アイは色々と教えてくれたが、ある一定以上の事について口をつぐんだ。
それはゲームマスターとして黙っている理由と。面白そうだから黙っているの二種類があった。
アイからなんとか情報を聞き出そうと突っついたり、そんなこんなで時間を潰していると。
「わー! ちこくちこくー! さー、いけー!」
唐突にタックルしてきたアイに押し出される。
「ちょ、なにすんだよ!」
その先は灰色の静止した世界だった。
アンノウンのロビー。
NPCは全て静止しており、プレイヤーは誰もいない。
「……ここは?」
「メンテ中のアンノウンだよ。時間を止めてるの。スカートの中覗くとかやっちゃダメだからね!」
「やる訳ないだろ」
妙に子供っぽい。
ネルドアリアのAIは”面白さ”という曖昧な概念を基準に作られたAIだと製作者の誰かが言っていたと掲示場で読んだが、その影響が強いのだろう。
足に妙にじゃれつき、こちらを見ていたアイが大きく頷く。
「ま、この感じだと実験は成功みたいだね」
「実験?」
「君のデータを色々と除外対象に入れといたから、メンテ中に動けるって事はクリーン作業からも除外されてるね。これでメンテとかシステム的な変更はかからなくなったよ」
とてもありがたいのだが、ゲームとして大丈夫か心配になる。
「それって改造し放題じゃないか?」
「半分以上こっちで縛ってるからね。外側からの変更は難しいし、一時的な措置だから、できるなら好きにしていいよ。たぶん無理だろうけどー」
アイはゲームとして世界を作ってしまったために、そこに他者が変更をかけることすらも一種のゲームだと考えているのかもしれない。
「それじゃ、後一分くらいでメンテが明けるから自分は帰るよ」
「色々とありがとうな」
「へへ………感謝してくれるなら一つ。お願いしようかな」
「お願い? 私に?」
望む事は大概できるような位置にいるアイが一体何をと思っていたが、一瞬、アイは口ごもり、はにかむように言った。
「__あの子をよろしく」
その返しの言葉を言う間もなく、アイは溶けるように消えていった。
それと同時に世界は一気に色づいた。
メンテが明け、アンノウンが動き出したのだろう。
NPCはそれぞれの行動をし、次々とプレイヤーがログインしてくる。
途端に騒がしくなり始め、辺りが賑やかないつもの喧騒を取り戻す。
立ち去ろうとして、ふと後ろを振り向く。
「……テメェ」
驚いたような変声機の声。
そこにはオレンジの髪をした、憎たらしい見知った顔をした少女が立っていた。
「ロゼ……」
「無事だったんですか……」
喧嘩中という訳ではなかったが、どうにもあんな分かれ方をしてしまったため、言葉にできない気まずさがある。
「どうにかな、おかげさまで」
出てくる言葉もなぜか皮肉気になる。
「そうか……じゃあな」
すぐに歩きだそうとしたロゼッタの手を掴む。
「待てよ! 話がある」
「ふーん……あっちのルルの事か? それとも……」
少し煩わしそうにロゼッタは手を離せと弾いてくる。
離した手を軽く触り、向き直るロゼッタ。
「ネクソAIに何か吹き込まれでもしたか?」
その言葉に息を飲む。偶然出た言葉にしてはあまりにも的確だった。
「お前……ッ 知っていたのか?」
「最近、少しリアルが騒がしくてな……今になって色々と情報が流れてきやがる」
小さく舌打ちをしロゼッタは大きくため息をついて歩き出す。
その後を小走りでついていく。
「なら……」
協力してくれと言う前に手で制される。
「でも、悪いが僕はあっちのルルにつく」
その青い眼はただこちらを見据えていた。
敵意すらも隠さない。
「…………なんでだ?」
「さてね。なんでなんだろうな……ま、明確な理由なんていつもないし。気まぐれかもな」
それは言葉を濁しているが、明確な拒絶に近い。
「私がルルだ……」
「知ってますよ。でも、あいつも、ルルなんだよ……」
皮肉げにロゼッタは笑い、そして言葉をつなげる。
「安心しろよ。あっちのルルは大会に出ますよ」
まるで見てきたような言葉。
けれど、あっちのルルはアンノウンにはずっといなかった。
そこで気づく。
「まさか……ロゼ……リアルで会ったのか!?」
「……どうにもストーカー気質なんで。ずっと住所の特定はすんでたんですよね」
それはやんわりとした肯定だった
どおりでネクソAIの事も知っているはずだ。あっちのルルも元は管理AIなのだから、知っていてもおかしくはない。
「私の体はどうなってた!?」
「ん? んー、まぁ、アレだ。死にはしないでしょ」
海賊帽を被り直すロゼッタ。
この動作は内心やばいっと思っている時の動作だ。
「ふざけんな、ロゼ!」
「……っせーな。ギャーギャーと、テメェらの事だろ、テメェらで勝手にしろ」
そう言ってロゼッタはアイテムまで使って自身を転送してしまう。
「クソッ……ガロのやつ……あいつがルルを好きだとか、ぜったい嘘だろ」
追っても逃げられるだけだろうと、悪態をついて歩きだす。
そうしてるとガロからチャットが飛んでくる。
呼び出されるままに行くと、ガロとソラがアクセサリーショップの前で並んでいた。
「私は怒っています」
口と態度でそういう風にソラは腕を組んでいた。
わざわざ言わなくても見ればわかる。
「あー……その……」
どうにもこの偽善者ぶった相手が苦手だった。
それは心底まで嫌えないせいかもしれない。認めているからこそ、あわない部分があるのが苦しい。
きっとそういうことだろう。
「どうして、私を無理矢理地上に戻したんですか!? どうして、私を待たずにアイテムを使ったんですか!? どうして、私に何も言わず無空竜に挑もうなんてしたんですか!?」
半分涙目になりながらソラは叫ぶ。
ガロに助けを求めるように視線を送るが、目が合うと逸らされて唐突にコンソールを弄りだす。
こっちを巻き込むなというアピール。
覚悟を決めて大きく諦めのため息をつく。
「……悪かった」
出たのは謝罪の言葉。
後から勝手についてきたとはいえ、ずっと助けてもらっていたのだ。
感謝はしていた。
ソラは無言で抱き着いてきた。
あまりに自然な動作で対応も何もできなかった。
「え?」
NCVRMMOでそういう事された事などなかったので、戸惑い頭の中ま真っ白になっていた。
ソラはただ小さく呟いた。
「無事でよかった」
「心配かけて悪かったな」
抵抗するのを諦めてされるがままになる。
はたから見ていたガロがコンソールで動画を撮っているのに気づく。
「あ、続けてどうぞw」
「ガロ! お前撮るな! ソラ離せ!」
「やだー! ソラさんは心配したんだ!」
「いや、それはわかったから! ガロを止めないと!」
「気にしないでwww動画うpするだけだから」
「やめろぉ!!」
少しメンバーは変わったが。
その日々に変わりはなかった。
アンノウンの中で月日は流れていく。
そして、大会の日付は次週の休日に合わせられていた。