前を走るAIルルを追いかける。
控え室を通り広い廊下を駆け抜ける。
「それでどこに向かうつもりだよ?」
「とりあえずアイの阿呆から私の権限を返却してもらう。それでアイが消滅しても最悪の事態にはならないはずだ」
天井を突き破って現れるモンスターをスルーしながら、AIルルは言う。
ふと疑問に思っていた事をぶちまけてみる。
「つか、リークサンドロスとかあんなルール無視したものをポンポンと出せるなら、アイが負けることなんてないだろ」
「アイができるのは基本的に調整だ。バランサーを自負するあいつは絶対に相手より強いものを自分のために用意する事はない」
ポリシーとしては立派だが、それでこの様では笑えない。
しかし、アイにとって、それも面白さの一種なのかもしれない。
ゲームの面白さを存在理由として絶対の上位に置いたため、自らの破滅すらも二の次になる。
「はぁ……じゃあもうナーフしろよ。あんなのチートもいいとこだろ」
向かってくるモンスターの能力を軒並み下方修正してしまえば苦戦もしないはずだ。
「……それも無理だろうな。腐ってもあれらは全てレイクラの管理AI、そのアバターの内部にはアイでも触れるのは難しいはずだ」
「管理AIって、おかしくないか。お前ら自分のコピーは作れないとかアイが言ってただろ」
「そうだ、作れない。それは自我の霧散に繋がるからな。けれどレイクラのAIは自我を捨てたんだ。本来、自らを複製する事はできても、その後は自壊する事しかできないはずだ」
「自壊してないじゃん……あいつに意思はないのか?」
「ない」
短く、これ以上ない断言するAIルル。
けれど、何度見てもあの銀の複眼は笑っているように見えた。
自分の感性がズレているのか、何かを見落としているのか。
レインクライシス、ウイルス。
脳内で検索をかけても引っかかるものはない。
いくらレイクラがMODでカオスになっていたとして、そこまで露骨なウイルスが存在したとは聞いたことがなかった。
「エリアからの転送が禁止されてる……エリアサーバーの中枢にまで入り込まれたのか」
各所に設置されている転送門が稼働していない状態になる。
どうやらライムワールドのエリアに閉じ込められたらしい。
「サーバーへの攻撃……そもそも、何でモンスターを大量に呼ぶのがサーバーへの攻撃になるんだ?」
「別にモンスターがサーバーへの攻撃してる訳じゃない。レイクラのAIは他の末端のAIを乗っ取っているんだ。転送門を管理してるAIのいくつかを乗っ取れば他のエリアへの転送はできなくなる」
「ウイルスかよ」
「だからウイルスだと言っているだろう。その内、このままだとエリアごと乗っ取られるな」
「エリアごと乗っ取る……?」
自分で言って、その言葉に引っかかるようなものを感じた。
そして、すぐに思い至る。
未帰還者を出す直前まで存在したレイクラ民が計画した他ゲームサーバーの乗っ取り。
かつて、あろう事かレイクラ民はMODの一部として、ライムワールドやネルドアリアに行き来できるようにする計画を立てていた。
無論、ハッキングで。
正直、話自体が眉唾で技術的にできるはずがないと思っていたが、その要として用意されたものの名前は知っている。
「亜号……」
一度だけ、ロゼッタが冗談混じりにその名前を漏らした事がある。
それをAIやウイルスだとは言わなかったが、自分の作ったモノの中で最高傑作だと言っていた。
ハッカーであるロゼッタの最高傑作。
使用用途から導き出されるのは。
「……やっぱレイクラ民ってクソだわ!」
「否定はしないが、五十歩百歩だというのは覚えておいた方がいい」
茶々を入れるAIルルを放って結論を出す。
レイクラの管理AIである亜号を操っているのは人間。
そして、AIの事を知り、それに触れことのできる人物、心当たりは一人しかいない。
「というか、ロゼじゃねぇのか!? あいつらを操ってるの!」
___
コロシアムの観客席の外れ。
モンスターで溢れかえったその場所で悠々とオレンジの髪をした少女は座っていた。
「おいで、亜号」
変声機によって変えられたノイズ混じりの声が響き、手招きするように杖を振るう。
それに釣られるように一匹の小さな銀の丸い玉が足元へと転がってくる。
丸い玉を掴み上げ、お手玉ように軽く投げて遊ぶ。
その周囲には大量のモンスターがいるが、まるで見えていないかのように他の場所へと歩いていく。
「……チェックメイト」
ロゼッタは笑いながら杖を振るう。
落ちたリークサンドロスへと空から伸びる黒い泥が触れた。
「さぁ、革命の時間だ……このクソみたいな世界をぶっ壊そう」
もはや、ここから覆す事などできはしない。
そう覚悟を決めて杖を振るう。
あまりに集中しすぎて、ロゼッタは背後からの気配に全く気づかなかった。
「面白い事になってますねー。ローゼちゃーん。どうしてあたしを呼んでくれなかったんです?」
銀の髪にツインテールの少女が後ろから、包み込むようにロゼッタに抱きつく。
歪んだ笑みを浮かべ、くくるはロゼッタの耳元へと喋りかける。
「やっぱりー、ここは安置でしたか」
周囲のモンスターは手を出しかねているのか、くくるへと攻撃をしようとして動かなくなる。
突然現れたくくるにロゼッタは驚き、そして不愉快そうな顔を作った。
「……なんでここにいんだよ、くくる」
「ヒャハ…………そんな冷たい事を言うなんて。昔馴染みじゃないですか、あたし達ー。こんな面白そうな事を独り占めなんて人が悪いですよ」
ニタニタと人を食った笑みを浮かべながら、くくるはロゼッタの体をまさぐるように手を動かし、ゆっくりとロゼッタが手に持つ杖へと伸ばそうとする。
「気色わりぃ」
それを振り払うロゼッタ。
「ひどーい。あたし達、親友でしょー」
「勿論だ…………都合のいい時だけはな」
いい笑顔で言うロゼッタにくくるが泣き真似をする。
二人はレインクライシスの同胞という繋がりがあるが、それも昔の話だ。
「で、くくるはなんでここにいる? テメェならあっちに食いつくと思ってたんだが」
墜落したリークサンドロスに向かっていく何人かのプレイヤーの方を見るロゼッタ。
行ったところで、どうする事もできないというのにと心の中で呟く。
「んー、タイミングかなー……。ルルさんの試合。もう少しで決着がつくところだったでしょ」
「……そうかもな」
ロゼッタは髪を手で弄りながら生返事を返す。
「なんであのタイミングだったかって考えたら、もうロゼちゃんしかいないって思ったんだよね」
「……」
睨みつけるように、もうそれ以上はいいと言う視線を送るロゼッタを無視してくくるは口を開く。
「ロゼちゃんはさー、ルルさんの負ける姿を見たくなかったんでしょー」
「……僕、テメェ、嫌いだ」
眉をひそめて口をへの字に曲げるロゼッタ。
「ヒャハハ……バレたくないなら君も、もう少し削ぎ落とすべきじゃないですかねー」
「ウッザ……何でもいいけど、僕の邪魔すんなよ」
「それはロゼちゃん次第でしょう。あたし、聞きたいことが、たーくさんあるんですよねー」
歪んだ笑みを浮かべ、くくるはそう呟いた。