ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 79【Killing Dolls】

「求めに応じ、景虎──此処に」

 

 

 ひと括りにした紺色の長髪が、冷厳な雰囲気とは対照的にやわらかくそよいで波を打った。

 

 

『開始と共に早速いらっしゃいましたぁ! 三回戦にて目が覚めるほどの大活躍をしてくださいました美少女騎士、カゲトラさん! 以前に引き続いてこの準決勝でも凄絶な剣技を披露して下さるんでしょうかぁ!?』

 

 

 三回戦に現れた将星の再登場に沸き上がる声援に、けれど俺を庇い立つ背筋は、揺らぎ一つさえ見せない。

 戦乱を生きた将軍である故か、それとも。

 正面にて、重く軋む棺の前に立つトトに対しての警戒心か。

 

 

「此度の障害は、かような少女か。しかして、無垢たる者が爪を隠した鷹というのも、ありふれた世の常。アレもまた、その例に(なら)う者か」

 

「あぁ。それもとびっきりにヤバい爪。だから頼んだよ、景虎」

 

「承知」

 

 

 景虎自身も外見からすれば、例に倣う者ではあるんだけど、そんな軽口を叩ける空気じゃない。

 景虎の再現に呼応して、あっちの棺も鈍重な音を立てながら蓋を開かれていく。

 ビロードの質に似た棺の底の暗がりから、夕に焼かれる空の下へと降り立つその姿は。

 一度目にしたら到底忘れやしない。

 

 

「トトを護って」

 

 

 ガチョウの翼を持つ巨大人形。

 死を手向ける聖母像、マザーグース。

 

 

『出たぁぁぁぁぁ!!! 負けじと登場、トト選手のマザーグースッッ! 立ち向かう対戦相手をことごとく薙ぎ倒して来た聖母像の圧倒的な存在感! 果たしてナガレ選手はこの立ち塞がる壁にどう立ち向かってくれるのでしょうかぁ!』

 

「なんつー圧迫感……」

 

「絡繰りとは、奇天烈(きてれつ)な」

 

 

 マザーグースの登場に鼻息を荒くする騒々しい実況も、やけに遠く聞こえるほどのプレッシャー。

 観客席で見るのと、こうして対峙するのではまさに段違い。

 

 さしもの景虎も流石に面食らったのか、言葉尻が鋭い。

 俺を庇い立ちながらも、腰の鞘に手を回して、いつでも抜刀出来るように正面を睨んでいた。

 

 

「マザーグース。トトの敵、やっつけて」

 

 

 囁きを皮切りに、緊張が爆ぜる。

 トトの指先から伸びた淡藤色に光る糸が、聖母像の眠りを覚ました。

 

 

 

────

──

 

【Killing Dolls】

 

──

────

 

 

 

「参る」

 

 

 微かに揺らいだ巨体が、その手に備わる五本指の刃をギラつかせたのと、景虎が目にも止まらない一歩を踏み出したのは同時だった。

 アメジストの眼を光らせて突っ込んで来るマザーグースの勢いは、まるで山が動いているかのようで。

 その威にされど景虎は怯むはずもなく、俊足で駆けながら流れる動作で刀を抜く。

 

 

(シッ)──っ」

 

 

 軌道はどちらも、直線。

 向こうとこっちとじゃ、スケールの大きさが違う。押し潰される未来さえよぎる。

 けれど景虎に躊躇は無い。

 

 振り下ろされる腕と、えぐり上げるような斬撃。

 交わる打点を見据えた互いが躊躇なく攻勢の一打を繰り出して──派手な金音を立てた。

 

 

『開幕の火蓋を切るようなはぁぁぁげしい正面衝突! 拳と剣を勇ましく交える両者の真っ向勝負! そ、それにしても……カゲトラさん、巨体のマザーグースを相手に一歩も引きません! その華奢な身体のどこにそんな力があるというんでしょうかぁ?!』

 

「づ、ァ……!」

 

 

 響く実況の内容通りの、豪快な鍔迫り合い。

 巨体人形と少女のパワー勝負だなんて、いっそ漫画の一ページになってもおかしくない。

 

 だが、こんな滅茶苦茶な光景とはいえ、流石に揺るがない現実というものはある。

 マザーグースの拳を受け止めていた景虎の態勢が、僅かに傾きだしていた。

 

 

「景虎!」

 

 

 切羽詰まって名を呼べば、彼女は受け止めていた刀を態勢で逸らし、聖母像の拳の行方を自分の足元へと流して。

 そのまま、叩かれた地面から舞い上がる砂煙にまぎれながら、大きく後ろに下がった。

 

 

「怪我は?」

 

「心配ない。だが、力比べでは些かに分が悪い」

 

「……流石にね」

 

 

 ほんのりと悔しさを滲ませる景虎だが、そもそも分が悪いで済ませれる時点で色々おかしい。

 いやまぁ、セナト相手にあれだけやってたから正直そこまで心配してなかったけども。

 

 にしても、予想してたとはいえとんでもないパワーだ。

 仮にアレに俺が捕まったら、その時点で敗北確定は間違いない。

 つまりそれは、トト側の手近な勝利条件であり。

 

 

「逃がさない」

 

(くっ、そりゃがんがん攻めてくるよな!)

 

 

 それ故に、向こうは攻めの姿勢を緩めてくれるはずもない。

 再び襲い来るマザーグース、まずはコイツをどうにかしないとまずい。

 マザーグースから距離を取るように右へと全力ダッシュしつつ、声を張り上げた。

 

 

「景虎、関節を狙って!」

 

 

 アレをどうにかするなら、まず弱点らしきポイントを突くべき。

 となれば、真っ先に思い付くのは関節だろう。

 

 

「心得た」

 

 

 マザーグースは、巨大な人形。

 身体は純白なドレスで覆われているが、長い腕の繋ぎ目には、しっかりと関節らしき隙間が備わっていた。

 人形とはいえ人体の構造を模しているのなら、少なくとも関節は泣き所のはず。

 

 指示の意図を理解して、刀を水平に、かつ切っ先を相手に向ける"突き"の構えを作った景虎が、マザーグースの前に躍り出た。

 

 

「穿つ!」

 

「……っ」

 

 

 秒針が動く僅かすら待たず、弓を射る弦みたく肘を引き絞ってから放たれた、高速の突き。

 マザーグースの右腕の関節めがけて瞬く穿光は、着地点を咄嗟に庇ったもう片方の掌によって阻まれてしまった。

 

 

(防いだ……ってことは関節狙いは有効と見ていいな。良し!)

 

 

 あの見てるだけで背筋が凍りそうな突きを防いだトトの糸捌きも、恐ろしいっちゃ恐ろしい。

 それでも攻め所をハッキリさせれたのは大きな収穫だ。

 

 内心でガッツポーズしつつ、マザーグースから逃げていた足を止めることなく、そのまま弓なりにコースを変える。

 目に見えないゴールテープの方向に居るのは、関節部位に続けて思い付くマザーグースの弱点。

 

 

(景虎、そのまま足止めも!)

 

「承知!」

 

『おぉーっとこれは立場逆転でしょうか?! カゲトラさんの息つく暇もない華麗な連続突きに、今度マザーグースが足を止められております! そして──』

 

「……こっちに、来る?」

 

 

 足先を向けた先で、魔力糸での操作に追われていたトトが俺の狙いに気付いたらしく、僅かに見開いた瞳と視線がぶつかる。 

 狙いとは勿論、マザーグースを操る人形使い、トト本人。

 俺がいわば敗北条件そのものなら、その理屈は彼女とて同じはずだろうから。

 

 

「【奇譚書を(アーカイブ)此処に(/Archive)】!」

 

 

 景虎が足止めをしてくれているとはいえ、俺の足程度じゃこの距離を埋めるには少々時間が掛かり過ぎる。

 ワールドホリックの維持の為にも、走る労力に体力を使うのも得策とは言えない。

 

 ならば、ここはウチのスピードスターの出番だろう。

 

 

「出番だ、ナイン!」

 

「──キュイ!!」

 

 

 白金の光から再現されるや、甲高く鳴き声を挙げながら俺の隣を並走するナイン。

 言葉にするまでもなく俺の意思を汲み取ってくれたのか、小柄な体躯とは思えないトップスピードで闘技場を駆け抜ける。

 

 

 

『ナガレ選手、ここでナインちゃんを召喚! 実に連携の取れたカウンター、鮮やかな反撃で一気に勝負をかけるつもりでありましょうかぁ!?』

 

 

 普段の俊敏さに拍車を掛けたような疾走ぶりは、まさに"銀色"をした一陣の風。

 あっという間にトトの元へとたどり着くと、今にも飛び掛からんと尻尾の一つを鎌に変えた。

 

 

「キュイ!」

 

「!」

 

 

 ひょっとしたら、ナインもまたお嬢のあの奮闘っぷりに当てられてたんだろうか。

 だとしたら、それは良い事だ。

 勝負にとっても、個人的な心情にとっても。

 だが、そんな邪推に頬を緩める俺の甘さを通してくれるほど……魔女の弟子は容易い相手じゃなかった。

 

 

「【エレメントシールド(精霊壁)】」

 

「キュイ?!」

 

「!」

 

 

 トップスピードからの空中前転。

 全身で躍動した尻尾鎌の刃先を阻んだのは、黄昏よりも濃い橙色の魔力の壁。

 

 お嬢が使うシールドよりも、それどころかあのエトエナと同等なんじゃないかってくらいの『厚み』と『大きさ』。

 それは決して見掛け倒しではなく、ナインの鎌も数瞬の拮抗を作れただけで破るに至らず、やがて後ろに弾かれてしまう。

 

 

『ト、トト選手、恐ろしいほどの高密度の障壁を展開。ナインちゃんの神速の一撃も通しません!』

 

「くっ、魔女の弟子ってのは伊達じゃないね……」

 

 

 ナインが突っ込んで来るってのに、動こうともしない時点で嫌な予感はしてたけど。

 でもこれで少しは景虎も楽出来るんじゃないかと横目で窺ってみるが、そう目論見通りにはいかず。

 

 今もマザーグースと至近距離で斬り結ぶ事により数ヶ所ほどドレスに斬撃を残してはいるが、関節を突くまでには至っていない。  

 いくら景虎とはいえ、生身の人間じゃない相手なんて早々経験がある訳じゃないから、どうしたってやり辛さってのがあるか。

 

 

(……というか、マザーグース動かしながら障壁も張れるって、どんだけ器用なんだよ!)

 

 

 ほんの少し前の自分が言った『とびっきりの爪を隠した鷹』というのが、嫌味なほどに一層現実味を帯びてくる。

 こっちの憶測を軽々越えるトトのスキルに思わず悪態を吐きたくなるが。

 

 

「キュイ!!」

 

 

 こんなもの、あくまで序の口に過ぎない。

 そうと知らせたのは、ナインの焦ったような鳴き声と、唐突に胸中に響いた、虫の知らせに近い直感的な危険信号と。

 

 音もなく俺の足元に広がる──橙色の魔法陣だった。

 

 

「っ……──やばッ!」

 

「【ゼトグレイヴ(逆さの石碑)】」

 

 

 遠くからひっそりと、発動した魔法の名を囁くトトの声が届くよりも前に。

 魔法陣から急速に伸びる、尖鋭に削れた石の刃の先端が、俺の胸元目掛けて差し迫っていた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 情報ってものの有る無しがどれだけ戦局に左右するかというのは、二回戦のマルスの時に散々身に染みていた。

 だからこそ試合開始前にセリアから聞き及んだトトの扱う『土精霊魔法』についての情報と特徴、そして警告をしっかりと念頭に置けていたんだろう。

 

 そういう意味では、大きく飛び退くことでトトの魔法から逃れる事が出来たのも、警告をなるべく簡潔に纏めてくれたセリアのおかげなのかも知れない。

 

 

 いわく──足元に、常に注意を払うべし。

 

 

(あ、あっぶねぇぇぇぇ!!!)

 

 

 それでも頬に伝う冷や汗と共にしみじみと再確認出来るくらいには、今のは正真正銘、命の危機だったって訳で。

 

 なりふり構わず飛び退いた俺の直ぐ目の前に築かれた、ひと一人くらいの背丈の鋭い縦長の石碑。

 更に一拍置いて、両脇の地面からボコッとえぐれた太い釘状の岩石が、縦長の石碑に磁石みたいに吸い寄せられて、深々と刺さった。

 

 

「うっわ……(なんつーえぐい魔法、セリアに聞いてなかったらヤバかった)」

 

 

 即席で作られたその形は、まるで歪な十字架。

 もし仮に最初の縦長をさっきみたく避けられなかったとしたら。

 腹に一つ、脇腹にそれぞれ左右で二つ。でっかい穴が開いていたのは間違いない。

 心臓がドクンドクンと鳴る音が、嫌にハッキリと聞こえる。

 

 

(というかトトのヤツ、あの状況で更に俺を狙う魔法まで仕込んでたのかよ……)

 

 

 完全にアッチに一枚上を行かれた形になったが、間一髪で王手は防いだ。

 悔しがってる場合じゃないと付いてた片膝を戻しながら立ち上がる俺だったが、トトは攻め手を緩める愚を犯さなかった。

 ただ、次なる標的は俺ではなく。

 

 

「ナガレ殿!」

 

 

 直接俺を狙われた事により、一瞬此方へと気を逸らしてしまった景虎の方だった。

 

 

「マザーグース」

 

「なにっ」

 

 

 温度の灯らない呼び声が呟かれると同時に、マザーグースの巨体がスッと滑らかに後方に下がる。

 マザーグースの挙動に再び突きの構えを作る景虎。

 だが、彼女は追撃に踏み込まない。

 

 いや、踏み込めなかったんだろう。

 マザーグースの背で畳まれていたガチョウの翼が、トトの魔力糸の躍動に合わせて、大きく大きく広がったのが見えたから。

 

 

「踊って」

 

 

 トトの外見には到底似つかわしくない、ゾッとするくらいに冷たい願い。 

 されど聖母像は躊躇なく、願われるままにゴウッと禍々しく音立てて、クルリとその場で一周廻った。

 

 たった一周。派手さもない。踊るにしても淡白なほど。

 けれど……たったそれだけの動きが、ガチョウの翼を周囲を凪ぎ払う凶悪な鎌にしてしまう。

 

 

「──ッッッ!!」

 

 

 踏み込まず構えを作った景虎は、正しかった。

 構えていた刀を水平から斜めへと傾ける事で、直ぐに防御の姿勢へと移れたのだから。

 

 単なる飾りから一気にとんでもない凶器に変わった翼の一撃を、刀で受ける事には成功する。

 でも、いかに景虎と言えどただでさえ力比べでは分が悪い相手。

 そんなのから遠心力も加えた翼の一撃を貰ってしまえば、受け止め切るのは不可能だった。

 

 

「くっ、ァァッ!」

 

「景虎っ!」

 

「キュイ!」

 

 

 横っ飛びになって弾かれた景虎。

 初めて聞いた彼女の苦悩の声に、自分の顔からスッと血の気が引いたのが手に取るように分かる。

 しかし焦りに焦った俺の予想とは裏腹に……そのまま器用に空中で身体を捻り、綺麗に着地してみせた。

 

 え、どうなったんだ、今の。

 

 

「景虎、大丈夫?」

 

「っ、問題ない。多少は上手く流せた」

 

 

 慌てて駆け寄った俺の目に映る横顔は、確かに深刻そうな色はない。

 てことは彼女の言葉通り、あれでもきっちり受け流せたって事、なんだろうか。

 どういう身体能力してるんだよと都市伝説相手に身も蓋もない指摘をしたくなるが、それ以上に安堵が勝った。

 

 

「ま、マジか」

 

「誠だ。しかし……」

 

「キュイ……」

 

 

 けれど、その横顔にはじんわりと苦々しいものが滲んでいる。

 俺と同じく駆け寄ってきたナインも、言わんとする事は景虎と同じだろう。

 

 

「容易ではない手合だ」

 

「同感」

 

「キュイ」

 

 

 景虎の刀術を凌ぎ、ナインの鎌を跳ね返す障壁、俺を直接狙える魔法も扱う。

 しかもそれをほぼ同時に。

 マザーグースの攻撃も俺に対してならほぼ必殺レベルの威力で、翼を使った広範囲の凪ぎ払いも可能。

 更にまだまだ隠し球を持ってる可能性もある。

 

 

……厄介どころの話じゃない。

 

 

(攻守隙なし。どうするよ、これ)

 

 

 トト、そしてマザーグース。

 魔女の弟子と全身凶器の聖母像。

 正真正銘。

 この大会における──最大の難敵だった。

 

 

 


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