ヒビ割れた空から巨大な手のような黒い塊が漏れ出してくる。
よく見れば無数の体を持ち、それ一つ一つが脈打つように動いている。
一つ一つが意思を持ち、我先にとこちらに向かってくる。
「バグ……モン?」
ぼとぼととこぼれ落ちるように降り注ぐモンスターの群れ。
空から黒いオーロラのように、コロッセオを飲み込んでいく。
会場は大混乱になり、逃げ出そうとしている人でごった返していた。
空を睨みつけていたAIルルが独りごちるように呟く。
「アイのやつ後手に回ったのか……」
瞬間、轟音が鳴り響き、オーロラの一部が消し飛んだ。
見れば地面から巨大なSFじみた戦艦がゆっくりと現れる。ファンタジーにそぐわないその白い六角の造形に金の装飾。
明らかにライムワールドの世界観を無視した構造物。その姿には見覚えがあった。
「リークサンドロス……あんなもんまで!?」
ネルドアリアにおけるラストイベント、前時代の大帝国に出てくるボスの中でも、最強と名高い戦艦。
プレイヤーが保有できる全長17kmの超弩級に分類される最大の宇宙戦艦がタイタン、一つ作るのにリアルマネーで数百万かかると言われるそれらをゴミクズのように蹴散らすのが、この旗艦リークサンドロス。
AIルルの視線から、おそらくアイが操っているのだろうというのは想像できる。
花が咲くようにリークサンドロスの周囲に展開していく戦艦達。
それらが一斉に主砲を放つ。
「……来るぞ!」
AIルルがいうが早いか光の線は空のヒビを真っ向から薙ぎ払っていく。
しかし、その余波と予熱が大地を揺らし、竜巻のような風を巻き起こす。
「……あぁ……クソ……何だこれ……」
周囲に巻き上げられた煙がゆっくりと晴れていく。
空に浮かぶヒビ割れは収まるどころか大きくなり、まるで黒い泥のように勢いを増して降り注ぐ。
勝負の邪魔をされた怒りが、冷や水を被せられたように諦めに変わる。元より、周囲に何の期待もなかった。
その混沌とした状況の中でもやることは変わらない。
「ま……試合はまだ終わってないよな」
AIルルを見ればあちらもやる気だった。
「……付き合うさ、どこまでも」
モンスターが降り注ぎ、熱と風が舞い上がる。
その中でAIルルと剣を切り結ぶ。上からどうしようもない何かが迫っているのは理解していた。
それでも、戦いを辞める理由にはならなかった。
遥か上空ではリークサンドロスと黒い巨大な何かが戦っており、モンスターの焼け残りが幾つも流星のように地面へと突き刺さる。
それも考慮する要素が一つ増えたにすぎない。
絶えず場所を移動し、常に相手の場所を意識する。
変動する戦場でただ一人を追い続ける。
「サーバーが攻撃されてるな」
振り下ろした剣を受け止めながら、AIルルがそんな事を漏らす。
「はぁ? 誰がそんなこと……」
「この状況だとアレしかいないだろ……アイはレイクラのAIとして見ているが、アレはれっきとしたウイルスだよ」
「ウイルス? これがか?」
目の前に割って入ってこようとしたモンスターをAIルルと挟み込むように切り裂き、再び戦いを再開する。
その頭には例の銀の複眼が張り付いている。
「そう、レインクライシスが他のゲームのサーバーを乗っ取る時に使った、自己増殖と進化を繰り返すAIウイルス」
「それが何のために邪魔してくるんだよ!」
「さてな、アレは自我を持った瞬間に自分からその一切を削除して、管理AIに収まっていたんだが……」
なんで、そんなものを。
もっと他にあったろうに。
「管理AI……そうだよ、お前もその管理AIの一人だろ。なんとかできないのか?」
「私の権限の大半はリアルに行くためにアイに譲渡したんだ。何もできん」
「役立たずか!」
「何とでも言え」
上空での戦いはすでに決していた。
リークサンドロスが煙を上げて、地面へと墜落していく。
その優美だった巨体は大半が黒く塗り潰され、見る影もなくなっていた。
そのせいで、モンスターが次々と地面に落ちてくる。
「……あーあ……クソ。興ざめってレベルじゃないぞ。運営仕事しろよ」
「流石にまずいな……あいつ、アイの管理権限を乗っ取る気か」
墜落したリークサンドロスに向かって黒い塊がゆっくりと集まっていく。
その姿を目に焼き付けながら、降り注ぐモンスターの迎撃に追われだす。
「……乗っ取られたらどうなるんだ?」
「それこそ、アレに聞かなければわからんが、最悪、全部消えるかもな」
そう言って空を見上げるAIルル。
その先に浮かぶ銀の複眼。
アイの管理権限が奪われればアレがアンノウンを支配するらしい。
「冗談じゃないな。どうにかならないのか?」
互いに勝負とも言ってられず。
いつの間にかAIルルと背中合わせになり、モンスターを倒す形になる。
「……アレに自我はないんだよ。だから、おそらく誰かの命令を受けている」
「誰だよそんな事するの」
「さてね、アイに察知されず、そんな事をできる人間がいたのが私は驚きだ」
上空から巨大なモンスターが目の前に落ちてくる。
明らかに今までとは強さが違う。
このレベルの相手が何体もいると、もはやこの場の勝敗にもこだわれない。
「……とりあえず、場所を移すか」
こちらの提案に驚くほど素直にAIルルは頷いた。
けれど、どちらが先に行くかで躊躇ってしまう。
目線で互いに互いを牽制しあう。
もはや試合のていをなしていないとはいえ、先に舞台から降りた方が負けの判定をくらうのだ。
「……」
「……」
「提案した私が先に行ってやるが、それで勝ったとかぬかすなよ」
ため息をつき、降りようとしたところ。
肩を掴まれ後ろへと引かれる。
「私が行く」
その隙にAIルルは有無を言わさず降りて行ってしまった。
もはや、なんの意味も持たない勝利テロップが虚しく流れていった。
「……お前ッ」
「それで勝ったとはぬかすなよ。ほら、早く行くぞ」
いたずらが成功したみたいに軽くAIルルは笑い、走り出す。
「クソが!」
それを追いかけるように走り出した。