

大変だったな、可哀想に、酷い連中だ。

どれもこれも(おもんばか)るようで、音にすれば軽くなる。

事情も知らない上っ面な言葉では、セリアの感情を逆撫でるだけだろう。

 

 

背を向けたまま、次はガントレットを外し始めた彼女は、黙り込んだ俺の心情を察したのか、再び言葉を続けた。

 

 

「勘違いしないで欲しいのだけど、私は自ら防衛隊に志願したのよ…………貴方がそんな顔をする筋合いはないでしょうに」

 

 

「振り向いてもないのに、どんな顔してるのかとか分かるもんかよ」

 

 

「……そう。なるほど。女の着替えを眺めて楽しい?」

 

 

「!? や、そういう切り返しはズルくないか。というか防具外してるだけでしょ。第一、今日会った男の前で着替える方が問題あるね」

 

 

「…………よくよく考えれば、確かにそうね。それじゃあ、少し席を外すわ」

 

 

肩をすくめつつ、木戸を開けて部屋の外へと向かっていったセリアは何というか、独特なペースをお持ちのようで。

 

そういえば防具を探すついでに、着替えの服も失敬していた辺り、イメージしていた清廉潔白な『騎士』というのと、セリアは大きく違ってる。

魔物の軍勢に踏み入られた自国を散策していた時も、眉を潜めて暗い顔をしてはいたけど、派手に取り乱したりはしなかった。

 

ボロボロの身体を引き摺ってでも国へ帰ろうとしたあの意志は強かったのに、その火も今では成りを潜めている。

 

 

「……」

 

 

食料とか探そうと俺が言い出した時も、あまり良い顔はしないものの、背に腹は代えられないとすんなり割り切るし。

てっきり盗賊の真似事なんて、とか、騎士として恥ずべき事は出来ないとか反論されると身構えていたのに。

 

 

「……割り切ってんのかな」

 

 

あながち間違いじゃないけど、それだけでもない。

 

 

まぁ、今日会ったばっかの相手だし、そこまで深く考えるもんでもないか。

 

ワールドホリックの反動で凝った肩をぐるんと回しつつ、梨みたいな形と色をした果実を手持ち無沙汰に齧りついた。

 

 

お、これうまい。

 

 

「……んぐ…………あ、一応試しとくか」

 

 

のんびりと咀嚼すれば広がる甘味に、頭の片隅に置いてた気になる事をひとつ思い出す。

ゴソゴソと空いた手でスマートフォンを取り出し、真っ暗な画面を薄明かりの部屋の中で見つめる。

 

 

あー……名前呼べば来てくれるのかね。

まぁ、モノは試しか。

 

 

「メリーさん、今いいか?」

 

 

 

──プルルルルル

 

 

 

『私、メリーさん。ナガレ、何かご用?』

 

 

「おっ、ほんとにこの中に住んでるみたいだな。そこ、狭くない?」

 

 

『私、メリーさん。いいえ、むしろ広いわ。何もなさすぎて、広く感じるの』

 

 

「あーなるほど……」

 

 

真っ暗な画面から不意に映り出た彼女は、どうやら喚び出さない限りは、どういう原理かは知らないがスマートフォンの中に居るらしい。

まるでSFの映画に出てくる特殊なAIみたいだけども、感情豊かな彼女からすれば、そこは退屈な場所なようで。

 

せめて壊れてなければもう少しマシな環境だったろうに。

 

 

『私メリーさん。それで、ご用はなぁに?』

 

 

「あぁ、ちょっと聞きたいんだけど、もう一回メリーさんを喚ぶのって、また誰かにあの語り……というか、あらすじを聞かせれば良い訳?」

 

 

『いいえ、その必要はないの。アーカイブを使ってワールドホリックを発動すれば、また貴方の力になれると思うの』

 

 

「へぇ、便利じゃん」

 

 

それなら緊急事態とかでもすぐ喚び出せるから便利だな。

つまり、アークデーモンに語ったあらすじは最初の再現の時だけって事ね。

 

 

都市伝説を誰かに語るのは好きだけども、あんな危機的場面で毎回悠長に出来るとは限らないし、所謂(いわゆる)ブックマーク機能は俺としても大助かり。

 

 

『私、メリーさん。他に聞きたい事はある?』

 

 

「……ん、とりあえず今はいいや。また何か気になったりしたら頼らせてもらうから」

 

 

『私、メリーさん。えぇ、お好きなだけ頼って欲しいわ。ナガレの力になれるのはとっても嬉しいの』

 

 

「はは、ありがと」

 

 

どういたしまして、と液晶の向こう側で手を振るメリーさんも、セリアに負けず劣らず……いやむしろマイペースなのはこっちの方が上だろう。

ひたむきに力になりたいという姿勢に、少し渇きがちな笑みが落ちる。

 

シャリッと歯と歯の間で転がる果実の甘味が、どこか薄くなった気がした。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「……念の為、明日の朝の分も残しておきましょう」

 

 

「俺、朝はあんまり食べない派だから、残りはセリアの分で良い」

 

 

「……そう。食べておいた方が良いと思うけれど」

 

 

「間食で摘まむくらいが俺には合ってる」

 

 

サイズが違うから少し大きめの紺色ブラウスとグリーンのスカート、そんな有り合わせ感が漂う服装に着替えたセリアの物言いたげな眼差しが刺さる。

あぁそうかい、だから男の癖にそんな線が細いのかとか思ってんだろ、悪かったな。

 

 

というか、西洋甲冑を着ている時でも気付けたくらい、セリアってスタイルがかなり良い。

出るとこ出て、引き締まるとこは引き締まってて。

 

特に腰辺りのくびれとか凄いし、テレビとかでランウェイを格好良く歩くモデルとかと遜色(そんしょく)ない。

 

個人的にはゴツい単車とかにライダースーツ着て乗ってたりする絵面とか、滅茶苦茶マッチしそうだと思う。

 

「……」

 

 

とまぁ、そんなセリアに比べれば俺は、かなり……いや、ちょっと、うんちょーっとばっかしヒョロイ体格してるという自覚はある。

 

しょうがないじゃん、昔から飯とかあんまり量食えないんだからさ。

筋トレとかやってるけど筋肉付きにくいし。

 

 

「……ところで、またさっきの話に戻ってもいい? セリアからしたらあんまり良い気はしないだろうけど」

 

 

「……いいえ、問題ないわ」

 

 

別に意趣返しって訳じゃないが、現状の整理の為にも色々聞いておきたい。

防衛線云々のくだりはとりあえず良いとして、明日の行動にも関係すること。

 

 

「セリア達が退避の為の時間稼ぎに戦ってたのは分かったけど……それなら、国の皆は今どうしてる?」

 

 

「……退避先は、隣国のガートリアム同盟国。何事も問題がなければ、そこに居るはずよ」

 

 

「同盟国……いや、正直俺には国の事情とか政治とかよく分からんけど、そんな国中の人間が逃げ込めるほどの余裕あるの?」

 

 

たまにニュースとかで難民問題、移民問題が取り扱われているけれど、まさかこうして俺自身が掘り下げる展開になるとは思ってなかった。

 

腕を組んで首を捻れば、どうやらその懸念はセリアも当然抱えているようではあるが、心なしかまだ端麗な顔に余裕が浮かんでいる。

 

 

「辺境の小国であるラスタリアと違って、ガートリアムはそれなりの規模の王国だし、こういう時の為の同盟でもあるの。だから、ある程度は受け入れる準備が出来ている……余裕があるとは言い切れないと思うけれど」

 

 

「……小国でも国は国でしょ。そんなに規模が違うのか」

 

 

「面積だけで言えば、六から七倍ほどになるかしらね」

 

 

「うわ、七倍……滅茶苦茶デカい国だねしかし」

 

 

「……えぇ、そうね。それに……自国をこう言うのもどうかと思うけれど、ラスタリアが単に小国過ぎるという理由もあるのよ。ラスタリア事態の食物の生産事業が乏しい上に、若い世代がガートリアムに移住したがる、とかそんな事情もあるけれど」

 

 

「……世知辛い」

 

 

「……仕方のない事よ」

 

 

切実な事情を述べられて単純な感想しか出ない俺に、複雑そうな、微笑みとも違う曖昧な表情をするセリア。

田舎の若い人が都心に憧れて上京するようなもんなんだろうけど、そうあっさり言い切れるほど簡単な問題じゃない。

 

 

とはいえ、だ。

 

 

「……じゃあ、明日からはガートリアム行きって事だな」

 

 

「…………えぇ。そうね。少なくとも私はその必要があるけれど……」

 

 

「……ん?」

 

 

これからどうするか、の予定表の空白は最寄りだけ埋まった。

そうと決まれば今日はもう寝ようかとぐぐっと身体を伸ばせば、少し離れた位置のベッドに腰を下ろしたセリアが、また何か含んだ視線を俺に向ける。

 

サファイアブルーの光彩が、貴方はそれでいいの、と問い掛けるように青めいた。

 

 

「……俺の事情、つっても訳の分からない話だったと思うけど。今の俺は予定がほとんど白紙。迷惑かも知れないけど、せめて何かしら埋まるまで、もうちょい付き合わせてくんない?」

 

 

「……フフ、まるで大きな迷子ね」

 

 

「そういう子供扱いはやめて欲しいんだけど。まぁ言えてるとは思うけども」

 

 

「気に障ったなら謝るわ」

 

 

「うむ。ていうか、セリア何歳なの」

 

 

「ちょうど二十歳だけど」

 

 

「………………ちっ」

 

 

「何かしら、今の舌打ち」

 

 

「なんでもない」

 

 

くっそ、二つ上かよ。

子供扱いに関して言い返せないし。

 

変なとこでめんどくさいプライドを持ってることをよくアキラに揶揄されていたので、負けず嫌いな性格の自覚はあるにはあるけど。

 

あーあ、とベッドに仰向けで倒れ、薄暗い天井のシミをジッと睨む俺に、涼やかなセリアの声が届く。

 

 

「……付いて来るのは構わないわ。けれど、ひとつ約束して欲しいの」

 

 

「なにを?」

 

 

「……私を、命の恩人だとするのは貴方の勝手かも知れないけど、それを枷にしないで。第一、私だってナガレに命を救われてるわ」

 

 

「いや、あれはメリーさんが……」

 

 

「同じ事よ。だから……たとえば私が危機に陥った時、庇おうとかはしないで頂戴」

 

 

「…………そういう事か」

 

 

枷、か。

恩には報いる、それは俺にとってなるべく果たしたい事ではあるけども。

それ自体を重荷と感じてしまう人だって居ることを、ちょっと考えれてなかったかも知れない。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

あぁ、うん。

正直、セリアの気持ちは分かるし、俺もそう親友(アキラ)に願った事はあるけど。

 

……はは、そういやアイツ、あの時、俺になんて言い返してたっけ。

 

 

「おやすみ、セリア」

 

 

「──……ナガレ」

 

 

いいや、疲れてるしそのまま寝入ってしまおう。

 

布団代わりのシーツを身体に巻き付けて、耳を塞ぐように、答えを先伸ばすように。

 

 

悪いね、都市伝説好きの変態で少食な上に、偏屈家なもんで。

都合の悪いことは、聞かなかったり流したりする、そういう面倒くさいタイプらしいよ、どうにもね。

 

 

背を向けた俺を、セリアは何も言わなかった。

ただじっと、言葉代わりの視線を向け続けるだけだった。

 

 

______

 

 

【魔物紹介】

 

『ゴブリン』

 

討伐難易度ランク『F』

 

緑色の荒い肌と尖った耳と鼻といった外見をしており、基本的に群れで行動する。

人間と同様に武器や防具を装備している個体もいるが、知性はかなり低い。

 

ランクが示す通り、ゴブリン自体の強さは最下位。

しかしそれはあくまで一個体としての位置付けであるので、多対一の場合、油断は禁物。

 

 


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