ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 77【依存少女】

「何事も迅速であるに越したことはない。それが貴殿の口癖だったかな……グローゼム公」

 

 

 薄暗く長いコロシアムの回廊では、足音も声も良く通る。

 だが例え雑踏の中でさえ、目も鼻も耳も利くその男ならば振り向いてみせるだろう。

 このように、恭しく頭を下げてみせるだろう。

 

 

「これはこれはヴィジスタ宰相殿。陛下のお傍に居らずとも宜しいのですかな? 代々継がれた我が国の伝統たる祭儀の最中。いかな陛下とはいえ、宰相殿に席を外されては多少の心細さはありましょうに」

 

「その席を外す必要性を作ったのは他ならぬ貴殿自身であろうに。心当たりがないとでも?」

 

「……さて?」

 

「先の試合の『トラブル』についてだよ、大公。迅速、迅速……全く以て。ミリアムもさぞ驚いただろうが、それ以上に私も驚かされた。なにせ、私や陛下の元にモラルモノクロの使用申請が届くよりも、"調査の結果"がミリアムに届く方が早かったのだからな」

 

「……」

 

 

 皺を深めたヴィジスタの淡々とした投げ掛け。

 苦言と表しても良いそれを、大国セントハイム宰相の言葉を、けれどグローゼムは堂の入った微笑で受け流す。

 

 

「あの乱入が、故意であったかどうか。本来であればその判定は、モラルモノクロによって断ずるべきであった。しかし、何故かその経緯を経ずして、試合続行の指示が発せられた訳だが」

 

「宰相殿の口癖は、機は熟して待て、でございましたかな? かの賢老殿の目には、"我が采配"は早計に然ると映った、と」

 

「『越権』と映ったのだよ、大公。闘魔祭は、セントハイムの国儀。然れば、重要な案件であればあるほど、国

主たる陛下の元を介して執り仕切られねばならん。しかし、此度の采配は貴殿が独自の裁量でもって指示をした……さて、どういうつもりであろうか?」

 

「いやはや、仰る通り。そう。闘魔祭は我が国の伝統、いわばこの祭儀の成功により陛下の『権威』はますます示される。

 しかして、いかに才気煥発であらせられる陛下といえど、初の祭儀はままならぬ事もございましょう。宰相殿も、祭儀に加え国外にて戦陣を敷く各師団の戦況にも気を割かねばなりませぬ。であれば、爵位を預かるこの身が、怠惰に胡座をかく訳にもいきますまい」

 

「怠惰か。貴殿には相応しくない罪よ。"椅子革の油脂が渇くほどに"忙しない日々と見るがな」

 

「くはは。宰相殿とは比べるのも烏滸がましいほどに、些末な労量でありますよ」

 

 

 互いにすれば児戯にも過ぎない軽い舌戦に、旗は上がらない。

 けれど老獪と狡猾に支配された冷えた空気にも終わりは訪れる。

 

 

「『あの小僧』に、何を見出したのかね?」

 

「さて、誰を指しての言葉でありましょうか。此度の行動は、あくまで陛下、並びにセントハイムを思う私めの浅慮でしかありませぬよ。

……では、これにて。闘魔祭の成功を心より祈っておりますぞ」

 

 

 核心を、されど傑物は晒すことなく。

 恭しい一礼と共に、マントをたなびかせて、グローゼム大公は踵を返した。

 

 

「……祈り、か。その手に、『南の十字架』が握られてなければ良いがな」

 

 

 大々なる歩みを、止める事もなく。

 

 

 

 

────

──

 

【依存少女】

 

──

────

 

 

 

「返信は……なし」

 

 

 (もた)れかかった壁から伝わる冷たさが、後悔に拍車をかける。

 落とした視線の先の、頼りない掌に収まった長方形の電子機器。この異世界には過ぎた物質。

 言い換えれば、俺と現実世界を繋ぎ止めてるモノでもあるこれは、今は求める手を繋いではくれない。

 

 

「……はぁ」

 

 

 まるで気になる相手からの返信をまだかまだかと待ち惚ける様で、自嘲さえも喉の奥で溜め息に変わる。

 何にこうも悩まされてるかなんて、言わずもがな。

 メリーさんが残したあのメッセージだ。

 

 ぼんやりとした電磁白亜に浮かび上がる、失意のようにも、悲鳴のようにも受け取れる彼女の言葉。

 温度のないデジタルの文字を追いかける度に、後悔が押し寄せた。

 

 

『やっぱり、ナガレの相棒は、カゲトラみたいな強い都市伝説の方が良い?』

 

「……くっそ」

 

 

 せめて、あの時すぐにでも返事を送っていれば、と。

 事情を説明するや、すぐに話し合って来いとお嬢に部屋から追い出されてから、今この瞬間まで。

 結果が違ったかどうかなんて定かじゃないのに、何度となく思った。

 

 

『メリーさんみたいな弱い、お人形は………やっぱり、邪魔?』

 

 

 けれども寝耳に水にも程があるだろと、怨みがましく(ほぞ)を噛む気にはなれない。

 どうしていきなり、あのメリーさんがこんなことを言い出したのか。

 その心当たりにはすぐ思い至ったのだから。

 

 

「……」

 

 

 都市伝説、メリーさん。

 その物語を紐解いてみれば、浮かび上がる教訓と性質は実にシンプルだろう。

 持ち主への執着と、置き去りにされた悲しみ。そして、蔑ろにされた事への──復讐譚。

 

 ワールドホリックで再現した『あの』メリーさんは、どうだろうか。

 人懐っこく、甘い食べ物が好きで、明るいソプラノを響かせて笑う可憐な少女。

 傍目から見ればおどろおどろしい恐怖譚とは結び付きがたいが、無邪気にお遊戯と謳いながら鋏を振る残酷性は、彼女が都市伝説である事の証明だった。

 

 

 そして──もう一つ。

 

 

『ナガレの役に立てないメリーさんは、相棒にはふさわしくない?』

 

 

 彼女の言う『相棒』の意味するところは分からないが、彼女が何に執着しているかは、分かる。

 メリーさんを再現した人物。他でもない俺だ。

 些細な触れ合いでも求め、他の都市伝説に対して嫉妬していたあの子が、俺に執着している事は分かりきっていた。

 

 所持され、大切にされ、やがて捨てられてしまった人形の怪異。

 メリーさんにとって、俺は物語で云う『持ち主』って事なんだろう。

 他の都市伝説に対するささやかな嫉妬も、自分の存在される理由を脅かされたくない気持ちの裏返しだったとすれば。

 

 

(……参るよなぁ)

 

 

 景虎。セナトとの決戦で新たに再現した都市伝説。

 接近戦においては他の追随を許さないほどに、確かに景虎は強かった。

 事実、最後の最後で、あのセナトを打ち倒してみせたし。

 だが、それがまさかメリーさんの心を大きく揺らがせてしまうとは。

 

 

……いや、違う。

 

 いきなりこうなってしまった訳じゃない。

 今までの不安が積み重なって輪郭を帯びていき、今回でついに形になってしまったという方が近いか。

 好意の奥にある焦りを、不甲斐ないことに見過ごしてしまった。

 

 

 一応、メッセージの返信を幾つも送ってみているけれども、これといって反応は返って来ない。

 いや、そもそも返信をメリーさんが見てるかも怪しい。既読付いてないし。

 袖にされているのか、完全に塞ぎ込んでしまっているのか。

 

 

 それとも。

 心の底で湧いた、ほんの少しの安堵を──見つけられてしまったからだろうか。

 

 

「相棒失格なのは、俺の方だろうよ、メリーさん……」

 

 

 あぁ、そうだ。

 焦ると同時に僅かにでも沸き立った感情を白状すれば。

 彼女が、メリーさんが都市伝説である事の実感に、俺はほんの少しでも……安堵した。

 

 

 時々、思っていたことだ。

 

 柔らかい笑みを浮かべながら接してくるメリーさんが、恐ろしい都市伝説であるべきはずの彼女が、"普通の少女にしか見えない"時があって。

 

 

 俺の為に戦い、俺の指示で躊躇なく奪い、傷付きながらも必死になって俺を守る、華奢で小さなその背中が。

 どこにでも居そうな、ごく普通の、当たり前の様に幸せになれる少女にしか見えない時があったから。

 

 

 例え薄情だとしても。

 その方が俺にとっては……よっぽど、怖かった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 不甲斐ない話だが、メリーさんからの反応がない以上、俺に出来ることなんて大してない。

 無力さを噛み締めながら、夢遊病の様にあてもなく回廊を歩く。

 すぐそばの観客席の歓声が、やけに遠く聞こえた。

 

 

「……」

 

 

 イヤホンの隙間から漏れ聞こえる様な、観客の声。

 その賑わいは三回戦最後、フォルの試合が行われているからだろう。

 お嬢とエトエナが両者敗退となったから、この試合の勝者が事実上、決勝の舞台に立つ、って事になる。

 

 けれど今は流石に観戦する気になれない。

 かといって目的もなく、ただ足だけを能動的に動かしていた。

 

 

「……ない」

 

「……?」

 

 

 どんよりとした心境に引き摺られる最中でも声が届いたのは、それくらい物珍しかったからだろうか。

 試合中で人通りの少ない通路の隅で、もそもそと蠢くシルエット。

 遠目にも目立つ大きな棺と真っ黒な厚手のローブとくれば、すぐに誰か検討がつく。

 

 

(魔女の弟子の……あんなとこで何してんだろ)

 

「……いい。別に」

 

(……誰かと話してる? ん、あれは……)

 

 

 なんでまた、こんなところに。

 色々と気掛かりな相手であった為に、つい珍しい物でも見るように観察してしまったのだが。

 彼女が両手に乗せて、何やら話かけているっぽい物体は…………物珍しいどころの話じゃなかった。

 

 

「興味?──うん…………気になるモノなら」

 

「す、『水晶髑髏』……?」

 

「!」

 

 

 あ、やっべ。つい声に出してしまった。

 後悔も意味を成さず、向こうも今の呟きに気付いたらしく、ドクロの形をした水晶をサッと懐に隠した。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 感情を灯さないアメジストの大きな瞳が、ただジッとこっちを窺っている。

 こうして正面から向き合ってみれば、顔立ちは想像してたより大分幼く、造形もまるで精巧な人形の様に整ってはいる。

 

 だがその分、セリアよりも鉄面皮って評価が相応しいくらいに冷たい無表情が、彼女の無機質さを助長していた。

 その独特の雰囲気に、こっちも押し黙ってしまったけども……このままじゃ埒が明かない。

 

 

「……トト・フィンメル、で合ってるよな? 魔女の、弟子っていう」

 

「…………」

 

 

 結果は、なしのつぶて。

 返事はなく、視線も逸らされず。

 むしろこっちの言葉が聞こえてるのか、ってくらいに無反応。

 

 

「今しまったのって、水晶髑髏?」

 

「……うん」

 

「あ、そこは答えてくれんのね」

 

「?」

 

「じゃなくて……あれ、あんたが作ったのか?」

 

「違う」

 

 

 かと思えば、俺が思わず反応した水晶の髑髏に関する問いかけにはあっさりと答える。

 その落差に、どーゆー違いがあるんだと頭を抱えたくなったが、無視されてるって訳じゃないらしい。

……ちょっと思い切ってみるか。

 

 

「もっかい見せてくれ、って言ったら?」

 

「いや」

 

「……駄目か」

 

「……タダはダメ。貴方も見せて」

 

「! 交換条件に、ってこと?」

 

「うん」

 

 

 あれ、意外と話通じるぞこの娘。

 魔女の弟子って言われるくらいだから、もっと接し難いかと思ってたのに。話し易い相手とまでは言わないが。

 

 にしても、『水晶の髑髏』ときたか。

 

 その名の通り髑髏の形をした水晶で、マヤ古代文明の遺産。

 当時の技術では制作出来るはずのない神秘的な代物で

『全部で13個あり、全てを一ヶ所に集めた時、宇宙の謎が暴かれる』なんて判りやすい伝承まで囁かれてるくらいだ。

 なんでこんなファンタジーの世界にあるんだっていう疑問はさておいて、出来るならお目にかかりたいところだけども。

 

 

「っつっても、こっちが見せれるものなんて──」

 

「見せて。鋏の子」

 

「! 鋏って……メリーさん?」

 

「それ。興味がある」

 

「なんでまたメリーさんに……」

 

「貴方には関係ない。喚んで」

 

 

 交換条件として提示されたのは、メリーさんの再現だった。理由については検討もつかず、追求も許さず。

 見たところ、メリーさんと外見より一つ二つ上って年頃なのが関係してる? いや、んな訳ないか。

 しかし……なんつータイミングの悪さ。

 

 

「それが……今はちょっと喚べない」

 

「どうして」

 

「…………色々あって」

 

「じゃあ、見せない」

 

「……仕方ないか」

 

 

 メリーさんを諦めて、余所の神秘にうつつを抜かそうとした俺への罰なんだろうか。

 きっぱりと断られ、手痛いカウンターを食らったかの様に肩を落とした。

 

 

「譲歩して貰ったのに、悪いな」

 

「別にいい」

 

 

 そして、話は終わったとばかりにトトは棺を担ぎ直すと、俺の脇を通り過ぎていく。

 俺の胸元にも届くかどうかの背丈が背負うには、あまりにも大き過ぎる荷物。

 腰を折り曲げてる姿勢は、明らかに無理をしている証だった。

 

 

「……もし良かったら、運ぶの手伝おうか?」

 

 

 だから思わず、そう申し出ながら棺に手をかけようとしたのが……

 これが完全に失敗だった。

 

 

「────『ママ』に! 触らないで!!」

 

「っ!?」

 

 

 漏れ聞こえてた歓声すら掻き消えるようなトトの悲鳴に近い叫びに、棺に触れる寸前で身体が硬直する。

 今までの平坦な調子とあまりに違う声色。

 急変ぶりに、半ば茫然と彼女を見やれば。

 

 

「『マザーグース』に……触らないで……」

 

「わ……かった……」

 

「…………」

 

 

 変わったのは、声だけではなく。

 何の感情を灯さなかったアメジストが、明確に拒絶を浮かび上がらせている。

 少女らしからぬ鋭い剣幕に、本能的に頷けば、トトは再び歩き出す。

 

 その背から出る雰囲気には、もう怒りも何も浮かんでいなかったけれど。

  

 

(……ママ、って。母親の事だよな……)

 

 

 激情と共に耳に残った言葉。

 今こうしてトト・フィンメルが背負っている棺の中にあるものを、俺は見たことがある。

 

 マザーグース。翼を持つ彫刻像。

 腰を折り曲げ、咎人に下された罰のように背負ってるそれを。

 ママ、と。

 

 

────母親と、彼女は呼んだのか。

 

 

「……"母親"か」

 

 

 確かめるつもりもないのに、口の中で転がした音は、不協和音でもなく、むしろありふれた形をしているのに。

 

 "やっぱり"、苦い記憶を呼ぶだけだった。

 

 

 

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