ナガレモノ異聞録 ~噂の都市伝説召喚師、やがて異世界にはびこる語り草~   作:歌うたい

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Tales 88【虹ノ剥ギ痕】

 都市伝説愛好家なんて自称していても、何も子供の頃から都市伝説に対して興味津々だった訳じゃない。

 

 

 むしろ、昔の俺は何処にでも居そうな普通の子供だった。

 公園の砂場で泥だらけになるまで遊んで、母親にこっぴどく叱られたりとか。

 買い与えられた携帯ゲームをやり込んだり、夏休みの自由研究の対象はベランダで育てた朝顔だったり。

 

 ランドセルを背負うようになってしばらくの年月も、今の俺を知る人ならば拍子抜けするぐらいに平々凡々。

 好奇心旺盛だったのは間違いないけれども、変人変態変わり者と呼ばれるにはあまりにも普通だったと思う。

 

 

 でも、そんな俺の人生を揺らがした大きな出来事が訪れたのは、十度目の誕生日を見送ってしばらく経った冬の日のことだった。

 

 

 

 

────

──

 

【虹ノ剥ギ痕】

 

──

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『萩山区再開発計画?』

 

『あぁ』

 

 

 ざく切りにした長ネギを沸騰した鍋に入れながら尋ねた母さんの言葉が、その名前をしっかりと認識した時だったと思う。

 丁度書き終えた宿題から顔を上げれば、固い声色で答えた父さんが、いつも以上の仏頂面でビールが並々と注がれたグラスを見つめていた。

 

 

『再開発といっても、要は埋め立て工事みたいなものなんだがな。白羽馬の海水浴場をリゾート化させるようなものだから、事業とも言えるが』

 

『白羽馬の……それで、どこを工事するの?』

 

『萩乃湿原だ』

 

『……え』

 

 

 今度は味噌をとかしていた母さんの声色が固くなった。

 萩乃湿原。

 俺達がこうして住んでいる『萩山市』と、萩山有数の観光名所でもある『白羽馬海水浴場』。

 地図で見れば、丁度その境目にある湿地帯の名称の事だ。

 

 

『だ、大丈夫なの? あそこの……ええと、なんだったかしら。でも確か、良くない噂があったわよね。お義父さんもよくおっしゃってたでしょう?』

 

『底なし沼の"伝説"か。確かに、俺も親父に何度も聞かされた。だが、これは市長直々に打ち上げた計画だからな。怪談なんぞ気にしちゃられんのだろうな』

 

『父さん、伝説ってなに?』

 

『ん。なんだ流、気になるのか?』

 

『うん。だって伝説でしょ? 面白そーじゃん!』

 

 

 更に言えば、萩乃湿原は所謂、地元住民にとっての"いわくつき"だったらしい。

 当時の俺には知る由もなかったが、湿地帯だけでもかなりの与太話や怪談や存在しており、特に湿地帯の一部である【底なし沼】の"ある逸話"が有名だった。

 

 とはいえ、やはり「伝説」という響きの特別さは子供心を嫌でも惹いてしまうもので。

 男という生き物は殊更、そういうのには滅法弱いのだ。

 

 

『そうだな……これは、戦国時代から伝わり続けた話で』

 

『あなた?』

 

『流も、もう十歳だ、このくらい構わんだろう。それに男というのは、こういう話を隠すと返って臍を曲げるんだよ』

 

『でも…………あのね、流。流がやってるゲームに出てくるような伝説とは全然違うのよ? 貴方が好きなドラゴンとか魔法とかのお話じゃないの』

 

『そんくらい分かってるってば』

 

『……もう』

 

 

 だから母さんがあまり良い顔せずとも、伝説について聞かないという選択肢は当時の俺にはなく。

 ひっそりと苦笑を浮かべた話下手なストーリーテラーの「はじまりはじまり」を、期待に胸を弾ませながら待つのだった。

 

 

 

 

────

 

 

 それは、遡ること戦国時代でのこと。

 

 国取りが盛んだったこの時代に、とある二つの国が現在の萩乃湿原を挟んで戦をすることになった。

 その際に、片方の側の勇猛果敢な武将が、自ら手勢を率いてこの湿地帯を突き抜け、野営を取っている敵側の軍に奇襲をかけようとした。

 

 しかし、いざ奇襲をかけるべく湿地帯に足を踏み入れた途端。

 星々が浮かぶほど澄んでいた夜空が暗雲を纏いだし、強い雨が降り始めたりと、天候が急変。

 けれどそのまま、引き返すことなくその武将は更に湿地帯の奥へと入っていき、例の『底なし沼』まで到達した。

 するとその時。なんという不運か。

 天より疾った稲妻に将軍は焼かれ、部下たちの目の前で絶命しながら底なし沼に沈んでしまったという。

 

 突然の事故により将を喪ってしまった部下達は、愕然としながら本陣へと報告に戻る事となったのだとか。

 

 

 

────

 

 

 

『……それ、ただ運が悪かっただけじゃない?』

 

『ここまでなら確かに、おまえの言うとおりなんだがな』

 

『?』

 

 

 伝説だなんて仰々しい名前の割には、単なる不幸じゃないかと。

 正直に話に水を差せば、もっともらしく父さんは頷く。

 しかし、伝説とまで語り継がれる話のキモは、むしろここからなのだと。

 ビールを(あお)った後の神妙な顔つきが、雄弁に物語っていた。

 

 

『その部下達が、本陣に報告している途中にな…………"帰ってきた"らしい』

 

『……誰が?』

 

『────例の武将が、だ』

 

『……………うっそぉ』

 

『本当だ。それどころか雷に撃たれたはずなのに、火傷一つなかったらしい。勿論、部下達は混乱真っ只中だ。なにせ目の前で死んだのを少なくない人物が目撃したんだからな』

 

『……』

 

『最も混乱したのは本陣の総大将……一番偉いひとだな。だが、色々と武将本人に質問してみたが、雷に撃たれた武将で間違いないと判断したらしい。結果、目撃した部下達は武将の死を騙ったとして処断されたそうだ』

 

『……うわぁ』

 

 

 あまりの内容に、思わず身体が震えた。

 死んだ人間が生き返る。

 そもそもその武将は本当に死んだのか。

 ひょっとしたら武将を疎ましく思った部下達が、騙しうちで襲い掛かって、沼に突き落としたとかじゃないのか。

 いやでも、それだったら重い甲冑を着た状態で底なし沼に落とされた時点で、どうにもならないはず。

 じゃあ、その武将は一体なんなんだよ。

 

 底なし沼の伝説。

 考えれば考るたび、背筋を冷たい怖じ気になぞられて気味が悪かった。

 

 

『……大丈夫、流? 怖かったでしょう? ああもう、やっぱり子供に聞かせる話じゃないわよね』

 

『こ、怖いとかじゃなくて。でも父さん、そんな場所を工事して大丈夫? 呪われたりしない?』

 

『しっかり怖がってるじゃないか。お前が怖がるとは意外だな、夏にやってた恐怖番組じゃピクリとも驚かなかったのに』

 

『怖いとかじゃないって』

 

『心配するな、流。それに久々の大仕事だ、ちょっとやそっとの呪い相手に退いてやる訳にもいかんさ』

 

 

 勿論、萩山区再開発計画と言われても小学生の俺にはいかんせん内容が想像に結び付きにくい。

 伝説の内容も確かに気味が悪かった。

 だがそれ以上に土木工事の子会社の社長である父さんが、そんな場所に関わるってことが自体が……なにか。

 なにか、虫の知らせというか、嫌の予感がつきまとって離れなかった。

 

 

 それでも結局。

 父さんの言う通り、言い伝えや祟りを恐れて、動き始めた事業が白紙に戻るなんてなるはずがなく。

 ましてや街角のポスターに張られるような人が推し進める一大プロジェクト。

 莫大な金や利権が絡んだ計画は、地域住民の危惧や反対を押しきって進められていった。

 

 

──まるで、物語がロクでもない結末を求めて。

 坂道を転げ落ち、泥の沼へと沈んでいくみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 運命の夜は、嵐だった。

 

 ガタガタと軋む窓から零れる獣のような呻き声が知らしめる、外の木々を薙ぐほどの荒々しい空模様。

 浮かぶ睡魔をことごとく引き裂く窓の悲鳴はしつこく、けれどもため息に留められるくらいには慣れてきた。

 

 それもそのはずで、その年は近年稀に見るほどに空の気象が荒かった。

 特に台風に限っていえば、この月だけでも既に三度も上陸していたのだ。

 確かに風が強い夜とはいえ、流石に台風ほどではない。

 前衛的な音楽とでも思い込めば、そんな騒がしい夜でもやがて睡魔に軍配が上がるだろう。

 

 

『……ん?』

 

 

 そんな浅い微睡みに白む視界の隅で……光が疾った。

 

 

『雷……』

 

 

 遠くの空を焼いた光は、遠雷。

 次いですぐにポツポツと降りだした細かな雨の粒が、枕元から覗ける窓に当たり、次第に勢いを増していく。

 

 

『……』

 

 

 窓のノックに連れ添われて脳裏に浮かんだのは、夜遅くにも関わらず、今も工事現場で勤しんでいるであろう父さんのことだった。

 というのも、この一月に連続で訪れた台風のせいで、萩乃湿原の埋め立て工事に多大な遅延が発生していたのだ。

 目に見えたスケジュールの遅延。

 再開発計画を立ち上げた市長や支援者たちは、相当焦ったのだろう。

 何としても作業を急がせろという分かりやすい圧力によって、こんなにも風の強い今日でさえ、工事作業は強行されていたのだった。

 

 

『……あら、流。まだ起きてたの?』

 

 

 駆られた不安の落ち着かせ方を知らない喉が、潤いを求めて。

 ベッドからのそくさと立ち上がり向かったリビングでは、テレビを見ながら家計簿をつけていた母さんの姿があった。

 

 

『喉渇いたから』

 

『そう……』

 

『淹れよっか?』

 

『えぇ。お願いね』

 

 

 意識のしてない親切をにこりと笑ってくれた母さんの頬には、小さな皺が増えていた。

 

 年齢から来るものじゃあない。隠し切れない疲労の跡ってやつだろう。

 多分、精神的なもの。

 

 

『学校は、どう?』

 

『んー……別に』

 

『本当?』

 

『本当。というかテレビ、面白いのやってないね』

 

 

 そっけなくテレビのリモコンを持ってチャンネルを変えながら、心のなかで溜め息をつく。

 学校生活に特別代わりがない、というのは嘘だった。

 酷いイジメを受けてるとか、そういうんじゃない。

 ただ以前と違って寒々しい雰囲気というか、どこか、腫れ物を扱うような距離を感じるのだ。

 

 理由も原因も、勿論分かっていた。

 

 

『……』

 

 

 萩山区再開発計画という壮大なプロジェクトは、勿論誰も彼もに受け入れられているはずもない。

 当然、計画に対する異議を挙げる人も少なくなく、特に古くからこの街に住んでいる人々の反対の声が幾つも上がっている。

 その影響は、決して小さなものではない。

 

 学校でのなんともいえない疎外感も、きっとそのひとつで。

 だから、たぶん。

 小学生の俺よりも周囲との付き合いも必要になってくる母さんは、もっと……嫌な思いをしてるんだろう。

 

 

『雨、降って来たね』

 

『……あのひと、大丈夫かしら』

 

『中止になんないの?』

 

『……なったら、良いのにね…………、──いっそ』

 

 

 中止になって欲しい。いっそ、"全部"。

 胸のうちに留め切るにはあまりに苦い『本当の音』が、母さんの、艶の少なくみえる唇を僅かに歪めていて。

 言い切る前に窓の向こう、カーテンの隙間へと母さんが視線を逃がした瞬間だった。

 

 

『うわっ』

 

『っ!』

 

 

 けたたましい雷鳴が、歯痒い夜のなにもかもを震わせた。

 

 

『なに今の……かみなり?』

 

『す、凄い音。近くに落ちたの、かしらね……』

 

 

 室内に居ても伝わるほどのとんでもない衝撃。

 間違いなく雷が、そう遠くない場所に落ちた。

 耳鳴りさえ聴こえてきそうな轟音に、思わず母さんと顔を見合わせて。

 

 

『……っ』

 

 

 あっ、と。

 どちらからともなく、息を呑む。

 そう遠くない、と聞いて真っ先に思い浮かんでしまった場所。

 雷鳴が届いた方角も最悪なことに、這い回る悪寒を更に強くしてしまう方向で。

 

 

『……父さん……』

 

 

 ベランダのカーテンを開けながら、呟く。

 落雷に遅れて勢いを増した横殴りの雨で、夜霧の向こうはまるで見えやしない。

 

 ただの杞憂であってくれと。

 子供ながらに、信じてもいない、顔も知らないどこかの神様へと祈っていた。

 

 

 あぁ、でも。

 やっぱり運命というのは残酷で。

 悲運は形となって、皮膚を剥ぐ。

 

 

────父さんが病院に搬送されたと聞いたのは、それから三十分後に鳴り響いた固定電話からだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 不幸中の幸いっていうものは、きっと大いに主観が混じった物の見方なんだろう。

 

 あてがわれた幸いに比べれば、不幸の方がずっと大きい。

 だからこそ僅かな救いにさえ胸を撫で下ろし、有りがたがることだって出来るんだろう。

 

 

 あぁ、だから。

 搬送された病院で、父さんが火傷で焦げた目蓋を開いてくれた時。

 俺は嬉しくて仕方なかった。

 生きててくれて良かったと。

 羞恥もなく泣き喚いて、不幸中の幸いに感謝していたんだ。

 

 

 けれど、もしかしたら。

 

 そんな僅かな幸いが、あてがわれた本人にとっては……地獄の釜にしか思えなかったとしたら。

 不幸のなかには、不幸しかなかった。

 救いのない悲劇がそうであるように。

 

 

 

 

《萩山区再開発計画、白紙へ》

 

 

『発生した落雷により、二十三歳の尊き命失われる』

 

『重傷、軽傷含めて四人』

 

『プロジェクト主導陣営、記者会見にて謝罪』

 

『工事責任者、細波 大雅(サザナミ タイガ)

 

『嵐の中での無謀な強行工事』

 

 

 

 カメラのフラッシュが恐くなった。

 

 メモ帳を片手に、濁った瞳で「どう思う?」と問うてくる大人に脅えた。

 通りかかった時にはピタリと止んで、通り過ぎた途端に囁かれる温度のない話声に、耳を塞いだ。

 

 

 まだ若いのに。

 可哀想に。

 二十三歳。

 未来ある若者。

 そう、無念と正義感に息巻きながら、ランドセルを背負った俺に罪の意識を問う人だって少なくなかった。

 

 

 罰当たりめが、と。

 だから止めておけと言ったのに、と。

 命が失われたことよりも、自分の主張が正しかった事に胸を張っているような誇らしげな顔が、やけに歪んで見えて。

 

 

 落書きだらけの家に帰っても、付けた灯りが照らすのは、優しいものなんかじゃなく。

 

 激しい後悔と自責の念で、死刑を待つ囚人のように生気の抜けてしまった父さんと。

 疲労にやつれながら、機械のように家事をする、能面みたく表情の失せた母さんと。

 

 

 踵を付けていた大地が途端に泥みたいにぬかるんで、暗い淵へ沈んでいくような有り様だけが浮かび上がる。

 

 息の仕方をふと忘れる、ただ何かが削ぎ落とされていく日々。

 くだる階段だけが長く遠く映るような、壊れていくだけの時間。

 

 

 けれども、そんな地獄にだって、終わりは訪れる。

 

 

 壊れかけたものに来る終わりは、言うまでもなく。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 蝉時雨が遠かった。

 夕刻になっても衰えない強い日射しに焼かれながら、坂道を登る。

 

 日常のサイクルをただ演じてるだけの案山子(かかし)のような、感情のない足取りを進めて。

 赤橙に照らされた壁のただれた落書きには、もう目を向けることもなかった。

 

 鍵を差し込んで捻った玄関のドアノブがヒヤリとする。

 眉ひとつさえ動きはしなかったけれど。

 

 

『……ただいま』

 

 

 口というより、ただの空洞から出ただけ四文字。

 迎えるための四文字を、期待はしない。

 

 ひっくり返すことを忘れられた砂時計の上半分みたいな空っぽ。

 それでも、いつか終わると思ってた。

 この苦しみの奥にある虚の日々が、終わることに期待して。

 

 

『……』

 

 

 リビングに続く薄い扉一つ、開ければ。

 

 目の前にある光景に。

 

 言葉を失う。

 

 

『────え』

 

 

 

 フローリングに出来たシミ。

 

 食卓として使っていた机に置かれた、くしゃくしゃにされた一通の手紙と。

 

 プラプラと、振り子のように揺れる両足。

 

 母さんから誕生日にプレゼントして貰ってた紺色のネクタイ。

 

 首筋に食い込んでる紺色の布。

 

 ぶら下がっているのは。

 

 首を吊って揺れるこれは。

 

 知ってる人の顔。

 

 よく知っているはずの顔を、この目で見て。

 

 

 

『────』

 

 

 

 背負っていたランドセルが、ドサリと落ちる。

 

 全部が壊れてしまったことを知らしめる音はあまりにく。

 

 虹を剥いだように、せかいの色が死んだ。

 

 

 

 

『…………父、さん』

 

 

 

 

 

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