「……いや、世界とか別にいらんし、私はそう言うのは必要ない」
そうはっきりと断ると、ロゼッタは予想していなかったのか、呆気に取られたように口を開いたまま固まってしまう。
「ぁ…………はぁ?」
そう小首を傾げ、言葉を反芻していたのかロゼッタは顔を真っ赤にする。
「なんでだよ! ルルだって、ずっとあんなリアルはクソだって言ってたろ」
「そうだな、リアルなんてレベル上げしても隠しステータスだし、イベントもバランス調整も無茶苦茶……ほんと、どうしようもない」
「だったら!」
「でも、ゲームはゲームだからいいんだよ。リアルをゲームにしたら、きっとつまらないものにしかならない」
「……だから……だから、面白くしたらいいじゃねぇか! 何だってできるなら、いくらでも方法はある!」
「それを選ばなかったのは私達だ。リアルを面白くする方法なんてのは、きっと幾らでもあった。でも、この世界でゲームをする方が面白くて好きだから、私達はここにいるんだ」
「それは選んだじゃない! それしか逃げ場がなかったからだろ! だから、今度こそって思わねぇのかよ!」
「思わないな。いくらお前が、世界を作り変えても、それがどんなに夢や希望に溢れていて面白い世界だって。私はその世界の片隅でゲームをしているよ。ルルとしてな」
その答えに顔を引きつらせ、ロゼッタは目を細めた。
そして諦めたかのように大きくため息を吐く。
「はぁ…………ばっかみてぇ……」
「ヒャハハ、振られちゃったねロゼちゃん、かわいそー」
「……黙れよ、くくる。今、茶化されると本気で殺したくなるから」
杖を大きく掲げ、そしてロゼッタは地面へと振り下ろす。
コツンという音が響き、それまでバラバラにうごいていたコロシアム中にいるモンスターが一斉にこちらを向く。
「もういい──壊せ、亜号」
それが号令となる。
飛びかかってくるモンスターの群れ。AIルルと共に走りだす。
会場にいる全てのモンスターが集まれば数に圧殺される。
それを防ぐには先手を取り続ける他ない。
そのためには最速でロゼッタを倒す。
それがわかっているから重なる。
息を吐く、同じタイミングで隣から息を吐く音が聞こえる。
足音すら完全に重なる。
ロゼッタを守るように前に出てくるミノタウロスのようなモンスターに向かい、剣を振るう。
ミノタウロスの腹部を切り裂き通り過ぎる。
いつもより浅い。
けれど、それでいい。
AIルルが反対から切っているのだから。
両側から斬られたミノタウロスが倒れていく。
妙な感覚だった。
もう一人の自分が隣にいる。
今まで様々な人とパーティーを組んできたが、これほどまでにやりやすい相手はいなかった。
次々と来るモンスターへの対処をしながら、ロゼッタの方へと距離を詰めていく。
ロゼッタへと十歩ほどの距離。
「……ヒャハッ」
三日月のような大鎌が振り下ろされた。
モンスターを影からくくるが攻撃してくる。
渾身のタイミングだったろうが、AIルルがモンスターを蹴り、くくるの方へと押し込ませ勢いを削ぐ。
そのおかげで、咄嗟に横飛びで回避して距離を取れた。
そして、AIルルとくくるを挟み撃ちにするように左右から反撃する。
それを大鎌でくくるは防ぐが、元々、取り回しのいい武器ではない。くくるも不利を悟っていても抜け出すことは叶わない。
「……二人がかりとは卑怯じゃないですか!」
「お前が言うな!」
足を止めたために大量のモンスターが後ろから迫っている。ほんの数秒で形成は逆転する。
それまで凌ぎきればくくるの勝ち。
だから、剣を投げる。
一つではない。
くくるの奥にいるAIルルも剣を投げていた。
両方向から攻撃のタイミングを外して飛んでくる剣。普通ならば反応できないようなそれを、くくるは完璧に見切り、大鎌で弾く。
流石という他ない。
それでも。
次点が間に合わない。
弾き飛ばした剣を空中で受け止める。
それはAIルルの持っていた剣。AIルルの手には私の剣が。
斬撃が重なる。
「……クヒャ」
瞬間、くくるは大鎌を放り出し、無理な体制から足の瞬発力のみで転がるようにロゼッタとは逆方向へと逃げる。
剣はくくるにダメージを与えはしたが、致命傷まではいかなかった。
「チッ……」
どんな時でも全てを捨てて逃げるという選択肢を取れる。
それが、くくるの強みであり限界なのだろう。AIルルの目はすでに転がっていったくくるからロゼッタへと移っている。
ロゼッタは逃げるタイミングはあったはずなのに、まるで場所を変えていない。
おそらく、符術の仕掛けがある。
それでも前に進む。
地面から炎の球が飛び出す、地雷型の符術。分かっていれば対処はできる。
ロゼッタまで五歩の距離。
そこはすでに間合いの内側、AIルルと共に剣を振りかぶる。
「言ったよな。あんま舐め腐ってると痛い目みせてやるって!」
ロゼッタがそう言うと、杖を振る。
カウンターかと警戒するが杖の振り方もタイミングもまるであっていない。
瞬間、視界が弾けた。
符術ではない。
杖で殴り飛ばされていた。
空中で体制を整え着地する。
「なんだそれ……」
ダメージはそれほどないが、ロゼッタの動きの過程が見えなかった。
剣の技術とかそういう類のものではない。明らかに届かない間合いから殴られて吹き飛ばされた。
「チートツールだ……」
ロゼッタを睨みつけながらAIルルが絞り出すような声を出す。
「そう、ここはもう、僕の土俵だ。自機位置の変更、行動予測、自動追跡、その程度しか用意できなかったけどな」
自分の手札を晒してくるのはそれ以外にもまだ何かを持っているからか、ただの慢心か。
これまでアンノウン内でのチートはアイが決めた範囲でしかできなかったが、ロゼッタはそれを超えてきたのだ。きっと解析の副産物なのだろう。
「……卑怯くせぇ」
「元々、レイクラはチートツール同士の殴り合いなんですよ!」
そう宣言するロゼッタの足元から大量の符術が光り、追尾機能を持った炎が幾つも放出された。