ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 9【ブギーマン】

「怯むな!怯むなァ! 騎兵隊、列を意識せよ! 魔物どもなど()き殺してやれ!」

 

 

「弓兵部隊、構え!! 無理に狙おうなどするなよ、隣を確認し、斉射が面になるよう心がけろ!」

 

 

「魔法隊!! 詠唱完成はまだか!」

 

 

「あと少しです!!」

 

 

「負傷者の数が多過ぎて、救護と治療が間に合いません!」

 

 

「あの化け物どもを止めろ! ガートリアムには一歩も入れるな!」

 

 

「俺の腕……あぁ、俺の腕がァ……」

 

 

「隊長、隊長ーッ!」

 

 

「泣き喚く暇があったら戦え!! 貴様らに投入した1エンス分でも働いてみせろひよっ子ども!」

 

 

 

凄惨であり、壮絶だった。

 

街並みをぐるりと囲った高い壁と出入り口らしき巨大な門。

 

そこより先を鼠一匹すら通してなるかという気迫でもって各人が手にある武器を掲げ、切っ先を恐るべき異形の侵略者へと向ける兵士達。

ある者は勇壮を叫び、ある者は痛みを食いしばり、ある者は戦場の空気に呑まれ、ある者はもう二度と何も語れない。

 

ファンタジー。

そんな生易しい響きが薄ら寒くなるくらいに剥き出しの生き死にが、そこには幾つも幾つも転がっていた。

 

 

 

「……これは……」

 

 

「……魔王軍、やはりガートリアムまで来ていたのね」

 

 

各々の恫喝にも似た叫びが届きそうな戦場から少し離れた丘の上で、セリアが歯噛みしながら紅い花弁が各所で咲いてる戦場を見据えている。

 

多くの黒が散るか、多くの紅を撒き散らすか。

 

 

それぞれの行く末を求めて奪い合う命の悲鳴が、ここからでも聴こえて来るから、脚が震えた。

 

 

「……ラスタリアに来た魔王軍って、こんなに多かったのかよ……」

 

 

百聞は一見に如かず。

(よぎ)った格言はこれ以上となく的確だけど、ありがたみなんて感じない。

 

 

現代に生きてきた十八歳の想像の限界。

 

比喩でなく、人間達と魔物達の、文字通りの殺し合い。

全身を氷河の底に浸けられたかのように、心ごと凍りついたみたいだった。

 

 

「──……っ! ナガレ、そこに居るのよ! いいわね!」

 

 

「せ、セリア!」

 

 

懸命に今尚闘う人々の束の一角で何かを見つけたセリアは、弾かれたように鞘から剣を抜き出しながら、剣戟や魔法の飛び交う戦場へと駆け抜けた。

 

 

駆け出したセリアと、足裏を縫いとめられた様に動けないでいる俺。

 

 

身を置いてきた環境の違いを暗喩されたみたいに、蒼い背中が遠くなった。

 

 

 

────

──

 

【ブギーマン】

 

──

────

 

 

「はァァッ!!」

 

 

薄く研ぎ澄まされた刃面で、青色の分厚い首をハネれば、呪詛を歌うかのようなオークの紅い目と、目が合った。

 

文句なんて言われる筋合いはない。

お互い様でしょう、殺し合いなんて。

 

黒灰に還るだけの末路にも割いてやる興味関心なんてもったいないと言わんばかりに、冷たいサファイアブルーが次を向いた。

 

 

睥睨する先。

ベトリと血に濡れた鉤爪を剣に押し付けて、ボロボロの身ながらも抵抗する西洋甲冑を着込んだ騎士を追い詰めているワーウルフ。

マズイ、このままでは彼が押しきられる。

 

 

「『凍る世界で伸ばした爪は、あらゆる色に艶光る』」

 

 

剣先を下げ、一目散に駆け寄りながら、唇を湿らせる。

 

 

「『水面映える染まりやすいプリズムを、退屈しのぎにどうか削って』」

 

 

 

魔力で編んで、言葉で編んで、唱えるのは氷精の槍。

セリアの前髪に、青光るダイヤモンドダストがどこからともなく舞い落ちる。

 

標的へと指差した右の手は、場違いにも美しく。

ダンスへと誘う貴婦人の、手を差し出す所作とよく似ていた。

 

 

「……【アイシクルバレット(爪弾く氷柱)】!!」

 

 

白んだ爪の先から、青い魔法陣が展開され、そこから鋭い氷柱針が弾丸みたいに撃ち出された。

 

セリアによって唱えられた氷精の魔法弾が、ワーウルフのがら空きだった横っ腹に深々と刺さり、狼の目が苦悩と驚愕に見開かれる。

ぐらりと弾丸を浴びた勢いのまま横に倒れ、黒ずんで、ワーウルフはサラサラと死の灰へと姿を変えていった。

 

 

「っ、ぐ……おめぇは、セリアか!?」

 

 

「ラグルフ隊長。御無事ですか」

 

 

身体の至るところに傷を作りながらもワーウルフの剛力と拮抗していた短い茶髪と無精髭が特徴的な騎士は、セリアにラグルフと呼ばれ、その厳めしい顔は驚きに染まっている。

 

どうしてお前が此処に居るんだ。

 

言葉にされなくとも伝わる透明な文脈をセリアは読み取るが、そんな経緯を朗々と述べている状況じゃない。

 

 

「……また死に損なったってか?」

 

 

「えぇ、ある者に救われました」

 

 

「…………悪運の強いことで」

 

 

ラグルフという騎士の顔は、セリアの生還を歓迎している、という訳ではなかった。

折っていた膝を伸ばし、ワーウルフの爪に少し削られた剣を肩に担ぎながらの、皮肉めいた言い回し。

 

もう馴れたし、それこそ皮肉屋な彼らしいと言えた。

それ以上の感想もないまま、セリアは静かに戦況を眺める。

 

 

「……」

 

 

ラスタリアとガートリアムの混成部隊と魔王軍。

旗色が悪いのかは、今のところ此方側。

 

 

「……ガートリアムの騎兵隊。数が少なくありませんか」

 

 

「騎兵隊の本隊はエルゲニー平原方面で別の魔王軍とやり合ってる。向こうの数はこの何倍かって話らしい」

 

 

「……では、援軍は期待出来ませんか」

 

 

「……少ねぇ手札にブツクサ文句垂れてる場合じゃねぇぞ。おい、セリア。本来なら『死にたがり』の世話なんざゴメンだが、特別だ。俺の部隊に入れ、魔物のクソ共を押し返すぞ」

 

 

「……了解です」

 

 

剣を目前へ掲げ、簡易的な了承の合図をセリアが返せば、ラグルフは散り散りに展開させざるを得なかった部隊の状況を確認する。

 

ガートリアムの騎兵隊と比べれば練度も圧も未熟ではあるが、それでも数は数、戦況を打開する一手を何か打てるかも知れない。

 

 

だからこそ、まずは状況を確認しようと辺りを見渡した時だった。

 

 

 

「…………は? おいおい、なんだありゃ」

 

 

金色の美しい髪をたなびかせ、あまりに場違いは甘い微笑みと風貌を振り撒きながら、魔物達を一つ一つ、葬っていく名も知らぬ遊撃手。

 

ゴシックドレスと大きな銀鋏。

バスケットにパンをつめてピクニックにでも出掛けているのがお似合いな幼き少女が、魔を祓い灰にしていく。

 

そして、その傍らで真っ青な顔をしながら戦場を見回りしている、線が細い黒髪の青年との組み合わせが、余計に目を引く。

 

 

 

「ナガレ……」

 

 

「……おい、あの良くわからん連中…………おまえの知り合いだったりすんのか」

 

 

良くわからん連中、確かにそうだ。

どこからどう見ても愛らしいだけの金髪美少女と、端麗ながらもゲッソリと血の気が失せてる長髪の青年の組み合わせ。

 

そんな意味の分からない二人組が、というより鋏持ってる金髪美少女が、何故か魔物を片っ端からぶっ倒している。

彼らを知らないものからすれば、良くわからんとしか言い様がないだろうけど。

 

 

「……私の命の恩人達ですよ」

 

 

「……はあ?」

 

 

そして、私は彼の命の恩人らしいです。

 

彼らを唯一知る者は、そんな事を宣っていた。

 

ラグルフの見たことのない、複雑そうな微笑みを浮かべながら。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「ひぃっ!? ちょ、いま矢が(かす)ったって! 危うく落武者みたいになるとこだったって」

 

 

「……私、メリーさん。ちょっとあのやろーのおイタを叱って来るの」

 

 

「あーいや待ってメリーさん! 多分わざとじゃないから! 今のあれだ事故事故! だから鋏ジョキジョキ鳴らしながら向こう行かないでってば!」

 

 

「むう、あのやろーの顔は覚えたの。月のない夜が楽しみ」

 

 

「……さらっとゴブリン倒しながら怖い事言ってるし」

 

 

ゴブリンの肩から脇まで両断した鋏をジョキンと鳴らしながらお口が悪くなられてるメリーさん、どうやら俺に対する誤射未遂にご立腹らしい。

 

その得も知れぬ恐怖感は都市伝説っぽくて大変宜しいんだけど、ちょっとシャレにならない。

 

 

「ちっくしょう、セリアのやつ……あんなとこでほっとかれても困るよこっちは!」

 

 

「私メリーさん。素敵な角ね、お遊戯用におひとつ頂戴?」

 

 

「ギィアッッッ!!」

 

 

「あら。角まで一緒に消えちゃうなんて、残念なの。バイバイ」

 

 

一人戦場に駆け出して行ったセリアに遅れること続いた結果、あっさり彼女を見失った俺はメリーさんに守られながら戦場をさ迷っていた。

 

いやね、こんな小さな娘に守られてる絵図はなんとも男が廃ってるけどね、無理だから。

ちょっと喧嘩馴れしてるだけの高校三年生が勇ましく戦える戦場じゃないから。

 

そして俺の守護神ならぬ守護伝説は児戯を楽しむかのように襲ってくる魔物をバッタバッタとぶっ倒してる。

 

 

ホント強いなメリーさん。なんかヤギ顔の悪魔の角が手に入らなくて残念がってるけど。

 

 

 

「…………大分攻め込まれてるっぽいなこれ」

 

 

 

ガートリアムへの侵攻を防衛する兵隊達の奮戦ぶりは確かではあるものの、それでも魔物達の勢いを防ぎ切るのは難しい。

 

戦術もない突貫を繰り返すだけの暴力。

けれどもそれは愚かしくも怒涛で、魔の者の激流に押し潰された兵士がまた一人、俺の視界の隅で地を這った。

 

 

「デカイ国なら、戦力の規模もデカイって訳じゃないのか!」

 

 

つい荒っぽい語気になりながらも、とりあえずあの蒼い騎士を探そうとあっちこっちをちょこまか移動しつつ、落ち着けない目線の中で──ある光景が定まった。

 

城壁の上、弓兵が長弓を振り絞る通路の、ある一角。

 

 

壁を背に、小さな女の子を胸に抱きながら震える白髪混じりのお婆さんと、二人を守るように剣を構えてる若い男の兵士。

 

 

「──ま、マズイぞあれ」

 

 

そして、その絵図を前にして愉快そうに翼を揺らす、青い肌の……悪魔。

あのアークデーモンとは違う種類ではあるものの、少なからず脅威的な存在であるのは変わらない。

 

遠目ながらも、悪魔と対面する兵士の緊張と絶望が伝わってきそうだ。

 

 

……メリーさんじゃ、間に合わないかもしれない。

 

前と状況が違う、再現してもあの悪魔の真後ろに現れる怪奇現象まで、発生してくれるかどうか。

スマートフォンだってジャケットのポケットの中。

 

 

どうする。このままだとヤバい。

なにか手はないか。

打開策を思い付ければ。

 

 

 

『テラー……それが私の名前な訳だけどね。いっそ"ブギーマン"とでも名乗った方が良かったかな?』

 

 

 

「……! 一か八かだ!【奇譚書を此処に(アーカイブ)】!」

 

 

 

一か八か、神頼みじゃないけれど、賭けてみよう。

 

あの、お婆さんの腕の中で震えている女の子の──"恐怖"の感情に、賭けてみよう。

 

 

 

「【彼には、如何なる特定の外観もないとされる】」

 

 

時間がない、手短に語る。

再現性は乏しいし、親和性もあるとは言い難い。

けれども知名度は"世界規模"の、都市伝説。

 

 

 

「【同じ地域の同じ近所であっても、家ごとによっては全く別の姿形で信じられていることもある。不定形の恐怖が実体化した者。恐れられるべき者】」

 

 

「私メリーさん。ナガレ、同時再現は危険。誰かを喚ぶなら私を還して欲しいの」

 

 

「──ッ、了解。メリーさん、【プレスクリプション(お大事にね)】」

 

 

メリーさんの言葉を鵜呑みに彼女をスマートフォンへ還し、すぐさま語りの続き。

 

ヤバい、外壁の上の兵士の剣が折られた。

不安がってる場合じゃない、一刻も早く。

 

 

「【そして彼は、いかなる形を持たないのに、子供達の心に住んでいる。だから、言うことを聞かない子供には、親が教訓として、彼の存在を物語る】」

 

 

イメージする。

外壁の上、悪魔の冷笑と共に振り下ろされる豪腕を防ぎ立つ、悪魔に勝るとも劣らない怪物を。

 

悪い子供を見付けては、どこからともなく現れる。

広き世界を渡り歩き、子供達の心を脅かす。

 

【恐ろしき幽霊】の名を関する、悪戯好きな伝説。

 

 

 

「【悪い子供は、ブギーマンがさらいに来ると】」

 

 

 

再現開始。

 

 

 

「【World Holic《ワールドホリック》】」

 

 

 

 

____

 

 

【魔法補足】

 

 

アイシクルバレット(爪弾く氷柱)

 

「凍る世界で伸ばした爪は、あらゆる色に艶光る

水面映える染まりやすいプリズムを、退屈しのぎにどうか削って」

 

下級氷精霊魔法

 

展開した魔法陣より、鋭く尖った氷柱の弾丸を放出する。

セリアが得意とする魔法の一つ。

中距離のレンジからでも下級ランクの魔物なら有効打となりえるので、汎用性が高い。

 

 

 

 

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