17:37
高垣さんから簡潔なメールの返信が来た。
『13:50頃に終わりました。』
打ち合わせが終了した時刻は13:30。大丈夫そうだ。
『ありがとうございます。』
『そういえばお昼に撮ったこの写真っていります?』
高垣さんが文面と共に昼撮られた写真を添付して送ってきてくれた。
『まだ、いりません。』
『そうですか……わかりました。』
17:43
奏からメールが届いた。
『なんで?』
疑問の一言。それに返信する。
『また怪我をしない様にするため。』
『そう。』
納得はしていただけたみたいだ。
『誰からも聞いてない?』
再度、疑問をふっかけられる。
『奏が怪我した事しか聞いてないよ。』
『そう。』
この返信の後、とある約束が送られてきた。
『今からする話、誰にも言わないでね。』
秘密を条件として提示してきたのである。
『勿論。』
その条件を呑む意を示す。
少し時間を待つとその時の状況説明が送られてきた。
『16:30近くに階段から突き落とされたの。』
(…………突き落とされた?)
その思いもよらない文言に言葉を失う。
『どういうことだ。誰にやられた。』
『……エレベーターの隣にある階段は分かるよね?あれを使って四階から一階まで一人で歩いてた。』
『二階まで降りた時、私の後ろに人の気配がして。立ち止まって振り返ろうとしたら急に足音がした。』
『それで突き落とされたって訳。手で思い切り肩を押されたわ。はっきりいって捻挫で済んだのが奇跡よ。』
『誰にやられたのかは分からないわ。見れなかった。』
取り敢えず俺は、落ち着いて、返信する。
『そうか。教えてくれてありがとう。』
『……気にしないでね。プロデューサーがやったんじゃないんだから。』
気遣う優しさに少しだけ心が落ち着く。
『ああ。』
不審感を抱かせないよう、普通のプロデューサーがするような返信をする。
『直ぐそっち行くからまだ動くなよ。』
『わかってるって。』
さて、どういうことだ。
奏は突き落とされた。正体不明の奴に。
何故だ。突き落とされたのは何故なんだ。
全くわからない。どういうことなのか。
……兎に角、分かる事から考えていこう。これは後回しで構わない。
俺にはタイムリープがある。結局はそれで犯人が判明するのだ。
突き落とした理由もそいつに訊けばいい。
だから、この話題は置いておこう。
(先ず、写真。)
制約として俺は六時間しか過去にいられない。そのため、高垣さんの写真を利用して今回のタイムリープを成功させようと思っている。
奏の捻挫は16:30頃。誤差があっても15分程度。
昼に撮られた俺の写真を利用すれば、制約の問題はクリアできる。
今ある写真を使っても良いが、撮られた時刻は15:00だ。少し遅い。
一度過去に戻って14:00に写真を撮ってもらい、それを使おう。
そうすれば余裕が出来て、尚且つ、なんらかのトラブルが起きても対応がし易い。
…………いや待てよ。
(こんな面倒臭い事をしなくても自分で撮ればいいんじゃないか?)
一々高垣さんを待たず、13:30かそこらに自撮りをしてやれば。
(そうだな。そうするか。)
どうやら俺は結構な回りくどい考え方をしていたようだ。自分の固い頭に残念な気持ちを持つ。
(さておき、次だ。)
自分の行動について思考する。
13:30の少し後に会社を出ると346に着くのは14:00頃。
二回のタイムリープ通りならプロジェクトルームに奏がいるが、もしいなかった場合は捜さなければならない。それを踏まえて14:30頃。
そこからギリギリまで奏に付き添うというのは二回ともと変わらない。
なぜなら起こるかもしれないイレギュラーに対応するにはこれが最も手早いからだ。
彼女から離れないようにするのを忘れてはいけない。
(そして、最後に考えなければならないこと。)
過去に起こされた行動には、必然性を持っているものもあるというルールだ。
もし、奏の怪我が免れる事の出来ない現実だったとすると、このタイムリープは原点から無意味であったという結果に終わってしまう。
確かめなければならない。必然性の有無を。
(通り魔の時は
必然性があったとしても、人は誰でもいいのか、怪我は捻挫に限定されるのか、場所は限定されるのか等、様々であろう。
(非道だがやるしかない。)
やるべき事は簡単だ。
奏が突き落とされる時間に別の人を階段で歩かせる。
これだけだ。
これでその別の人が突き落とされた場合、誰かが突き落とされる事が必然であるという事になる。
しかしすると犠牲者が必要である。
ならば奏以外の誰かが犠牲になり、解決だ。
これでその別の人が突き落とされなかった場合、誰かが突き落とされる事が必然でないという事になる。
しかしすると奏の安全が分からないままである。
ならば単純に奏を拘束して、解決だ。
加えて、これを数回繰り返し、その全てでその別の人らが突き落とされた場合、必然性の存在を証明できた事になる。
更にプラスして、これらの様な試行を繰り返せば、タイムリープについても、犯人についても知ることができる。
自分のため、皆のために、やるべきなのである。
俺はタイムリープのルールがなんたらと言っているが、それらは所詮、予測に過ぎない。
証明が出来なければ、多分こういうの、といった漠然としているモノしか出来えないのだ。
(……でも、我ながらクソ野郎だな。)
何の罪もない人で実験を行うとは人道としてどうなのか。当たり前だがクズである。
自分がその別の人になればいいかもしれないが、それは出来ない。
もしも怪我が捻挫である事象が必然でなかった場合を考えると、階段から突き落とされるのだから最悪死ぬかもしれない。
タイムリープ能力を持つ自分が死んだら本末転倒だろう。
(だから他人を使ってやるしかねえんだよ。)
俺がクズになって奏が救われるなら喜んでやるさ。
2018 4/28 9:27
17:48
打ち合わせの終了後、直ぐ写真を撮って戻って来た。
アルバムを開く。そこにはきちんと13:30の自撮り画像が保存されていた。
(制約はこれでクリア。)
その写真を見つめる。
(…………?)
風景が変わらない。動く事なく、佇んだまま。
見つめ続ける。
(……過去に戻れない。)
別に、動揺はしなかった。低い確率で起こり得るであろうトラブルの一つを引いてしまったに過ぎないからである。
つまり、予想はしていた。
過去にて写真を撮り、思ったのだ。
タイムリープ先で撮影した写真を用いて更にタイムリープが出来たらそれは終わりのないものになるのではないか、と。
そうでなくとも普通に考えればこれはズルである。
タイムリープという人智を超越する力を人が持ち、しかもその人の人生の何処にでも戻る事が出来て過去を変えられるとしたら、それは神様だ、人じゃない、と。
タダで俺はこの力を持てて過去をやり直せている。
多少の不便はついてくるだろう、と。
理論として完成はしていないが、なんとなく、タイムリープの能力を鑑みるとそう思えた。
そしてそれは間違ってなかったらしい。
(やっぱ高垣さんにやってもらうしかないか。)
『六つ目、タイムリープに於いて、その戻った過去で初めて自意識的に撮られた写真を用いた半永続的タイムリープは不可能である。』
2018 4/28 13:58
休憩室で高垣さんを待つ。事前に高垣さんへ休憩室集合を呼び掛けておいたのでそろそろ来ると思われる。
珈琲は飲んでいない。
「来ました。」
何故かドヤ顔で入室してきた彼女。なんだこの人。
「ドヤ顔ウザいんで止めて下さい。」
「ドヤ顔で、どやされる。」
「寒っ。」
大して上手くもない駄洒落を聞かされうんざりした所で。
「えいっ。」
パシャリ、と写真を撮られた。
「何するんすか。」
「うんざりとした表情は貴重だなって思ったので。」
今回はそういう理由付けになるのか。面白いな。
「その写真欲しいんで今送ってくれません?」
意思をそのまま彼女に伝える。
けれどもタイムリープ用に必要とは言わない。つーか言えない。
「?……わかりました……」
ピロンという少し古くさい音と共に俺の写真が送られた。
(今度こそ、クリアだろう。)
「にしてもそんな写真何に使うんですか?」
高垣さんにそう問われる。
「秘密。」
暈してそれに答えた。
17:49
トイレの個室にてアルバムを確認する。
高垣さんに送ってもらった写真がきちんと保存されていた。
顔を歪ませている自分の写ったその写真を見つめる。
次第に、風景が揺れだした。
(六つ目のルールは確定で良さそうだ。)
それにしてもえらく都合の良いルールもあるものだ。
2018 4/28 16:22
現在の俺は一階の階段近くにいる。必然性を確認するため、奏が突き落とされた詳細時間を俺は知らなければならない。
14:50頃に奏を捕捉した俺は、コソコソと彼女をつけ回っていた。
捻挫までの道程に何をしていたかを知っていた方がいいかも知れないと思ったからだ。
結果、おおまかにだが俺はこの日の彼女の行動を知れた。
15:50頃まで一階のカフェで休憩。最初のタイムリープ時と同様。
途中で加蓮と合流。二人でカフェを出る。
16:00頃に四階端にあるプロジェクトルームへ入室。
16:10頃に退室。
16:15に分かれる。奏は階段へ、加蓮はレッスンルームへ。
加蓮にレッスンの予定は入れてない。多分自主練だろう。
奏はスマホを見ながら歩いていた。危険なものだが、あいつに限ってSNSはあり得ないし、様子が不自然であった。
秘密の提示、不自然さ、そしてメールでの
(もしかして、脅されてるのか……?)
考えながら、先に俺は一階に向かった。
そして今に至る。
(外にいるから中がどうなっているのかは分からない。)
非常階段みたくドアの付いている階段で、中の様子は音からしか判断が出来ない。
その音も僅かなものだ。
しかし人が突き落とされた時に出る音はいくらドア越しといえどもはっきり聴こえるものである。
何度も言うが今は奏が突き落とされた詳細時間を知りたいだけだ。調べたい事があってもそれは後。犯人が誰かはまだで良い。
と、
ガタンバタン。重いものが落ちる音がした。
ドアを開ける。
そこには、倒れている奏と走り去る人影があった。
「っ……あっ…………」
時計を確認。16:25。
(次は代替の用意。)
17:49
トイレの個室。状況の温度差で風邪をひきそうだ。
(……あれ。鼻血が。)
実に少量の血が鼻から垂れてきた。頭痛はない。
トイレットペーパーを取りそれをふく。
(未来が変わったのか?)
取り敢えず携帯を確認してみる。と、
(奏としてたメールの内容が違う。)
誰かに落とされた、という内容ではなく。
(プロデューサーからカフェまで来いというメールがきたから言うとおりに行った、そしたら落とされた、貴方がやったのかと思ったけど違ってた……)
「俺が指示した?」
そんなことは当然していない。メールの履歴も無い。
そもそも俺が奏を落とすメリットが無いのだし、記憶もしていない。
(…………私用のやつか……やられた。)
俺には二つの携帯がある。一つは業務用として支給されたもの。これは肌身離さず持ち歩いている。
もう一つは私用の、つまり自分で購入した自分のものだ。仕事中はプロジェクトルームに置いてある。
勝手に使われたということだろう。
そうすると、俺の携帯を使った奴、つまり、プロジェクトルームに出入りしていた奴が犯人である可能性が高いということ。
(………………まさか。)
ふと、浮かんでしまった一つの最悪のストーリー。
それは、
《途中で加蓮と合流。二人でカフェを出る。
16:00頃にプロジェクトルームへ入室。
16:10頃に退室。》
加蓮の策略によって引き起こされた事件である、というものだった。
2018 4/28 16:23
変わらず俺は一階の階段近くにいる。何故なら確認せねばならない事があるからだ。
それは前述通り、加蓮がこの事件に関与しているかどうか、である。
(そうであってほしくないから、確認してぇんだよ……っ!)
加蓮と奏は正反対だ。でも、だからこそ、ぴったりと合致する。互いが互いを高め合っている。
友であり、仲間であり、ライバルでもある。
最高ともいえる関係だ。
それに俺は疑問を持ってしまった。
疑問を持ててしまえるのだ。
俺はたまらなくそれが嫌だ。もしかしたら加蓮が犯人なのかもしれないなんて思えてしまうこの状況には吐き気がする。
彼女が犯人でない事を確かめなければならない。
確かめなければならないんだ。
そのための根回しもしておいた。
奏へそのままプロジェクトルームで待つようにメールを入れ、加蓮にカフェへ来るよう指示をしたのだ。
これで加蓮が奏と同じく突き落とされた場合、加蓮は犯人ではない事になる。
しかももしそれで加蓮が足首を捻挫させたのなら、必然性に共通項が出来る。つまり、存在の証明に近付けるということであり、一石二鳥だ。
加蓮が突き落とされなかった場合は……他の方法を考えるまで。
(だって、加蓮がこんなことする筈がない。そうさ。加蓮は犯人なんかじゃねぇんだ。)
分かっててもこんな事しなきゃ加蓮を信じれない俺は人間のクズだ。
16:25
ガタンバタン。重いものが落ちる音がした。
ドアを開ける。
そこには、倒れている加蓮と走り去る人影があった。
(ほらな!やっぱり加蓮じゃなかった!)
安堵しながら、倒れている加蓮に近づく。
「大丈夫か加蓮?」
「った…………だ、大丈夫……誰あいつ……っ」
「分からん。足触るぞ。」
そう言って足首辺りを調べる。
「いたいいたい!!」
「ご、ごめん。」
外踝に異常。捻挫だ。
しかも加蓮の倒れ方が奏の時と同じである。
偶然にしては出来すぎだ。
(これは、必然といっても差し支えないだろう。)
17:51
帰還地点となっているトイレの個室で垂れてくる鼻血を拭きながら考える。
(分かった事を纏めていこう。)
第一に、奏は16:25に俺の携帯を使った何者かによって階段から突き落とされた。
第二に、事象の必然性は存在する。今回は恐らく、誰かが突き落とされて足首を捻挫する、というものだろう。
第三に、犯人はまだ不明である。プロジェクトルームに入っても違和感のない人物が犯人である可能性が高い。アイドル、役員、事務員、等々。
最後に、奏につきっきりでなくても、俺は彼女を救える。
「…………よし。」
アルバムで写真を表示させる。
(やる事は決まった。)
風景が揺れだした。
《もしも怪我が捻挫である事象が必然でなかった場合》
(自己犠牲って、俺は嫌いなんだけどな。)
《今回は恐らく、誰かが突き落とされて足首を捻挫する、というものだろう》
……抜き出した意味は別にないです。