魔法少女リリカルなのはStS -Ende der Rache, schlaf mit umarmender Liebe- 作:フォールティア
(あぁ、やっぱりこうなった……!)
眼前の『化け物』をスコープ越しに睨みながら、ディエチは内心愚痴を吐く。
脇溜めに構えた新造の砲から役目を果たした偽典聖遺物がガゴンと重い音を立てながら空薬莢と共に排出される。
かつて、クレンとの廃都市での戦いで重傷を負ったディエチは、スカリエッティによって治療とさらなる改造を施されていた。
骨格の更新、魔力回路の改善、偽典聖遺物の再適合。
そして、偽典聖遺物を使い捨て、その出力を強引に砲撃として撃ち出す、馬鹿げた砲。
単純な火力だけで見れば以前のクレンですら勝つことが難しいだろう、それだけの改良を受けた今のディエチは戦闘機人の中でも最強格と言って差し支えない。
並の魔導士ならば歯牙にも掛けない自負すら彼女にはあった。
だが、
(コイツは違う、普通じゃない)
そんなモノは現実の前に虚しく砕け散った。
物理的な圧力すら感じる圧倒的なまでの存在感。
粒子となって目視できる程の魔力の奔流。
桜花の霧を払いこちらへと躊躇なく踏み出した『
(嘘でしょ、何でこんな……こんな化け物になってるのよ、高町なのはが!!)
それは、
「この魔力は以前の倍、いやそれ以上、倍じゃ効かない上に聖遺物の波長まで……まさか、まさかだけど」
脳の演算領域が高速で計算を弾き、導き出した答えに、クアットロは戦慄した。
もしそれが本当ならば──ディエチに勝利は無い。
(──既に形成位階に到達している?)
「身体が、軽い」
これまでが嘘だったかの様な開放感に、なのはは確かめる様に手を握っては開いた。
リンカーコアを損傷して尚、リミッターを幾つも設けなければならない程の出力を誇っていた魔力。
それが全6つの内、半分を開いただけで全盛期を凌駕する力を溢れさせているではないか。
「これもアナタのおかげ?」
問いながら、バリアジャケットの胸元に手を当てる。
そこにはレイジングハートのコアユニットに良く似た、紅玉のようなものが存在していた。
『炉心』、そう称されたそれはなのはの問いに答えることは無く、ただ静かに拍動を繰り返すだけである。
まるで、語る必要は無いと言いたげに。
「……そうだね、今は確かにお喋りしてる時間は」
勝手な解釈だろうか?
そんな事を思いながら、なのは無造作に腕を振るった。
煙を払うような、緩慢な所作。それだけで。
「無い」
ディエチの砲撃、その二射目を払い除けた。
「レイジングハート」
【Divine Buster】
そして間髪置かずになのはが放つのは彼女が最も得意とする直射砲撃魔法、ディバインバスター。
以前ならば収束や照準に時間を要した魔法を、溢れる魔力に物言わせ、魔法陣がコンマ秒も経たず形成されると、さながら速射砲の如く撃ち放つ。
「なんっ──!?」
驚愕し、思考が一瞬停止したディエチは回避運動すらまともに取れずに砲撃魔法の濁流に晒され、声は爆音に掻き消された。
展開されたブラスターを含めた3連射にゆりかごの通路は一瞬で破壊しつくされ、元の光景をもう思い浮かべることすらままならない。
「フォートレス、魔力置換開始」
廃墟と成り果てたそこを歩きながら、なのはは次の一手を思考する。
命令を受け付けたフォートレスⅢがなのはから溢れ出した魔力と空間に滞留する余剰魔力を自らを動かずエネルギーへと変換を開始する。
シャーリーとマリエルによって改造を受け、最前線組……つまりなのは達へと配備されたフォートレスⅢは、無線送電によるエネルギー供給を脱却するため、稼働動力の変換効率を極限まで高めた結果、なのはの異常な魔力量であれば無線送電に頼らずとも稼働し続ける事が可能となった。
では、もしそれに、聖遺物による力が加わったら?
答えは明白だ。
「なんで、私の砲撃が効いてない……!?」
戦闘機人の攻撃さえ、無意味になる。
最早ディエチ
その事実を理解して、砲撃を耐え抜いたディエチは遂に悲鳴を上げたくなった。
脳裏に浮かび上がるのは敗北の二文字だけであり、自我の本能的な部分が逃避を選択しようとする。
此方の攻撃の一つたりとて、かすり傷にすらならないというのに、あちらの攻撃に対してディエチは防御に全力を費やしてやっと防げる。
それだけの差、正に天地の如き差を否応にもディエチは自覚させられた。
「一つ、聞きたいんだけど……いいかな?」
半ば恐慌状態に陥ったディエチの様子を意に介さず、なのはは問い掛ける。
口調こそ穏やかそのものだが、言葉に込められた圧力は有無を言わせない。
否定などしようものなら即座に自分は塵すら残らず消し飛ばされるとディエチは自覚し、ぎこちない動作で頷くしか無かった。
「私の娘……ヴィヴィオは、この先に、居るんだよね?」
「ヒュッ……」
一言一言丁寧に区切られた質問に、ディエチは呼吸すらままならなくなって来ていた。
ディエチに与えられた仕事は、なのはの迎撃──つまる所、この先の玉座の間で拘束されているヴィヴィオの防衛である。
なのはのこの問いに答えることは即ち任務の放棄であり、スカリエッティを裏切る事に他ならない。
無用となった自分をスカリエッティが生かすとも思えない。取り付けられた自決装置を起動され死ぬだろう。
では答えずに攻撃したら?
先の焼き増し……否、さらなる苛烈さでもって自分は砲撃魔法を叩き込まれて消える。
(────どの道、死ぬじゃん)
何をどう選ぼうとも自分は死ぬという事実に、ディエチは乾いた笑いを溢した。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!どうするどうしようどうしまSHOW!?)
その様子を遠方……ゆりかごの最深、艦底部のモニターで見ていたクアットロもまた、発狂しかけていた。
クアットロの仕事もまた、ディエチと同様なのはの迎撃、その援護だ。
とは言えディエチは戦闘機人の中でも今や最強格、遠目から聖遺物の力で透明化させ奇襲すれば問題なく、自分の援護は最低限で十分だろうと高を括り、ガジェットの大半を炉心防衛に回したのが運の尽きだった。
蓋を開けてみれば、道中けしかけたガジェットは塵にされ、防衛設備は起動した先から無様な飾りに。
そしてディエチはたった一度の応酬でオーバーヒート寸前まで追い込まれ、確実に次は無い。
詰み、である。
最早どうしようも無いと、此処から成せる事など何も無いと、辛うじて残った理性的な部分が判断を下す。
今からディエチを援護しようにも、此処は最深部。間に合うはずが無い。
そしてクアットロはあくまで戦術支援に重きを置いた機体だ。直接戦闘など論外。
幾ら聖遺物による強化が有れど、そんなものはあの火力の前では意味を成さない。
何より、クアットロの聖遺物……ギュゲースの指輪には弱点がある。
ギュゲースの指輪、その力は存在の希釈。
いわば透明化と呼ぶべきそれは、自身を含め発動までに自身が触れていた物をレーダーのような感知機器から肉眼に至るまで、全てのモノから知覚も触れることさえ不可能にさせる代物だ。
空間ごと吹き飛ばすような魔法でもない限り、その他一切の干渉を許さない。
そう……干渉出来ないのだ。
相手からこちらに触れられないのと同様に、聖遺物を発動したクアットロもまた、何にも触れられない。
絶対的な『相互不干渉』。
そう、この眼前にあるコンソールを操作し、なけなしの防衛設備と僅かに残ったガジェットを使いディエチを援護するには、聖遺物の力を解除しなくてはならない。
だが。
(いま解除したら、見つかる──!)
そうした瞬間、クアットロは背後に浮かぶなのはの飛ばした索敵魔法に発見される。それが何を意味するかなど、考えるまでもない。
現在の高町なのはならば、半ば聖遺物と化したこのゆりかごの隔壁など塵紙同然に吹き飛ばし、この場所まで砲撃を届かせるなど造作も無いだろう。
果たして、ディエチと同様にクアットロもまた二択を迫られることとなった。
ディエチを見捨てる事でスカリエッティに殺されるか。
ディエチを助ける事で高町なのはの砲撃をくらうか。
どう生き延びるかでは無く、どう死ぬかの二択だ。
死神の鎌はとっくに首へと刃を掛けている。逃げ道など存在しない。
(私、は……!)
『クアットロ!!!!』
空転し始めた思考に、モニター越しの叫びが叩きつけられた。
ディエチの声である。
モニター向こうの彼女は、これが最期の足掻きだと言わんばかりに牙を剥き、砲身に力を込めながら今一度叫んだ。
『三秒でいい、時間を寄越せ!!』
その一言に、クアットロの肚は決まった。
どうせ倒されるなら、やれることをやりきった方が良いと、ディエチに言われた気がしたからだ。
聖遺物の力が解除され、無人だった筈の艦底部にその姿が現れると、クアットロは背後の索敵魔法を無視して迷わずコンソールのボタンを次々と押した。
ディエチの居るエリアと近辺に辛うじて生き残った防衛設備とガジェットが一斉になのはへと砲口を向ける。
「派手に一発やっちゃって、ディエチちゃん!」
「了解──!」
聞こえた最後の通信に答え、ディエチは込められるだけの魔力と聖遺物を強引に砲へと装填する。
目の前では、クアットロが呼び出したありったけの防衛設備とガジェットがなのはへと絶え間ない攻撃を加え続けている。
もはや内部の被害など知ったことかと言うような、苛烈なまでの攻撃に再びなのはの姿は爆煙に呑み込まれ消えているが、ディエチの機械化された目には平然と立っている化け物がしっかりと見えていた。
「全部だ、全部を掛ける」
魔力も聖遺物も命も。
捧げられるものは一切合切全てをこの一撃に込める。
鬼気迫るディエチの思いに応え、軋みを上げながらも砲は只管に力を溜め、砲口に光を宿す。
砲口近くの空間はその圧力に耐え切れずぐにゃりと湾曲したように見え、尚もます重圧がクレーターを作りながらディエチの両足が床へと沈む。
無理矢理引き起こされた大気摩擦に空気は悲鳴をあげ、幾度となく稲妻を走らせる。
すわ天変地異の前触れかと見紛う力の奔流がディエチを包む。
「耐えてくれるなよ、高町なのは……!」
過剰に過ぎる負荷に皮膚が裂け、機械化した部位がスパークを引き起こす中、ディエチは銃爪に指を掛けた。
──煙の隙間。
真っ直ぐにこちらを見るその目を睨み返し、ディエチは銃爪を引いた。
濠──ッ!!
そして放たれるは触れる一切を破壊し尽くす破滅の光、その濁流。
それは釘付けにしていたガジェット、防衛設備を諸共になのはを呑み込みながら、数キロに及ぶ距離の全てを融解させ、赤熱することすら許さず塵へと還す。
「オォォォォォ!!」
白熱化した砲身も、ひび割れ、激痛を走らせる肉体すら思考の外へと追いやり、絶叫と共に放射を続ける。
何もかもを薪として焚べたこの一撃。己の命が尽きるまで止めてはならない。
反動による衝撃に右の眼球が爆ぜ飛び、左肩は砕け、銃爪を握る右手は無惨にも引き裂けている。
それでも、止めない。
高町なのはが完全にこの世界から消滅するまで止まるわけにはいかないのだから。
だが。
止まれないのは、
「──カートリッジ、リロード」
向こうとて、同じ事だ。
黄橙色の光の最中、ディエチの視界に一片の細い光が見えた。
濁流の中にあってなおも煌めくは桜色。
か細く、微かに見えていた筈のそれはさらに輝きを増し、遂にはハッキリとその姿を現す。
偽典聖遺物、その力の奔流に対し、あまりにも小さな、ともすれば吹けば消えてしまうようにすら思える、光の珠。
しかし、ディエチには理解出来た。これはそんな薄弱なものでは無いことが。
これだけの圧力に消されるどころか逆に押し返さんとする光が一体何なのか。
それは、高町なのはを高町なのはたらしめる、代名詞とも呼べる魔法。
数多の戦場を越え、幾多の苦難を打開してきた魔法。
──即ち、砲撃魔法である。
彼女の事だ、誘導射撃なり、拘束魔法なり、幾らでも他の手はあるだろうに。
それでも彼女が選んだのは。
ディエチの砲撃を真っ向から撃ち返す、砲撃魔法だった。
まるでディエチの覚悟に応えるように、なのははその一手を選択した。
「ハ……ハハ」
堪らないな、全く。
眼前の輝きを前に、ディエチは無意識に笑った。
全力を出し切った一撃を受け止められ、反撃されようというのに、不思議と悪感情は沸かなかった。
恐れていた相手だと言うのに、恨み言の一つも浮かばない。
いっそ清々しいとさえ思える敗北感に目を細めた。
これで、終わりだ。
だから──
「クアットロ」
無茶に付き合ってくれた仲間に、最期くらい。
「──ありがとね」
礼を言っても、いいかな。
銃爪に掛かった指が、緩んだ。
「エクセリオン──」
そして、ディエチは。
「──バスター!!!!」
濁流を押し返し、迸る桜色の光へと呑み込まれた。
モニターを埋め尽くす桜色の光が消えていく。
「…………」
クアットロはその様子を呆然とただ見つめていた。
やがて膝から力が抜け、床へと崩れるように座り込んでしまった。
「最後の最後に、ありがとって……私は、アナタを改造したんですよ?」
項垂れたままクアットロは震えた声を絞り出した。
廃都市での戦いの後、ディエチの改造を実行したのはクアットロだった。
ディエチ本人の要望とはいえ、肉体にも魂にも過剰な苦痛と無理を強いた、聖遺物の強引な複数使用を行える改造だ。
施術中の悲鳴を聞いた。リハビリ中の絶叫を聞いた。
苦痛にあえぐ声だって。
なのに最後に残したのは恨み言では無く、感謝の言葉。
クアットロはもう、どうすれば良いか分からなくなっていた。
いっそ恨み言であれば、高笑いでもして笑い飛ばし、『悪役らしく』居られたのに。
『クアットロ……さん、聞こえてる?』
モニターの向こうから声が聞こえる。
それは、聞き慣れたディエチの声では無く、今しがたその彼女を倒したなのはの声だった。
膝を見つめるだけの顔を上げてモニターを見ると、こちらを真っ直ぐに見つめるなのはの姿が見えた。
恐らく監視カメラの位置も把握されたのだろう、モニター越しの視線に迷いは無く、画面を挟んでいるのに直接対面しているようにさえ思えた。
少しの逡巡の後、クアットロはコンソールに指を置き、通話開始のボタンを押した。
「なにかな……高町なのは」
『……貴女は、どうする?』
「っ」
それは、ただの問い掛け。
クアットロという存在が、抗うのか否かを問う、ただそれだけの質問。
是と答えたらどうなるかなど、思考を挟む必要さえないだろう。
大きく、長い……長い溜息を吐き出す。
自分自身から何もかも捨て去るような長い溜息。
五秒程の思考整理を経て、俯きながらクアットロは答えた。
「もう、敗けてる」
一言。敗北を宣言した。
もはや逃げる気力さえ無く、両足も……いや、全身が勝負を捨てていた。
だからこそ言ったのだ。
これ以上抗うのは、無意味だと。
『……解りました。ヴィヴィオは、この先に?』
「えぇ。この先、玉座の間に拘束されてるわ」
『ありがとうございます』
ヴィヴィオの居場所を聞き、感謝を伝えたなのははそのまま、
『まだ動けるのなら……迎えに来てあげて』
そう続けた。
ハッとしたクアットロがモニターを改めて見ると、なのはがボロボロになったディエチの身体を壁に寄りかからせているのが見えた。
「ぁ」
消されてなど、いなかった。
見るからに重傷で、でも、それでもディエチは生きていた。
──生かされていたのだ。高町なのはに。
ガタリと、物に当たるのも構わずクアットロは立ち上がる。
これまで様々な策略を考えていた頭は、今それらの機能を隅へと追いやり、身体を本能的に動かした。
『私は、行きます』
「待って」
だから、なのはを思わず引き留めたのも、
「気を付けなさい、ヴィヴィオは──」
らしくない助言をしたのもクアットロの打算の無い、本心だった。
──モニターの映す範囲から、なのはが飛翔して飛び去っていく。
やがて描画限界となりその姿が消えるのを見届けると、クアットロはコンソールの電源を落とした。
唯一の明かりだったコンソールの光が消え、艦底部に暗闇が落ちる。
「ドクター、ごめんなさい。私は、ここまでです」
暗闇の中クアットロはそう言い残すと、扉を開いた。
通路を照らす淡い照明の光が、背に影を這わせるが、迷いなく彼女は一歩を踏み出した。
影が剥がれ落ちる。
クアットロは、光の中へと駆け出した。