ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 82【Re:Re:】

「逆、効果……?」

 

 

 淡々と込められた静けさが、聞いてはいけないと、耳を塞ごうとする衝動を急かすのに。

 アラートを響かせる他でもない心が、ブギーマンの言葉の核心を求めていた。

 

 

「どういう、こと?」

 

 

 それこそが、大きな目玉をゆっくりと細めた恐怖の化身の舌の上へと自らを差し出す行為なのだと。

 彼女に、気付けはしない。

 

 

【どういう事、だって? 気付いてなかったのかよ、『自称』相棒のメリーちゃん?あァ嗚呼、所詮人形に人の心は分かりませぬ。真意に気付かず、肝心の寄りかかり先の苦しみを理解出来ない。なんと哀れだろうか、なんと虚しい事だろうか……ギャハハハハッ!】

 

「ナガレの真意……」

 

【教えて差し上げましょう、メリーお嬢。彼はね──恐いんですよ。ただの都市伝説であるはずのキミが愛くるしく懐くキミが……"普通の女の子"にも見えて来てしまったから】

 

「……え」

 

 

 喉に綿が詰められたような息苦しさ。

 聴覚が傾けたものは、彼女だけに成分が見えない半真半偽の戯れだった。

 

 

【ククク、そもそもさぁ、都市伝説っていうのは人を恐がらせるものだろォ。相容れないモンでしょーヨ?そう、オマエは恐怖の物語に過ぎない。捨てられた人形の復讐譚、それが怪異メリーさん。

それなのに、お前が段々、普通の子供とすら見えてくる……それは齟齬を産む。乖離を作る。ナガレの思う『都市伝説のメリーさん』から、どんどん離れていくってこと。

 

そんなの……"気味が悪くってしょうがないよねェ"?】

 

「ひっ」

 

【キヒヒヒヒ……そぉさァ、逆効果! 僕様達のご主人様も都市伝説が好きなんだって、よーく言ってるじゃないか! なのになのにこのガラクタと来たら、もっともっとと業突張(ごうつくば)っちゃうもんだからァ? そりゃもう恐いだろうさ! 気味悪ィって映るさ! ギャッハハハハハ!!】

 

「そんなはずない! そんなはずないの……ナガレは、ナガレはメリーさんを嫌ってなんか……」

 

【……オイオイ。きっと、まだ受け入れてくれる。まだ好きでいてくれる。"おかえり"って暖かく迎えてくれる……そう信じてたはずのお前に、持ち主様がくれた言葉は…………なんだったっけ?】

 

「……、────」

 

 

 

《いや、こっち来ないでよっ──化け物!》

 

 

 

 呼んでもいないリフレインが、最後の裏切りを囁いた。

 おかえりと、言って欲しかった。

 昔みたいに、遊んで欲しかった。

 けれど、そこはかとない恐怖心のままに払われた煤のついた手のひらが、掴めたのは。

 

 重く冷たい銀の鋏だけ。

 

 

「……そんなはず、ない……違う……ナガレはあの人とは、違うのに…………」

 

【哀れで惨めな人形。中途半端に人として再現されたばっかりに。可哀想、可哀想に。かァわいそうにねェ?】

 

「……ゃ、めて……」

 

【自らの行いによって、きっとまた捨てられる。あぁでも、それが『お前』だものねェ? 棄てられた人形の復讐譚、それこそが『メリーさん』なんだもの……アはッ】

 

「……イヤ……ぃ、やぁ……たす、けて……」

 

 

 無彩の世界で、エメラルドの瞳が陰りに呑まれていく。

 悪魔の手に導かれたとしても、仕舞い込んだものを明るみに引いたのならば。

 もう目を逸らせない。

 肯定を、否定を。

 答えてくれる彼は此処には居ないのだから。

 他ならない彼女自身が、深い深い闇の中に逃げ込んでしまったのだから。

 

 

【ギヒャヒャヒャヒャヒャ!!】

 

「助けて……

 

 

 

 

 助けて……ナガレ……」

 

 

 異形が嗤う。

 哀れむように、愉しむように、吐き捨てるように。

 

 月の銀も星の金も、どこにも瞬かない夜の帳で。

 身を震わせながら耳を塞ぐだけのくすんだ金色が、堕ちていく。

 絞り出した悲鳴は蝶が見る夢の様に儚く、恐怖の化身の哄笑に塗り潰された。

 

 

 

────

──

 

【Re:Re:】

 

──

────

 

 

 

 朦朧とした白い霧に溶けかける意識の中で、耳鳴りの様な囁きが聞こえる。

 

 

(……? 今、誰か……)

 

 

 ゆっくり頬伝う汗が、やがて顎からポトリと地に落ちていく。

 ただ落ちてくそれが、誰かの涙に見えた。

 誰かのって、誰のだよ。

 

 ごちゃ混ぜにした絵の具みたく淀んだ視界で、落ちてく一滴をぼーっと見送ったのは、ホントに余裕が無かったからだろう。

 気力とか体力とかがごっそり削れてる現状。

 けれど、落ちた汗が渇いた砂に呑まれる前に、僅かに生きてる感覚が違和を囁く。

 

 

(あれ。地面って、こんなに遠かったか?)

 

 

 急速に離れた地面。

 あ、違う。これ離れてんのは俺の方だ。

 違和どころじゃない。浮いてる。フワッと。

 

 

「ナガレ殿、気を確かに!」

 

「景、虎」

 

 

 原因は、耳の直ぐそば。

 力の上手く入らない俺を脇に抱えながら高く跳んだ、景虎によるものだった。

 

 次いで、真下で鳴る、詰まった轟音。

 視界の端に見えた粗雑な瓦礫と、岩の鞭。

 多分、トトの石蛇攻撃だろう。

 鈍痛にぼやけた思考の隅で、辛うじて残った冷静さが、危うく絶体絶命だった事を今更ながらに教えてくれた。

 

 

「逃がさない」

 

「……少々駆ける。我慢されよ、ナガレ殿」

 

「へ? のあっ」

 

 

 もっとも危機を逃れたって訳じゃないらしい。

 回された腕の力がより強くなったかと思えば、今度は視覚世界が加速する。

 まるでジェットコースターに乗ってるみたいだ。

 ヒト一人抱えてるってのに、どんな脚力だよ。

 

 冗談染みた思考の間もなく、真後ろで鳴り響いた轟音に、ようやく意識の(もや)も取り除かれてきた。

 

 

「挟撃か」

 

 

 いかに景虎といえどお荷物と化した俺を抱えたままじゃ、流石にトトの操る石蛇から逃げ切るのは無理らしい。

 壁沿いに逃げていた景虎の正面に回り込んだ五本の蛇達が、巨人の掌みたくコースを塞ぐ。

 更に後ろからズザザと音立てて迫る複数の石蛇。

 

 

(まずっ、挟みうちか)

 

 

 音もなく片手で抜刀する景虎、けどその横顔に滲んだ苦々しさが窮地を物語る。

 何か、防ぐ手立てを。

 すがる藁をかき集めようと痛みの止まない頭を働かせようとした時だった。

 自分の事を隅に置くなと言わんばかりの、甲高い鳴き声が響き渡る。

 

 

「キュイイィ!」

 

「! 【エレメントシールド(精霊壁)】」

 

「ナイン!」

 

 

 危機を救ってくれたのは、ナインだった。

 果敢に斬りかかって来る尻尾の鎌を防ごうと右手を翳して障壁を展開するトト。

 やっぱり分厚い魔法の壁を、突破するには至らない。

 でもお陰で、後ろの方から迫っていた石蛇が止まってくれた。

 

 

「好機。然らば」

 

 

 このチャンスを見落とさない戦上手は居ない。

 気炎を巻いた紺色の将星が、刀身を輝かせてそのまま駆け抜けながら。

 

 

「通る!」

 

 

 塞がる障害を、一閃の元に切り裂いた。

 

 

(すっげぇ……)

 

 

 接着を止めたパズルみたいに、石蛇がパラパラと散っていく。

 俺を抱えた状態で、ここまで出来るのかよ。

 

 

「……面倒」

 

 

 景虎の凄さを改めて痛感している俺だったが、それは操っていた石蛇を断ち切れられたトトもまた同じだったらしい。

 

 

「いい。だったら──まとめて壊すだけ」

 

 

 口振りとは裏腹に能面みたく表情を変えない少女は、ナインの連撃を障壁で受け止めたまま。

 全てを壊すと躊躇なく告げて、諳じた。

 

 

「【必要な理解は定まらず。正しさに従う理はなく】

 

 【地平の如く、罪科は無限に広がっていく】」

 

「……!」

 

 

 遠目からでもゾワリと産毛が逆立った。

 肌が泣き叫び、危機感が豪雪もかくやと降り積もる。

 

 

「【命を測る天秤は、この手に持てはしないから】

 

 【鋼で綴る骸を並べて、鮮血を丘に捧ぐ】」

 

 

「キュ、キュイ……」

 

「これは……」

 

 

 感覚リンク越しに伝わる、ナインの脅え。

 俺を抱える景虎の、静かな狼狽。

 

 まとめて壊す。それは多分、口から出たでまかせなんかじゃない。

 何より、現にトトの羊角が放つ光は、今までよりもひたすらに強かったのだから。

 

 

 

(掛け値無しに、アレはヤバいだろ! どうする。ナインじゃ止められない。第一、どんな魔法かもわからない!)

 

「【曲がらぬ槍が、この心に宿るから】」

 

 

 危険極まりないってのは分かる。

 けれども、あの魔法の効果、範囲、威力と分からない事尽くし。

 動かない身体の分、必死に頭を巡らせる。

 

 

(どうする。防ぐのか、逃げるのか。対抗手段は。時間もない。何でも良いから思い付けよ俺!)

 

 

 そんな思考の足掻きが、いつの間にか体を身動ぎさせたのだろう。

 不意に、腰にくくり付けていたビンらしき何かが、景虎の鞘に軽くぶつかって、鳴る。

 

 

(ぁ……セリアのポーション…………まだ割れて────、…………!!!)

 

 

『いい、ナガレ。一概には言えないけど、土精霊魔法はその名の通り、地面を介した魔法が多いの。だからくれぐれも……足元には注意を払って』

 

 

 連れ添ったのは、お節介女のリフレイン。

 

 

("まとめて"、壊す……まさかっ!?)

 

 

 結び付いたのは、度の過ぎた仮定。

 でも、馬鹿げてるって切り捨てれるか。

 アイツを前にして。魔法なんてのがあるこの世界で。

 

 

「【通う血が、紅を忘れても】」

 

 

 詠唱の完成に従い、トトの足元から大きく大きく、広がっていく魔法陣。

 拡大は今にも、遠く離れた俺達の元まで。

 いや、フィールド全てへと手を伸ばそうとしていて。

 

 だとしたら。逃れる道筋は一つしかない。

 

 

「ナイン、景虎! 上だッッ!!」

 

「「!」」

 

 

 

 感覚で、喉で、叫ぶ。

 

 

「────跳べぇッ!!」

 

 

「【グランドラクル(紅染まる槍の丘)】」

 

 

 瞬間。

 

 真下の至るところから。

 紅い土肌をした無数の岩槍が、大地の表層を見るも無惨に食い破った。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「奇天烈に過ぎる光景だ」

 

「……」

 

 

 ぽつりと呟いた景虎に、心底同意だったのは間違いない。

 沈黙で返したのは、頷きよりも唖然が勝っただけ。

 誰だってそうだろう。

 こうして目の前で森林樹みたく伸びてるおびただしい数の岩槍の群れを見れば、言の葉の一つや二つは枯らすって。

 現に、会場はこの異様な光景に静まり返っていた。

 

 

(はぁ……この戦い、どれだけ危ない橋を渡らされれば良いんだよ)

 

 

 フィールド全域に及ぶほどの広範囲攻撃って。

 なんて出鱈目。あの十字架の魔法の比じゃない。

 横には逃げられない。ならば縦だと、景虎に抱えて壁を跳び登って貰わなかったら今頃、あの槍の山に串刺しにされてたんだろう。

 

 

「寿命縮んだ……」

 

「寿命で済めば儲けものだろう。ナインも壁に登って上手く逃れたらしい。あの『れふぇりー』という輩も」

 

「そか、ナインも。レフェリー、ちゃっかり抜け目ないな……」

 

「然りにな。それよりナガレ殿、回復の手段は?」

 

「回復……あぁ、これ」

 

 

 疲労困憊の背を壁に預けながら安堵していれば、景虎の菫色の瞳が物言いたげにこっちを覗き込む。

 確かに。まずは己が身を案じる方が先だ。

 

 備えあれば……いや、こんなこともあろうかと、ってところか。

 窮地を脱するヒントにもなったポーションの紐を解いて掲げれば、返答はなく、華奢ながらも頼りになる背中が俺の前に庇い立つ。

 警戒しとくから、今の内に飲めって事だろう。

 

 

(……つくづく、助けられてばっかだな)

 

 

 景虎にもナインにもエイダにも。そして、セリアにも。

 感謝の気持ちは、確かにある。

 偽物じゃない。だけど。

 

 

(苦いなこれ……)

 

 

 ワールドホリックがなけりゃただの高校生の身分で自惚れるつもりはないけど……少し不甲斐ない。

 グビリと喉に伝った魔法薬の何とも言えない苦味が広がった。

 

 

「……ナガレ殿。どうにも奇妙だぞ」

 

「ぎ、あぐ、ぁァ」

 

「!!」

 

 

 降って沸いた感傷も束の間、怪訝そうな景虎の呟きに促されれば、耳に届く苦し気な少女の呻き。

 石槍林の隙間へと目を凝らしても、この呻きの源を目視する事は流石に出来ない。

 

 

(キュイ!)

 

(ナイン? そうか、そっち側に居るのか)

 

 

 けれど、どうやらナインは壁を伝って観客席へと逃げていたらしく、そこからならトトの姿が見えるらしい。

 感覚のリンク越しに、血の気を剥いだように色素の失せた顔で、角を抑えるトトの様子が伝わった。

 

 

「くっ……どうして、トトの邪魔、するの……! 邪魔……ジャマ……いらない、全部! トトにはママさえ居れば、良いのに……!」

 

(あれは……角を抑えてる? 苦しんで、いるのか?)

 

 

 またもより強い光を放ちながら明滅する、彼女の角。

 見えない空虚に片腕を振り回しながら、痛みに藻掻き表情を歪めているトトは、尋常じゃない。

 けどどことなく既視感を覚えるトトの苦しみ様。

 もしかしてあれは、あの強大な魔力を行使した『反動』なんじゃないのか。

 

 

「……う、ぅぁ……! き、トトは……トトは、負けなイ……せ、精霊樹の雫。あれで……マザーグースは……『ママ』に!!!」

 

(なに、言って…………マザーグースが、ママに? もしかして、トトが闘魔祭に参加してる理由って……)

 

 

 何が、あの少女にあそこまでさせているのか。

 マザーグース、母親、精霊樹の雫。

 悲痛の上に重ねられた、消え行きそうな、うわごと。

 事情を知らなければどうにも浮き立ったそれぞれに、大きな繋ぎ目を見付けられた気がして。

 

 

「だ、カラ。邪魔ハ──全部」

 

 

 何故だか、胸が酷く軋む。

 そんな俺の感傷など届きようもなく。

 

 

「あァァァァァァ!!!」

 

 

 また一つ、事態は混沌に足を滑らせる。 

 

 愚かしいくらいに宙を掴む小さな手に、繋がる先を求める糸だけが長く、長く伸びて。

 ガラス玉のような、空っぽのトトの瞳に。

 縦に裂ける、金狂う色した月が宿った。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「アァァ!」

 

 

 粉塵が舞う。石の破片が散る。

 悲鳴が飛び交い、あらゆる平静を突き放す。

 風を刻む魔力の糸が、また一つ岩槍と繋がって。

 また一つ、力任せに放り投げられて、壁を深く穿った。

 

 

「み、見境いなしかよ……!」

 

 

 暴走とでも言うべきなのか、これは。

 

 獣染みた猛り声を挙げるトトが、無数に並び天を向く槍を手当たり次第に魔力の糸で繋ぎ、見境いなしに放つ。

 瞳孔が縦に裂け、金色に染まった禍々しい両眼には、もはや標的なんて映っちゃいなかった。

 それとも、取り巻く世界の全てが敵として映っているのか。

 

 

(なっ、こっちにもっ! くそ、まだ反動が抜けきって……)

 

 

 文字通り魔物に取り憑かれている様な豹変ぶりに、呆気に取られてる場合じゃなかった。

 慣性のままひたすらに穿つだけとなった魔槍の一つが、運悪く此方に向かって飛来する。

 

 

「無骨な」

 

 

 けれども血に飢えた槍は煌めく刃の一閃に許されず、あえなく土塊と化した。

 

 

「……助かった。悪い、もうちょっとで身体も動きそうだから……」

 

「心得ている。しかし……」

 

 

 こともなげに砂埃を切っ先を払う景虎。

 彼女が仕舞った言葉の続きは、言わずとも分かる。

 

 

「あ、い、痛イ……あたまが、痛い……! 壊れ、テ。全部、全部、居なくナッテ!!」

 

(……トト)

 

 

 剥き出しの感情を矛先にして狂うトトを、どうにかしなくちゃならない。

 盲目とでも言うべき視野の中で、まるで自身が見えない糸に振り回されているかの様なあの少女。

 このままじゃ、心ごと壊れてしまうんじゃないか。

 そんな危惧すら抱かせる状態なら……もう。

 

 

「倒せ!」

 

「……え」

 

 

──響いたのは、高い高い真上からだった。

 

 

「お願い、倒して!」

 

「モタモタすんなぁ!」

 

「アイツは悪魔だ! 倒せ!」

 

「さもなーさん! 悪いやつ、倒しちゃえー!」

 

「魔物憑きが、苦しんでるぞ! 今がチャンスだ!」

 

(……なんだよ、これ)

 

 

 怒号が、ざざ鳴る激しい雨みたく、降ってくる。

 心の淵に浮かんだ言葉をそのまま、拾い上げられたような叫びが、とめどなく降ってくる。

 

 

「倒せ!」

 

「魔物憑きを倒せぇ!」

 

「がんばれさもなー!」

 

「倒せ!」

 

「化け物を倒せ!」

 

 

 倒せ。

 お前が倒せ。

 悪魔を倒せ。

 魔物憑きを倒せ。

 

 

「……」

 

 

 男も女も、子供までも混じった声。

 それはまるで、寄ってたかって、透明な石を投げるようで。

 醜い化け物に立ち向かう『勇者』へ向けた声援の様で。

 

 

「う、あ、あァ! 違ウ! ウルサイ! そんなメで、トトを、見ルナァ! トトは、化け物……じゃ……ママ、ママ……!」

 

「────」

 

 

 倒す。あぁ、確かに。

 トトをこのままにはしちゃおけない。

 勝利する為にも、目的を果たす為にも。

 やるべき事は決まってる。だったらチンタラしてる場合じゃない。

 

 

「助けて、ママ」

 

「……っ」

 

 

 けど、本当に?

 本当にやるべき事が、それか?

 

 

 魔女の弟子。対戦相手。魔物憑き。化け物。

 そのどれもがそうだとしても。

 

 

──泣いてる子供に過ぎないだろ、アイツ。

 

 

 

 

 だったら。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「……景虎」

 

「心は決まったか」

 

 

 

 どうやら感覚リンクの影響か、俺の考えは丸聞こえだったらしい。

 なんとなく、気恥ずかしさが沸く。

 背を預けていた壁から離しながらズボンに付いた土埃を払ってみても、流石に誤魔化せそうにはなかった。

 

 

「そなたの内なる声は……存外、臆病だな。ナガレ殿」

 

「ん?」

 

「この期に及んで、傷付ける事を躊躇うか」

 

「……なに? アンタも倒せって言いたい訳?」

 

「確かに、その方が事を収めるには早かろう」

 

 

 

 鋭い正論を言い放ちながらも、含んだ溜め息を落とす景虎。

 紺色の後ろ髪がサラサラと左右に揺れる。

 まるで困った知人に、呆れて肩を竦める様な仕草。

 

 

「だが。それよりも、他なる手段が……否。そなたが為したいと思う方法が、既に心内に浮かんでいるのならば。

 押し通せ。突き通せ。例えそれが難事であれど。その為に……我らが居る」

 

 

 でも、肩越しに見えた口元は、柔らかな弧を描いていたから。

 

 

「心を決めたなら、後は為すだけ。男子(おのこ)でしょう、そなたは」

 

「……あぁ」

 

 

 決めたのならを突き通す。

 もとよりそのつもりだと、少し崩した口調で微笑む彼女に、頷いて返せた。

 

 

「……んじゃ、"ちょっと無防備になると思う"から、その間、護ってて貰える?」

 

「──フフ、承知」

 

 

 もう、ざざ鳴りは、止んだ。

 いや、違うか。

 無視する事にした。

 

 倒せという彼らの叫びは、至極、当たり前の事なんだろう。

 魔物憑き。排他すべき者。

 この国の……いや、この世界では当たり前の道理なんだろう。

 俺が知らないだけなのかも知れない。

 そうなった背景、歴史、事情の道筋を。

 

 

 けど、んなもん俺の知ったことじゃない。

 

 

「……さて」

 

 

 

 ゴソゴソとポケットをまさぐって、取り出したのはとある女の子の引きこもり先。

 手前勝手な理屈で踏み込めなくて、傷付けてしまったままだった、もう一人の泣いてる子。

 

 

 

『助けて……ナガレ……』

 

「……確かに、聞こえたよ。メリーさん」

 

 

 

 光が灯らず真っ黒に静止した画面を、そっと指先で撫でる。

 

 泣いてる子供を相手に、剣はいらない。

 

 必要なのは────

 

 

 

 

「居留守なんて、使わせないからな」

 

 

 

 

 

 




【魔法紹介】


グランドラクル(紅染まる槍の丘)

「必要な理解は定まらず。正しさに従う理はなく。
 地平の如く刃の罪は無限に広がっていく。
 命を測る天秤は、この手に持てはしないから。
 鋼で綴る骸を並べて、鮮血を丘に捧ぐ。
 曲がらぬ槍が、この心に宿るから。
 通う血が、紅を忘れても」

地精霊上級魔法

自身を軸に広大な魔法陣を展開し、地表から3メートルほどの高さの、紅く染まった岩の槍を飛出させて、剣山のように攻撃する魔法。
威力も高く、範囲も術者次第ではあるが非常に広いので、魔法使いでもなければ回避の対処が難しい。
ただ槍を飛飛させるには、地続きの大地である必要性がある。



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