ルル・ルール・ルル -今日も私はゲームをする-   作:空の間

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33- 冒険は終わらない

 

 

 

 立って歩く。

 ただそれだけの事がどうしようもなく難しい。

 踏み込むことはおろか力の入れ方を忘れたように体制が崩れる。

 

 松葉杖に体を任せ、覚束ない足に力を入れてなんとかバランスを取る。

 それだけの事に全身の筋肉をかけなければならない情けなさ。滴る汗は髪を濡らし、それでもなんとか立ち上がる。

 足を這いずるように一歩、一歩と歩きだす。

 

「手、貸そうか?」

 

「いや……大丈夫だ……」

 

「そう」

 

 たった数十メートルの距離を十分ほどかけて歩きぬく。

 何処までも続くような気がする階段を一段一段とスロープを辿るように登る。

 屋上へと出る扉をなんとか体で押し開け。そして、一番に近いベンチへと息も絶え絶えに倒れ込むように寝転がった。

 

「……やっと……ついた」

 

 息を整えながら汗で滲む目をこすり、空を見上げる。

 何処までも続く青い空。風と共に雲がゆっくりと流れていく。

 それを邪魔するように黒い髪の少女の顔が映った。

 

「ちょっとー。僕の席がないんだけど」

 

「……うっせ、地面にでも座ってればいいだろ」

 

「このクソ兄貴めー。リハビリに付き合う僕の身にもなってよ」

 

 そう言って無理矢理足をどかし椅子に座る少女。

 妹の玲奈。

 学校の帰りなのか制服を着て、短く切りそろえた黒い髪をいじりながらスマホを取り出していた。

 

「よくいうよ……お前、来年、大学だっけか?」

 

「そうだよ。つか、お前とか言うなし、むかつく」

 

 気の強い性格は誰に似たのか。

 僕という一人称といい、何処かロゼッタに似ているけれど、別物である。

 

「……受験はいいのかよ」

 

「とっくに終わってるよ。というか今の時期に決めてない人はもう留年か就職でしょ」

 

「……私が決まったのはもう少し後だったけどな」

 

「そうだっけ? ま、兄ちゃんすぐに辞めちゃったから関係ないんじゃない」

 

「それもそうか………」

 

 あれから三日。

 現実に戻ってきて、もう三日たった。

 目が覚めたときには病院のベッドの上だった。

 いったい、あのAIルルは何をやらかしたのやらと思っていたけれど、単純にあまりにゲームから戻らない私を妹が心配して強制停止したところ、意識が戻らなくて病院に運ばれたらしい。

 

 そして、同じタイミングで世界中で数百人程の意識不明者が出た報道をされた。

 けれど、最新の医療技術で検査しても全く理由がわからなかったらしく、まずNCVRデバイスの不正利用と取りざたされた。

 その時にはすでにアンノウンはメンテ中という文字が出てログインできなかったようだ。

 

 そして、半日程たち、まるで何事もなかったかのように、ほぼ全員が意識を取り戻した。

 中にはNCVRデバイスをつけていなかったにも関わらず回復したという事例もあり、集団催眠のようなものでもかけられていたのでは、などと推測されたりもした。

 実際は次元がどうとかもっと意味不明な事だっただけに、推測の方がよっぽど現実身があった。

 当事者でなければ。

 

 とはいえ、それ以降。

 アンノウンというゲームは忽然と姿を消した。

 あれほどあった攻略サイトも、掲示板も、まるで泡沫の夢だったかのように、ネットに繋いでいたデータは跡形もなく全てが消えていた。

 残ったのはネットに繋げていなかったデータと、印刷された紙媒体、そしてプレイヤーの記憶の中。

 

 アンノウンという世界が、本当に全ての繋がりを断ったという事だろう。

 あまりの徹底ぶりに政府の関与があったなど、様々な陰謀論や推論があげられた。

 まるで、それは鬱憤を晴らすようで。

 かつてのライムワールドの終焉を思い起こさせた。

 

 一つのゲームが終わり。

 ただ、それだけの事なのに。

 

 そこには様々な思い出だけが残っていて、それがどうしようもなく、涙を溢れさせる。

 泣いて泣いて泣いてひとしきり泣いて。

 

 そしてようやく前に進もうとして自分の体がまともに動かない事を思い出す。

 歩くだけでどうしようもなく不自由なこの体。

 それでも、この世界を選択したのは私自身。

 

 屋上に出たのは今の自分という存在がどこまでできるのか知りたかったからだ。

 その結果、どうしようもない体たらくで笑いが止まらなかった。

 気でも触れたのかと玲奈には不審な目で見られたが、気にしない。

 

 再び、行きと同じ時間をかけて病室に戻ると玲奈は自分の仕事は終わったと、さっさと帰る支度をする。

 色々と部活用の鞄の中から色々と取り出してくる。

 

「……ほい、これ着替えと……あ、そうだ、後これ頼まれてたの」

 

 そう言って渡されたのは、カセットを入れるタイプの小さな携帯ゲーム機だった。

 とっくに生産は終了して、もう中古ショップでも見なくなったゲーム機。

 なぜか、ふと、やりたくなったのだ。

 

「……ありがとな」

 

「感謝してよ」

 

 そう、ぎこちなく笑い玲奈は帰っていった。

 現実に戻ってきてから妙に優しくなった気もするが、もしかしたら、AIルルが何かしたのかもしれない。

 とはいえ、それを聞くのも藪蛇をつつくような感じもしていた。

 

 狭い病室で一人になる。

 ゲーム機は充電されておらずつかなかった。

 仕方無しに窓から空を見上げる。

 空にはヒビ割れなどあるはずもなく、ただ夕暮れが輝いていた。

 

 携帯ゲーム機の充電が少しだけ進み電源をつけれるようになる。充電器を刺しながら電源をつける。

 ゲーム機のロゴが出て、ゲームを選ぶ画面が映る。

 アイコンを押すと、そこには様々なゲームのセーブデータがあった。

 

 一つ、一つ、思い出すようになぞっていく。

 懐かしい気持ちになるもの。

 こんなのもやったなと思うもの。

 またやろうかと思うもの。

 タイトルくらいしか覚えていないもの。

 

 様々なデータが流れていく。

 

 ふと、画面にノイズが走る。

 古いゲーム機だしそういう事もあるかと首をひねるが、二度三度とノイズが走り出す。

 

「……な……!」

 

 一瞬の倦怠感に襲われ、画面を見ると。

 そこには青白い人影が映っていた。

 

 アンノウンのワイヤードゴースト。

 すべての始まり。

 

「なんで…………」

 

 ここはまぎれもない現実だというのに。

 その境界線を突き破るように。

 アンノウンで出会った時のように少女は笑っていた。

 その顔はどうしようもなく見覚えがあり、見間違えるはずもない。

 

「なんで……そこにいるんだ、ソラ!」

 

『さぁ、正真正銘、ラストゲームだよ。ルル』

 

 窓から巨大な生物の咆哮が響き渡った。窓ガラスが振動でガタガタと震える。

 空がヒビ割れ、黄金の光が差す。

 

 その先からゆっくりと姿を現すソレ。

 竜。

 それもただの竜じゃない。

 太陽を背に、神々しく青白い鱗を輝かす。

 

 

『命をかけて──挑んでよ』

 

 

 無空竜ディーフィアが現実として、そこにいた。

 

 


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