敵を倒す。
その一事に神経を全て集中させる。
五感を総動員し相手と環境を感じ取り、思考できるあらゆるリソースを使い果たし、先を読む事に費やす。
その結果、ありとあらゆる行動が遅く感じる。
それが当たり前になったのはいつだったか。
どこかで脳の何かが焼ききれたのか、それとも、適応したのかはわからない。
ただ体感時間の計算が上手くできなくなっただけかもしれない。
それでも、その結果が目の前の光景だ。
倒れゆく山のように巨大なドラゴン。
涯天竜フェルロフティ。
71時間。ラスボス撃破。
ライムワールド、攻略。
「いや、いやいや……攻略してしまったんだが……!」
攻略してどうするんだ。
これまで、いくつものボスを倒してきた。確かにこれまでアンノウンに実装されていないはずのアイテムはいくつもあった。だが、どれも状況を打破するものではなかった。
カウンターアイテムと言っても千差万別で装備しているアイテムの効果を相手に移すとか、相手からの攻撃アイテムを打ち消すとかは存在した。
これならばと思ったのも1つ2つではない。
その一方でどうでもいいアイテムが多すぎる。
飲んだらお腹が痛くなるような気がする回復アイテムとか、相手のステータスが見れる眼鏡(スリーサイズ)とか、打ち消しを打ち消すアイテムとかそういうものが多く、レイクラ民は自重しろと言いたい。こっちは命かけてるんですが。
「ふわぁ……いやー、フェルロフティさんは強敵でしたね」
眠そうに欠伸を出しながら青い髪を揺らしてソラが言う。
ライムワールドを攻略していると「私もやるよー、二人でやる方が楽しいじゃん」とかすごい軽いノリで付きまとわれた。どうせすぐにプレイヤースキルも追い付けなくなってパーティーから外れるかと思っていたのだが、そんなことはなく、なんだかんだここまでずっと一緒にプレイしてしまった。
とはいえ、かれこれ3日目の徹夜だ。常人なら集中力が切れプレイにも支障がでてくる。
その証拠にソラは戦闘が終わるとフラフラして、時々、歩きながら寝言を言っている。
それに比べ私はまるで疲労感がない、それが逆に気持ち悪く感じるとは思わなかった。
自分の体が今どうなっているのか。
「あぁぁぁぁあっぁぁぁぁ……!」
考えただけでも悶えてくる。
問題なのはここで解決策が見つからなかったとなると、後に残された可能性は一気に難しくなる事だ。
クリア後のクエストはそれはもうピンからキリまで星の数ほどある。膨大なクエストの中からアイテムを一つ探しだすなんてもはや不可能に近い。
いや、虱潰しにできれば不可能ではない。ないが、なにより、時間がない。定期メンテの時間が狭ってきていた。
もう残りは半日程しか残っていない。
「詰んだ……」
手に持っていた剣を地面につき立てる。
あの頭に変な玉を乗せたロアドッグもどきから奪った剣。そこそこ使いやすく手に馴染んだためにそのまま使っていたが、特別な能力などなにもなく終盤までそれなりに使える序盤の装備と言った感じだった。
あのロアドッグもどきのようなモンスターはライムワールドで何体か報告されていた。
曰く、倒すと特殊なレアアイテムを必ず落とす。
曰く、元になったモンスターの数倍強くなる。
曰く、そのモンスターに敗北するとリアルで死ぬ。
どれも眉唾だが、報告件数は日に日に増えてきており、バグのような強さと致死率からバグモンと一部では呼ばれていた。
そして、バグモンが高確率でライムワールドにはないユニークアイテムを落とすというのは間違いないらしく、バグモン専門で狩るギルドもいくつか立ち上げられていた。
しかし、私の時はこの剣だったと言えばそれまでなんだが、レアアイテムとして少しハズレ感が否めない。
そもそも、何故あのモンスターを倒す事がライムワールドの開放に繋がったのか。色々と疑問は尽きないが、チェンジリングを探すのならバグモンを狩る方が効率がいいのかもしれない。
とはいえ、まだ出現パターンも予測できない。
つまり、攻略していればそのうちエンカウントするだろうと言う思惑はここに来ていよいよどんづまった。
「……とりあえずソラ、街に戻ろう」
「んー…………おけー。今日も元気で元気な元気のソラさんを見て元気だしなよ」
元気がゲシュタルト崩壊しそうな寝言を言いつつもついてくる。
転送門を使い街へと戻る。
交易都市シミエタ。
街の中心には大きな川が流れており、その間を繋ぐように氷漬けになったようなクリスタルの城がそびえ立つ。
川を行き交う船は大きく、城からは飛翔船も飛び立っている。
交易を中心として栄えた街と言うバックヤードもあり、NPCの売る商品が最も豊富なので、ライムワールドの時にはかなりの数のプレイヤーが拠点として扱っていた。
とはいえ、まだここまで来たプレイヤーはそこまでいない。
「よう、その様子じゃダメだったみたいだなw」
宿屋までソラを引っ張っているとテレビ顔のフンドシに声を掛けられる。おまわりさんこいつです。
「ああ、そうだ、ダメだったよ、ちくしょう……」
ソラが眠気眼でガロを見つけると途端にやましくなる。
「あ、ガロちん、ヤッホー!」
「ソラちん、ヤッホーw」
キモイやめろ。
「いぇい」「いぇいいぇいw」
なんだかんだ波長が合うのか、ガロが遊んでるだけか、二人はこの数日でこうして手を叩きあっているくらいに仲良くなっていた。
私は友達の友達とか会っても気まずいだけなのに、これがコミュ力の差なんだろうか。
「さて、そんなお前に朗報だ。このシミエタでライムワールドになかったダンジョンクエストが発見されたw」
いつものように草生やしながらガロは言う。その意味する事はすぐに理解できた。
「……アンノウンが追加したクエスト」
「そそ、そんで持ってそいつの成功報酬がカウンターアイテムだ」
ガロが渡してくれた情報はそれなりの時間と値段をかけてやってくれたのだろう。
この数日、ガロもあちこちを周りほとんど寝ずに情報を集めてくれていた。
「ありがとな…………」
「その殊勝なのキモイからやめろw だが、ま。最後まで諦めるなよ」
「……当たり前だ。メンテでどうなるかわかんないけど、それが最後なんかにはしない。生き汚いんだ私は……」
「ハハッ……らしくなってきたじゃねぇかw 俺はルルなんてやってるより、そっちのお前のが面白くて好きだぜw 今回は俺もついてってやるよ」
大仰に笑うガロ。
「いや戦闘だと足手まといなんですが、それは……」
「そう言うと思って、助っ人も呼んどいたぜw」
奥から現れたのは騎士甲冑を身に纏った大柄な戦士。頭には矢が刺さっている。
肩には手のひらサイズの竜のぬいぐるみが乗っておいた。
このなんとも言えない奇抜なファッションをするのはアンノウンひろしと言えどもそうはいない。
「げえっ ……キチゥ!」
ライムワールド時代から色々な大会で顔を合わせた事がある。なんせキチゥは現役のプロゲーマーだ。その実力は折り紙付きで決勝近くで当たる事が多かった。
攻撃は最大の防御とも言える脳筋的な攻め一辺倒のスタイルだが、それも極まればこれほど厄介な存在はいない。
どんな状況からでも一撃あてれば逆転できるというのは実際、強いのだ。
「さんをつけなさい。この筋肉に敬意を評しながら」
そう言って肩のぬいぐるみ以外の鎧がパージされた。その下から現れたのは、ボディビルダーのような凝縮された筋肉の塊だった。
一応、女性という自覚があるためか、水着を着ているが、だからなんだ。
「おぅー、ダイナマイツボデー」
とソラは感心しているが、何故、私がこいつを苦手としているか、察しの良い人間ならばわかるだろう。
「……VRの見せ筋とかなんの意味もないだろ、ガロ! なんでこいつ呼んだんだ!」
「そりゃ、お前と張り合える奴はそうはいないからな、万全を期すために俺のマッスルフレンズを呼ぶのは当然だろ」
ソラを挟んでガロとキチゥが腕を上げるポーズを取る。
「え、え、なに、この状況? ……筋肉パラダイス?」
よくわらないこの流れに逆らえなかったソラが「シャキーン」とポーズを取っていた。
「ほんとなんだこれ……」
緊張感なんてなかった。
「事情は多少ガロから聞いていましたが、なんだルル、貴方! やはりそうではないかと思っていたけれど……前より筋肉が減っているじゃないですか!」
野太い声のキチゥが口を開くだけでマウントをとってくる。つらい。
「そりゃ……ゲームしかしてないからな」
「そんな事でどうするのです。ずばり、真のゲーマーたるもの心身共に健全で万全でなくてはゲームに集中できないでしょう! 神経接続だろうが筋肉がなければ動かないのです。筋トレをしなさい筋トレを! リアルのステはSTRに全振りが基本!」
「……そんなんだからあんた結婚できないんだよ」
「捻り潰してほしいのですか。私は私より強い男しか認めないだけです。その点、貴様はあとは筋肉さえあればいい。どうです?」
なにがどうですなんだ。マジ勘弁してください。
キチゥはすでにテレビへの露出とかやっているせいか、リアルの情報は多い。
今年、三十路のプロゲーマー(筋肉)。婚活連敗中。
筋トレをするついでにゲーム実況をする古参ようつばーでもある。なんでそんなのがアンノウンに来てるんだとか思うが、事情があるのだろう。
「キチゥさんこいつにはあんま時間がねぇんだw その話は後にしないか」
「む、そうですね、すみません時間を取らせました、急ぎましょう。私とて宿敵には強くあって欲しい」
「あ、宿敵判定はまだ解除されてないんだ……」
ライムワールドで勝ち越してしまったためか、キチゥにはずっと目の敵にされている。
それも前にアンノウンの公式戦で負けた時に解消されたのかと思っていたんだが。
「無論です。アレがあなたの万全だったとは私は思っていません。早く元に戻り筋肉をつけ直しなさい」
どんだけ脳筋なんだ。
でも 心強いのは確かだ。
「……ありがとう」
「感謝ならガロにしなさい。所詮、私は端金で雇われた身ですから」
そう言って颯爽と歩いていくキチゥ。
「かっこいー」とソラがその後を追いかけた。
私とガロは顔を見合わせる。
そして何も言わず歩こうとする私の肩をガロが叩いた。
「クエストは逆方向だぞwww」
「先に言えよ」