ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 68【越後の龍】

 もうそろそろ「おっす、また来たよ」って常連面しても、気さくな挨拶が返って来ても良い間柄なんじゃないか。

 シミの数も覚えそうな控え室の天井を見上げながらそんなつまらない冗談を思い浮かべられるくらいには、肩の力が抜けてる。

 

 かつてないほどに細く頼りない薄氷を渡り切ったという実感が、胸一杯を掬って水蒸に還してるんだろう。

 何とか勝てた。反動やらダメージやらで、もう立つ事も億劫な有り様だけども。

 

 それでも、あのセナト相手に勝利を掴み取れたのは奮闘し切ってくれたメリーさんや、八面六臂の活躍を見せてくれたナイン、そして──

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 画竜点睛の一撃でセナトを撃ち破り、ここまで肩を貸してくれた彼女の活躍によるものだろう。

 

 何故か丸椅子に几帳面に正座している彼女には、刀を手に持っていた時の異様な雰囲気は感じない。

 ただ静謐な紺碧の瞳が、粛々と此方を窺っている。儚さすら感じる唇は、横一文字に引き結ばれたまま。

 

……なんか、気まずい。

 

 

「俺が聞くのも変な話だけど……上杉謙信……さんで良いんだよな?」

 

「……然り」

 

 

 なんだろう、この厳しい教頭の前に座らせられてる感じ。

 威圧的って訳じゃないんだが、厳粛というか、肩が凝るというか。

 

 

「わ、若い……っすね」

 

「どうやら、そなたと同じ年の頃合いとして構成されたらしい。原理は知らないが」

 

「なるほど」

 

「うむ」

 

「……」

 

「……」

 

 

 ヤバイ、会話が続かない。俺ってこんなにコミュニケーション下手だったっけ。

 いや、原因は分かってる。

 目の前の上杉謙信の厳粛な雰囲気にも、想像以上の美少女っぷりに戸惑ってるってのも少なくないけれども。

 

 一番大きいのは、彼女が『実在の人物』であるから。

 その一点が、どうにも俺のいつものテンションを押さえ付けてしまっているんだと我ながら思う。

 

 

────

──

 

【越後の龍】

 

──

────

 

 

 

 上杉謙信といえば、軍神、聖将、越後の龍などなど数々の渾名を持つ戦国大名。

 

 『軍神』と呼ばれるだけあって戦には滅法強く、元服して以降七十にも及ぶ合戦を繰り広げて、そのスコアの内訳は四十三勝、二十五分け、二敗という常勝っぷり。

 

 特に彼において語られるのは風林火山の心得を掲げたかの戦国大名、武田信玄との五回にも及ぶ川中島の決戦だろう。

 名将と名将の武力、知略を競った決戦は歴史の授業にだって出てくるくらいだ。

 

 

 加えて、『聖将』という渾名が指す通り、人格も義理堅く、厳粛で優れた人物であったらしい。

 

 宿敵といってもいい武田信玄が今川氏真によって塩を断たれた時、道理に反したやり方だとして信玄に塩を送ったという逸話も、真実はあやふやであれど有名だ。

 敵に塩を送るってのもここから来てるらしいし。

 

 

 まぁ、そんな雄々しい前置きは数々あるけれども、やっぱり重要なのは、彼に纏わる都市伝説だろう。

 

 

 今回再現したのも、謎多き将でもあった彼に流れる噂のひとつ、【上杉謙信女性説】である。

 これに関しては一番大きいのは、とある歴史作家がこの説を提唱する際に集められた数々の資料にある。

 

 例えば、あるスペイン人の手紙に『上杉景勝はおばの開発した金山で利益を得ている』という記述があるので、この叔母とは謙信のことを指してる、という話。

 

 

 景勝とは、謙信の姉である『仙桃院』という人物の子供の事で、確かに謙信が女性なら記述通りと言える。  かつ、謙信に姉妹は仙桃院しかいないので、謙信は女性なのではないか、と考えるのも不自然じゃない。

 

 けど、この話の肝である『ゴンザレス報告書』ってモノの所在が、実はハッキリとしていないんだとか。

 スペインのトレド僧院にこれがあるって話なんだが、真偽は不明。

 単純に説を唱えた歴史作家が叔母(tia)と叔父(tio)の綴りを見間違えたんじゃないかって話も多い。

 

 

 勿論これ以外にも別の根拠はある。

 156cmくらいの低い身長だったって事とか、月に一度お腹を壊して陣に引きこもったりとか、美少年を側に侍らしてたとか、生涯独身だったりとか。

 そういった要素も当然、否定されるだけの材料が多いし、実際女性説の根拠には眉唾なモノが多い。

 

 

──じゃあ、何故未だに根強くこの女性説が唱えられてるのか?

 

 

 それに関しての答えとしては、やっぱり……その方が『面白い』って考える人が多い事の証だろう。

 実際、俺もそうだったら面白いなって思ってたし、だからこそこうして再現しちゃった訳だし。

 

 

(けど……実際目の前にすると、変に緊張するよなぁ)

 

 

 そして、話は振り出しに戻る。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 目の前で、何を紡ぐでもなくジッと此方を眺める彼女は、あの上杉謙信で間違いないんだろう。

 つまり、多くの戦場を駆けて、多くを討ち、多くを闘った実在の人物ということでもある。

 

 そんな偉人相手に、メリーさんやくっちーみたいに気軽にサインを求めるような接し方を、しちゃって良いんだろうか。

 無礼者って言われてぶった斬られたりしないか。

 ぶっちゃけあの時代の価値観からして、斬られても文句言えないんだけど。

 

 

(……ステータスのチェックでもしとこう)

 

 

 迂闊さが身を滅ぼすってのは今朝お嬢にたっぷりと教わったので、ここは恒例のチェックタイムにするとして、アーカイブを手に取る。

 ビビってるとかじゃない。

 慎重なだけ。そう、戒めてるだけ。

 ちょっと"確かめたいこと"もあるし。

 

 

(お、見っけ。さて……)

 

 

 

─────

 

No.007

 

 

【上杉謙信】

 

 

・再現性『A』

 

・親和性『C』

 

・浸透性『C』

 

 

保有技能

 

【─未提示─】

 

【─未提示─】

 

 

─────

 

 

 紙面に記されたアルファベットの表記に、やっぱりかと重たい息を吐き出す。

 

 

(親和性……Bはあるかと思ってたんだけどな)

 

 

 気になってた事ってのは、この親和性の低さによる疲労の度合いだった。

 

 親和性ってのは、再現した都市伝説の由来の土地と、俺の出身地によって定まるって話だったはず。

 てっきり日本縁ってことで、メリーさんやナインみたくAは行かずともBはあるだろうなと予測してたのに。

 

 

 だからこそ、セナト戦で急に反動が来た時にも、かなり驚かされた。

 もう少しは体力が保つって計算してただけに、あの時は本当に見積もりの甘さを痛感した訳だけど。

 

 

(……そういや、メリーさんが親和性は好感度みたいなもんって言ってたっけ)

 

 

 いつぞやのメリーさんの話では、再現した都市伝説との縁が深まればこのパラメーターは上がっていくらしい。

 現にくっちーやエイダの親和性も、ちょっとしたやり取りで上がってたし。

 まとめると、土地柄の縁は問題なし。となれば……残された要素は、俺と彼女の縁って事になる。

 つまり、さっきからジーっと物言わず此方を眺めてらっしゃる上杉謙信さん。

 

 彼女は俺のことを……あんまり好いてはいないと、そういう結論になるんだけど。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 敵意とか、嫌悪感とか、そんな感じは正直全然伝わって来ない。

 かといって好意的、ってのも微妙。

 ってなればどうでも良い程度の扱いなんだろうか、実際どうなのかは分からないけれども。

 

 どうしたもんかな、この距離感。

 このままグタグタと悩むのも女々しいし、いっそ単刀直入に──と、そう思った折。

 

 

「二つ、良いか」

 

「! な、なんでしょうか」

 

 

 引き結ばれていた小さな唇が、そっと音を連ねて沈黙を溶かす。

 何とも言えないタイミングに、猫みたく背を跳ね上がらせた俺を見つめる菫色の瞳が、少しだけ不服を訴えるように細くなった。

 

 

「……一つ。そう畏まらないで戴きたい。敬意を持つなとまでは言わないが、貴殿と……"この私"に、そういった上下の観念は不要だろう」

 

「あー……やっぱ、緊張してんのバレてた?」

 

「然り」

 

「……ごめん」

 

「構わない。だが、過ぎた敬意は時に卑屈さと映る場合もある。注意されたし」

 

「ん、了解」

 

 

 さっきまでの間に、リンク機能で緊張やら迷いやらが伝わってしまったのかもしれない。

 願いと忠告とを受け取って素直に頷いておけば、対面の毅然とした表情が、ほんの少し柔らかく綻んだ。

 もしかして、気を使ってくれたんだろうか。

 

 だが、綻びは直ぐに引き結ばれ、彼女の唇が再び開く。

 

 

「二つ……私を、『上杉謙信』と呼ばないで戴きたい」

 

「…………え?」

 

 

 深い瞑目を一つ落とされ、長い睫毛が降雪みたく、シンと(ひるがえ)る。

 

 自らの名を呼ばないで欲しい。

 その願いは余りにも意の外側にあったことで、今まで再現して来た皆とも隔絶した望みの形だっただけに。

 言葉に、詰まった。

 

 

「貴殿と私の間に上下の観念は不要だと、先も言った。それは貴殿がこの私に畏まる事はない、という意味合いでもあるが…………逆さまに、私が貴殿を『主』と見立てれぬが故でもあるのだ」

 

「……それが、上杉謙信の名前で呼ぶなって理由と……?」

 

「──然り。上杉謙信とは、越後を束ね、民草を束ね、乱れた世の中を、それでもなるべくして平穏に、安寧にと導くが為の名。一国の『君主』として名乗った。そして、その名を掲げている以上は、誰かを『主』として仕える訳には……いかない」

 

「……」

 

「然るに。私は、貴殿によって喚ばれたとしても……そう易々とナガレ殿を『主』と仰ぐことは──」

 

「──ん、勿論分かってる。そうだな、そりゃ当たり前の理屈だよな」

 

「……然らば」

 

 

 よくよく考えれば、それはごく当たり前の心理だった。

 いくらワールドホリックで再現した都市伝説達が協力的であるとはいえ、ゲームでいう召喚獣とか、召し使いとか、そういう存在とイコールで結びつく訳じゃない。

 

 従えるべき存在というより、むしろ人の世の影に隣合う摩訶不思議。

 都市伝説とはそういうモノであるし、"俺としても、本来ならそうあって欲しい"ところ。

 

 

 何より、かの上杉謙信が、俺こと細波 流を仰ぐということ。

 それは──かの『上杉謙信』が導き、『上杉謙信』を主と仰いだ多くの人達に対する裏切りにも等しいだろうから。

 

 

「じゃあさ、何て呼ぼうか。虎千代……ってのは、幼名だっけか」

 

 

 かといって、名前を呼ばないというのは不便極まりないので、何かしらの代案を求めたい所なんだけど。

 流石に渾名付けるのはアレだろうし、どうしたもんかと腕を組む。

 

 

(しか)らば……、────景虎(かげとら)と」

 

「……景虎、ね。了解」

 

 

 景虎。

 

 その響きは、彼女が上杉謙信を名乗る以前……元服を迎えた際に名乗った、『長尾景虎』という名前から来てるものだろう。

 

 元服。

 彼女にとって武士としての……やがて越後の龍とさえ呼ばれる大業を為すべき道の、スタートライン。

 

 菫色の瞳が、ほんの少し優しく目尻を落とした。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「……ねぇ、景虎。こっちからも一つ聴いて良い?」

 

「構わない」

 

「景虎さ。正直──女性として再現されて、どう、思う?」

 

「……どう、か。さて、どうだろうな。奇妙といえば奇妙であるし。そういうモノだとされれば、さしたる違和はない。だが……」

 

「だが?」

 

「……女としての私を是とするのであれば、男としての私は否とされるのか。逆さまに、史実通りの『上杉謙信』が是とされるのならば。

 

 此処に至った"この私"は、ただの一睡夢の様なモノに過ぎぬのか。

 

 そうであるなら、それもまた是非もなき(仕方ない)事なのだろうが……

 

 

──少しばかり、寂しいものだな」

 

 

「…………そっか」

 

 

 彼女はきっと、俺と似たような様な立場にある存在と言って良い。

 終わったはずの生を、もう一度、違う形で。

 

 彼女は、実在の人物から成る都市伝説。

 そうであるが故に今までと違うのならば、その心の模様もきっちり受け止めておかなくちゃならない。

 

 

 

 それが、彼女を再現した俺の務めでもあるだろうから。

 まぁ、つまり──寂しいばかりにさせたら、男が廃るってな訳で。

 

 

 

「景虎さぁ、塩とか味噌とか、酒とか好きなんでしょ? 確かそれで高血圧が続いて、死因にもなったってのが定説なくらいだし」

 

「──ぐっ、む、む……そう、だが……それがどうかしたのか」

 

「んー、じゃあ甘いモノとかは食べんのかなって」

 

「……う、うむ、甘味か。柿崎の職人から献上された笹団子は格別であったが」

 

 

 例え越後の龍とか軍神とか呼ばれてる存在なんだとしても、そこを除けば俺と同い年の女の子。

 若い女性を喜ばせるなら──スイーツだって相場が決まってる。

 

 

「ほほう。ならさ──今度、とびっきり甘くて旨い菓子食べさせたげる」

 

「それ誠か?」

 

「誠だ」

 

「それ誠だな!」

 

 

 かくして結果は、ご覧の通り。

 

 そこにはあからさまにテンションが上がって、ふわっと紺色のポニーテールを弾ませてる聖将様がいらっしゃったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 




─────

No.007


【上杉謙信】


・再現性『A』

・親和性『C』

・浸透性『C』


保有技能

【─未提示─】

【─未提示─】


─────


戦国大名、上杉謙信が女性であるという都市伝説から再現された人物。

純然たる近接戦闘においては恐らく現状最高峰の実力を持つ都市伝説。
セナトと同等のスピード、恐ろしいほど剣捌きなど、浸透性のランクを感じさせないポテンシャルを持つ。
その外見は、厳粛な雰囲気こそ放つが、凛々しくも儚い美しい少女である。

他の都市伝説と比べてナガレに対し一歩線を引いている節があり、それは彼女が実在の人物に纏わる都市伝説という側面があるからだと、ナガレは推測している。


なお女性説の根拠は、本編で触れたゴンザレス報告書や生涯独身、月一度の体調不良などの事項以外にもあり、その内のひとつが死因。

松平忠明が記したとされる『当代記』に、彼の死因は『大虫』だったと記載されており、ある古語辞典によると、大虫は味噌の女言葉。
味噌は赤味噌を指し、月経(生理的出血)の隠語とされている。
上記の理由からの女性説もあるが、実際の死因は本文中で述べた酒や塩分の過剰摂取による高血圧が祟り、脳出血を引き起こしたことによるものが有力視されている。



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