時が加速する。
相手の顔。瞳孔の開いた目。薄く笑う口元。
ただ純粋に戦闘を楽しもうとするその姿、形、それが自分なのだと初めて気が付かされる。
きっと今、自分も同じ顔をして、同じ動きをしている。
振り下ろす剣はぶつかり合い、調子の外れた音楽のように、奇々怪々に響き合う。
その剣筋は今まで戦った誰よりも速く、鋭く、上手い。
それだというのに、その一挙手一投足が手に取るように読める。
けれど、それは相手も同じ事だろう。
全てが最適化された行動、相手が蹴り上げる砂粒ですら脳内のイメージが先行する。
閃光のような剣撃を繰り出し合いながら。
切り結ぶ度に五秒先まで予想する。
それをあえて外した動きをしても、すぐに修正され修正する。
まるで出来の悪い演武のように互いを拒絶しあい、そしてぶつかり合う。
鍔迫り合いにまでなってすら、相手の目しか見えてなくても動きが解かる。
「……ハハッ! 見違えたな! 少しはルル様に近づけたんじゃないのか?」
鍔迫り合いの最中、嘲笑うように頭突きを当ててくるAIルル。
それに対し全身で押し返す。
「……私が! ルルだ!」
こちらの力を利用して跳ねるように距離を取るAIルル。
追いすがるように剣を振るう。
それを弾き返されて間合いを詰められるも、再び鍔迫り合いになる。
体重を乗せ、押し潰すようにAIルルは言葉を乗せる。
「その薄っぺらい言葉一つですら自分を騙せず。また外側を取り繕おうとする」
「何を……ッ!」
「だから私が生まれたんだ!」
慟哭。
犬歯を剥き出し、それまで平静を装っていたAIルルが始めて感情を顕にしていた。
その勢いに押され、片足が後ろに下がる。
けれど、その姿に今までの事が脳裏によぎり、酷い憤りを覚えた。
「勝手に生まれて! 勝手に暴れて! 何なんだよお前は!」
「わからないのなら、よく見るんだな! 私はお前の弱さ、その成れの果てだ!」
「……弱さ?」
剣が弾かれ、慌てて距離を取る。
けれど逃がしてくれるはずもなく、絶え間ない連撃が繰り出される。
どんどんと予想と現実が近づいていく。
「逃げたかったんだろ! 現実から! 二度と戻りたくなかったんだろ! あの世界に! 自分から逃げだして! 不出来な現実を見たくなかったんだろ!」
幾度となく剣が交差し、足が後ろに後退していく。
押されていた。
怒りに任せた荒々しい剣技。
加速度的に速くなるAIルルの斬撃を受け止めきれず、首筋から血が流れ落ちる。
「……そうだ……ああ、そうだ! そうだよ! 逃げるのが悪いのか! 弱くて悪いのか!」
感情を剥き出しに剣を受け止める。
だが相手が速すぎる。
飛び散る鮮血すらも、次の斬撃に切り払われる。
「そうやって開き直ってでも前に進むなら、まだ許せた! だが! 事もあろうにお前は! 現実の自分を誰かに押し付けたいと願ったんだ!」
まるで子供の喧嘩のように。
互いの存在を削りあう。
「……そんな! 本気でそんな事になるなんて思うかよ!?」
「だからお前に腹が立つ! 私はそんないい加減な気持ちを真に受けた! お前の思考補助AIだった頃の私にはその違いが理解できなかった!」
「ッ……だから全部、お前の勘違いなんだよ! 誰も頼んでなんかいない!」
受けに回り、必死で体制を整えようと相手の動きを見極める。
けれど脳が追い付かない。
「それでも! ……お前が本気だったから! 何億人という中でただ一人! それこそ命をかけてまで! どこまでも強い自分を演じるのに必死だったお前だから! 私はそれをずっと見てきたから!」
視界から一瞬AIルルの姿が消える。
予想よりも現実が先に進んだ瞬間だった。
「奇跡とも言える確率の中で! 私はルルになれたんだ!」
「……!?」
石畳の地面が擦れ、煙が舞い、その先からAIルルが突進してくる。
咄嗟に受け止めようとして後ろに下がるが、間に合わず吹き飛んでいく。
転がるように地面を這い、追撃に備え剣を取るがその先には誰もおらず。
目の前で立ち止まるAIルルが、ただ哀れむような表情でこちらを見ていた。
「お前がいくら現実の自分を否定しようと! そんなものを私は受け入れない! 私はルルだ! ルル様だ! くだらない存在理由に縛られたりはしない!」
アイの言っていた存在理由の優先順位を思い出す。
AIでありながら、AIルルはそれを真っ向から否定する。
「私を縛る存在理由は! 私が決める!」
ああ、なんだ──と
それでこそ──と
そう認めている自分がいた。
分かっていた事なのに、どこかでまだ目をそらしていた。
目の前にいるのは自分が理想とした少女。
そんな少女が自己否定などという自分の生まれを認めるはずがない。
出会った時の印象、そのままにルルは叫ぶ。
「だから! まずは自分を否定し続ける、お前自身を! お前のルルを!────私は、否定する!!」
理想の自分からの拒絶。
どう足掻き、演じた所で、そうはなれないと理解していた。
けれど、目の前の少女は違う。自分に一番、足りなかったものを持って、そうあるように生まれてきた。
その高らかに宣言する姿がどうしようもなく眩しくて。
だからこそ。
「……私は」
勝てる、でもなく。
負けたくない、でもなく。
何かでも、誰かでもなく。
「──お前に……勝ちたい!」
本気でそう思えたのは久しぶりの感触だった。
この昂りはそれこそライムワールドにいた頃にしか味わったことのないものだった。
ゆっくりと地面に手をつき、立ち上がる。
「……私はお前に勝って! ルルになる!」
理屈も理由もない。認めてしまったが故に、ただ、そうあるための宣言。
思考を加速させ、地面を蹴る。
剣技から、さらに不要なものをそぎ落とす。
ただ勝つために全てを注ぐ。
無数の火花が散り、輝線が絶え間なく走り抜けた。
喉をからすほど叫び。
腕の筋肉がはちきれんばかりに力を込めて剣を振るう。
それに答えるように相手の慟哭が響き。
手が痺れ、感覚が失うほどにぶつかり合う。
自身の全力をかけた、原初の獣同士のような殺し合い。
もはや技も何もない。
ただ、相手より先に。
ただ、相手より強く。
ただ、相手より上をいくために剣を振るう。
血潮が飛び散り、地面に叩きつけられる。
剣の尖端が弾き飛び、砕け散る。
そして、最後の一瞬。
剣が目前にあった。
──世界にヒビが入る。
研ぎ澄まされていた全神経がそれまでの行動の全てを静止させる。
無理矢理に意識を引き剥がされたかのように。
誰もがただ呆然と空を見上げる。
銀の複眼。
ただ、場違いに。唐突に。
ヒビ割れた空を全て埋め尽くすように。
大量のソレが、まるでこの世の終末でも感じさせるかのような黒い空の先から。
こちらを見て。
笑っていた。