AIルルが催促するように剣で手招きするのようなジェスチャする。
「……いや、流石に疲れたんで少し休みたいんだけど」
諸々の疲労感から再び地面に背中を付ける。
気の抜けたような声でAIルルはため息をつき、再び腰をおろす。
「そうか……まぁ、好きにすればいい」
座りこんだAIルルを観察する。
茜色のメッシュが入った特徴的な左髪にアシンメトリーな服。
髪を弄る仕草まで全て思い描いた姿そのままだった。
こちらの視線に気づいたのか睨み返すように見つめてくる。
「……なんだ?」
「いや……なぁ、ここは?」
「私の固有エリアだ。アイが消えて、亜号も消えた、暫定的に残った権限が私の方に来たからな、お前を連れてきた」
最初に来た時は黒かったこのエリア。
今は真っ白な世界がどこまでも続いていた。
「……亜号やテトテトニャンはどうなったんだ?」
「お前も見ていただろう。ライムワールドのエリアごと亜号のほとんどは消失したよ」
エリアごと。
世界が崩壊して見えたのはその影響か。
「とはいえ、そのおかげでアンノウンはゲームとしてはすでに停止している。おそらく、もう再開する事はないだろうな」
「は!? なんでだよ!」
あまりに寝耳に水な言葉に驚いて顔を上げてしまう。
淡々とした表情でAIルルは続ける。
「二つの世界が重なりかけている。それを止めるには無理矢理にでも切り離す必要がある」
「切り離す……?」
「一度、引き付けあったんだ、どちらかが離れる必要がある。それは物理法則でも同じだろ」
磁石がくっつく寸前な状態なのかもしれない。
だから、今まで通りの生活を送るなら、どちらかが離れていく必要がある。
それがアンノウンだったという事だろう。
「……なんとかならないのか」
「ならない……なにせ、なんとかするための方法がこれなんだ」
現実とアンノウンを重ならせないために、繋がりを断つ。
つまりそういう事なのだろう。
「まぁ、いずれお前達が自力でこちら側に来るときには状況も変わっているだろうがな」
「自力で?」
それは何年先になるのか、一人の天才が偶然で繋いだ世界を再び繋ぎ直すというのはどれだけの時間がかかるのか。
もしかしたら、自分が生きているうちには無理かもしれない。
「所詮、同次元にあるんだ。どうとでもなる。世界なんてのは見方を変えるだけで変わるもの。きっと……その程度のものなんだから」
まるで自分に言い聞かせるようにAIルルは呟く。
それは私には理解できない感覚だった。
だからこそ、どうしようもなく理解できなかった。
このAIが自分から生まれたのに、自分とは違う思考を持つ事が認められなかった。
「お前は……変わったのか?」
「変わったんじゃない。変えたんだ。私はこの私を選んだ、だから私はお前だったけれど……もう、お前じゃないし、お前は私じゃない」
それはきっと私にはできなかった事。
だから、羨ましく。眩しく感じる。
「現実なんてクソだったろ……」
「クソだった」
「だったら……逃げてもいいだろうが」
「そうか…………なら、今からでも、この世界を重ならせる方法はある。お前は……どうしたい?」
「それは……」
ロゼッタがやろうとしていたこと。
世界が交われば確かに面白くなるかもしれない。
アンノウンで一生を暮らせるかもしれない。
少しはマシになるかもしれない。
けれど。
「必要ない。ゲームはゲームであってほしい。私も面白かったで終わらせたい」
瞬間、覚悟を決めたように。
「そうか……なら、始めようか……」
互いに立ち上がる。
剣を手に。
目の前に立つのはよく見知った顔。
もう一人の自分だったもの。
かつて、似たような光景を思い出す。
ライムワールドの終了時、無空竜と戦った時。
二度と勝てないという絶望。
現実に引き戻されたような焦燥感。
きっと勝っていたとしても、気持ちのいい終わり方ではなかった。
それでも。
勝てば何かが変わっていたかもしれない。
だから。
剣を構える。
疲労していた精神を総動員する。
持久戦ならば疲労の濃いこちらが不利になる。
幸いにも雑音はない。
感覚を研ぎ澄まし、ただの一撃に全てをかける。
相手もそのつもりなのを察する。
吸い込まれそうな程に真剣な瞳、互いに互いの限界は見えていた。
だから、これまでの全ての経験を乗せて、一歩を踏みしめる。
それはこれまでにない一歩。
勝つための一歩。
叫ぶ。
ありったけを込めて。
あらゆる感情を込めて、ただの一撃を振るう。
きっと、これが最後になるから。
全てをかけて振り抜いた。
一瞬の衝撃。
そして静寂があたりを包む。
「私といた時間……楽しかったか?」
それはきっと、今のことじゃない。
ライムワールドで共にすごした時間、アンノウンで共にいた時間。
ずっと一緒にいたかけがえのない半身。
栄光も。
成長も。
挫折も。
絶望も。
全てを共にしてきたから。
「楽しかったに決まってるだろ……」
最初は自己否定だった。
自分とは違う、誰かになりたかった。
体も。
思考も。
性別も。
でもそんな人になりたいと願った。
強くありたいと本気で願った。
「……私もだよ」
初めて戦ったボスも。
苦労して集めたレアアイテムも。
数年かけて集めた経験値も。
心を許せる仲間ができたのも。
心の中にいつも、理想とするもう一人の自分がいたから。
「だから……私は私でいれたんだ」
どうしようもなく弱かった自分が。
少しでも強くなるために。
ルルというキャラが生まれた。
「そう、だからこそ──ここが私達のエンディングだ」
今、それを乗り越えてしまったのだから。
世界は白く。
「私は──」
淡く。
消えていった。