ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 65【強敵】

 情報のアドバンテージ。その大事さはマルスとの戦いで充分に思い知らせれていたこと。

 己を知りお相手を知れば百戦危うからずって言うし。

 

 その理屈でいけば、はっきり言って俺は弱い。

 多少喧嘩馴れしてたってセナトみたいな達人相手じゃ児戯みたいなもんだろうし、ここまでの戦いできっとセナトも察している。

 

 そんな俺に脅威があるとすれば、当然メリーさん達を喚ぶ力、ワールドホリックの一点だろう。

 しかし、それにも対抗策はある。

 簡単な話、喚ばれる前に叩けば良い。それだけ。

 

 

 逆を言えば……俺が一番気を付けなくちゃいけない瞬間は、試合開始直後だって話になる。

 セナトの奇襲を避けられたのは、その部分も大きかった。かなりギリギリだったけど。

 

 それでも奇襲を防げたのなら、そのご期待に"多大"なサービス精神でもって応えてやる事にしよう。

 身に馴染んだ高揚感と共に喚んだキャストは、まずは──お馴染みメリーさん。

 

 

「私メリーさん。ここで会ったが百年目なの、黒い人!

今度こそぎったんぎたんにしてあげるんだからっ」

 

「百年ぶりか。久しいな、とでも返しておこうか」

 

「どこが。二日前だよ、久しぶりでもないでしょうが」

 

『か、開始早々波乱の展開です! ナガレ選手、セナト選手の先手をきっちり見切り、そして! お待たせしました皆々様。今大会の名物、精霊メリーさんの登場です!!』

 

 

 現出するなりセナトに向かってビシッと指を差す。

 積年のライバルばりの宣戦布告ではあるが、向こうさんの受け止め方は、今ひとつわざとなのか素なのか分からない。

 

 熱のない俺のツッコミも、すっかり名物となってるメリーさんの登場に沸いた歓声にかき消される。

 だが、歓声の中にも幾つかのどよめきが混ざっていた。

 その原因は、メリーさんの隣に現れたもう一人……いや、もう一匹の登場にある。

 

 

「ふむ。だが……どちらかと言えば、久しぶりもなにもない、が言葉通りとなるのは"そちらの新顔"との話になるだろうな」

 

「ま、確かに。これがデビュー戦だし」

 

『さらにさらにぃ! ナガレ選手、期待に応えてまたもや新しい精霊を召喚してみせてくれたようです! えーっと……あれは、イタチ、で、あってるんでしょうか?? ナイン、という名前のようですが……』

 

「キュイー!」

 

『か、可愛い……あ、げふんげふん。ナインちゃんで合ってるみたいですねー! しかしその愛くるしいシルエットは闘魔祭には似つかわしくないものですが、果たしてどんな活躍を見せてくれるのでしょうか!』

 

「チッ、あざとイタチめ……」

 

「舌打ちしない」

 

「むう」

 

 

 ミリアムさんのアナウンスに応えるように尻尾をピンと立てて応えるニューフェイスの登場に、歓声に黄色いモノが混ざった。

 まぁ、その反応は織り込み済みでもある。なんせあのセリアが鉄面皮を崩すくらいだし。

 

 だが、そのあざとさが気に要らないのか、刺々しく悪態をつくメリーさんをやんわりと(なだ)めつつ、腰の剣を抜く。

 それを合図に、メリーさんとナインも臨戦態勢を作った。

 

 

「精霊の同時召喚と来たか。随分驚かせてくれるじゃないか」

 

「全然驚いてる様に見えないんだけど」

 

「顔に出さないだけだ。お前の方は、急に顔色が悪くなったが……どうやら同時に、というのは簡単ではないらしいな」

 

「っ」

 

「存外分かり易いヤツだ」

 

「アンタが目敏いだけだろ」

 

 

 腹芸はアッチのが一枚上手であるらしく、同時召喚の負担を早々に見抜かれてしまった。

 奇襲失敗を意に介した様子はないし、少し期待してた同時召喚によって動揺を誘うって目的も、成果なし。

 

 となればいよいよ悠長にしてらんない。

 

 

「メリーさん! ナイン!」

 

「ん。足引っ張るんじゃないの、あざとイタチ」

 

「キュイッ」

 

 

 檄を飛ばすように名前を呼んで、剣を構える。

 今度はこっちが攻める番だと気を引き締めれば、セナトもまた外套の内から黒刀を二本取り出して、両手に構えた。

 

 けれども、その場を動かず。

 数の有利を前にしても応戦の構えは、余裕の証なんだろう。

 

 ホント、やり辛い相手だ。

 

 

 

「行くぞッ!」

 

「来い」

 

 

 

 

 

 

────

──

 

【強敵】

 

──

────

 

 

 

 はっきり言って、セナトは底が知れない。

 なんせ予選の段階で、あっという間に五人を気絶させる程の並外れた強さを見せ付けられている。

 

 その後に直接闘ったメリーさんいわく、まだまだ余裕を残してたのが手に取るように分かるくらい、アイツは全力じゃなかったとか。

 メリーさん相手にかなりの余裕を残せるってどれだけ強いんだよ。

 

 

 聞いた話じゃ、なんでも大陸全土に名前が知れ渡ってる『黒椿』って 凄腕傭兵団の一員らしい。

 そりゃとんでもなく強いんだろうけど、じゃあ具体的にどれくらいの強さなのかと、昨日観戦の際にセリアに尋ねてみたんだけど。

 

 

『私も具体的には分からないんだけれど……多分、討伐難易度がBランクの魔物も単独で倒せるくらいには強い、と思うわ』

 

『び、Bランクって……じゃあ、俺達があんな苦戦したミノタウロスも、一人で?』

 

『えぇ。下手をすれば、Aランクの魔物も種類によっては倒せるかも知れないわね』

 

『……マジかよ』

 

 

 っていう、思わず冗談だろって笑い飛ばしたくなるような話が聞けた訳なんだけど。

 ぶっちゃけた話、むしろ冗談であって欲しかったんだけれども。

 

 

「たぁっ!」

 

 

 グオン、と。風が銀に裂かれて鳴く。

 撃ち破れるモノの方が多いその一振りを、けれども影法師は正面から、それと細い黒刀一つで軽々と受け止めた。

 

 

「シャアァッ!」

 

「……」

 

 

 合間を縫って飛来した、鎌に変化させたナインの尻尾による奇襲の一撃も、もう片方の黒刀で防ぐ。

 これで両手は塞がった、それならと。

 

 

「ッッ!!」

 

 

 奥歯を噛んで気炎を練って、そのガラ空きの背中へとショートソードを振りかぶる。

 容赦なしの三連撃。

 

 人を傷付ける躊躇なんて、そこにはない。

 三対一が卑怯とか、温いことなんて言えやしない。

 そんな"精神的余裕"なんてあるはずない。

 だって、それでもコイツには。

 

 届かない。

 

 

「甘い」

 

「うぁッ?!」

 

「キュッ?!」

 

「ぐあッ……!」

 

 

 セナトが足を軸にクルリと急速一回転すれば、独楽(コマ)にぶつかったみたいに弾かれて、風景が乱れる。

 片膝をついて着地すれば、肘の下からズキズキとした痛み。

 そこにはパックリとした赤い筋が出来てる。裂傷。いつの間に。

 

 何をされたんだ、って呆然と顔を上げれば、セナトがゆるりと纏ってる外套の、背中側の『端』を持ち上げてみせた。

 

 

「仕込みの、武器……?」

 

「御名答」

 

 

 そこには細い金糸か何かで結び付けられている、忍者の投具……いわゆるクナイが刃先を光らせていた。

 肘下の傷は、あれによって作られたらしい。

 

 鎌鼬であるナインのお株を奪うような真似。

 しかも、わざわざ手の内を明かして、御名答って。

 チクショウ、これでもまだ余裕はあるってアピールかよ。

 

 

『この連撃"も"通らないッッ! つ……強い、強すぎます! セナト選手、なんという武技、なんという練度でありましょうか! ナガレ選手陣営の、自身を含めた連携攻撃をものともしませんッッ!』

 

「うー……」

 

「キュイ……」

 

 

 ミリアムさんの言う通り、これ"も"通らない。

 実はここまでで少なくとも三度攻勢に出てる訳だけど、そのどれもがきっちりと(さば)かれていた。

 

 メリーさんのパワー重視の特攻、ナインの小柄を駆使した速度戦も通らなかった。

 しかも、それぞれパワーにはパワー、スピードにはスピードで対応されてる。

 

 ならばと彼女らによる連携も、コンビネーションの甘さをつかれて今みたいに弾かれてしまうという始末。

 四度目の正直で俺自身も加わってみたけど、結果はご覧の有り様だ。

 

 

(化けもんかよ……)

 

 

 セナトは強い、そんなの分かっていた事だった。

 それでも、流石にここまでのモンだとは思ってなかった。

 パワー、スピード、そしてテクニック。

 全部が一級品で、いつぞやに闘ったアークデーモンが今なら可愛く見えるくらいだ。

 

 

「っ……もっかいだ!」

 

「う、うん!」

 

「キュイ!」

 

「……ほう」

 

『しかしナガレ選手、まだまだその闘志は折れていないようです! 五度目の正直となるでしょうか!』

 

 

 それでも、俺達に攻勢を緩める選択肢はない。

 正確には、いまさら守勢の選択肢は選べなかった。

 

 セナトは底が知れない。

 それは試合開始前の段階からして分かっていた事だ。

 だからこそ、その『底』が表にあらわれてしまう前に一気に攻めてしまおう……っていう目論見だった。

 

 つまりは、短期決戦。

 その為に、メリーさんとナインの同時再現というカードを切ったのだから。

 逆をいえば、長引けば長引いてしまうほどこっちが不利になってしまう。

 

 

「キュイッ!」

 

「まずはお前か」

 

 

 今度の切り込み役は、ナイン。

 小柄な体躯とは思えない速度で地を駆け、凄まじい跳躍力でもって、三メートルほどの高さを跳ね飛んだ。

 

 

「キュアァァッ!」

 

「!」

 

 

 そのまま空中で身体を丸めて、ふさふさの尻尾を再び鎌に変化させると、まるで放たれたブーメランみたくクルクルと回転しながら、セナト目掛けて堕ちていく。

 

 変化を利用した、上からの攻撃。

 だがセナトの対応も速い。

 

 

「キュイッ?!」

 

 

 地に待ち構えるのではなく、宙を舞い、黒刀を振るう。

 翻る黒刀による横凪ぎとナインの縦の回転攻撃は、やはりセナトに軍配が上がり、ナインは弾かれてしまった。

 

 

「隙ありなの!」

 

 

 だが、これは好機と見て良い。

 宙から着地するその刹那、人間ならば誰しもバランスが揺らいでしまうもの。

 

 そこにメリーさんの攻撃を叩き込めれば、力の利はメリーさんに傾く。

 けれども。

 

 

「そうでもないな」

 

「っ?!」

 

 

 力の利を理解してるのは、当然セナトも同じ。

 着地の勢いをむしろ活かして、低くなった姿勢を更に伏せるくらいまで屈む事により、メリーさんの銀鋏の横一閃を掻い潜る。

 

 そのままカウンターを仕掛けるセナトの一撃を、メリーさんも慌てて迎え撃つ、が。

 一秒にも満たない瞬間に、態勢の有利はひっくり返ってしまっている。

 

 

「うあっ?!」

 

 

 そうなれば、今度はセナトの方に力の利が傾くのは必然で、メリーさんは鋏ごとセナトに蹴り飛ばされてしまった。

 

 

「まだだァァァ!!」

 

「……ふん」

 

 

 でも、ここまでは織り込み済み。

 メリーさんとの距離をつくる為に放った蹴りにも隙が出来る。

 そこを突くべく、らしくもなく喉を張り上げて剣片手に突貫する俺を、つまらなそうに見つめる黒曜石。

 

 

「馬鹿のひとつ覚えのように、同じ手を──」

 

 

 勿論、わかってる。

 メリーさんですら押し負ける相手なのに、俺程度じゃ当然相手にもならない。

 ましてやセナトに同じ手を仕掛けるなんて、愚の骨頂ってとこだろう。

 

 でも……愚でも弱くても、『囮』役なら出来るからと。

 稲妻のように放たれた黒刀の切り払いを、ショートソードで受け止めれば、尋常じゃない衝撃に襲われた。

 

 

「げはっ……」

 

 

 ぐわんと脳ごと、視界が揺れる。衝撃だけで肺の空気が風船みたいに膨むようだった。

 唾競り合いに持ち込む為に、全身の血を沸騰させて踏ん張れば、口の中から鉄の味が滲む。

 

 たった一振り、受け止めるだけでこれかよ。

 しかもあっちは片手、こっちは両手。ホント笑えない。

 

 けれど、まだ。食らいつけ。『囮役』をまっとうしろ。

 そうすれば、きっと、きっと"間に合ってくれる"からと。

 

 そう必死の形相で踏ん張る俺を、静かに黒曜石が見下ろして、告げる。

 

 

「キュイィ!」

 

「──同じ手を、取る筈がない。そうだろう?」

 

「──な、に……」

 

 

 お前の手の内は、見透かしてるんだと。

 冷静に、冷酷に告げたセナトは、ふと黒刀に込めた力を緩める。

 そのせいで前のめりになった俺の横っ腹に、浅い蹴りの一撃。

 

 

「ぎっ……」

 

 

 いや、浅い。

 浅いけど鋭いから、滅茶苦茶に痛い。

 アークデーモンに蹴られた時よりも痛い。

 痛みを堪えるあまり、その場で片膝をついてしまうくらいに。

 

 けれど今、俺の思考を一色に染めてるのは蹴りによる痛みじゃなく、見抜かれた事による絶望感だった。

 

 

「キュッ──」

 

「……」

 

 

 俺の真後ろから駆けてきた、ナインの二度目の特攻。

 それは俺自身を囮にした奇襲の一手だったのに、気付かれてしまっていたのなら。

 勿論、セナトには通用しない。

 

 

「キュイ?!」

 

「惜しかったな」

 

 

 尻尾鎌による、疾風迅雷の一閃。

 だがそれも黒刀によって阻まれ、一度目の焼き回しみたく──弾かれてしまった。

 

 

(……誰か嘘だって言ってくれ)

 

 

 これも、通らない。

 ハイリスクを承知の上で組み立てた攻勢ですら、傷一つ負わせれてない。

 横っ腹から響く鈍痛に呻きながら、重い首を働かせて顔を上げる。

 

 

 見下ろすのは、もう終わりか、とでも問いたそうな、黒曜石の瞳。

 黒布に隠された口元が、何故だか緩い微笑を形作っていた。

 

 

「惜しかった、が……お前が、二度も同じ手を使うほど、つまらん男じゃない事は知っている──残念だったな」

 

「…………腹立つなぁアンタ」

 

「こればかりは本心でな。許せよ」

 

「げほっ……お断りだよ」

 

「クク、そうか」

 

 

 正直、残念ってレベルじゃない。

 数の有利すら覆してしまう桁外れの身体能力の上に、小賢しい搦め手も寄せ付けない頭の良さ。

 

 

(ムカつく。ほんっとムカつくけど……どうやって倒せば良いんだよ、こんな奴)

 

 

 余りの強敵っぷりに、思わず天を仰ぎたい気分だった。

 

 

 

 

 


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