「あぁ……」
少女の喉奥から掠れた声が漏れ出る。
眼前には圧倒的な暴力が悠然と立っていた。蒼色のフレームを剥き出しにしたガンダムが拳銃型の得物をコックピット目掛けて突きつけている。
少女を乗せた黒き金属の猟犬……ガイアガンダムMA形態は黒煙を上げミシと音を立てて立ち上がろうとする。しかし蒼いフレームのモビルスーツは無常にも脚で踏み抜いた。
「きゃぁっ!」
あまりの衝撃にコックピットは揺れ、機体は勢いよく地面に叩きつけられた。復帰はパワー差が大きすぎて不可能だということはレバーを滅茶苦茶に動かしても機体がびくとも動かないという事実が物語っていた。
どうしてこんなことになったのか。少女――ステアは先に起こった出来事を脳裏でリフレインさせる。
事の発端はフォース同士による団体戦をいつもの仲間たちと一緒にいざ挑んだことだった。物腰柔らかな少年型ダイバーがたった
その時行ったフォース戦のルールは『拠点防衛型で護衛対象の建造物を守り抜くこと』
蒼いフレームのモビルスーツはその護衛対象を壊す為に現れた。彼から建造物を守ること。それが少女の役割だった。が……
最早勝負というにはあまりにも一方的な蹂躙であった。
戦闘開始。
蒼いフレームのモビルスーツは真っ先に前衛部隊に突撃。その俊敏な動きでこちらの迎撃行為を手玉に取った。四方八方のビーム砲を避け、的確に携行したリボルバーを前衛チームに打ち込んでいく。もちろん、黙ってやられるような迎撃部隊ではない。
連携で徐々に追い詰めているのが手に取るように分かった。連携力はこのアークエンジェルスのウリの一つなのだ。
……ステアは最後方の護衛地点付近で見ていた。
自分の役割はここを守り切ること。自分の撃墜はチームの敗北と同義。あの蒼いフレームのモビルスーツがいつ来てもいいようにガイアのバックパックに搭載されたビーム砲のトリガーを、ステアはコックピットで強く握りしめていた。
そして――
「……ッ!」
前衛が前に出過ぎている。味方機が蒼いフレームのモビルスーツを追うあまり前方に出過ぎていた。それにステアが気付いた時には既に彼のツインアイがこちらを鋭く捉えていた。
――こっちを、視ている。
そして皆は蒼いフレームのモビルスーツを落とそうと必死に攻撃をしている。が――その一瞬の隙を縫って最大出力のブーストで護衛対象に向かって飛び出した。
彼の狙いは防衛を手薄にさせること。それに気づいた仲間たちが追いかけるが、蒼いフレームのモビルスーツの機動力は尋常ではなかった。針に糸を通すように精密で、杭を打つように鋭く力強く迫るそれをステアは気圧された。
慌ててビーム砲と装備していたビームライフルを撃つが、悉く最低限の動きで躱し、距離を詰めていく。そして携行していたリボルバーで立て続けに鉛玉を叩き込まれた。
つまるところステアのガイアに特殊装甲は存在しないに等しいものだった。
一発目は装甲に傷が入り、同じ個所に叩き込まれた2発目で凹み、3発目でいいところにダメージが入ったのか、爆発を起こした。
「この――ッ」
ガイアにはまだ武器がある。翼のように装備された1対のビームブレイド『グリフォン2』だ。通常なら姿勢制御スラスターが付いた実体剣だが、必要であればその刀身にビームを纏わせることができるものだ。崩れた姿勢で無理矢理スラスターを吹かせることで蒼いフレームのモビルスーツに接近。
このまますれ違いざまに装甲を断つんだ。そう、ステアは勝利を確信した。
これで――アークエンジェルスのランクが落ちるのを防げる。
蒼いモビルスーツとの戦い以前に何度も何度も自分のフォースは負けを重ねてきた。
最初こそ自分が単純に失敗しただけだ、今日は運が悪かっただけだとステアは思っていたが、次第に根本的に自分がいるせいでこんな苦汁を飲まされているのではないかと思うようになってきた。
事実、戦力制のバトルでも自分ばかりが狙われている。最初こそ半信半疑だったけれども時間が経ち、経験を積めば積むほどそれが現実だということを突きつけられていく。
あのガイアを狙えばアークエンジェルスには必ず勝てる、と。 いつしかフォース戦をやるたびにこんな言葉を聞くようになった。そしてその言葉はその通りだった。……ステア自身ガンプラ造りはあまり得意ではなかったという自覚はあった。
自分の所為でフォースが負けている。自分が足を引っ張っている。自分の所為でアークエンジェルスは負けている。そんな思いが日に日に増していく。
そしてある日、名前を知らないダイバーにこんな言葉を投げつけられた。
『素組みなんておたく、ガンプラに向いてないよ。そんなんでガンプラに触らないで貰いたいね。ガンプラ女子とか囃し立てられて良い気になんなよな』
嘲笑と侮蔑が綯い交ぜになった言葉。明らかに悪意しかないその言葉を笑い飛ばせるほどステアは強くなかった。
わたしはここにいちゃいけないんだろうか。
思うように戦えず打ちのめされながらステアは思う。アークエンジェルスの皆と一緒にいることは楽しい。リアルのことなんて忘れていつまでもそんな日々が続くと良いな、なんて。
でも現実というのは残酷で、ステアの想いは虚しく仲間たちの脚を引っ張り続けていた。
どうにか腕前を上げようと色んな方法や手段を試してみても、巧く行かない。
そして追い打ちをかけるように後から入ってきた人に次々と追い越されて行く。あのビルドダイバーズだってそうだ。
同じようにステアを軽々と追い越していく。
でもようやくこの戦いで悪循環から出られる。あいつを倒してわたしは大丈夫だってことを皆に伝えるんだ。もうスランプなんかじゃない、わたしは強くなったんだって。
そしてビームブレイドの刀身が当たる寸前――
「――えっ」
蒼いモビルスーツは緑のツインアイを鋭く光らせたかと思うとその姿を一瞬にしてかき消した。
――消えたッ!?
慌ててモニターを見回すと、2時の方向に蒼いモビルスーツが悠然と立っていた。
そうだ、消えたんじゃない――スライドしたんだ。
肩部のスラスターが無理矢理蒼いモビルスーツを横に滑るように移動させ、グリフォンの刃渡りから外れたのだ。そして通り過ぎるガイアの背後に回った蒼いモビルスーツはそのまま、コックピットにアーマーシュナイダーを投げつけた。
スラスターに直撃を貰ったガイアは噴射口が爆発を起こしてバランスを失い、地面を転がるように倒れ込んだ。そして即座に起き上がろうとまだ生きているスラスターを吹かせようとした矢先、機体を踏みつけられた。
見上げると蒼いモビルスーツがリボルバーをコックピットに突きつけていた。
「ぁ……」
全く無駄のない動きになすすべもなかった。赤子の手をひねるようで最早試合にすらもなっていない。
結局反撃の手立ても全て奪われた所で両手がまるで自分のものじゃないかのようにぶらりと重力に従った。
駄目な奴はどう頑張っても駄目だ。と、他人を見下したがる人はよく言うけれどもそいつの言うことは本当は正しかったんじゃないか、なんてふと思う。
だってわたし自身がそうなんだから。ビルドダイバーズの彼らのようには出来やしない。
アークエンジェルスのフォースランクが落ちたという自動送信の通知を見てステアは壁にもたれて崩れ落ちた。
きっとこのままでは見捨てられるのも時間の問題だ。
ここまでの連敗はほとんど自分が不甲斐ないばかりに起きたのだから。皆そんな奴がいるチームが好きなはずがない。
RPGだって使えない味方は使える味方を入れ替えるのがセオリーなのだから。
「随分とやられたねェ」
ふと、掛けられたまるで冷やかすような声。苛立ってステアは顔を上げ、うるさい一人にしてくれ。と、キッと睨みつけた。
……すると声の主である男はおどけて両手を上げた。
「おぉう、怖い怖い」
「誰?」
悪びれず男はこちらに歩み寄る。黒髪をオールバックにし、スーツの上にベストを羽織ったマジシャン風の男は妖しい笑みを浮かべながら答えた。
「ファンの一人だよ」
シルクハット片手に一礼をした所でステアは困惑しながら「あ、ありがとう……」と一応礼を言った。煽っておいていけしゃあしゃあとファンを名乗るのは大概だが、今のステアにはそこまで気が回らなかった。
「ここ最近調子が悪そうじゃないか」
否定はできなかった。けれども実力不足とは言わない辺りそこまで非情ではないのだろう。僅かに安心感のようなものが芽生えた。
「にしても巧く行かないモンだねぇ……君が頑張っているのは分かるんだが」
「え……?」
「必死にやっているのは見ていて分かるんだよ。しっかし世の中不公平だよねェ……強くなりたい、って君のように頑張っている人が巧くいかないのにテキトーにやっているヤツが巧く行くってんだから」
「何が……言いたいの」
また煽るのか。先ほどの安心感は何だったのか、転じて少し険の混じった声が喉奥から出る。
「このままじゃぁ、君はアークエンジェルスから見捨てられるだろうなってことさ」
「…………ッ」
心の中を見透かしたような物言いだった。けれども、第三者から見てもそうだというのならカナリや他の皆もきっとそう思っているに違いない。なにせ一番被害を受けているのは他でも無いアークエンジェルスの仲間たちなのだ。
「認めたくはないが世の中結果が全てだ。そして今君がどう抗おうとも結果は変わらない。チームが頭打ちならその対策を考えるだろう? 俺もあまり言いたくはないが君を排除しようと考えるのは自然なことさ」
じゃぁどうすればいいって言うんだ。
噛み締める奥歯が、握りしめられた拳が痛い。
「このままじゃ、ね? だが俺はそれを望まない。君もそれを望まない――そうだろう?」
男は懐からナニカを取り出す。掌に乗っているものは黒く、小さなサイコロのような物体だった。何処か場違いさすら覚える異様さを放つソレにステアは首を傾げた。
「これは?」
「君を救う『力』だ。具体的に言えばブレイクデカールと言えば分かるかな?」
「……ッ」
ステアは息を呑んだ。ブレイクデカールの存在はステアも知っている。
事実上のチートツールだ。運営が何故か対応しない正体不明のものが今、眼前にある。まるで何もかもを呑み込むような黒に一瞬魅入られるが我に返った。
果たしてこんなものを手にしていいのか。差し出された物体を前にステアは動きを止めた。
逡巡を読み取ったか男は口を開いた。
「何、気にすることはない。コイツは運営連中には捉えられない。使っても罪にはなりやしないんだ――使ったもん勝ち、という奴さ。……それに君がここで躊躇えばアークエンジェルスは更に敗退し君の居場所はどんどんなくなって行く。最終的にはどうなるか……言うまでもないだろう?」
アークエンジェルスのお荷物として排斥されて消える。受け取らなければ遅かれ早かれそうなるのは目に見えている。
ステアに与えられた選択肢はブレイクデカールを受け取る。それだけが残されていた。
――それがたとえ間違いだと分かっていたとしても……わたしは皆の所にいたかったんだ。
◆◆◆◆◆
アストレイ。
それは、王道から外れた者を意味するモビルスーツ。その系譜として造り出されたのがオルタナティブである。
アストレイは軽量化のため発泡金属を用いて製造されている。そのため機動力は随一だが、一撃でも貰えば致命傷になりかねないというデメリットを抱えていた。
それゆえ、本機の防御力を上げるには出力の高いバーニアを仕込んだ追加装甲が適当だとカタナは判断した。
それがジャケットシステムだ。
GAT-X105ストライクのハードポイントシステムによる多種多様な状況に対応出来るシステムを、追加装甲という形で再現した。
安定性に優れたジンバージャケット。水中戦に優れたスケイルジャケットを経て、今度はメテオジャケットだ。
流星を意味するその追加装甲はオルタナティブの背に機械仕掛けの翼を与え、両肩部にイーゲルシュテルンより大きな口径のドラム式バルカン《マシンキャノン》が取り付けられている。
そしてライトアームにはバスターライフルを、レフトアームにはシールドを携行していた。
現在メテオジャケットが装備している主武装のバスターライフルの残弾は現状1.6発。
最大出力が1発。低出力が2発という計算だ。
これだけでエピオンを撃退しつつガイアを撃墜するには、まず足りない。
となればシールドに仕込んだ千子村正と背負ったソードメイスが必要になるのは目に見えている。
その上邪魔なエピオンを蹴散らさないとおそらくステアのガイアを落とすことは困難だろう。エピオンはビームソードを抜き放ち、緑色の光の刃を形成する。掠りでもすれば瞬く間に装甲が焼き切られるであろうと思うと、カタナは緊張感で身震いした。
「マスダイバーが2機……来るぞッ!」
ゴーシュの声でハッとカタナは我に返った。エピオンのビームソードは通常と比較にならないほどに刀身が伸び、撃距離はそのままで縦に振り下ろされた。
即座に横に跳び退くようにカタナ、ゴーシュ、アヤメ、リクは散開した。
飛び退き、機体が地面に横たわる前にオルタナティブのスラスターが火を噴く。そして地面すれすれを飛行し、エピオンの周囲を廻るように機体を走らせた。
「常時バルジ斬り……! ふざけた真似をッ」
なんて迷惑な。振り下ろされた刃はべアッガイランドの地表を抉り、このまま暴れればビームソード一本で島が壊滅しかねないそれを、カタナは睨んだ。
更にレフトアームに携えたバスターライフルをオルタナティブに向けて、臨海寸前のエネルギーが銃口から漏れ出る。
「来る……ッ」
予測通り黄金の光の奔流が地を抉りながらこちらに迫って来た。当たれば死。
掠ってもビームマグナムを掠めたギラ・ズールのように爆発する可能性は大なので死。
装甲が脆いアストレイなら猶更だ。
少しオーバー気味にかわしながら、バックパックのウイングスラスターの出力を全開にした。いくらロングレンジだろうが、距離を詰めてしまえば一緒だ。
加えてゼロ距離でバスターライフルを直撃させられればいくら、チートで法外な強化をしようがコックピットを消し飛ばすことが出来る。
ブレイクデカール使用者には弱点が幾つかある。
その一つが――『乗り手が無敵になるわけではない』ということだ。一発でもコックピットを貫けばパイロット不在で機体は強制退場だ。
もしくはソードメイスなりで外部からの衝撃を叩き込んでパイロットをスタンさせるという選択肢もある。
いわゆる「機体はそのまま、パイロットには死んで貰う」理論だ。
セオリーとしてはエピオンを先に叩き落とすのがセオリーというものだ。しかし、カタナの瞳には何故かステアのガイアが映っていた。
このまま騒ぎを起こし続けていれば無関係な参加者が出てくるのは時間の問題だ。そうなれば面倒なことになる。
エピオンに向かって機体を飛ばし、寸前の所でエピオンの真横をすり抜けた。
「何ッ」
「お前は後で遊んでやるッ!」
そして一直線にエピオンの後ろにいるガイアに向かって翔ける。
メテオジャケットの直進速度はこれまでのジャケットの中では最も速い。フレームが悲鳴を上げるか上げないかギリギリの所で加速を続け、ついにガイアの目と鼻の先にまで詰め寄った。
そしてバスターライフルの銃口をコックピットに向け、無造作にトリガーを引いた。
「きゃぁっ――」
ガイアの黒い装甲が荷電粒子の奔流に呑み込まれる。
これで墜ちたはずだ。確かな手ごたえを感じたカタナは荷電粒子の奔流が消えるのを待つ。――が。
「墜ちて……いない……ッ」
あの一撃を貰っておきながらガイアは平然と立っていた。装甲はほのかに赤熱していたが徐々に元の黒に戻って行く。対ビーム装甲をアビリティとして引き出したのだろう。
返す刀で無事だったガイアはビームサーベルを縦に振るった。
両断された爆発するバスターライフルを破棄しながら、イーゲルシュテルンとマシンキャノンの弾丸を同時にまき散らしながら後退した。
そしてバックパックに背負ったソードメイスを抜刀し、再び距離を詰める。
バルカンの雨を受けていたガイアがサーベルで迎え打つより先に横薙ぎに振るった。
強烈な金属が衝突し合う音と共に機体が吹っ飛んでいく。そしてオルタナティブは機体をややかがめてから地面を押し蹴った。
ガイアが着地するより先にソードメイスで殴り、吹っ飛ばし、再びソードメイスで殴る。
立て続けに直撃を貰ったガイアの装甲は目に見えるくらいに装甲を凹ませていた。
「速い……ッ!」
反撃の間も与えないオルタナティブの機動力に唖然とするステアに対し、カタナはいたって冷静だった。ここでガイアを黙らせればいい。彼女がチーターの誹りを受けるのを防げれば後はどうにでもなるというもの。
「事情は知らんが――ここでッ!」
ソードメイスの切っ先が鈍く輝く。ステアの表情が恐怖に染まっているのが手を取るように分かった。
今、俺は突然現れて襲い掛かる外道をやっている。側から見ればそれは正義の味方のやることじゃないのは分かっている。正義の味方が女の子を恐怖と絶望で染める真似はすまい。
限界まで引いた刀身、あとはそのまま押し貫くのみだ。オルタナティブがガイアに最後の一撃を浴びせる前にアラートが鳴り響いた。
「――ッ!」
3時の方向から熱源反応。即座に姿勢を無理やり正してガイアを蹴り飛ばした。そして3時の方向にメインカメラを映すとそこには――あの散々邪魔をしてきた黒い鳥の形をしたモビルアーマーが小型のビーム砲を発しながら接近を掛けて来ていた。
――こういう時に現れやがンのやめろや!
マスダイバーの影あらば現れるそれを歯噛みしながらソードメイスを盾にしてビームも突進も防ぐ。しかしその隙にガイアはオルタナティブから逃げるように、リクのダブルオーダイバーに向かって転進をしていた。
あの黒い鳥はおそらくマスダイバーの護衛をしているのだろう。そして例外として無銘を援護するような動きから察するにある程度の点と点が線でつながった気がした。
◆◆◆◆◆◆
「ったくあのソードマンの援護をするってのか? Mk-Ⅱのガキ!」
「貴様が俺の敵だから俺は貴様の邪魔をしている!」
エピオンが素通りしたオルタナティブを追おうスラスターを噴射しようとした所でフライングアーマーから飛び降りたMk-Ⅱがエピオンに跳びまわし蹴りを叩き込んだ。
大きく怯んだ相手の傷口に塩を塗るようにもう一発、スラスターの勢いを乗せた蹴りを放ち、完全に復帰を封じてからビームライフルを撃つ。
が――マスダイバーでもあるエピオンの装甲には決定打にはならなかった。
装甲が少しだけ焼け付いただけだ。機体を寝かせたままスラスターを吹かせ、上半身を起こしバスターライフルの銃口がMk-Ⅱに向いた。
「!?」
対応が速い。荷電粒子の奔流から離れるように退散して、空中で飛び回るフライングアーマーに飛び乗る。するとエピオンはバスターライフルを照射状態のままで薙ぎ払うように銃身を動かした。
出力がオルタナティブのメテオジャケットとは比にならない。地上から放たれたそれは雲を斬り裂き、空を焼く。
「なんだコイツッ!? まるで戦略兵器じゃないか……!」
モビルスーツ1機だけであれほどの威力のものを何発も撃ち続ける。そんなインチキじみた行為にゴーシュは絶句した。しかしあちらの狙いはあのふざけた出力依存な分救われていた。
あれで熟練した腕前であれば間違いなく速攻で叩き落とされていることだろう。
フライングアーマーに乗って逃げ回りながら、反撃の手立てを考える。
今持っている兵装はバルカンポッドにビームサーベル、ビームライフル。シールドランチャーだ。これだけでどうにか決めなければならない。
上空からビームライフルを連続で当てるものの、決定打にはならず最早かわすまでもないと判断したエピオンがひたすら弄ぶそうにバスターライフルを乱射していた。
「無駄無駄ァ! そんな豆鉄砲でこのガンダムを落とせる訳がないだろッ!!」
ダブルオーダイバーエースもGNソードⅡでビームを撃つものの、ダメージになっていない。近づこうにもあの滅茶苦茶に撃って来る荷電粒子の奔流を掻い潜るのはあまりにもリスキーだった。
「さぁて、次にここでウロチョロ飛び回るカトンボを叩き落としてやろうかねぇ!」
バスターライフルを投げ捨てたエピオンは機体を折り畳ませ、戦闘機の姿へと変えた。
――コイツも変形マシンか!
バード形態になったエピオンは殺人的な加速でMk-Ⅱの目の前を横切った。
衝撃波がMk-Ⅱを襲い、土台になっていたフライングアーマーが派手に揺れる。危うく転落しかけるもどうにか姿勢制御で持ち直していると、エピオンが再びUターンしてこちらに迫っていた。
「直撃コース……ならッ!」
相対速度も相まってあと数秒で体当たりを叩き込まれるだろう。ゴーシュは操縦桿を強く握りしめた。
落ち着け、ここで焦ればコースを読まれて直撃。悠長にしても直撃だ。
タイミングは一瞬――
「見えたッ!」
寸前の所で機体を跳躍させた。飛び上ったMk-Ⅱとフライングアーマーの間にバード形態のエピオンが割り込む。この瞬間あの機体は隙だらけだ。
エピオンの装甲を掴み、乗り移った所でビームライフルをゼロ距離で連射を掛ける。
「ゼロ距離なら――墜ちろぉッ!!」
既に逃げ場は奪った。装甲を掴まれている影響で変形もままならない。後は墜ちるまでビームを浴びせるだけだ。ライフルの弾が切れたら次はビームサーベルだ。
ビームライフルを投げ捨て、サーベルを何度も何度も突き立てる。
「潰れろ……ッ!」
「潰せるのかよ……このエピオンをッ!」
ここまで連続で叩き込まれれば、装甲も音をあげるのは明白だった。一心不乱にダメージを与えた箇所が小爆発を起こし、それに乗じて機体を乱暴に動かされて振り落とされたMk-Ⅱは即座にフライングアーマーに着地した。確かな手ごたえ。黒煙を吐きながらゆらゆらと飛行するエピオンにゴーシュは勝利を確信した。
「やったか……!」
「やったか? なァにを勘違いしているんだ」
その時、ゴーシュは自分の目を疑った。
何故ならば人型に戻ったエピオンの装甲が目に見える勢いで再生していっている。まるで細胞分裂のように残った装甲が増殖再生していっている。
「なんだ……これは」
機械というより最早生物だ。テレビ番組でよくある細胞の動きを早送りで再生しているイメージそのもののような光景が今この瞬間目の前で繰り広げられていた。
「アルティメット細胞。コイツは再生速度は尋常じゃなくてねェ。お前がいくら攻撃しようが無ぅ駄だ無駄!」
「アルティメット細胞!? それってNPD専用のスキルじゃ!?」
リクが「ありえない」と言いたげに声を上げる。
確かにゲームではNPC限定の強力なスキルが存在するというのはよくあることだ。それをプレイヤーの知恵と勇気で乗り切るのが本来のありかた。が――今あのマスダイバーは知恵もありながらNPCと同じスペックも持っているという始末だ。
「ブレイクデカールならそれが出来る! 出来るんだよッ!」
「ただのチートじゃないか!」
両肩部にマウントされたGNダイバーソードを抜刀して斬りかかるダブルオーダイバーエース。しかしエピオンはレフトアームのシールドに装備された鞭ヒートロッドを振るった。真っ直ぐに伸びるそれをかわすことなどリクには造作もないことだった。
しかし――それが真っ直ぐではなく枝のように分れるなら別の話だが。
「ヒートロッドが!?」
伸びたヒートロッドはまるで木の枝や血管のように幾重にも分かれた。初撃こそ回避したが枝分かれしたそれを避けるにはあまりにもイレギュラーが過ぎた。
「うわっ!?」
上体を逸らして直撃は免れた。
一撃を掠めたダブルオーダイバーエースは大きくよろめき、それをMk-Ⅱは受け止めた。
「大丈夫かッ」
「ゴーシュさん!?」
「あのエピオンとかいモビルスーツは俺がなんとかする。それより先にあのステアって娘を止めるんだ!」
「でも!」
「無理なら無理で時間稼ぎにはなってやる。だから――」
先へ行け。
今のゴーシュのMk-Ⅱでは無理なのは承知。けれども誰かがやらなければ事態は動かないのだ。ステアを止めに向かうダブルオーダイバーエースを横目にMk-Ⅱはビームサーベルを構えた。
「おうおう、無謀なことするなァ」
エピオンは嘲笑うようにバード形態に変形し再び突進をかける。
またカウンターを掛けるか――いや、もう同じ手は通用しないだろう。エピオンのマニューバは打って変わってジャンプを恐れた動きになっていた。
GBNの腕前はいまいちでもゲームセンスはあるようだ。
ガンダムエピオンのバード形態の先端はモビルスーツの脚部だ。脚なんて飾りだとどこぞの技師は言うがあんなの嘘っぱちだ。脚部はモビルスーツの生命線の一つ。ゆえに頑丈に出来ているのもあって威力も充分。
殺人的なスピードで叩き込まれる飛び蹴りに等しいをそれを、シールド防御で防いだら一撃でそのシールドが砕け散り、機体がフライングアーマーの上から放り出された。
「くっ土台がっ!?」
気付けば真下には地面が無く、蒼い海が広がっていた。
べアッガイランドからいつの間にか外れていたらしい。これでは着地もできなければ自由な行動もできない。移動用のモードに切り替えればなんとか陸上に戻れるだろうが、それでは途中でエピオンに撃墜されるのがオチだ。
四方八方から体当たりを受け、Mk-Ⅱの装甲が悲鳴を上げる。終いには一番損傷が激しかったレフトアームが外れて宙を舞い、海の藻屑と化した。
コックピット内は各部の異常を報せるアラートが絶え間なく鳴り続いていた。もうMk-Ⅱは限界か。ゴーシュはコンソールを操作し、あるものに賭けた。
「――大見得切っておいて情けない!」
自嘲を込めてゴーシュは吐き捨てる。一頻りMk-Ⅱを痛めつけたエピオンがモビルスーツ形態に戻り、何も持っていないライトアームを構えた。その手は緑色に光って唸りを上げている。
――こいつ! 何を!
手だけが発光する現象にゴーシュは嫌な予感を覚えた。
「終わりだ、シャイニング・フィンガァ!」
光り輝く右手。触れればただでは済まないことは何となく察しがついた。コックピット目掛けて突き出されるそれをゴーシュは即座にバーニアをカットして自由落下に入った。コックピットをぶち抜かれるよりメインカメラを潰された方が100倍マシだ。
「ほーん、自由落下で機体の高度を落としてコックピットの直撃を防いだか。が、もうゲームオーバーだな」
「……くっ」
シャイニングフィンガーと言う名のレフトアームはMk-Ⅱのコックピットを貫く代わりに頭部を掴んでいた。コックピットのメインカメラはその影響で殆どが見えない。そして間もなくして「ぐしゃり」と金属が潰れ、爆ぜる音が聴こえた。
「じゃあな。雑魚」
ゴーシュは舌打ちしながら男の嘲笑を受けながら機体の状況を確認する。
まだスラスターは死んでいないが上昇した所で勝負にならない。メインカメラが死んでいるので回避運動も満足に取れないまま今度こそ叩き落とされる。俺は何処ぞの天パなんかとは違うんだ。
俺の負けだ。あのグシオンの時のように俺はなすすべもなく敗れたのだ。俺のいるべき場所はここじゃないと世界に拒絶されているような気分だった。
そうだ。ここにいたってあの女から逃げ出すことは出来ないんだ。こうしてこの世界にいてもあの女を思い出すんでは結局意味がない。俺は結局あの女の手の届かない、「ここじゃないどこか」を探していた。でも今のGBNはまだ「ここじゃないどこか」じゃない。拒絶されているような錯覚はきっとそのためだ。
――だが、このまま大人しくやられてやるのもきっと違うだろう。
ゴーシュは海面に向かって落ちていくMk-Ⅱのスラスターを使い落下速度を落としながらコックピットから這うように出ると、太陽が半分水平線上から隠れているのが見えた。
彼方の水平線上にぽつりと一つの影がゴーシュの瞳に映る。
「……来たか」
撃墜される前、コンソールを弄っていたのはあれを呼び出すためだ。
距離が縮むとそれが白の戦闘機であるのがはっきりと分かった。白い戦闘機はゴーシュのすぐそばに現れる。未完成とはいえ一応動く程度の調整はしたつもりだ。Mk-Ⅱの時より巧く戦える自信はある。
ゴーシュは白い戦闘機に手を伸ばした。
◆◆◆◆◆
Mk-Ⅱを撃墜したエピオンは次の獲物を見定めていた。
あの零丸は依頼主の指示の通りにソードマンの妨害を行っている。であれば次に仕留めるべきはあのダブルオーダイバーエースとやらだろう。
ガイアと鍔迫り合いをしながら何やら問答している。
今の内にビームソードで両断してしまえば後はソードマンを仕留めるだけ。勝利が見えた瞬間ほど快感なものはない。男はニタリと笑うとビームソードのエネルギーを放出する。
「そぉら、墜ちろ蒼いの!」
再び巨大化したサーベルを乱雑に振り下ろそうとした矢先だった。
エピオンの背後が爆ぜた。
「何ッ!?」
ビーム放出を取りやめて背後を向くとそこには白い戦闘機が上部に装備しているメガ粒子砲を連射していた。立て続けに同じ個所ばかりを狙って来るその正確さと執拗さに男は苛立った。
「この白いのは一体!?」
ビームソードを振るうものの寸前の所で避けられる。先ほど撃墜したMk-Ⅱとはまるで鋭さの違うマニューバだった。斬撃を避けた所で白い戦闘機が変形し、ヒトガタへと変える。
「ガンダム……だとッ」
純白の装甲に走る紫色のライン。緑色のツインアイに4本のブレードアンテナ。エピオンと同じ変形マシンでガンダムだとでもいうのか。男は息を呑み眼前の新ガンダムを観察していると、変形した白いガンダムは装備していたメガ粒子砲――否、ビームライフルを手に取り銃口からサーベルを形成した。
【行くぞ……ゼータ!】
コックピット越しから奔った声は聞き覚えのあるものだ。――さきほどMk-Ⅱに乗って叩き落とされたあのガキの声。まさか機体をもう一つ持っていたというのか。
驚愕のあまり動きを止めた男の隙をゼータという名のモビルスーツは逃さなかった。両手で構えたビームライフルの先端から発振されるビーム刃をエピオンの胸部装甲目掛けて振り下ろした。
「墜ちろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
STAGE21 その名は『ゼータ』
元々ゴーシュの後継機はZプラスにしようと思ってたんですが、それをやるとどこかで出番とかで泣く羽目になる予感がして没に。
だからって通常のゼータだとあまり面白くないので案としてはボンボン版種運命とか書いていた高山氏のガンダムALIVEのゼータか、ホワイトゼータか悩んだとかなんとか(所要時間3日)
ただ、ALIVEのゼータは刀を持っていてアストレイオルタナティブとの差別化出来ないしそもそも分かってくれる人いるのかって問題で結局ホワイトゼータに。いや、あのALIVEゼータ好きなんですけどねぇ……
ゴーシュ搭乗機の白いゼータについて解説しようと思います。
出典は『ガンダム新体験 ‐0087‐ グリーンダイバーズ』(2001年8月10日)
ゴーシュが乗っているのはそこで登場したZガンダム3号機がモデルとなっております。
グリーンダイバーズというのはプラネタリウム形式の映像作品で、タイトルの通り宇宙世紀0087年が舞台になっている作品で、作品の性質上円盤での視聴が不可能なものとなっております。
しかしWikipedia先生によると2013年を最後に上映されていないとか……いやむしろ12年もよく保ったね(白眼)
搭乗者はCV古谷徹のカラバのパイロット。天パのAさん本人か影武者かは不明。
最近ならGジェネとかで時々駆り出されたりする。そういう時は大体露骨に天パのAさんが乗っていたりするのでそういうことなんだろう。多分、おそらく、きっと。