あいどる依田芳乃さんが、一日限定でとあるお仕事に就きます。

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一日限定。

「一日警察署長、でしてー?」

湯気の立つお茶を啜りながら、和服姿の少女が聞き返す。

「そうなんだよ。この間のお昼の番組に出演したときの放送をたまたま観てた警察署のお偉いさんが、芳乃のことをすごく気に入っちゃったらしくて」

そう言いながらペラペラと書類をめくる男は、着物と同じ浅葱色の縞模様をした、頭の上の大きなリボンに乗せるようにして芳乃へと、その書類を渡した。

「ふむー、ぷろでゅーさーであるそなたが用意した仕事であれば、わたくしは構いませぬがー、果たして務まるのでしょうかー」

芳乃は警察署長を務める自分の姿を思い浮かべてでもいるのか、少し難しそうな表情をしながら言う。

「大丈夫、大丈夫。基本的にこういうのは防犯や交通安全をPRするための広報キャラクターみたいなものだし、難しい仕事はないと思うよ」

Pはそう言いながら芳乃の頭をポンポンと撫で、自分の湯飲みにお茶を注いだ。

「それならばよいのですがー」

そういって少し安堵の表情を浮かべると、芳乃はゆらゆらと揺れるお茶の上澄みをもう一啜りした。

 

 

 ――そして、仕事当日。

芳乃はトレードマークともいえる和装を携え、プロデューサーとともに警察署を訪れた。

「わっはっは!芳乃ちゃん!どうも!私がここの署長の近藤です!」

ロビーで待ち構えていた署長が、高らかな笑い声とともに芳乃のもとへと歩みよると、大きな手を差し出し、握手を交わした。

「お初にお目にかかりますー、わたくし、346ぷろ所属の依田は芳乃と申しますー。本日はー、なにとぞー」

芳乃が小柄なせいもあるのだろうが、それを差し引いても体格のいい近藤署長は、2人並ぶととても大柄に見える。

「初めまして。この度はよろしくお願いします。彼女のプロデューサーです」

そう言ってPは名刺を差し出すと、近藤署長は笑いながらどうもどうもと名刺を受け取った。

 

 

 そのまま署長室へと通された2人は、今回のイベントの概要を説明される。

今回の一日警察署長では、メディア向けに近藤署長からの任命式を執り行った後、署内巡回を行い、その後、交通安全パレードを実施するとのことだ。

また、一日署長と言っても、署長権限の全てを委任されたりするわけではなく、一連の活動の間も近藤署長が芳乃に同行するそうなので、

なにか困った際は相談してくれて構わないとの話だ。

芳乃が不安視していたような難しいイベントもなさそうで、Pは改めてほっと胸を撫でおろした。

Pは彼女らの取材、撮影を行うメディアの後ろを付き添う形になるので、芳乃も何かあったら割とすぐにPのもとへと来ることができるのも、

Pとしては一つの安心材料だった。

「それで、こちらが今回の衣装なんだが」

そう言いながら、ニヤリと近藤社長が取り出したのは、なんと、誰もが良く知る新選組の法被だった。

「ええっ?!警察署長ですよね?!」

思わずPはガタリと大きな音を立てて、掛けていた椅子から立ち上がった。

「いや何、芳乃ちゃんは和服姿がよく似合うだろう?それにその着物とこの新選組の法被は色合いも似ていて大変良い!がっはっは!」

内心「まじかよこの人・・・」と思いつつ、Pが芳乃のほうをチラリと見ると、

「別にわたくしは構いませんがー」と芳乃が言うので、心の中でため息をついてPは再度座りなおした。

結局、芳乃は女性警官の制服姿の上に新選組の法被を羽織るという、なんとも奇抜な格好で仕事をすることとなった。

 

 

 近藤署長の勢いの良さもあってか、瞬く間に打ち合わせが終了し、一日署長任命式が行われる。

芳乃は署長室で近藤署長から任命証を受け取り、取材陣に任命証を見せながら撮影をしてもらい、別室に移って簡単な会見を行った。

会見中、任命理由を問われた近藤署長が

「彼女を任命した理由?一目惚れですよ!わっはっは!」

なんて大っぴらに公言しているのを見て、Pが改めて「大丈夫かこの人」と心配になった以外に大してトラブルもなく、イベントは円滑に進行していった。

 

 

 その後、署内巡回に入る。署内の様々な部署を巡回する中で、芳乃本人も滅多に体験できないことばかりで興味を惹かれるのか、

意外とおしゃべり好きな一面があるからなのか、積極的に署員に声を掛けていて、中にはファンだという方からお煎餅を貰い喜ぶ一面も見受けられた。

彼女の独特の雰囲気のせいもあるのだろう。心なしか、署内が彼女を中心に、やわらかな雰囲気に包まれているなと微笑んでいた時、

芳乃の脇に居た署長のもとへと一人の署員が小走りで駆け寄り、何かを耳打ちする。

その後、近藤署長は足早に署員とともにその場を去っていき、それに気づいた芳乃が、しばらく署長の消えていった廊下を見つめた後、てくてくとその方へ歩き出した。

Pは、消えていった近藤署長と芳乃が向かう先を見てはっとした後、急いで芳乃のもとへと駆けていった。

「はぁ、はぁ、芳乃、お前」

「そなたー」

追いつくなり、息も切れ切れに話しかけてきたPのほうへと芳乃が振り向く。

「もしかして、署長のところへ?」

「はいー、なにやら良くない事が起きているようでしてー」

「いや、いくら一日署長といえど、事件性のあることに首を突っ込むのは・・・」

Pが必死に諭そうとしたとき、芳乃の歩みがぴたりと止まり、すぐ傍の扉を指さす。

「どうやら、こちらのご様子ー」

芳乃はそう言うと、ドアノブに手をかけ一気に回す。

「あっ、おい!」

そう言って扉の先に行く芳乃の片手を掴みながら、Pもともにその部屋へとなだれ込む。

 

 

 ――二人に無数の視線が集まる。

緊張した面持ちで地図を投影したスクリーン前に立つ署長の話を聞いていた署員たちが、扉の開く音に反応し、一斉に二人を見たのだ。

二人に気づいた近藤署長は、先ほどまでの快活さをどこかに置いてきたかのように真剣な眼差しで二人に歩み寄り、

「すまない、ちょっとした事件が起きてしまってね。すぐ片付けるから、申し訳ないが、少し待っていてくれないか」

とだけ言い残して、再度スクリーンの前に立ち、署員たちに指示を出し始めた。

まるで別人と化したその近藤署長の放つ緊張感と低い声色に、Pは思わず息を飲んだ。

「正に、『仕事人』の姿だな・・・」

普段、アイドルとともに仕事をしていると、アイドル達だけでなく、スタッフを始めとして、番組やステージを作り上げていく人たちから、

まるでこちらが溶かされてしまうかと思うほどの熱量、パワーを感じる時がある。

この場に居る人たちからも、同じような力を、さらに言えば自分たちとはまた何か違った緊張感を感じる。

前者を炎に形容するなら、後者はまるで、そう、鋭く研ぎ澄まされた刀の刃のような・・・

同じように「誰かのためにはたらく」人種で、同じように真剣に働いていても、その色はこんなにも違った美しさを持つものなのかと、Pはひそかに感動したのだった。

(芳乃にはどう見えているのかな)とPは思い、彼女のほうをちらりと見たが、彼女はただじっと、この街の地図が映し出されたスクリーンを見つめるだけだった。

 

 

 近藤署長の言う通り、部屋の入り口でそのまま待機していたP達の耳にも、ある程度の情報が伝わってくる。

どうやらコンビニに強盗が入り、その犯人が逃走中のようだ。

強盗に入った男1人と、その男を乗せて車で逃走した男が少なくとも一人以上。武器は押し入った際に使っていたナイフを確認。

車両ナンバーは控えたものの、犯人グループは未だ車で逃走中とのこと。検問を各所に配置しているものの、現在まだその成果も上がってないとのことだ。

死傷者の報告もなく、規模としては大きな事件ではないものの、犯人が捕まらない以上、また別のところで犯罪を起こされたり、そのまま取り逃がしたり、結果更なる事件に繋がる可能性がある。

近藤署長を始めとした署員たちの緊張の色はみるみる濃くなり、次第に苛立ちが生まれ始める。

そんな時、備え付けの電話が高らかに鳴り響いた。

「どうした、状況は?」

署長と並んでスクリーン前の長机の辺りに腰かけていた署員が受話器を取る。何度か頷いた後、

「分かった、追って連絡する」

とだけ言って受話器を戻した。

「どうだ、犯人は?」

近藤署長が重い声色で署員に尋ねる。

「・・・犯人は、いまだ逃走中、検問にもかからず、追跡班も見失ったとのこと・・・です」

「~~~っ畜生!!!」

勢いよく握り拳が机に振り下ろされる。ダン、という音とともに、その場にいた全員が署長を見た。

無論、その音は、芳乃とPの耳にも、会話の一部始終とともに届いていた。

最初のうちはすぐに収束するものだと思っていたPにも、事態の深刻化に伴い、得も言われぬ緊張感が伝播した。

すると、Pたちのすぐ傍の扉が勢いよく開き、何枚かの書類を持った署員が勢いよく入ってきて、

「ナンバープレートの照合終わりました!」

と、持っていた書類を近藤署長へと手渡す。

「付いていたナンバーの車の持ち主は全く別人のようですね、過去に48歳の女性が盗難の被害届を出していた車と一致します。今回の犯人の使う車両と車種も違うことから、盗難車から取り外したナンバーを付けて走行しているものと見られます」

「犯行グループの車両種からの特定はできないのか」

「無理ですね、ごく一般的で特徴的な部分がない車種なことも含めて、短時間での特定は難しいかと」

「くっ・・・」

近藤署長が苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。検問こそ敷いているものの、足取りが完全に途絶えてしまった今、犯人がさらなる車両盗難などで検問を潜り抜けて管轄外まで逃げられたら更に大事になってしまう。

自分たちの管轄外へと犯人を取り逃がすことは、警察署としての大きな失態に繋がる。そのことをよく理解している署員一同もまた同じように、苦しい表情を浮かべる。

そうして部屋中に流れる重苦しい空気につられてPの眉間に皺が刻まれた頃、

「ねーねーそなたー」

と、芳乃がPの袖をクイクイと引っ張る。

「こら、静かにしてなきゃ・・・」

と、Pが芳乃を制止しようとすると、芳乃はちょいちょいと手招きをし、耳打ちの合図を送る。

「わたくしが、皆様の力になれるかとー」

芳乃は、Pの耳元でそう囁いた。Pはぎょっという顔をして、

「馬鹿!遊びじゃないんだぞ!」

と小声で一喝した。

確かに、芳乃は普段から探し物に関してはとてつもない才能を発揮する。しかし、それはあくまで何の責任もかからぬ状況下の話だ。

真剣に捜査する職員の方々に対して、適当なことを言って捜査を混乱させでもしたら・・・アイドルとしてのイメージダウン以上の、もっと辛い出来事が起きてしまうかもしれない。

プロデューサーとして、彼にはアイドルを守る義務がある以上、無暗に首を突っ込むことは許せなかった。

「そなたー、わたくしは真剣ですー。あいどる活動を行うのも、それが世のため人のために繋がると信じているからこそー、そこにひとときも、いい加減な気持ちなどで挑んではおりませんよー」

いつになく真剣な面持ちで言う芳乃。そうなのだ、彼女は時折、年相応にPをからかってみせる時もある。

しかし、一度たりとも、彼女が誰かの迷惑になる、悲しい思いをさせる悪戯をしたことなどなかった。

とは言え、大事な担当アイドルを危ないことに関わらせたくない。そんな思いもあるのは事実だった。

心の中で葛藤を繰り返す彼に、芳乃はさらに続ける。

「そなたー、そなたのよく知るわたくしは、どんな人ですかー。そなたがもし道に迷い、己の答えを信ずることが出来ぬのならば―、そなたの見てきた、そなたのよく知るわたくしを信じてはみませんかー」

まるで心の中でぐちゃぐちゃに混ざった感情を綺麗に見透かして、その中から光り輝く宝石だけを取り出すかのように言い放たれた芳乃の言葉に、Pも腹を決めた。

「分かった。責任は俺が取っ手やる。行こう」

そう言ってPは、芳乃の手を引くと、近藤署長のもとへとずんずん進んでいった。

「あの、すいません。一日警察署長が、うちの芳乃が、力になりたいと申しています」

張り詰めた細い糸の上を、手ぶらで渡らされているかのような感覚と闘うPの手が震える。そんな手を、芳乃が両手で優しく包み込む。

「内を考えてるんだ君は!素人の出しゃばっていい領域じゃないんだよ!」

署員の一人がものすごい剣幕で怒鳴る。それでもPはまっすぐ近藤署長を見つめ、

「お願いします」

と一言、深々と頭を下げた。

「・・・分かった、申し出てくるからには、何か力になれることがあるんだな?」

近藤署長が低い声で言う。たちまちざわめく署員の反応をよそにPは勢いよく顔を上げ、芳乃を見る。

芳乃は真剣なまなざしでコクリと頷いた。Pは、ただひたすらにその芳乃を信じて、

「はい!よろしくお願いします!」

と、大きく返事をした。

 

 

「・・・で、どうするんだね?」

近藤署長が、芳乃に問いかける。芳乃は、「そうですねー」と言いながら、Pのスーツの胸ポケットに刺さっているボールペンを抜き取り、そのままスクリーン前へと歩いて行った。

「まずは、こちらを目指しましょー」

芳乃がスクリーンに映された地図の一角を、背伸びしながらペンで指す。そこにあるのは、この街の港の倉庫群だった。

「なんでそこに行くんだ?」

Pが芳乃に尋ねる。芳乃はくるりと振り向いて

「この辺りで、犯人が息を潜めているかとー」

芳乃の突然の言葉に、周囲がどよめく。

「ど、どうしてそう言い切れるんだね?」

近藤署長が驚きを露わにしつつも尋ねる。

「少しばかり悪しき気が満ちているのでしてー」

またもどよめく署員を前に、Pが補足に入る。

「よ、芳乃は探し物の類が本当に得意で!あくまで感じ取るだけなので、根拠の提示が難しいのですが・・・お願いします!少しでも構いません、そちらに人員を割いて下さらないでしょうか!」

そう言って頭を下げるPを見て、近藤署長はしばし考えた後、

「・・・分かった。今日の署長は一日芳乃ちゃんだからな、好きなようにしてみなさい。なに、もしダメだったときは、私が責任を取ってやるさ。がっはっは!」

そう言って久方ぶりに笑う署長。Pは少しだけ緊張の糸が解れた気がした。

「ではー、こちらの倉庫にみなみなをー」

「ここを包囲すればいいんだな?わかった」

近藤署長が立ち上がり指示を出そうとする。

「いえ、それはなりませんー」

芳乃がそんな近藤署長を制止する。

「何故だ?場所が割れているなら、包囲すればよいだろう」

近藤署長は眉をひそめて聞き返す。

「この地はー、数々の倉庫に加えー、大小さまざまなコンテナが点在している様子ー。これにより生じる穴を漏れなく埋めるというのはー、相当数の人員を割く必要がありー、統率が取りづらくなる恐れがー」

芳乃はスクリーンを指していたペンを自分の掌にパシンと納め、「それにー」と続ける。

「彼の者共はー、二人以上ということでー、実のところは何人で動いているのかわかりかねますー。

この港には一般の出入りができる灯台がついております―、ゆえにー、仮に監視役などが物見を行っていた際にー、包囲網を敷く段階で察知されかねませんー」

――刹那、一斉に息を飲む音が聞こえる。年端もいかぬ、素人であるはずの彼女が、この場で誰よりも冷静に状況を把握、分析していたのだ。

「そうか、そうか。では、どうするつもりだ?」

芳乃の言葉に一瞬呆気にとられたかのような顔をしていた近藤署長が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、彼女に改めて問いかけた。

「誘導をおこなうべきでしょー。全体を囲むのは難儀なことですがー、この港は南側を海にふさがれておりますー。

なのでー、西側の穴のみを埋めー、東側から数台のパトカーをゆっくりと走らせましょー。こちらの方角から探しに来ましたと言わんばかりにー」

芳乃はスクリーン上でペンを動かし、挟撃するかのような動きをして見せた。

「そしてー、敢えて開けていた北側の道をそのまま直進させますー。幸いー、道中の脇道はさほど数が多くはありませんー。埋めていくのは先の倉庫より容易かとー」

その場の署員すべてが、芳乃の言葉に真剣に耳を傾ける。すでに、この場に誰一人として、彼女の言葉に懐疑的になる者はいなかった。

「そしてこの先でぶつかるのがー、こちらの大通りですー。」

芳乃のペン先が、細い一本道からひと際大きい通りが交わる交差点に差し掛かったところで、署員の一人が問いかける。

「いや、でもこの大通りに逃げ込まれたらまずくないですか?片側2車線の間を縫うように逃げられると、一般車両への被害も考えられますし、こちらも数の利を活かせませんよ」

それを聞いた芳乃は、口元に軽くペンを当てて

「大丈夫ですー、わたくしに策あり、でしてー」

と微笑むのだった。

 

 

 ――遠くからサイレンの音がする。

男がはっと体を起こし、灯台の窓から外を見る。東の倉庫の先に、ぼんやりと赤いランプが光っているのが視認できた。

「兄貴!東から来やがった!警察だ!」

男は灯台の階段を駆け下りながら、携帯電話に向かって叫ぶ。

男が階段を駆け下りた先には、男性二人が乗った車が既に待ち構えていた。

「早く乗れ!」

助手席の男が叫ぶ。灯台から息を荒くしながら降りてきた男は、勢いよく後部座席に飛び込んだ。

「見たところ、こっちに向かってきてるのは東からゆっくり寄ってきた数台だけみたいだ。まだバレてるわけじゃないかもしれない」

後部座席に乗った男が息を整えながらそう言うと、そのまま西へ進んでいた車が急に停止する。

「おい、どうしたんだよ兄貴!」

後部座席の男は身を乗り出して、運転席の男に問いかける。運転席に座る男は

「・・・あの明かり、パトカーかもしれない」

と、橋の向こうからゆらゆら揺らめいている赤い光を指さした。

「チィッ!」

大きく舌打ちをして、男たちが乗り込む車は90度旋回し北へと走り出す。

「とりあえず、この先の大通りに出てパトカーを撒くぞ!それから仕切り直しだ!」

助手席に乗った男が叫ぶ。車通りの少ない細道を、アクセルを踏み込んだ車が風を切って進む。

 

「・・・なぁ、この先、何か騒がしくないか?」

助手席の男がそう言って、窓を開ける。遠くのほうからかすかに聞こえてくる拡声器の声。

「この先、何かやってますぜ!」

男が進行方向を指さす。その先にあるものにどんどん近づくにつれ、その”何か”の正体が見えてくる。

「沿道のみなみなさまー、わたくし、一日警察署長の依田は芳乃と申しますー。本日はお集まりいただきー、誠に感謝いたしますー」

そう言いながら大型車両の上で街頭に手を振る、浅葱色の法被を纏った少女。そして、あろうことか彼女を乗せた車両が、交差点の中でゆっくりと停止する。

「おいっ!!!」

交差点を曲がるため減速に入っていた男たちの車は、急ブレーキの形で止まることとなる。今来た細道から、道をふさぐ車両の脇を抜けて突き当りの大通りに合流することは不可能だ。

その様子を確認した芳乃は、それはもう邪悪なまでににっこりと微笑んで

「この先は打ち止めにつきー、通すことはなりませぬー。」

と、拡声器を通して語りかけた。

「畜生!それならこのまま人ごみに紛れて・・・」

男たちが一斉に車両から飛び降り、大通りに向かって駆け出す。

「打ち止め、と言っているのでしてー」

芳乃がそう言うと、ロープを持って沿道を仕切っていた男性たちが、一斉に交差点を塞いだ。

 

 

「――パレードを利用するだと?」

近藤署長が呆気にとられた表情で芳乃に聞き返す。

時は少しばかり遡った警察署の会議室。芳乃の言う「策」を聞いた一同が、口をあんぐりと開けた様子を見せていた。

「はいー、予定されていたパレード用の大型車両であれば、この細道を物理的にふさぐことが可能かとー。さらにー、交差点の付近のこの区画のみ人員整理を行いー、警察官のみ配置できる形にすればー、

万が一彼らが脇を強引に抜けようとしても、逆に鬼門としてー、市民への被害も最小限に、たちどころに捕らえることができるかとー」

芳乃が披露した策は、実に現実的かつ合理的なものだった。彼女は、事前にPから渡されていた書類の中に紛れていた警察署の情報から、あまり多くの人員を割けないことや、

パレードに使用する車両の大きさなどを読み取っていたのだ。

要所要所に人員を最小限に割き、詰めどころを見定めていた彼女の策を聞いた近藤署長は、満足そうに

「よし、これでいくぞ!準備しろ!」

と全員に声をかけると、署員は一斉に各々のすべきことを為すため、散り散りになったのだった。

 

 

「くっ・・・」

男たちはじり、じりと後退する。一本道の後ろからはサイレンの音が迫ってくる。

芳乃は大きく息を吸い込むと、

「それではみなみなの者ー、御用改めでしてー」

と一声、控えていた警察官が一斉に男たちに飛び掛かり、これを取り押さえたのだった。

こうして、警察署内を騒がせた強盗事件が、パレード車の上でふふー、と微笑む少女の手によって解決したのだった。

 

 

――その後、芳乃は近藤署長から、今回の件に関して感謝状及び表彰状を受けることとなった。

賞状を渡す際に、近藤署長が

「的確に一対多を作り出し、正確に取り押さえる様はまさに新選組のごとし!わっはっは!」

と大笑いしていたのを見て、Pは(まさかこの人全部狙ってたんじゃないだろうな・・・)などと心配になりはしたものの、

壇上で浅葱色の法被に身を包んで微笑む芳乃の姿は、とても満足そうで、

それでいて本当に「あいどる」だった。彼にとって、今回の一件はそれだけで充分すぎる内容だった。

「よく書類の隅まで目を通してたなとか、色々言いたいことはあるけど、とりあえず、芳乃って新選組好きなのか?」

帰り際、Pが芳乃にふと問いかける。

「いえー、特別好きなわけではないのですがー・・・」

芳乃はそう言いながら、一瞬言葉を濁し、続ける。

「ただー、こすぷれ?というようなことをしたのは初めてでー、嬉しくなりー、休憩中に少しばかり調べたのでしてー」

芳乃の言葉にハッとするP。そうだ、確かに今回のアレは、芳乃の「コスプレ」といっても過言ではなかったのかもしれない。

「なぁ芳乃」

「なんでしょうー」

「あのコスプレ、ちょっともう一回着て写真撮らせてくれない?」

「・・・おことわりでしてー」

 

 

――「一日警察署長、一日新選組のお手柄!」としてメディアでも取り上げられたこの一件以降、芳乃のもとにはチラホラとコスプレでのお仕事が舞い込むようになったとか、ならなかったとか。



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