ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 86【悪戯と蜜菓子】

「あー、いって……ハァ。ほんとお嬢は容赦ないな」

 

 

 夕焼けの名残もすっかり紺碧に呑まれた夜の下。

 ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、らしくもない独り言を雑踏に落とす。

 言わずもがな、お嬢に引っ掻かれて出来た傷痕だ。

 猫かと。リアルにフシャーって威嚇して来たし。

 

 

 というのも、話を終えてピアと一緒に闘技場まで戻った時のこと。

 入り口で俺達を待ってくれてた面々の中で、何故か息巻いていたお嬢に、落胆したピアの姿を見られたのが不味かったのかも知れない。

 

 ピアの落ち込み具合をどう解釈したのか。

「ま、まさか……本当に不埒な事しましたの?! 裏切り者! 信じてましたのに!」と、一目散に飛び掛かって来たのだ。

 いやもう、それこそ猫みたいな身のこなしで。

 仲裁してくれそうなセリアとエースが、援軍の話で登城してたってのも不幸だった。

 

 

「せめて弁明の余地ぐらいくれっての……」

 

 

 勿論お嬢が考えてる様な事実は一切無いので誤解もピアが直ぐに解いてくれた。

 しかし息つく間もなく、今度は「じゃあ何があったんだ」という追求の嵐。

 

 

「お嬢にも困ったもんだよ」

 

 

 流石に内容が内容なだけに口を閉ざすしか無かったんだけど、そしたらもう、ものの見事に拗ねられた。 

 取り付く島もないってくらいに。

 何故かジャックがごめんなさいって頭下げてた。

 

 

 で、結局。

 お嬢の嵐が過ぎ去るまで、宿屋に戻らず時間を潰す事にした訳だけど。

 

 

「…………せめて相槌ぐらい打ったら? それともなに、気付かれてないとでも思ってんの?」

 

「んぐんぐ。いやいやまさか。だが食事の途中で口を開くのは流石に、はしたないだろう?」

 

「食べ歩く時点でマナー悪いだろ。てかね、アンタは毎度毎度、なんで俺の背後に回んの。俺の背後に居なきゃ死ぬ病気にでも掛かってんの? なぁオイ、セナト」

 

「もぐもぐ。もぐもぐ」

 

「この野郎……」

 

 

 わざとらしい独り言を止めて振り返れば、そこには紙袋から肉まんらしき食べ物を新たに取り出すセナトの姿があった。

 しかも口でもぐもぐ言ってるし。嫌味ったらしい追求の躱し方だなオイ。

 

 いつからかは定かじゃないが、ずっとこうして俺の背後に寄り添って来て、かといって今の今まで特に何もせず。

 声掛ければニヤニヤしながらからかって来る。

 いやホント、なんなのこいつ。

 

 

「で、何の用?」

 

「冷たい言い草じゃないか。用が無ければ傍に居る事も許してくれないのか?」

 

「……は?」

 

「悲しいな。胸元を刃物で裂き、秘めたる所を暴き、屈服までさせられたというのに。私達の関係性は、そこいらの男女よりも余程深い所にあると認識していたんだがな……」

 

「……なにこのウザ絡み」

 

 

 てっきり用でもあるのかと思えば、これかよ。

 片腕を抱いて胸に谷間を作りながら、さも傷付いたと云わんばかりの、濡れた吐息。

 でも目だけはおもっくそ笑ってやがるし。

 横断歩道の白を一段飛ばしで渡るような邪気。でも可愛げはないし、似合わない。 

 セナトって、こんな面倒臭い奴だったっけ。

 

 

「くく、そう邪険にするな。たまたま羽根を伸ばしている所に、見知った背中を見つけた。それだけの事だよ」

 

「暇なのかアンタ。アルバリーズのお抱えじゃなかったのか?」

 

「残念ながら既に私はお役御免だ。あぁも見事に負けを晒した上で雇い続けてくれる程、大貴族は優しくはないらしい」

 

「……なんか怨みがましいなオイ。里に戻んなくていいの?」

 

「負けはしたが、遥々東からここまで来ておいて、早々に帰還というのも味気ないだろう」

 

「観光する気満々かよ」

 

「そうとも。"不埒な男"に色々と滅茶苦茶にされて、私の心はすっかり傷だらけだ。他国観光を愉しむぐらいの慰め、許されても良いと思うんだがな」

 

「出刃包丁で叩っ斬っても傷一つ付かなそうなオリハルコンハートが。なにを腑抜けたこと言ってんの」

 

「こやつめハハハ」

 

「ははは」

 

 

 試合はとっくに終わってんのに、何で繁華街で火花散らしてんだろうね。

 とはいえ、羽根を伸ばすという言葉に嘘はないらしい。

 いつもは口元を隠してる黒絹もオフだからと外しているのか、薄桃がかった唇が歯を見せて笑っていた。

 

 

「羽根を伸ばすって事は、暫く此処に滞在すんの?」

 

「さぁな。期間はとくに決めてない」

 

「良いのかそれ。有名な傭兵団の一員にしちゃ緩いね」

 

「引く手数多であるがこそ、緩める所は緩めなくてはな」

 

「それには同意見」

 

「お前の財布の紐も緩めてみるのはどうだ?」

 

(たか)る気かい」

 

 

 特に目的もなく背後から隣へと並び歩けば、他愛もない会話に不思議と華が咲く。

 黒椿なんてもっともらしい名前の傭兵団、てっきりもっと厳格な規律とかあるのかと思ってたけど。

 実態は違うのか、それともセナトが特別なのか。

 

 なんか後者っぽい。

 というか、セナトレベルが普通な傭兵集団とか恐過ぎる。むしろ後者であれ。

 

 

(……暫く滞在しようと思えば出来るのか)

 

 

 しかし、それはよくよく考えて見れば、一種のチャンスとも言えるんじゃないだろうか。

 セナト。

 勝った相手とはいえ、尋常じゃない強さの持ち主。

 もし味方だと仮定したら、そりゃもう心強いってレベルじゃない訳で。

 

 

「……あのさセナト」

 

「どうした?」

 

「リフレッシュが大事ってのは重々承知してんだけど、休み過ぎるのも……逆に『身体に悪い』と思わない?」

 

「────ほう。して、その心は?」

 

 

 いつぞやの予選の時。

 ジムの横入りに邪魔されて、結局は言えずしまいになってしまった考えを、もう一度聞いてみる最後の機会かも知れない。

 

 遠回しな牽制に直ぐ様気付き、影法師はニヤリと妖艶に笑う。

 いやまぁ、つくづく意趣返しだの皮肉合戦だの繰り広げて来た間柄だけどさ。

 

 

「黒椿のセナトに──頼みたい『依頼』がある」

 

「……財布の紐を緩める機会。思ったより早かったようだな、ナガレ?」

 

 

 

 打てば響くとでもいうか。

 話が早い間柄って、結構悪くないよね。

 

 

 

 

────

──

 

【悪戯と蜜菓子】

 

──

────

 

 

 

 

 イエスかノーかを問うにしても、まずは此方の事情を明かさなきゃ話にならないだろう。

 かといって歩きながら話せる内容でもないので、腰を据える場所が欲しい。

 

 そんな折に視界に入ったのは、奇遇にもセントハイムに来て始めて腰を落ち着かせた噴水広場だった。

 少なからずからずの縁頼みって訳でもないが、あやかる様に俺達は此処に隣合って座り、交渉の席としたのだが。

 

 

「ふむ、成る程。ガートリアムの使者がどういう経緯で闘魔祭に参加しているのかと思えば、祖国の危機だったとはな」

 

「別に祖国って訳じゃないけどな。一応エルディスト・ラ・ディーに力を貸して貰えはしそうなんだけど、戦力があるに越した事はないだろ?」

 

「聞くに、なかなか奇妙な情勢だな。魔物の軍勢の奇妙な動きもキナ臭い物がある。何かしらの準備でもしているのか、別の思惑か」

 

「そこら辺は正直俺にもさっぱり。けど備えあっては憂いなしだ」

 

「ほう。お前に負かされた私を、憂いを払う力と見なすと? 随分買ってくれてるじゃないか、照れるぞ」

 

 

 どうなんだろうな、これ。

 反応としては難色って訳じゃないが、相手が相手だけに浮き足立つのは宜しくない。

 現にこうやって隙あらばからかって来るし。

 

 相応の修羅場を潜ってるのか、切迫したガートリアムの状況を聞いても彼女は顔色一つ変えやしなかった。

 それは照れてるらしき今もだが。

 

 

「照れてから言え。てか、あんだけの出鱈目な強さ見せられといて、今更低く見積もる訳ないだろ」

 

「交渉事において、下手(したて)に出るのは得策じゃないぞ?」

 

「かもね。でも、試合であんたが俺を買ってくれた分、俺だってあんたを買ってる。そこに上手も下手もあるもんかよ」

 

「やれやれ、ときめくな。口説かれてるみたいじゃないか」

 

「いや、あんた口説けってなったら大人しく諦めて交渉のテーブル畳むって」

 

「くく、心底惜しい」

 

 

 真意は軽薄な物言いの霧の中。

 けどもその黒真珠の瞳は、油断なく俺の真意を見抜こうと、鋭く光る。

 手に冷たい汗がじわりと浮かんだ。

 

 

「さて。私を買ってくれる気持ちは心地良いが、この身は黒椿の傘の下。相応の報酬は必要になるぞ?」

 

「……そこなんだけど、さっきも話した通りガートリアムの使者としてのメインはセリアだ。だから、報酬額に関しては俺の一存じゃ決められない」

 

「あの騎士か。では、あくまでこの席は交渉ではなく、相談ということか?」

 

「……そうとってくれても良い」

 

 

 正直、やらかした。

 確かに金額に関しての相談はセリアを介さなきゃならない以上、これはいわばアポイントを取る段階だ。

 手の内を晒し過ぎだと言いたげなセナトの視線に、苦い想いが滲む。

 

 流石に軽率だったか。

 動揺に思わず目を伏せそうになったが、それを制するようにセナトは「ふむ」と、何故か"演技臭く"頷き、そして。

 

 

──俺のミスを、容赦なく(えぐ)って来やがった。

 

 

 

「ふふ。では、これはいわば交渉と言うより……"親しい友人からのお願い"を受けていると……そういう事だな? ん?」

 

「えっ。はい? 今なんて?」

 

「聞こえなかったのか? 親しい友人、と。そう言ったんだが」

 

「……え、なんなのそれは」

 

「おや。なんだ、違うのか? 生憎私は、そう親しくもない間柄の人間の相談を聞くほど懐広く生きていないんだがなぁ?」

 

 

 おい。おい。なんだそのニヤニヤした面は。

 え、何が狙いだよ。恐いんだけど。

 でも、なんか違うって言ったらこの話は打ち切られそうだし。

 

 

「そ、そういう事になる……の、か?」

 

「くく。あぁ、そうだとも。では、うん。それ相応の頼み方をして貰わないとな。そう、例えば……『親愛なる我が友、セナちゃん。親友の僕のお願いを聞いてくれないだろうか?』とでも」

 

「いやおい。おいこら!」

 

「なんだ? 僕という一人称は嫌か? 別にそこは俺でも構わんぞ。そこはな」

 

「いや待て! ふざけてんの?!」

 

「至って真面目だ……ぷふっ」

 

「こ、この……っ」

 

 

 こいつ。こんの野郎……!

 これが前交渉ってのを良い事に、全力で俺をからかいに来やがった。

 なんだよ親友って。まだ腐れ縁のが全然しっくり来るわ。

 

 さては、まだロートンの件に関して根に持ってやがんな畜生。

 いや確かに実力は買ってるけど。打てば響くやり取りしてる相手だけども。

 正直セナト自身に関しては、事あるごとに絡んで来るいけ好かない奴としか思ってない。

 

 つかセナちゃんっての何。マジで嫌なんだけど。

 恥ずかしいより、癪が勝つくらい嫌なんだけど。

 

 何より、この"無理矢理言わされるって状況"こそ、かなりの屈辱だった。

 

 

 

「くっそ……覚えてろよ」

 

「あぁ、分かってるとも。ナーくん?」

 

「ブホッ!」

 

 

 当然、向こうもそれを分かってんだろう。

 張り倒したいぐらいにムカつく笑顔で、促して来る。

 

 てかナーくんってなんだよ。嫌がらせか。

 あぁけど、ここで話を白紙にしたら……単に情報漏らしただけになる。

 

 

 クソッ。

 これでセリアとの交渉蹴ったら、本気でメリーさんとエイダけしかけるからな……!

 

 

「し……親愛なる我が友…………セナちゃん」

 

「なんだい、ナーくん」

 

「ぐっ! ……し、親友の……俺のお願いを、聞いて、くんない?」

 

 

「やれやれ、仕方ないなぁ。そこまで言う、なら…………くっははは! いやぁ、実にからかい甲斐のある奴だよ、ナーくん! これほどに愉快な気分は久しくなかった!」

 

「…………こっちは最悪の気分だよ」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 まぁ、その後。

 最悪な気分に陥った分、しっかり約束は守ってくれるという事で。

 

 明日の闘魔祭決勝戦の後に、依頼の報酬も兼ねての交渉の席に就くことを改めて了承してくれた。

 ついでに去り際に、『愉しませてもらった礼』として報酬額は多少は割り引いてやる、とも。

 

 最後まできっちりからかって来やがって。

 これで交渉まとまらなかったら、俺泣くぞ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 発端を招いたのは俺とはいえ、とんだ羞恥を味合わされただけに、どっと疲れた。

 溜め息も、足取りも重い。

 だからだろうか。

 

 

「あぁ、お兄さん! どうも!」

 

「……ん? あ、前にハニージュエル買った時の」

 

 

 甘い蜂蜜の薫りと共に顔を上げれば、いつぞやの屋台のお姉さんが満面の笑みを浮かべていた。

 確かメリーさんと一緒に買ったんだっけ。

 

 

「はい、お久しぶりです! 今日は妹さんはいらっしゃらないんですか?」

 

「あー……今ちょっと眠ってて」

 

「なるほど、小さい頃は特に早寝早起き大事ですもんね。ところで、お疲れです? 前に見たときより顔色悪い気がしますけど」

 

「……まぁ。とてつもない精神攻撃受けまして」

 

「あ、あはは、そうなんですか。じゃあ、是非ともおひとつどうですか? 疲れには甘い食べ物が利きますよー!」

 

 

 なんとも商魂逞しい売り文句と一緒に差し出された『ハニージュエル』の紙袋。

 

 甘い香りは空腹を誘い、確かに疲れた身にも心にも、良く利いてくれそうだった。

 

 けど──最初に利いたのはどうやら頭の回路だったらしい。

 

 

 

『もし……覚えていてくれたなら。また、明日。ここで逢おう』

 

 

(……そういや、そうだった)

 

 

 

 それ以上に、記憶の隅に置かれたとあるリフレインを連れ添って。

 色々あって危うく忘れてしまう所だった、ルークスとの約束。

 もしかしたら、もう待ってたりするのかも知れない。

 

 

 

『"今度は、詫びは要らない"。だから。

 

 私の名前──もう一度、呼んでみてくれ』

 

 

 

「……待たしてたら悪いよなぁ」

 

 

「え?」

 

 

「あぁいや、こっちの話。そんじゃ……

 

 

 ハニージュエル、二つ貰えます?」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 


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