ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 69【クイーン様のドキドキ治療タイム】

「……で、なんともなりませんの?」

 

「病は気からって言うけど、流石に根性じゃどうにもならないっぽい」

 

「もうっ、だらしないですわね!」

 

「お嬢様、そう我が儘を申されますまいに。ナガレ様の元に参る際、頻りに安否を気にしてらっしゃいました淑やかさはどこへ置いておかれたのですかな?」

 

「あ、アムソン! ま、またまたそんな嘘八百並べるんじゃありませんわよっ!……ん? 嘘を八百個も並べてたら疲れませんこと?」

 

「疲れるだろうね」

 

「ほっほ、きっと歩くのも困難なほど……今のナガレ様ぐらいにお疲れになられるでしょうな」

 

 

 ってな風に軽やかな着地点を見つけた話の矛先ではあるけども、俺自身の実態はあまり芳しくはない。

 というのも理由は至ってシンプルで、歩くこともフラついて困難なほどに疲弊し切っているってだけ。

 

 ここの所の連戦に加えて、セナト戦での同時再現。

 ついさっきまでの、景虎との挨拶代わりのあのやり取りも、正直かなりキツかった。

 その溜まりにたまったツケを一気に払う時が来てしまった訳だ。

 

 

「……もう。なんとかなりませんの? わたくしの連れ添いたる者、わたくしの試合を見届けないなんて許しませんわよ」

 

「いつの間に従者みたいな扱いになってんの俺」

 

 

 で、お嬢がこんなにもご機嫌斜めになってる理由も、そのツケによってお嬢の試合の観戦が出来ないかも知れないからだ。

 もう間もなく始まる魔女の弟子の試合が終われば、次はいよいよ彼女の出番。しかも相手は因縁深い間柄であるエトエナ。

 

 不安なんだろう。

 勝ち気なように見えて案外気弱なお嬢だから。

 そんな彼女からの安心出来る要員認定は光栄だし、出来るものなら応援なり何なりで力になってやりたいとは思うけれども。

 気合いでも根性でもどうにもならない以上、俺自身には御手上げな状態だった。

 

 

「お嬢様。今しがた、セリア様が心当たりを頼って下さっております故、そちらに期待しましょうぞ」

 

 

 つまり頼みの綱は、今この場に居ないセリアの心当たり次第ってことになる。

 対セナト戦でのかつてない消耗具合を見抜いてくれた彼女が、ここへ駆け付けたお嬢達とは別行動を取っているらしいのだが。

 

(心当たりっつっても……セリア、セントハイムにはあんまり知り合い居ないって言ってたよな……)

 

 お世辞にも人付き合いが得意そうには見えないセリアなだけに、心当たりには検討が付かない。

 国内で評判の魔法薬でもあるんだろうか。なんて思っている最中、コンコンと柔らかいノックが扉を叩く。

 

 

「入るわね」

 

「どうぞー」

 

 

 予想に違わず、開かれた扉から姿を見せたのは凛とした佇まいの蒼騎士。

 けれどその背からひょっこり顔を出した人物は、少々意外な人物だった。

 

 

「話に聞いた通り、えらいグロッキーなっとるみたいやね、ナガレくん。あの黒椿相手に勝つなったら、そんくらいで済んでむしろ御の字って話やけど」

 

「ナガレの坊やの大層な頑張り具合、私も拝見させていただきました。つよーい相手に無我夢中で立ち向かってくがむしゃらさが眩しくって、ついクラクラと。うふふ

、うふふふ」

 

「エース、と……クイーン? セリアの心当たりって」

 

「……」

 

 

 意表をつかれた俺にしっとりと頷くセリアが連れてきたのは、言わずと知れたエルディスト・ラ・ディーの、エースとクイーン。

 

 エースに限っては、緑の着流しに細い目元、いつもの関西訛りな特徴と、気付けばそろそろ合わせた顔の数も積もるほどの相手だろう。

 セリアが頼れる心当たりというのも、意外といえば意外だけど、よく考えれば妥当なのかも知れない。

 

 でも、その隣のヘソ出しコルセットと修道女の羽織るローブというパンチの効き過ぎた出で立ちのクイーンに限れば、昨日に顔を合わせたばかり。

 ふやけた笑顔を浮かべている彼女の雰囲気はとても柔らかく、それこそ教会の花壇にでも水をやる姿が似合いそうなもんだが。

 

 

「ボロボロになってでも頑張る男の子って、とっても素敵ですよねぇ……」

 

「……え、えぇ。そうね……」

 

 

 なんていうか、うん。言動が、ちょっと引っ掛かるというか。

 相槌を求められたセリアも、やんわりながらも引け腰になってるし。

 

 

「……それで、どうなんですの? 心当たりとは言いましたけれども、二人ならナガレをわたくしの試合に間に合わせれるんですの?」

 

「んーせやな……ま、ボクはともかく。クイーンが来たからには安心してええで」

 

「ほっほ、左様ですか。このアムソン、そちらのクイーン様もエルディスト・ラ・ディーの幹部の方と見知り置いてますが、治療の心得がお有りで?」

 

「なっはっは! ウチのクイーンはなぁ、なにを隠そう……こと治療魔法にかけてなら、セントハイム国内で一、二を争う程の凄腕なんや。ナガレ君のヘロヘロ具合もパパッと治せるやろ! な!」

 

「あらあら、エース。坊やの具合を見るに、パパッ、とは流石にいかないみたい。パパパ、パパパ、パッパッパ……くらいかしらねぇ」

 

「パの多さはどうでも良いんですの! 間に合いますの、間に合いませんの?!」

 

「お嬢、どうどう。落ち着いて」

 

「わたくしを馬扱いすんな! ですわ!」

 

 

 頬に手を当てながら、(うぐいす)色のミドルボブを揺らすクイーンが加減を訂正するが、全く伝わらない。

 その調子に乱されたお嬢をなんとか宥めれば、女王の渾名を戴く美人の瞳が、妖しく煌めいた。

 

 

「勿論、間に合いますよぉ……"その代わり"。うふふ、うふふふふ」

 

「…………」

 

 

 なんでだろう。

 セナトと対峙した時とか、アークデーモンに足蹴にされた時とかともに感じたどれとも違う、この、踵の裏から這い上がってくる様な寒気。

 

 既に景虎を還してるのにも関わらず、別の意味で目の前がグラリと傾いた気がした。

 

 

 

────

──

 

【クイーン様のドキドキ治療タイム】

 

──

────

 

 

 歯医者に纏わる都市伝説の一つに、『看護婦さんのお胸が頭に当たるのはわざとであり、患者をリラックスさせる為』というのがある。

 

 うん。もはや都市伝説というか、ぶっちゃけ単なる男のスケベな願望じゃないのかそれ、みたいな所はあるのだが、実際はそんなリラックスさせる為とかの目的がある訳じゃないらしい。

 割り切りつつも仕方なくというケースや、患者が好みだから故意に、というケースも……あるにはあるらしいが、信憑性は薄い。

 

 やはりネットのアングラな情報源より、生の声を聴くべきだろうか。

 都市伝説愛好家としてはより実態に寄り添う調査をしたい所なんだけど、いかんせん業務妨害とセクハラ行為にも程がある。

 ビンタ食らって叩き出されても文句は言えない。

 

 

 という訳で、同性である女子アキラかチアキなら代わりに調査出来るんじゃないかとちょっとした提案をしてみたところ。

 顔面に、柔らかいどころか強靭なアイアンクローを存分に味合わされました。こめかみ潰れたかと思った。

 写メ娘は写メを撮らず無言で脛を蹴り続けて来た。泣くかと思った。

 

 

 結局、神妙に一部始終を眺めていたリョージの『男に必要なのは真実じゃない。ロマンだ』という深すぎる一言のまま、この都市伝説については未調査となったのだが。

 アキラやチアキはこれ以上ない程に白けていた都市伝説だが、男としてはやはり、ハートがドキドキせざるを得ない。

 

 

 さて、そんな一昔のメモリーを前にポンと置いてみた訳だが。

 俺は今、かつて求めた状況と酷似した渦中に居た。

 

 

「はぁい。口、あーんと開けてください」

 

「や、あの……せめて自分でするんで……」

 

「ダメダメ、駄目です。ナナルゥのお嬢さまに言われたんでしょう? 早く治して、観戦しなさいって。んふふ、言うこと聴かないと、治療ほったらかしちゃいますよ?」

 

「…………」

 

 

 わざわざ耳元で、飴玉を転がすように囁きながら。

 わざわざ頭ごと抱えるように俺の顎を持ち上げ、にっこりと微笑むクイーンを看護婦とするならば。

 逃げ道を優しく的確に塞がれ、諦観のあまりにそっと口をあーっと開いた俺は、さながら診察台の患者だろう。

 

 よく出来ましたと言わんばかりに、若草色の瞳が細くなり、身動ぎと共にほわんと何か柔らかいものが頭に当たる。

 はい。アレです。議題のブツです。

 俺のハートも確かにドクンドクンと脈打ってる。

 

 しかし、しかしだよ。

 件のリラックス効果なんてこれっぽっちも抱いてられない。

 何故なら、うふふうふふと笑う彼女の、もう一方の手には……フラスコの中で、"毒々しい虹色"に光る液体があったから。

 

 

「はい、ちゃあんと全部飲んでくださいね?」

 

「……」

 

 

 飲まなくても分かる、絶対マズいやつじゃん。

 聞くところ、この液体は治療魔法の効果をより良く循環させる為の飲み薬で、ようは治療促進剤みたいなモノらしい。

 

 いや、そりゃ治療の為に必要だっていうなら、滅茶苦茶心底飲みたくはないけど、飲む。

 でも、せめてそのタイミングは自分でいきたいというか、他人に委ねたくはないというか。

 

 

「大丈夫ですよ、効果はばっちりですからぁ。んふふふふ」

 

「……」

 

 

 ましてや、この妖しさ満点のクイーンに、飲ませられるというのはどうにか回避したかった。

 効果も、まぁ確かに大事だけど、不安材料はアンタだと声を大にして言いたい。

 でも、顎ごとやんわりロックされてる状況ではどうしようもなくて。

 

 

「はい、いきますねぇ?」

 

「──」

 

 

 俺の返事なんか最初っから聴いちゃいない看護婦さんは、花が咲くほどの笑みを浮かべながら、グイッとフラスコを傾けるのであった。

 

 

 え……ロマン?

 なにそれおいしいの?

 

 

 むしろ泣くほど不味かったよ。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「『咲き誇る──薔薇でなくとも』」

 

 

 もはや疲れとは別の要因で、声も挙げれなかった。

 

 

「『海を渡る──海豚(イルカ)でなくとも』」

 

 

 身体中の水分という水分がクルクルと各所を巡っているのが伝わるくらいに、感覚は鋭敏。

 けれど、それだけに口周りに残った苦味とも酸味とも言いがたい不快感がたまらない。

 

 

「『空を翔る──鳥でなくとも』」

 

 

 喉に送り込む度にのたうち回った気力も綺麗さっぱり抜け落ちた脱力感のまま、診察台と貸したベッドに横たわる。

 アレを飲む前の方が、よっぽど元気だったんじゃないのかってくらいに。 

 

 

「『命を泳ぐ──人でなくとも』」

 

 

 でも、"本当の治療はここからだから"と、鼓膜をくすぐる壮麗な歌声が教えてくれる。

 その艶やかながら清く澄んだ響きは、まるで教会に響く聖女達のアンサンブルを彷彿(ほうふつ)とさせた。

 

 

「【あまねく総てに光あれかし(カントゥス・ソナーレイ)】」

 

 

 掲げられた掌から溢れた陽光が、大きなシャボン玉みたく俺の身体を包み込む。

 纏めあげられた詩片が光脈となって、プカプカと泡のように俺の身体から浮かび上がった。

 

 

「っ、な、これは……」

 

「暴れたらダメですよ。じっとしてて、ね?」

 

 

 泡沫(うたかた)ひとつが光の幕に浮いては消えて、浮いては消えて。

 その度に、体内に蓄積していた重みや痛みがハッキリと和らいでいく実感。

 まるで、目に見えない疲労物質を泡に変換して溶かしていってるような。

 

 

「っ……す、ごいな……これ……」

 

「そう、そうでしょう、そうでしょうね。ヌクヌクとしてて、シュワシュワっともしてて、とっても気持ち良いでしょう?」

 

「……確かに」

 

 

 端的に言って、超気持ち良い。

 安っぽい表現だけど、滅茶苦茶くたびれた後に浸かる温泉みたいな感じ。

 ぬあ~~ってだらしのない声が出そうなぐらい。

 

 頬に手を当てて、我が意を得たりとばかりに頷くクイーンの言葉は、抽象的で舌足らずではあるけども的確だった。

 

 あぁ、良かった。

 前哨戦(促進剤)があまりにもキツかったけど、これは良い。

 あんだけしんどかった身体も、かなり楽になってる実感がある。

 

 

「……ちなみにこれ、後どれくらいこうしてれば良いの?」

 

「あら、あらあら。もう満足? ダメですよ、しっかり身体の芯まで暖まってからじゃないと」

 

「んな風呂みたいな……じゃなくて、単純に快復までどれくらいだろうって。あんまり長くて試合に遅刻したりすれば、お嬢に何言われっか分かんないし」

 

 正直ずっとこの光の中に包まれたいぐらいだけど、頭に過ぎるのはやっぱりお嬢の癇癪。

 エトエナとの試合、純粋に応援してあげたいのもあるし。

 

 だが、その途端。

 

 

「そうですねぇ……確かに、"あんまり長過ぎる"と……んふふふふ」

 

「……?」

 

 

 あの、寒気。

 ポカポカと暖かに包まれる光の中でさえ、ゾワッと強張るあの感覚の余りに、視線を『そっち』へと向ければ。

 

 口端をにんまりと緩め、ピンクの舌先でチロッと蛇みたく、自身の唇を舐めるクイーンと目が合った。

 

 

「もう二度と、"おっ立つことさえ出来なくなる"かも知れませんねぇ……」

 

「────は?」

 

 

 それはもう、愉悦に染まった若草色が、まばたきもせず満月みたく俺を射抜く。

 彼女の真っ白い肌が、官能的ともいえるほどに熱を浮かせて、情欲を散らしていた。

 

 

「じょ、冗談は……」

 

「冗談なんかじゃあありませんよぉ? 良い薬はとっても苦いモノです。うふふ、強力な回復魔法だって、使い過ぎれば……ッハァ、ッ──とぉっても、危ないモノ、なんですよぉ?」

 

「っ」

 

 

 さながらそれは、獲物を前にした獰猛な生き物がする舌舐めずりのような。

 次第に瞳を潤ませ、ビクビクと小刻みに悶えながら悦を味わう彼女は、もう、どう贔屓目に見ても……ヤバい人だった。

 

 あの、ちょっと。

 まさかのピンチにも程があるだろこの展開。

 

 

「私が癒しの魔法をかける度、あぁ、これで自分は救われる……そう、胸を撫で下ろしますでしょう? けれど、そこで私がこう囁いてみるのです。『過ぎた薬は、毒となる』……その瞬間、安堵に満ちた顔がゆっくりと青ざめていき……あぁ! あぁぁ! たまりません! 飴と鞭ならぬ、飴が鞭! 救済の手が破壊の術と知った時の絶望! あぁん、そそりますねぇ……うふふふふ」

 

「…………マジか、この人」

 

「ああっ! そう、その冷めた視線の奥、目の裏のビクビクっとした脅え! そそりますねぇ、たまりません……ハァッ……凄く愛らしいですよぉ、ナガレの坊や。エースの頼みじゃなければ今頃……んふふ、うふふふふふ」

 

「(うっそ…………いや。待って。だ、誰か……た、助けてぇぇぇぇェェェェ!!!)」

 

 

 

 

 

────結果的に。

 

 

 セントハイム国内最上位の治療医師としての腕があるだけに、ベストなタイミングで回復魔法は打ち切られた。

 

 おかげで、確かに身体は平穏無事かつ快活ってくらいに調子が良くなった訳で、クイーンの実力を推したエースの太鼓判も間違いじゃなかったけれども。

 

 あの光の幕に閉じ込められてる間、ずっと延々とあの言葉攻めのようなナニカを受け続けさせられた訳で。

 

 

(もう……二度と、この人の治療は受けたくない)

 

 

 身体の元気溌剌(はつらつ)具合とは裏腹に、俺の心には暫く剥がれそうにもないトラウマが、びっちりと植え付けられたのだった。

 

 

 

 

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