ロゼッタの事を話すと通路の途中で足を止めてAIルルは考え込む。
「なる程な……ロゼッタがどこにいるかわかるか?」
「……いや知らんし。まだ、お前の方が知ってるんじゃないか?」
ロゼッタが現実でAIルルと何があったのかは知らないが、皮肉を込めてそう言うとAIルルはあっさりと頷く。
「それもそうか、少し待て」
AIルルはコンソールを呼び出し、手を当てて何かを打ち込み、視線を左右に揺らす。
「……これか。となると……観客席の隅の方にいるな……おそらく当たりだろう」
「何だよ、その能力」
明らかにプレイヤーが行う操作ではなかった。
フレンドの位置を確認するようなものはあるが、それも承認が必要なものだ。
一方的に相手の詳細な位置を知るなんてのはなかったはずだ。
「元々、ライムワールドの管理者でもあったんだ、私は。直接的な干渉こそできないが、特定のプレイヤーの位置情報くらいなら閲覧できる権限はある」
必要以上に使う気はないがと付け足す用に言う。
「そうか……それで私のアバターを奪ったのか……」
「……まぁ、厳密に言えば違うが、それを説明しても仕方ない…………なんだ返してほしいのか?」
挑発するように言うAIルル。
その仕草に抑えていた苛立ちがあふれる。
「当たり前だろ。ここでお前を倒してっていうんでも、私は構わない……」
邪魔が入らなければ勝負はまだわからなかった。押されてはいたが、勝ちの目はまだあった。
それに対し、冷ややかな視線でため息をつくAIルル。
「……だから、お前は…………いや、いい。付き合うのもいいが、またすぐに邪魔が入るのは目に見えているだろ……」
モンスターの鳴き声と、地鳴りのような音が響いている。
それは段々と近づいてきていた。それを倒した所で次々と湧いてくるのは理解していた。
「……わかっている」
渋々と矛を収める、一刻も早く戻りたいが、このAIルルとの決着はきちんとつけたい。
そのためにはこんな事をやらかした馬鹿に急を据えなければいけない。
「それで……私はロゼの方へ行くが、お前はアイの方へ行くのか?」
「いや、ロゼッタを止めれば解決するのなら、私もそちらに行く。お前、一人じゃ難しいだろうからな」
「何言ってんだ……ロゼなら、一発ぶん殴って終わりだろ」
これまでの諸々含めロゼッタは色々と清算するべきだ。
「ハ……驚いたな。お前の拳は言葉よりも相手と円滑にコミュニケーションを取れるのか」
腰に手を当てて、AIルルは呆れたように鼻で笑う。
妙に様になっている姿に腹が立つ。
「だったら、まずは、お前を殴らなきゃな」
「やってみるか? 当たるといいがな」
「……このAIは、どうしてこんな皮肉屋になってしまったんだ……」
「鏡を見るといい。そこに答えがある」
いがみ合いながらも観客席の方へと向かう。
階段をいくつか登り、ひび割れた空が見える観客席に出る。
椅子が並べられたそこには通路に入り切らないようなサイズのモンスターが徘徊していた。
モンスターに注意しながら走り抜ける。
ロゼッタがいるであろう場所の近くから観客席に出ただけあり、探さずともすぐに見つかった。
ロゼッタもこちらを認識して不敵に笑う。
「意外だな……二人で来たんですか」
「やっほー。ルルさんにー、クッソムシさーん」
そこにはロゼッタともう一人、予想外の人物。
「うわ……くくる……お前がいるって事は、お前が黒幕か」
「ヒャハ、よくわかりましたね。もーちろんですよー」
満面の笑みを浮かべたくくるが素直に頷く。そんなくくるを隣にいるロゼッタが強く睨みつける。
「いや、ちげぇですし! 何、勝手に頷いてんですか、ぶっ殺すぞ!」
「やだー、変な敬語でたー。ヒャハハ、さっきまで普通だったのにー、ねー、どうしてー? なんでー?」
口に手を当てて含み笑いを浮かべながらくくるがロゼッタを煽る。
全方位に攻撃するこいつは一体なんなんだろうかと考えたところで、くくるを相手にしても仕方ないので見なかった事にした。
「知るか、シネ!」
ロゼッタが切れてくくるの足を蹴ろうとするが、それを軽く避けている。
一つため息をついて、隣にいたAIルルが前に出て剣を抜く。
それ反応してくくるが大鎌を構え、周囲のモンスターがロゼッタを守るように展開する。
その動きから察するに、ロゼッタがモンスターを操っているのは間違いないらしい。
「ロゼッタ……あれを止めろ」
「イヤだね」
AIルルは目を細め「そうか」と一言残して攻撃しようとするのを手で止める。
不満気だがAIルルは一歩下がり、交代で前に出る。
「何でこんななことしてんだ、ロゼ」
「いります? 理由なんて」
「あのバグモンに倒されたら意識不明になるんだぞ! 悪ふざけじゃ済まないだろうが!」
「バグモンとか誰が言い出したか知らないけどさぁ、ほんとネーミングセンス無いよな、この子達には亜号って名前がある……アレ? ルルに言ったっけかコレ。まぁいいか」
「ロゼちゃん適当ー」
茶化すようなくくるに全員が黙れという視線を送る。
むしろ、くくるは喜んでいるようだった。ロゼッタは諦めたようにくくるからこちらに視線を移す。
「ルルはさぁ……どうして意識不明になるのか。考えました?」
「……いや」
「……別に脳に異常が出る訳でもない。意識不明って言っても医学的な説明は何もできていないんだよ。……僕はずっとそれがなんでなのか考えてた」
「ずっと……?」
「そう、ずっと。アンノウンができた時から、ずっと」
アンノウンで意識不明者が最初に出たのはライムワールドのエリアが解放されてからだ。
なぜ、と思ったがすぐに思い至る。
アンノウンより以前、レインクライシス時代に起きたNCVRMMO自体が規制されるきっかけの事件。
「ロゼ……お前……関わってないって、言ってなかったか?」
勿論、当時、すぐにロゼッタに連絡を入れて無事を確認した。
その時、平気そうな顔でロゼッタは笑っていたのを憶えている。
「僕は関わってなかった。当時、亜号の開発の方に注力していましたから。でも、その時の被害者……いや自業自得だから、そうは言わないな。まぁいいや、ウチの姉貴なんだよ。意識不明になったやつって」
「……は?」
「そっちのAIのルル様は知ってるよね。……ウチの姉貴」
AIルルが舌打ちをする。
「アンノウンの……私達、管理AIの間接的な生みの親だ」
アイが言っていたアンノウンを作った天才。
きっと、それがロゼッタの姉。
「そいうこと、で、現実に行ったルルや、亜号からの情報で、ようやく今になって僕は気づけたんだ。意識不明というのはただの結果。生と死を繰り返す事で、この世界の方に適応していただけだと」
「世界に……適応した?」
「そう、適応すると、NCVRのデバイスを用いずとも、脳と直接この世界と繋がり続けられる。面白いだろ。亜号はそれをほんの少し早めてるだけ」
「……意識不明な事に代わりはないだろうが」
「別にいいだろ。どうせここにいるやつのリアルなんてクソみたいな人生だ。それに、どうせ、全部、重なる」
「どういう事だよ?」
「ざっと計算して2117人」
唐突に出てきた数字に首を傾げる。
それに反応したのはAIルルだった。
「まさか、ロゼッタ……お前」
「そう、現実とアンノウンが繋がる。元々、重なろうとしていた力の方が強いんだ。それを姉貴が無理に遠ざけていた。けれど、短時間で数千人をアンノウンに繋げることによって、一気に世界が引きつけあい、重ならせる事かできる」
両手で包み込むように手を叩くロゼッタ。
あまりに規模が大きすぎてイメージがつかない。
「……? いや……なんだそれ? どうなるんだ?」
理解できないで辺りを見回すと、AIルルがため息混じりに補足を入れてくれる。
「同次元でありながら、この世界は現実とずれている。現実とアンノウンでのあらゆる法則が混じり、新たな法則として機能する」
「……つまり?」
「現実で魔法が使えたり、ドラゴンがリスボンしたりするかもな。もし、その時、亜号が支配していたら、それこそ現実でもあらゆるものを自由にできるかもしれない」
現実がゲームになる。
AIルルの説明的に、そういう事なんだろう。
そして、亜号というマスターツールで現実を神のように支配する。
「どう、面白いでしょ……」
口元を抑えながら、気色悪く微笑んでいるくくるはそれを受け入れたのか。
AIルルはロゼッタを睨みつけている。
「なぁ、ルル。──世界の半分を僕と分け合わないか」
無邪気な笑みを浮かべながら。
ロゼッタはこちらに手を伸ばしていた。