地下道のダンジョン。
出現条件はNPCに家の地下にいる蜘蛛の親玉を退治してくれというテンプレ的なものだった。そのクエストを受けると報酬が見れるようになっており、そこにはカウンターアイテムの名前が書かれていた。
「当たりじゃないか!」
「だろ。もっと俺を誉めろw」
「おー! ガロちんやるー!」
ソラが手を叩く。キチゥは面白そうにその姿を覗いていた。
「では、とりあえずこのクエストを攻略すれば元に戻れるのですね」
「そのはず……」
今までついぞ見つからなかった解決の糸口がついに見つかって感動で言葉がでない。出ているが。
「じゃ、とっとと行こうぜw」
ガロの言葉に頷き、持ち込めるだけのアイテムを持ち込んで、いざダンジョンへと向かう。
そこはライムワールドにはないダンジョン。どういうバランスで作られているかまだ分からない。
ただ、ネクソAIが絶対に攻略できないクエストを作った事はまだない。それを信じるしかない。
そう覚悟して突入したのだが、探索は順調というか、私とキチゥだけで十分すぎた。
ソラはガロに手を引かれ半分寝ている。いい加減に無理にでも置いてくるべきだったかもしれない。
「なんだかんだ、ロゼッタがいないでクエストやるってのは久しぶりかw」
進みながらガロが声をかけてくる。
「……私はしばらくソレだったけどな」
「そうだった、そうだったw んー……なぁ……ルルに言うか迷っていたんだが……」
珍しくガロが言葉を濁しながらバツが悪そうに重そうな口を開く。
「あっちのルル……三日前ログアウトしてそれから一度もログインしていないらしい……」
「……関係ない……これで全部解決する」
「…………そうじゃなかった時の話だ」
「それこそ無意味だろ、違うか?」
「もし……仮の話だが、あっちのルルも本物だったらお前はどうする?」
「なんだよそれ、そんな事ある訳ないだろ。私以外にルルがいてたまるか」
「……そうだな。馬鹿な事を聞いた」
それっきりガロは口を閉ざしてしまった。
まだ喉に背骨が詰まったような顔で歩いていく。
先頭に盾役兼攻撃役のキチゥ。
次に私。
間にソラを挟んで最後尾をガロといった隊列で進んでいく。
地下道はかなり深く、それなりにハイペースで進んでいるのに、終わりが見えなかった。
最初こそ余裕があったが、深くなるほどどんどんと敵は強くなっていく。
加速度的に強くなる敵にソラもガロも常に臨戦態勢を取っている。ただ、それでも尚、異常なほどに敵の圧力は増していく。
それこそ、最初に予想をしていた難易度を軽く超えるほどに。
そして、分水嶺は予想以上にはやくきた。
「ここまでだな」
「ええ」
電撃を放つ鼠型のモンスターを貫いた槍を構えなおし、キチゥも同じことを思っていたのだろう、私の言葉に一つ頷き、後列にいるガロの方へと向き直る。
「ガロあなたは……ソラを連れて戻りなさい」
「あ? なんでだよ。まだ行けるだろw」
「想定していたよりも深い、これ以上は貴方が自力で戻るのは難しくなります。一度では死なない保障があるとはいえ、クライアントを命の危険に晒す事はできません」
有無を言わさぬキチゥの物言い。
決してガロのプレイヤースキルが低い訳ではない、むしろ、それなりの時間をやっているだけ上手い部類だ。
ただ、それは強敵に会ったら死ぬ可能性がある程度の腕前でしかない。
「……ちょっと遅かったかもね」
一番早く臨戦態勢に入ったのはソラだった。その眼は地下道の奥の方を強く睨んでいた。
ここまでソラが警戒心を露わにするのは初めてバグモンに会った時以来だ。
──キイィイィイィイィイィ!!
続いて響いたのは地下道全体を震わすような何かの叫び声だった。
「来ます……」
キチゥがそう言ったのと同時に黒い線が走り抜けた。
前に出ていたキチゥが槍でそれを受け止めるが、勢いを殺しきれず後方に大きく押し出される。
「キチゥさん!」
ソラが驚いて叫んでいるが、普通に反応できていたので避けれたはずの攻撃だ。わざわざ、武器で受けるのは威力偵察みたいなものだろう。
「問題ありません。この威力なら頭以外なら一撃即死はないはずです。接近しましょう」
「よくやるよw」
盾役の仕事ではあるとはいえ、命懸けの状況でリスクの高い一撃目を受け止めるなんて、自信と実力を伴わないとできるものじゃない。
「行くぞ!」
先程の攻撃が幾度か繰り返される。
それらを避けながらその攻撃を行っているモノへと向う。
少し走ったその先は開けた場所になっていた。
そこにいたのは蜘蛛だった。人形のようなバラバラの動きをし、その全身を鎧で包むように赤と緑のコントラストをした分厚い甲殻を持っていた。
何より特徴的なのはその腕は鎌のように発達し、脚は太く、本来膨らみのある腹は体毛に覆われていた。
大人二人分ほどの巨躯を持つ蜘蛛。
自らが操っているのか操られているのか、ぶらりと垂れ下がったのは、間違いなく先程の叫び声の主だった。
「…………こいつは……」
視界に入れた瞬間、息が詰まる。
「間違いない……墓織りのキタンジェラ……ネームド」
後ろまで来ていたガロがアイテムで個体名を識別する。
ライムワールドのネームドモンスター。
それは種族の枠組みを大きく逸脱した強さを持つ196の個体。ボスとは違い同じ名前を持つモンスターは存在しない。
その最大の特徴はそれぞれに専用のAIを持ち、自由に行動を許され、ネームドモンスターは戦闘経験を得る事によって成長する。
そして、墓織りは本来別の場所で出現するネームドであり、素の強さですらライムワールドの中でも上から数えた方が早い。
その頭の部分には例の銀色をした球体。カクカクとした動きで周囲の装甲が銀色の玉を包み込むように覆っていく。
先程から攻撃せず、まるでこちらの動きを観察して楽しんでいるかのように感じた。
「さっきのは誘いですか……相変わらずいやらしい。予定変更ですね…………全員ですぐに逃げますよ! 対策を練りなりなおしましょう!」
言うが早いか先ほどまで放たれていた黒い糸が辺り一面にまき散らされる。
バグモンはその元となったモンスターが強化されている。
墓織りだけでも対策を練り、装備を整え、人数を揃えなければ勝負にもならないだろう。明らかにダンジョンに入る前に想定していたものより、一段も二段も上の代物だ。
彼我の戦力差を考えればキチゥの判断は当然。
なにより、こいつに殺されればリアルに死ぬというのだから、本来、攻略するにしても万全を期すべきだ。
「そうだな。はやく行け」
「ルルは!?」
黒い糸を避けながら、逃げようとしていたソラが足を止める。
「悪いが、私には時間がないんだ。誰が敵だって引く選択肢なんて最初からないんだよ」
このクエストを受けた時から時間的にそれが最後になるのはわかっていた。そして来るだけでかなりの時間を使った。再びここに戻ってくる事などできる余裕はない。
そして今更、他の方法が降ってわいてくるなんてありえないだから。
こいつを倒してカウンターアイテムを手に入れるしかない。
「だったら私も!」
そう言って近寄ろうとするソラを剣を振るい静止させる。
「…………ガロ、頼む」
「……クソが! お前! そういうとこだっつてんだよ!」
言いたい事を察したのか暴れるソラを無理やり抱えて来た道を走り出した。
それに続こうとしたキチゥは何事か短く頷きあいこちらへと歩いてくる。
「まったく……これでは割りにあいませんね。倍額の報酬を期待しますよガロ」
槍を構えなおし戦闘態勢へ戻る。
すでに逃げ道の方には蜘蛛の巣が何重にも張られていた。
「いいのか?」
「元々、そういう契約です。あなたこそ死ぬ気ですか?」
「冗談だろ。そうならないためにやってんじゃないか」
死ぬ覚悟とかそういうのはなかった。
「そもそも、負ける気なんてないしな」
「口だけは上等ですね」
幾重にも黒い糸が解き放たれ、からめとるように四方から糸が垂れてくる。
複眼が開く。
装甲の奥に光る銀の瞳は、また笑っているように感じた。
「ハハッ……あんまなめんな! 私は……ルル様なんだよ!」