ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~ 作:歌うたい
心残りは解決せずとも、時計の針は止められない。
時は迫り、ついに迎えた準決勝。
俺にとっても闘魔祭自体にとっても、本日最後の試合となる。
「準備は?」
「出来てる。傷んでたショートソードも新しいのに替えたし。セリアがくれた
「……ナガレ。せめて鞘とは反対に括らないと、動いてる間にポーション瓶が割れるわよ?」
「……ん? あ、そうか。そだな、うっかりしてた」
「そそっかしいのね。つけ直すわ」
「いやいや、自分でやるって」
「いいからジッとしてて」
けれど決戦への威勢とは裏腹に、分かりやすいミスをしている辺り、平静を装うには無理があったらしい。
溜め息混じりに身を屈めて、ビンの紐を括り直すセリアのお節介を甘んじて受け入れるしかないのが、その証拠だった。
「気に病むな、とは言わないけれど」
「?」
「あの娘は……今までの試合、ずっと出ずっぱりだった。その分、この試合ではしっかりと休んで貰う……そう、思えば良いじゃない」
「……それ、励ましてくれてんの?」
「…………」
「そっかそっか」
「貴方のそういう、わざとデリカシーのないフリする所、嫌いよ」
手厳しい切り返しに白旗を掲げる代わりに、ポケットの中の、『心残り』を取り出す。
チラリと覗いた、手の内のスマホの画面は真っ暗なまま。
結局、メリーさんへのケアを消化できないまま試合へと臨む事になってしまって。
じくじくと心内に滲む暗雲にどんよりとした溜め息を落としそうになった頃、必然といつもより近くで、凛とした声が耳に届いた。
「魔女の弟子、トト・フィンメル。きっとセナトと同等……もしかしたら、それ以上に苦戦する相手かも知れないわ」
「セナト以上、か。ぶっちゃけ想像するだけで気分悪くなってくるね」
「彼女の魔法について、観戦席から得れた情報はなるべく伝えたけれど……まだ、何か底知れないモノを持っているかもしれないわね」
「……」
「でも」
「?」
紐を結び直す拍子にセリアの指先が触れたのか、瓶を爪弾いた音色が奏でられた。
ピンと鳴る誘い水に
「異邦人の貴方からすれば、ここまでずっと、不安要素なんて上げだしたらキリがない戦いばかり。それでも貴方は何度も勝ってきた。知恵を巡らして、劣勢にも折れず、最後まで諦めずに。そんな貴方の姿を、ずっと観てきたから」
「……」
「不安にはならないわよ、いまさら」
「……、────」
吐息がかかりそうなくらい近くで、アイスブルーがまばたく。
セリアから捧げられた信頼は、ここのところ消極的な立ち振舞いに務めようとする彼女の言葉とは思えないほどに、青く、まっさらに透き通っていた。
「~~っ、はい。結べたわよ。そろそろ係員が呼びに来る時間かしらね」
「……普段顔色変わらない人って、無理に平静装うと直ぐ分かるのな」
「……」
「っっ! ちょ、痛い痛い! ブーツで踏むのは無しだろ!」
「アリよ」
昨晩の宿屋でのことと良い、こうしてはっきりと言葉にして背中を押されたのは、二度目となる。
『死にたがり』とさえ呼ばれた蒼い騎士のなにかが、変わり始めている兆しと呼べるなのかも知れない。
「ナガレ選手、お時間となりました。入場門までお越し下さい」
「っと……いよいよか」
真っ正直から『信頼』を向けられるのは、やっぱり心地良かった。
「行ってくる」
「……はい。行ってらっしゃい」
そしてそれは、未だに俺から背を向け続けている、『あの娘』もきっと同じはずだと思うから。
────
──
【蒼に彩冴えて】
──
────
「むっ」
「チッ」
出逢い頭で、互いが顔に皺を浮かべたのは、雨が通り過ぎた後の地がまだ固まりかけている途中だからだろうか。
「……アンタもクイーンの治療受けてたんだったわね。てっきりまだ立ち上がれないもんだと思ってたけど」
「エトエナこそ、あれだけコテンパンにして差し上げたんだから、少しは減らず口も治っているかと思いましたのに。とんだ筋金入りですこと!」
「はぁ? アレはアンタの馬鹿げた自爆特攻に巻き込まれただけでしょうが。単なる考えなしの癖になーにもっともらしく気取ってんのよ」
「誰が考えなしですの! アレはわたくしの頭脳と勇気と高貴さが導き出した必殺技ですわ!」
「単なる蛮勇でしょあんなの! あと高貴さの要素これっぽっちもなかったし!」
「ありまくりましたわよ! そのおめめは節穴ですの?!」
「唾飛ばすんじゃないわよ汚いわね!」
「はぁん?!」
「あぁん!?」
遠くに浮かぶオレンジが景色を焦がし始めた空の下。
観客席の一角で再び嵐を巻き起こさんと目をキッと吊り罵り合う二人の姿に、周囲の反応も様々だった。
「……あの、執事さん。止めなくて良いんです?」
「えぇ。あれがお二人なりの親交の深め方であります故、そっとしておかれるのが吉かと」
「綺麗所同士の揉み合いはボクとしても眼福やからね。ええぞもっとやって」
「……軽く最低ですよエース。というかここでは他の観客の皆さんに迷惑になりますし……クイーン」
「はぁい?」
「お願いします」
「うふふ、ジャックの頼みなら喜んで」
どこぞの団長みたく煽りこそしないものの、自ら仲裁に入るつもりはなさそうなセリア達を見兼ねて、ジャックは頭痛を堪えるように眼鏡のフレームを抑えた。
しかし傭兵団内で人事も任されているだけあって、瞬時に状況に合わせた人員を適切に見抜く能力は流石である。
ジャックに願われたクイーンがニコニコと笑顔を浮かべながら台風の目へと歩み寄れば、彼女の治療を受けた経験のある二人は、面白いぐらいに顔を青ざめて
それでも睨み合いは止めない辺り、筋金入りなのはお互い様である。
「やはり傭兵団の皆様もこの大事な一戦をご覧になられますか。しかし、キング様の姿がお見えになりませぬぬな」
「眠ぅなったから先帰るーって。ほんま幹部の癖して一匹狼気質な人で、ボクも困ったもんや。けどまぁ執事さんの言う通り、この試合はボクらにとっても大事な一戦やから。ここは是非ともキングのアホの分も含めてナガレくんを応援させてもらおうなってな!」
「ナガレさんが魔女の弟子に勝てば、決勝はフォルさんとナガレさんのカード。私達エルディスト・ラ・ディーが『例の優勝商品』を手に出来る事が確定しますからね」
「左様でありますな。ふむ、お話に上がったフォルティ殿のお姿も見えませんが……先の試合の影響でございますかな?」
「あぁ、フォルくんはベッドで療養中や。勝ったとはいえ、なかなか手強い相手やったからなぁ。ま、可愛い可愛い妹のピアちゃんに付き添われとるから、直ぅぐ元気になるやろ」
「……シスコンのエースが言えた事ですか」
「あたたた、キッツいなぁジャック」
ジャックの言葉通り、先の三回戦でフォルティが勝利した為、この一戦にナガレが勝利すればエース達の手に優勝商品である『精霊樹の雫』が渡る。
つまりエースとの交換条件もこの時点で達成され、セリアの任務もようやく叶う目処が立つのだ。
それだけに、この試合の重要度は非常に大きい。
無論、ナガレにかかるプレッシャーも。
「さてさて、そっちの嬢ちゃんコンビも、いつまでもジーッとメンチ切っとらんと。そろそろ試合始まるみたいやで?」
「勝手にコンビにしないでくださいまし!」
「そりゃこっちの台詞よ。誰がアンタみたいな『へなちょこ』と」
(……おや?)
パンパンと引率者みたく手を叩いたエースが呼び掛ければ、引いた波が再び寄せるように口喧嘩を繰り広げる辺り、彼女らも懲りない。
だが、その中でエトエナの言葉に、アムソンの白に染まった片眉が上がった。
「この……減らず口を減らすどころか、わたくしを馬鹿にするボギャブラリーばっかり増やして。少しは相手の健闘を認めたって良いではありませんの、へそ曲がり!」
「ハッ、冗談。十年経ったって認めてやるもんですか、『へたれ女』!」
「……ほっほ。これはこれは」
「なんでそこでアムソンがニヤニヤしてますの!」
「いえいえ。些細な『変化』と云うものは、間近ではかえって分かり辛いものでありますなぁ」
「??」
機敏に疎い主人に代わり推し量るのも従者の務め。
ボギャブラリーが増えたというよりは、常套句代わりを探しているのだろう。
当の変化に気付いたアムソンが、やんわりと皺深い微笑みをエトエナに向ければ、慌ててそっぽを向く辺りがいい証拠だろう。
『おまたせいたしましたぁぁぁ! 只今より準決勝を開始いたします!!』
「ほら、アンタんとこのエセ召喚師の出番でしょ、さっさと観に行きなさいよ」
「エトエナに言われずとも行きますわよ!」
(ほっほ……『そよかぜ』卒業おめでとうございます、お嬢様)
鼻息荒く大股で見通しの良い席に歩いていくナナルゥの背を追いながら、アムソンの浮かんでいた笑みはより色濃く。
フルヘイムを共に出て以降、ずっと抱えていた心残りの一つが晴れようとしている兆候に、老人は静かに胸を撫で下ろした。
◆◇◆
『東から昇ったお日様が、沈むにつれとてつもないデレっぷりでお空を真っ赤に染めようとしている頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。どうもテンションの余りいつも以上に実況に熱が入っておりますミリアムです!』
(回を増すにつれて勢い増してんね、ミリアムさん)
『三回戦に相次ぐ、激戦激闘続きにより会場のボルテージもうなぎ登りでございます! それでは参りましょう、本日最後となりました準決勝を闘う両選手入場でっす! まずは剣のコーナーよりィッ!』
入場ゲートから漏れ聞こえる実況の勢いも、相変わらずだと親しみすら覚える。
門が開き、こもった空気が一気に開け放たれて、えもいわれぬ爽快感と高揚感が連れ添って胸に広がった。
『数多の激闘を勝ち抜き、今や今大会一番の注目株! 扱う魔法そのものすら神秘のベールに包まれたミステリアス! 一試合ごとに観衆の度肝を抜いてきたトリックスター! 多くの謎に包まれながらも、私達の興味を魅惹いて止まないその輝き!
誰が呼んだか【
「……絶対呼び始めたのアンタだろ」
キレッキレの選手入場の口頭に、もはや恥ずかしさを通り越して笑えてくる。
クリスタルサモナーだなんて仰々しい名前、不相応にも程があんだけど。
けど、昨日もちっちゃい子供に『さもなーさん』呼ばわりされてたから、その呼称が広まっているってのもあながち間違ってないのかも知れない。
『それでは、続きまして魔のコーナーより!』
ザクザクと砂を踏んで闘技場の中心へと歩み寄れば、そんな他愛ない考えも次第に隅に引っ込んでいく。
熱狂の中にカラリと混ざる、渇いた空気。
盛り上がりの中に隠れ切れずに頭を出した緊張感が、次いで開かれるゲートより現れるであろう存在に、固唾を呑んでいるようだった。
『魔女の弟子にして、今大会優勝候補筆頭──その前評判に偽りなし! ここに至るまで、対戦相手をまるで寄せ付けず、圧巻的な実力を我々の目に焼き付けてきました正真正銘の実力者! 小さな身体に秘めたる
トト・フィンメル選手の入場でぇぇぇっす!!』
(……来た)
ギギギと鈍重に開いた門が、何か巨大な生き物の口にも見える圧迫感。
あからさまな畏怖を込めた観客の声にすら関係なく、小さくて大きなシルエットがゆったりと此方へと歩み寄る。
「どーも。さっきぶり」
「……」
気安い挨拶も
背中の棺に押されて伏せられっぱなしだったアメジストの瞳が、じっと俺を見つめるけども、なんの感嘆も浮かんじゃいなかった。
今から闘う敵とも言うべき相手に口を利かないのは、ある意味で当然なのかも知れない。
逆にその『無駄』すら無い対応は、今まで闘ってきたセナト達との明確な違いを浮き彫りにした。
無口で無機質な少女の余裕の無さと、容赦の無さ。
手加減して貰える可能性なんか、毛頭にない。
冗談抜きで死ぬかもしれない。
だってのに。
それ以上に、その華奢な身には余りに不釣り合いな、重く大きな人形の"正体"が、俺には気になってしょうがなかった。
『明日の決勝、その最後の一枠を争うこの一戦。決勝の舞台へと踊り出るのは果たしてどちらとなるのでしょうか!』
「両選手、準備は良いですね」
「……いつでも」
「……」
ともかく、他人の事情を気にするのは後だ。
今気にするべきは、この並々ならない相手の出方。
セリアから伝え聞いたトトの情報からすれば、一瞬足りとも気は抜けない。
深く息を吐いて、レフェリーに頷いて返す。
同時に、ホルスターの括りを外しながら、アーカイブの表紙に指を添えた。
そこに、あの娘の声はなくとも。
みっともない姿だけは見せらんないから。
『ではでは、張り切って参りましょぉう!! 明日を占う一大決戦!』
「只今より、剣のブロック準決勝戦……」
それに。
『それでも貴方は何度も勝ってきた。知恵を巡らして、劣勢にも折れず、最後まで諦めずに。
そんな貴方の姿を、ずっと観てきたから』
こんな俺の背中でも、ずっと見続けてくれてるなら。
そんな不器用な信頼を向けてくれたヒトが居る、ってんなら……尚更。
『試合──』
「試合──」
負けてやれる道理はない。
『開始でっす!』
「開始!!」
「【
──来い、景虎!!」