女はIS技師として内戦の傷が癒えぬ後発開発途上国で支援にあたっていた。
ある朝、牧本と名乗る医師が訪れる。牧本の口から森崎彩葉の名を告げられ、女はIS学園時代の記憶を甦らせていった。


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習作です。


森崎彩葉の話

 朝、牧本医師が宿舎を訪れた。

 ボランティアの青年が、自室でうたた寝をしていたわたしを呼びに来た。

 

「ちょっと待つように伝えて」

 

 顔をひっこめたわたしは、とっさに鏡を見た。

 夜を徹して通信機器の復旧作業にあたっていたせいか、髪が乱れがちで、自室へつくなり寝間着に着替えてしまっていた。

 一分だけ鏡の前で腕組みをする。

 多忙な医師を待たせるほうが失礼だと思い、寝間着の上に一枚羽織って自室をあとにした。

 牧本は小児科医である。二年前、女性でありながら臨床系非政府組織(NGO)の求人に応募し、後発開発途上国(LDC)であるこの国での仕事が決まった。

 この国の人口は現在約八〇万。医師は牧本を含めて一五〇名ほどしかいない。人口五千名強に対し、医師が一人で対応せねばならない切迫した状況下にあり、極めて多忙な中での訪問であった。

 挨拶もそこそこに、牧本はある女性の知己であると告げた。

 

「彼女と親しくしていたのですか?」

 

 牧本が微笑みながら頷く。

 わたしと牧本をつなぐ共通の女性。第四回モンド・グロッソ大会において、現地語で希(・)望(・)の名を冠したISを駆り、見事大会を制した女性である。

 IS学園在籍時は国家代表でありながらISを持たず、栄冠を手にするその瞬間まで、主要メディアから無視された存在であった。

 わたしは彼女と三年間同じクラスだった誼(よしみ)で、卒業後も多々交流する機会があった。時折祖国のことが話題に上り、いつか訪れてみたいと思い、IS技師の海外派遣に志願したのだ。

 牧本はポケットから徽章(メダル)を取り出し、机に置いた。

 色柄や形に見覚えがあった。

 高校一年生のとき、クラスメイト全員で作った記念品である。このメダルはトルコ石の色(ターコイズブルー)で、本来の持ち主は空を眺めるのが好きだった。

 メダルを手にとってのぞき込むと、表面に持ち主の名が刻み込んであった。

 クリスマスパーティーのとき、紛失してしまった、と言いにくそうに告げられたものだった。代わりに、とわたしのメダルを譲ったのでよく憶(おぼ)えている。

 

「ずっと返しそびれていたのです」

「このメダルは、誰から」

「森崎彩葉(もりさきいろは)という生徒をご存じではありませんか?」

 

 わたしは一瞬、言葉に詰まった。

 森崎は、更識簪の競争相手になろうとし、その願いを叶えられなかった生徒だった。

 

 

 

 当時を振り返ろう。

 わたしの母校、IS学園は国際IS委員会の求めに応じ、日本国が設立した高等専門学校である。ISの研究開発、搭乗者・技術者を育成するための教育機関であり、世界中から生徒が集まる有名校であった。

 総数四六七個のISコアのうち、学園だけで三〇個以上保有。数多くのISが送り込まれ、さながら展覧会の様相を呈していた。

 わたしと同学年には、あの織(・)斑(・)一(・)夏(・)がいた。一年次のクラスは四組であり、更識簪も所属していたのだ。

 更識は、あの頃すでに日本国の国家代表候補生で、専用機供与が決定されていた。更識の名は日本人でIS搭乗者を志す女子ならば知らぬ者はいなかったし、IS学園で実績を重ねていけば、いずれ彼女と競い合うのは明白だった。

 例年ならば専用機保有者は一名いるかどうかである。

 しかし、この年は異常だった。

 更識簪に加え織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 森崎彩葉は当時、IS競技以外の科目で総合一位に立っていた。ISへの適合性も極めて優秀、更識簪とほぼ同等の数値を記録している。通常ならば、森崎のような生徒へ優先して支援が行われる。

 ところが、国家・企業の目は特定の生徒にのみ向けられていたのである。

 

「彼女は若かったのです」

 

 牧本医師が物静かに、それでいて恥じるように口ずさんだ。

 臨海学校以降、森崎は現状を不服とし、何度も教職員への談判を行っている。

 当時、普通の生徒で森崎のような直接的な行動を取る者は少なかったが、ある種の閉塞感が漂っていた。

 わたし自身も閉塞感に喘いでいたひとりだった。あの頃のやるせなさが口を突いて出てしまった。

 

「故(・)篠ノ之束博士や亡国機業が引き起こした、一連の事件。一部の生徒を保護、優遇せざるを得なかった。彼女は……森崎さんは許せなかったのでしょう。あの頃、明らかな差があった。同じ生徒であるのにも拘わらず、平等ではなかった。わたしだって、そう思わない日は無かったと言えば、嘘になる」

 

 わたしは落ち着くために、自分と牧本医師に紅茶を振る舞った。ティーカップはわたしが焼いた。南西部はいい土が取れるのだ。

 文化祭が終わった頃には、彼女に賛同する者が増えていった。署名活動や教職員への直談判では埒(らち)が明かないと感じた森崎は、伝手を頼ってさらに上の機関へと働きかけた。

 だが、森崎は完全な不意討ちをくらった。政府から数名の調査員がIS学園へ派遣されたのだ。

 一人が彼女を監視しながら、代わる代わる調書を取っていた。彼女の言動を一つも漏らさない勢いで徹底して調査が行われた。

 結果、森崎の評判は失墜した。彼女に同情こそすれ、同調する者はいなくなった。孤立した森崎はクリスマスを待たずして学園を去った。

 後で知ったのだが、IS学園の入学生は事前に身元の徹底調査が実施されていたのである。森崎は初めから潔白だった。

 

 

 

「おいしい」

 

 牧本医師は不格好なティーカップから口を離し、わたしを見やった。茶葉は地元産で、敷設された地雷を除去した畑で栽培したものだ。内戦で傷ついた土地が徐々に活気を取り戻していく。

 不意に子供の声が聞こえた。つられて、わたしは窓の外へと目を向ける。大きなシャボン玉で遊んでいる。

 

「娘を思い出します」

 

 牧本医師も無邪気に遊ぶ子供たちを眺めている。

 

「ご結婚を?」

「ええ。五年ほど前に」

 

 牧本医師は先ほどとは色の違うメダルを玩(もてあそ)びだした。わたしは二つのメダルの入手先を訊ねた。

 

「高校一年生のとき、転校する直前に、人知れず親しくしていた女性から記念品だと言われてもらったのです。彼女、あとで無くしたって嘘をついたみたい」

 

 きょとんとするわたしを見て、牧本医師は悪戯っぽい仕草で前髪を分けて見せた。

 

「わたしは、あなたとクラスメイトだったんですよ。ほとんど話さなかったから憶えていらっしゃらないでしょうけれど」

 

 一番大きなシャボン玉が割れる。同時に、牧本医師が笑みを向けた。

 

「旧姓を森崎と言います」

 

 


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