ルル・ルール・ルル -今日も私はゲームをする-   作:空の間

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22- レベルを上げて物理で殴ればいい

 

 

 

 ゆっくりと歩いてくる巨体を前に、これまでにない緊張感が与えられる。

 

「まったく、今日という日をフルコンディションで迎えられないのが本当に悔やまれます」

 

 コキリ、コキリと腕を軽く回しながら会場へと登ってくる。

 本調子ではないと呟いているのが嘘のような、強者のみが持つ威圧感。

 

「健全な精神とか云々はどうしたんだ? キチゥ」

 

「ふふ……貴方には一週間前に急な予定を入れられる社会人の辛さはわからないのでしょうね。おかげで来週の婚活パーティーはキャンセルですよ」

 

「いや、なんか…………ごめん」

 

「しかし! これもまた一つの筋トレの形! 筋肉疲労が超回復を促すように、この試練を乗り越えた時、私の筋肉はまた成長を果たすでしょう!」

 

 槍を肩で地面と水平に伸ばし、片足を上げて謎のポージングをするキチゥが何か強烈な事を言っている。

 あまりにも自信満々に言うので、眉をひそめて自分の常識が間違っているのかもしれないと真剣に考え込む。

 

「…………? …………そうか? …………そうか」

 

 冷静になって考え。

 そして、考えるのをやめた。

 

「来いよ。今日は逃げる理由がない」

 

 剣を構えると鎧の奥に光るキチゥの瞳が大きく見開かれた。

 それまで散漫としていた神経が研ぎ澄まされていく。

 

「……感謝しますよ、今、そこに貴方がいる事に」

 

 キチゥの槍が空気を切り裂くように唸り正面に構えられ、開始のカウントダウンが始まる。

 

 静止した状態から身動き一つしない、五感の全てでこちらの一挙一動を観察していた。

 

 カウントが0になる。

 

 槍先がブレる。

 体を低く下げ前に出る。

 

 振り下ろされた槍と剣が交差し、弾けた。

 キチゥの巨体から高速で槍が解き放たれる。

 それは閃光のような軌跡を残して暴れ回る、理不尽さすら感じさせる力技の極地。

 

 下手に受ければそのまま剣を弾き飛ばされ、そうでなくとも体制を崩す事となり、その時点で敗北は確定する。

 けれど、受け流すと言ってもそう簡単な話ではない、キチゥの攻撃一つ一つに全て緩急がついている。

 

 遅く重い一撃、速く軽い一撃。速く重い一撃、遅く軽い一撃。

 キチゥはそれら全てをぶつかる瞬間に合わせて自在に変更してくる。

 

 受ける側はそれらを把握して備えなければ、次のタイミングがズレてくるのだ。

 そして、そのズレを突き崩しきるのがキチゥのよく使う勝ち筋の一つ。

 

 そうなる前に攻勢に出る必要がある。

 けれど鎧で覆われたキチゥを攻めきるのには相応の手数を必要とする。

 だからあえてズラして受ける。

 絶対に間違わないタイミングで受け、次を誘導する。

 キチゥにとって体に染み込んだ最適解を逆手に取り、逆に攻撃のタイミングを狂わしていく。

 

「……ッ!」

 

 ただ受け流したはずなのに、まるで歯車が壊れるように攻撃を仕掛けたキチゥのリズムが崩れだす。

 そこにフェイントを混ぜ込み、攻勢へと移る。

 

 肩から切り裂くような一撃。

 間合いに踏み込んで気づく。

 それが誘いだと。

 

「生憎でしたね……」

 

 振り下ろした剣の先が左手一本で、握りしめるように掴まれていた。

 

「うっそだろ……」

 

 苦笑いと共に驚愕が漏れ出す。

 両手で剣を押しても引いてもビクともしない。

 

 そこにもう片手で振るわれたキチゥの槍による横薙。

 避けようとするが間に合わず、そのまま力の流れに逆らわず体ごと横に飛ぶ。

 

 想像以上に飛び上がり、地面を滑りながら着地する。

 それなりにダメージが入ったが致命傷ではない。

 けれど、愛用していたあの黒い剣はキチゥの手の中にあった。

 

「今日の私は調子が悪いんです」

 

 剣を軽く場外に投げ飛ばし、キチゥは笑う。

 

「ったく……よく言う」

 

 懐からナイフを二つ取り出し、両手ともに構える。

 投擲用のため数はあるが、剣ほど丈夫ではないし、槍を相手取るにはリーチが足りない。

 とはいえ素手よりかは遥かにマシだ。

 

 追撃してこないキチゥを訝しげに見ていると。

 流石に剣を受け止めたキチゥの左手も切れていたようで、そこから少なくない血が流れていた。

 デスペナルティーはない変わりに、幾らか軽減されているとはいえ痛みがあるはずだ。

 

「随分無茶をするじゃないか、その手で槍が振るえるのかよ」

 

「問題ありません。しかしまぁ、無茶もしますよ、そう何度も同じ手で負ける訳にはいきませんからね」

 

 過去に二度、この戦法でキチゥに勝利していた。

 だからと言って対策というにはあまりにも荒っぽい技とすら呼べない白刃取り。

 けれど、それが勝ち筋だと思ったら何の躊躇いもなくやってのける、それがキチゥだ。

 

「そうかい!」

 

 片側のナイフを逆手に持ち、キチゥめがけて走る。

 迎撃するよう振るうキチゥの槍を避ける、やはり槍を振るう速度は先程より落ちていた。

 キチゥもそれを悟ったのか、傷ついていない右手のみを主軸にして槍を振るう。

 けれど、両手で持っていた時と比べると精度がまるで足りていない。

 

 ナイフの切っ先と槍がぶつかり、火花が散り、受けきれず右手のナイフが弾き飛ばされる。

 けれど軌道はそらした。

 

 次に迎え撃つ槍の穂先に掠りながらも、間合いの内へと一気に潜り込む。

 咄嗟に片膝を上げて、蹴り上げようとするキチゥの足を先に上から踏みつけ、左手のナイフをその脇腹にある鎧の隙間に突き立てる。

 

「……ッ!」

 

 キチゥが苦悶の表情を浮かべる。

 残った軸足を払うように蹴り飛ばし、バランスを崩したキチゥの顎を右手の裏拳によって叩きつける。

 そのまま投げ飛ばそうとするが、その巨体が倒れる寸前の所で爪先立ちするように静止する。

 

「ラアアァァッ!」

 

 キチゥは叫びながらバランスを崩した状態で、体の捻りだけで槍を動かす。

 もはや次の事など考えていない渾身の突き。

 

 けれど、それは予想外の避けようがないタイミング。

 心臓を穿つ必殺の一撃。

 

 左手を前に出す。

 穂先が手の甲を貫いていく。それを握りしめ、叫び声をあげて無理やり軌道を逸らす。

 

「アァァアァァア!!」

 

 槍は手を貫いていき、肩の横を通り抜ける。

 驚愕の表情をするキチゥが目に映る。前へと進む頬に血がかかった。

 

 キチゥの喉元へと握りしめた拳を叩きつける。

 その太い膝が折れ、地面につく。

 

 手をつきながらも、まだ戦おうとするキチゥに向けて、即座にナイフを取り出し、その首元へと突きつけた。

 

 息を切らしながらキチゥは目をつぶる。

 一瞬、何かを言おうとし、そして諦めたように口を開いた。

 

「……降参です」

 

 その瞬間に勝利したというテロップが流れていった。

 

「…………ァアァ」

 

 緊張を吐き出すように大きく息を出す。アドレナリンによってせき止められていた痛みが今になって脳に到達する。

 試合中には使用ができない回復アイテムを槍に貫かれた手にかける。

 

 半分ほど残ったので、大の字で寝ころぶキチゥに投げつける。

 それをキチゥは片手で受け取り、苦笑いをした。

 

「……こういうのは相手が惨めになるだけなので……止めた方がいいですよ」

 

「…………そうか。じゃ、返せ」

 

「それも癪なので……貰っておきます」

 

 ゆっくりとキチゥが立ち上がり、兜を外すと、爽やかな表情をした厳つい素顔が現れる。

 一つため息をつき、そして右手をこちらに伸ばしてきた。

 

 スポーツマンシップとでも言うのかキチゥは勝負の後には相手に握手を求めてくる。

 差し出された手を握り返すと、捻りつぶされるかと思うほど強く掴まれた。

 

「……ィッ!」

 

 負傷しているはずの右手でだ。

 物凄く痛い。

 

「ルル、貴方にも色々あるんでしょうが、どんな戦いであれ貴方は私に勝ったんです……誇ってくれなどとは口が裂けても言いません。ですが、それを軽く見るような真似だけは許しませんよ」

 

 そう言うとパッと手を放し、キチゥは転送していった。

 手の痛みは回復アイテムを使ってもしばらく引かなかった。

 

 控室に戻る。

 キチゥの前に二人倒しており、これでブロック抜けが確定した。

 けれど、あまり喜ばしい気持ちにはなれない。むしろ、昂っていた気持ちが下落の一途を辿っていた。

 

 その理由は予想通りというべきか、順当というべきか。

 隣のブロックをくくるが圧倒的な実力差で勝ち抜いていたのだ。

 

 

 

 

 


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