ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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番外編その1『第一回奇譚会議』

「という訳で、第一回奇譚会議を始めようと思うの。勿論議長は、皆大好きメリーさんでお送りします」

 

 

 どこからか持って来た眼鏡をクイクイとしながらの謎の宣言が、薄暗い部屋の中で響く。

 四方を囲むボロい壁、床だけは新築ばりにピカピカというチグハグな空間に、彼女達は居た。

 

 横長なテーブルと六つの椅子と、『第一回奇たん会議』と崩れがちな文字が記されたホワイトボード。

 多分、そこだけ見れば会議室的な場所なのだろうと察するのは割と容易い。

 けれども、いかんせんその椅子埋めている面子が普通じゃなかった。

 

 

「いや、あの……何が、という訳で、なのかな?」

 

 

 ふんす、とやる気満々な金髪少女の進行に、待ったが掛かった。

 恐る恐る声と手を挙げたのは、ホワイトボード側から数えて五番目の席に座る、赤いレインコートとマスクが特徴的な黒髪の美女である。

 席の卓上に書いてあるネームプレートには、【くっちー】と記されていた。

 

 どうやらこの集まりは、メリーの突拍子もない発案によるものらしい。

 

 

「最近色々と人員も増えてきた事だし、ここいらではっきりとハッキリさせておくべきだとメリーさんは思うの」

 

「ええと、何を?」

 

「ふふん、そんなの決まってるの。今回の議題は、ズバリ! ナガレの一番のパートナーは誰が相応しいか!」

 

「…………」

 

 

 ドギャーンと派手な効果音が付きそうな(のたま)いっぷりに、口裂け女は唖然とした。

 とんだ議長の職権乱用である。

 蓋を開けてみれば、ばりっばりの私情であった。

 

 

「なのに、ブギーマンは結局来てくれなかったし」

 

「あ、あの都市伝説は……人の話を素直に聞くような存在ではないから……仕方ない、かなぁ」

 

「そんなの皆似たり寄ったりでしょ。むぅ……『興味ナシ』だって、むっかつく。今度メリーさん直々にヤキ入れてやるの」

 

 

 ついでに、議長はバリバリの体育会系であった。

 先輩風を吹かしまくりである。

 口裂け女ことくっちーのフォローも焼石に水。

 

 

「……キュイキュイ」

 

「む」

 

 

 そんな横暴を見兼ねるように、四番目の席……というかテーブルに四つ足を並べた銀色の毛並みの鼬が、鳴き声をあげる。

 それは言葉として伝わらずとも、メリーの横暴に呆れているのが丸分かりだった。

 鼬の三尾がペシペシと八つ当たりみたく叩くネームプレートには、【ナイン】と記されていた。

 

 

「キュ、キュイ。キュイキュイ?」

 

「え、ええと……し、『新入りが増えたからって危機感を抱いてる奴が一番のパートナーって名乗っちゃうとかどうなの?』って。ちょ、ちょっとナインちゃん、それは……」

 

「ぬあっ?!」

 

 

 さながら死神の鎌ばりに鋭いナインのマジレスがぐっさり刺さったのか、メリーは思わず素っ頓狂なうめき声をあげた。

 何故くっちーがナインの通訳をしてるかなど、どうでも良くなるくらいの刺さり具合だった。

 

 

「こ、この……セリアやナナルゥにオモチャにされてるあざとイタチの癖に!」

 

「キュッ?! キュイ! キュイイ!」

 

「『心外だ。自分だって好きで撫で回されてる訳じゃないのに』って……」

 

「ふーん。でもメリーさん、ナインがブラッシングされてる時に気持ちよさそーにしてるの知ってるんだからね」

 

「キュイ! キュッ、キュイ……」

 

「『お嬢がお上手なんだからしょうがないじゃん! 自分だって本当ならご主人にブラッシングされたいのに……』って、な、ナインちゃん……」

 

「くっちー、騙されちゃダメ。しれっと寒いダジャレ言うくらいには余裕あるの、コイツ」

 

「キュッ」

 

「えぇ……」

 

 

 ナインの本音と潤んだ瞳につい同情を誘われてしまったくっちー。

 だがそこは犬猿の仲であるメリー、騙されない。

 愛らしく鳴いてしらばっくれるあざとイタチと、笑顔で殺気立つメリーの視線の火花がぶつかり合う。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……(ど、どうしよう)」

 

 

 このままでは、どこからか取り出した銀鋏と、いつのまにか変化させた鎌の一尾が、物理的な火花を散らすのも時間の問題。

 上司同士のぶつかり合いの板挟みにあうOLさながらにオロオロとする黒髪美女の背に、ふと電流走る。

 

 そう、自分と同じく、ナガレがセントハイムに訪れて以降に再現した新顔はもう一人居るじゃあないかと。

 なんだったら、本日再現されたばかりのピッカピカの新入社員が。

 目に見えない電球をピコンと光らせた彼女は、テーブルの一番奥に置かれた席の方へと声をかけた。

 

 

「え、えっと……あの、エイダちゃん。エイダちゃんはどう、思う?」

 

 

 というよりむしろ、"席そのもの"に。

 エイダと名を呼んだ相手は、この会議に参加はしているものの、席はついてはいなかった。

 正確には、椅子の下に寝そべっていた。何故か息を荒げながら。

 

 

「ハァ、ハァ……飄々としてる感じのご主人様も良い。でもでも、アンニュイに落ちてるご主人様は、最っ高だしぃ……ふひひ」

 

「え」

 

「陰気なご主人様ハァハァ、一緒になって落ち込みたいし……落ち込むご主人様の撫で肩、憂い顔……んふ、でゅふふ」

 

「(うわぁ……)」

 

 

 端的に言ってヤバかった。

 頬を情感たっぷりに染めながら悦に浸っている隙間女の姿は、変態といって差し支えなかった。

 しかし、ここで折れてはならない。

 物々しい空気を変える為にも、何より自分にとっての主であるナガレの為にも。

 

 

「あ、あの! え、エイダちゃんは議題について何か意見はない?」

 

「むむっ」

 

「キュイッ」

 

「ぐへへへ……て、ぁ、え、私?! な、何故私だし?!」

 

「う、うん。ええと……入ったばかりの『新人』としてのね。ナガレくんの一番のパートナー……じゃなくてもいいから、どういう関係でいたいとか。そんな、忌憚のない意見を聞かせて欲しいなって」

 

「ど、どういう、関係? どういう……ご主人様、との……かん、けい……」

 

 

 

 苦労人気質な彼女の決死の覚悟は、見事に功を奏した。

 ゴングを鳴らす一歩手前の両者とて、再現されたての新入りには興味を惹かれていたのだろう。

 同時に集まる視線に、途端に身を縮こませるエイダの姿は少々(しの)びないが、これで風向きも変わる。

 

 だが、その変わる方角までは、流石に考えていなかったらしい。

 

 

「私は別に、ぱ、パートナーとかそんなのは良くて」

 

「うん」

 

「せ、精々……物陰からご主人様のことをジーッと見守っていたいってぐらいだし」

 

「うんうん」

 

「良い事あったときのニヤッとした顔とか、傷付いた時の憂い顔とか、普段見せない隙をたっぷりねっとりじっとり見てたいってぐらいだし」

 

「うん、う……ん……?」

 

「あと、ため息の数数えたりしたいし、爪切るときは右手左手どっちからとか知りたいし、ご主人様が独り言で何言ってるかとかをメモしてそれをご主人様観察日記みたいに書き留めてふとした時に読み返して悶えたりしたいなぁとか思ってるだけだし」

 

「──、……」

 

 

 くっちーの脳裏に、こいつはやべぇの一文走る。

 ヤバ過ぎる。内容もそうだが、何より矢継ぎ早に口にする度にエイダの荒くなる桃色吐息と身動ぎが恐怖を煽った。

 

 怪談都市伝説として筆頭に位置する口裂け女を、こうも戦慄させるほどの情念は、もはや筆舌に尽くしがたい。

 聞かなかった事にしよう、の選択肢にカーソルを合わせた彼女の逃避は、決して責められるべき事ではないだろう。

 

 

「キュイ」

 

「ん、なに。まだ何かあるの、あざとイタチ」

 

「キュイ、キュッキュッ。キュイキュイ~」

 

「んなぁっ?! そんなことないもん!」

 

「(ちょ、ナインちゃん! 『結局この議題って、自分がご主人にアダ名つけられてない事に対する八つ当たりでしょ。器ちっちゃいなぁ』って……そんなド直球に!)」

 

 

 正直くっちーとしても薄々気付いていた事ではあったが、せめてもう少しオブラートに包んで欲しかった。

 もっとも、真っ赤に茹で上がって否定するメリーの反応からして、薄皮で包もうが包むまいが結果は変わらなかったであろう。

 

 

「ナインこそ、闘魔祭でナガレに喚ばれてないからってメリーさんの悪口言って! ナインの方がよっぽど器ミニマムなの!」

 

「キュイ?! フーッ! キュイイイッ!!!」

 

「じょーとーなの! 前々からずっと気にいらなかったの、このあざとイタチ! ここではっきり白黒付けてやるの!」

 

「キュイッッ!!」

 

「あぁあぁ……け、結局滅茶苦茶な事に……」

 

 

 くっちーの健闘も虚しく、会議室は金と銀の衝突により暴風吹き荒ぶ危険地帯と化した。

 ギィン! とか。バキィ! とか。

 けたたましい衝突音によってひっくり返る椅子やテーブルを呆然と眺めながら、彼女はそっと心の涙を流す。

 

 

「ごめんね、ナガレくん……」

 

 

 不幸だったのは、都市伝説らしくもないまともさを持ち合わせているからだろう。

 

 もし元来の口裂け女ばりに恐怖の存在であったなら。

 あるいは椅子の下で涎を垂らしながらをビクンビクン としている誰かの様に、ぶっとんだ思考の持ち主であったなら。

 

 その心情は、推して測るべきである。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 しかしながらこの第一回奇譚会議において、ある意味一番不幸だったのは、恐らく彼女ではないだろう。

 

 

『……僕なんか、今まででまだ一回しか喚ばれてないんだけどなぁ』

 

 

 ずっと席を埋めて、ついぞ触れられる事すらなかった彼の都市伝説。

 鼻についた輪っかをチャリンと鳴らし、彼は憂う。

 

 

『再現された時も、なんだか失敗みたいになっちゃったし』

 

 

 再現元の都市伝説の中では恐らく断トツでエグくバイオレンスであり、能力も限定的ではあるが超強力だというのに。

 

 

『僕にもアダ名なんてのもないし、出来る予定もないだろうしなぁ……ハァ』

 

 

 機会に恵まれない、己が身の不運を憂いながら、そっと願う。

 

 

「モォ~……」

 

『どうか、出番、増えますように』

 

 

 何故かこの場において乳牛に象られた彼の、切ない鳴き声は荒れ狂う暴風の前に儚く掻き消される。

 

 やっぱり、一番不幸であったのは彼であった。

 

 

 

 

 

 

第一回奇譚会議__終幕


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