ルル・ルール・ルル -今日も私はゲームをする-   作:空の間

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1- 最後の一撃は、せつない。最初の一撃は、つたない。

 

 

 

 

「だから、ルル様は嫌だって言ったんだ、お前らといくの!」

 

 後ろでは呆然と立ち尽くす数多の人影。

 その注目の先には三枚鏡のように並べられた大スクリーン。そして、そこにうつっているのは、どこにでもいそうな、普通のおっさんだった。

 

「なんでVRアイドルの生ライブ中にハッキングして本体映像を配信とかするんだ!? わざわざ、相手のエリアで! 誰だよ、そんな馬鹿なことするやつ!」

 

 壇上に立つ少女は今何が起こっているのかわからないといった表情で立ち尽くしている。

 その姿は哀れさを通り越して、いっそ絶望的であった。

 

「クソワロタw そんな頭のてっぺんからつま先まで腐ってる発想するの、ロゼッタ以外にいないよな!?」

 

 隣で走っているのは上半身全裸で頭がテレビ、下はパンツ一丁の男。の皮を被った、変態ガロロズィーク、通称ガロ。

 

「ギャハハ! 見ましたか、あいつらの鳩が豆鉄砲を食ったような馬鹿面! こんなクソゲーでボイチェンネカマの姫プレイとかして、テトテトニャンとか笑うわ、ライブまでしてんじゃねぇ! バァカ! キモイんですよ、お前ら全員ホモ野郎っかつーの!」

 

 馬鹿笑いをしているのは、海賊帽を被った、ロリ。の皮を被った、酔っ払い。いつも酔っているのか敬語が混じる。

 だいたいの事柄におけるA級戦犯。

 ロゼッタ。

 何か問題があれば 9割弱はコイツが関わっている。

 

 後ろから誰かが言葉にならない叫びをあげる。

 理性とか、理解とか、理知的なすべてを投げ出した叫び。その狂乱は会場へと伝染していく。

 

「マジで腹いてぇ! ヒャッハー、アンノウンは最高にクソゲーだ!」

 

 

 暴徒と化した観客を尻目に転送門へと辿り着き、叩きつけるように転送を支持した。

 

「後で覚えてろよ。クソ共!」

 

 

 

 

 2031年。

 

 神経直結型のVR、いわゆるNCVR。

 それらを駆使して作られたMMOは法規制の炎に包まれた。

 アカウントは消え、サーバーは止まり、全てのゲームが前時代へと回帰したかに見えた。

 

 だが、廃人は死滅していなかった。

 

 誰が言ったか闇鍋の底の底。

 

 RPG、ACT、STG、SLG、ジャンルを問わず一世を風靡した、かつてゲームであった残骸達の結晶。

 消えゆく時代のデータとして、朽ちゆくはずだった束の間の輝きが、今もそこでは鮮やかに光を放つ。

 

 それは製作者不明のゲーム。

 

──アンノウン。

 

 世界はここに集約された。

 ありとあらゆるデータが繋がる三千世界。

 

 金から離れ、法から離れ、現実から離れ。

 走り続けた先。

 そこは確かに。

 

 どうしようもないはぐれ者たちにのための最後の──。

 数少ない居場所だった。

 

──

 

 

 

 ごみ溜めである。

 そこはごみ溜めだった。

 

 地平線まで粗大ごみが大量に並べられたプライベートルーム。

 殺伐としたアンノウンにて唯一、プライベートルームの主が認めたメンバーしか入ることのできない聖域。

 ここはそんなアジトの一つだった。

 

「あー笑った、笑いました! 今月で一番笑わせて貰いました! 予想してたけど、あの有名VRアイドルのテトテトニャンの下の顔があんなオッサンって頭おかしいんじゃねぇの」

 

 眼帯をかきむしるように取り、酒瓶をかかげるうざいのはロゼッタ。

 最近ではおっさんだろうが歌手並みの声を出せるボイスチェンジャーがあるというのに、昔のニュースに出てくるボイスチェンジャーを使って高い声で笑う。その海賊姿は犯罪者が板についていた。

 いつもうるさい。

 

 自称、ハッカー。クラッキング屋を生業に生活していたと自己申告はしている。アンノウンに入り浸っている癖にというか、入り浸っているせいか実力は相応にあるのが口惜しい。

 

「流石、天才ハッカー(笑) 個人運営が相手じゃ一分もかからないとは、止める間もなかった。ロゼ、お前、マジでクソだな!」

 

「(笑)とかクソとか言うなよ、ルル様ー、傷つきます。テメェのPCにある12GBのエロフォルダ、親の携帯に送ってやろうか?」

 

 この謎の二面性は昔からだがロゼッタはなんだかんだ私よりキャラを作ってる気がする。

 

「どうせ三回目だし別にいいが、妹NTRフォルダのロックは外すなよ。それを外したら戦争だからな?」

 

「そんなピンポイントな性癖のフォルダ、開けるに決まってんじゃねぇか! 戦争!? 上等だよ! 泣いて謝るまで、テメェのPCだけネット切断してやんよ!」

 

「それは倫理的にやっちゃダメだろ!? お前んち特定して、お前と、お前のPCと、お前の人生を物理的に壊すしかなくなるけど、いい? やるか!?」

 

 両手で中指を立て、下品な笑いを浮かべるロゼにアイアンクローをくらわすと「イタイイタイ」とか言って笑いだした。マゾか。

 いつも適当なアバターを着ているが、可愛さよりもその場のノリを選ぶセンスは総じてクソだ。

 元のアバターはいいだけにどうしてそうなった感が否めない。

 

「おい、お前らそんな馬鹿やってないで、こっち見ないのかw ザ・絶賛大炎上中のテトテトニャンの生ライブ映像だぞw」

 

 優雅なソファーにおっさん臭く寝ころび、4Kテレビを見ているテレビ顔、否、顔がテレビの男。腐れ縁の親友、ガロ。

 頭がブラウン管なのと褌以外、ほぼ全裸である。

 

 センスとかそういうのはおいといて、一発ネタの装備を延々と使い続ける、その姿勢は意味を理解する無意味さすら感じさせる。

 こっちが草生えるわ。

 

 しかし、こんなんでも金持ちなのだ。

 アンノウンのメインストリートにおける個人で所有できるプライベートルームは数が限られており、リアルマネーで何千万という大金で取引される。

 

 このゴミ溜めのような趣味の悪いプライベートルームもその一つだ。

 

 だが、これはガロの持つプライベートルームの一つでしかない。

 全部で十かそこらのプライベートルームを個人で所有しているブルジョアテレビ。尚、語るまでもなく、センス×。

 

 

 二人とも、アンノウンより前からやっていたゲーム仲間だ。

 昔はもっといた気がするが、アンノウンに来る人間は限られていた。

 

 神経接続のVRMMO自体が違法。

 そもそもの神経接続のネットワークすら違法。

 

 その中で著作権ぶっちして運営されるアンノウンは、あらゆる国家、企業が必至に潰そうとしているとも噂されている。

 それでも、同時接続5千万を軽く超し、社会現象となって尚、サーバーの一つも落とすことすらできていない。

 

 

 地球で最後の人工フロンティア。

 

 

 全ての制限を取っ払った、もう一つの現実。

 

 

 そこで、相も変わらずゲームにふける。

 何も進化することのない。

 アキバのアングラを彷徨い、ネットの吹き溜まりを歩き続ける廃人達の末裔。

 

 何も変わらない。

 変えたくない。

 変わりたくない。

 

 リアルを外と感じるようになった精神病患者と糞製造機の集まりだった。

 

 

「テトテトニャンとかなんだ。おい、そうだ、ロゼ、今からでもルル様の乗っ取りライブに変更しろ」

 

「うっせ、カラオケ42点は黙ってろ! それよか小っせぇんですよ、そのテレビ! クソ共の発狂する顔をもっと映せ!」

 

 私の素晴らしい提案を一顧だにもされず流しやがる。

 あと42点とかそんな事実はない。秘書がやったことだ。

 

「この絶望した表情のテトテトニャンかわいいなw ちょっと好きになったかもw ロゼッタ、モデルデータぶっこ抜といてくれよ」

 

「オーケー、オーケー、いつも通り3万な! 前金全額振り込めよっと」

 

 この手の仕事は小遣いがてらにロゼがよくやっている。

 逆に期間ごとの仕事としてプロテクトを作るとかもしているらしい。

 

 

「しっかし、僕は金が入ればいいが、ガロ、お前も見てっしょ! 中身おっさんだぜ、このホモ野郎!」

 

「ばっか、デススターとアンパンマンが乳繰り合う世の中にジェンダーがなんぼのもんよw どうせ抱くのはモデルデータだ。顔がよけりゃなんとでもなる」

 

 ちなみに、デススターもアンパンマンも中身はおっさんである。世も末だ、全て焼き払うべきではないだろうか。

 

「ペッペッ……キィモー、理解できね。つかさ、こんなんが、なーんで人気あるんです? みてくださいよ、こいつら。この顔。この姿。半ば発狂しながらも、半ば予想通りみてぇな面してやがる!」

 

 テレビに映るテトテトニャンのファンを指さしてロゼッタがペッと唾を吐く。

 汚い。敬語が汚い。存在が汚い。3Kだ。

 なんで私、こいつと友達やってるんだろ。

 

「クソダサくても生存が許されるリアルでも人は見た目が9割。だったら、ネットでは10割だ。だからより、かわいさと美しさを兼ね備えたルル様が勝つ」

 

 まったく隙の無い理論に自分でも感心する。

 

「なにいってんだこいつw つか、結論が自演って、ばっかじゃねぇw あとリアルとネットで逆だろそれ」

 

「ルルの頭にウジ湧いてるのはずっとじゃん。でも、実際ルルのモデルデータの類似品がかなり見かけるんだよ! この世界終わってますよ!  はい終了ー! むしろ終われ!」

 

「そりゃ、宗教だよ、宗教w 変なのに好かれるカリスマはあったからな。特にライム時代は全盛期だったな」

 

「どやー」

 

 ライムワールドとはすでにサービスの終了したネトゲである。

 今でこそ、アンノウンに飲み込まれているが当時として最高峰のゲームの一つだった。

 そこで私はそれなりに有名人だったわけだ。

 現在でも信者はそれなりにいる。いるはず。いないわけがない。いたら返事してください。

 

 

 そんなこんなしていたら、発狂したテトテトニャンが全力で引退宣言してログアウトするところだった。

 

「あほくさ! 祭りも終わりじゃん。さようならー、テトテトニャン! また会う日まで、永久にさようならー!」

 

 海賊帽をひらひらとふるロゼ、その顔に罪悪感など微塵もない。

 

「墓標として、テトテトニャンの引退まとめブログでも作るかw」

 

 とはいえ、流石に私はテトテトニャンの姿に思うところはあるわけで。

 

「……引退ってそんな簡単にやんのか。人集めてやってんだ。顔バレくらいは覚悟しとけ、半端に有名になるからこんなことになる」

 

 手に持っていた空き缶を投げてテレビにぶつけた。

 カンといい音をして地面に落ちる。別に人気があったから嫉妬してた訳じゃない。

 

「経験者様は言うねぇwww」

 

「他人とルル様を比較するのはいい。それはルル様を賛美する行為だ。でも、他人とルル様を混ぜるな。唯一無二たるルル様はあんな無様な真似はしなかったし、これからもすることはない」

 

「その結果があれじゃーねw」

 

 また昔の事で煽ってくるガロ。

 それは言うな。

 

「いつも無様晒してるみてぇなモンのくせにな。しっかし、ひさびさに面白い依頼でした。笑うわ」

 

 天を仰ぐようにあぐらをかくロゼッタ。

 その言葉に流石の私も怒髪天をつきそうになる。

 

「あ? コレ仕事だったのか、私らを巻き込むなよ。ルール違反だろ」

 

「そういうなって、割はよかったんですよー」

 

 詫びれた様子もなく言うロゼッタ、やっぱそろそろお仕置きが必要なのでは。

 

「誰からだったんだw」

 

 興味本位で尋ねるガロに首を捻りながらロゼッタが答える。

 

「素顔を知りたいって言う匿名の依頼ー。ま、プレイヤーの中身のpcは割れてんですけど、捨て垢だったし、流石にリアル経由からの請け負いに手を出すのはね」

 

「いや、お前に依頼だすならそれくらいの用心はしてるだろw」

 

「そりゃ……そうなんですが……ま、いいわ。考えるの面倒ですわ。イッキのRTAの更新する」

 

「更新したところで、アンノウン内じゃ記録になんないだろうに、よくやるわ」

 

 今日も明日も、ずっとこんな日が続く。そう思っていた。

 


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