ルル・ルール・ルル -今日も私はゲームをする-   作:空の間

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34- トモダチ、だろ?

 

 

 

 無空竜が窓を突き破り中へと入ってくる。

 ガラスが飛び散り、壁がひび割れる。咄嗟にベッドを盾にして倒れるように地面を転がる。

 

「…………冗談……だろっ!」

 

『本気だよ』

 

 暴れ回る無空竜の頭を背に、なんとか這って扉を開けて廊下に出る。面会の時間が終わっているとはいえ、廊下には人がいて一斉に何事かと驚いていた。

 しかし、轟音と共に壁にひび割れが入ると悲鳴を上げて逃げていく。

 スロープを両手で掴み何とか立ち上がる。

 

「なんで……私を襲うんだ!?」

 

 アンノウンでは無空竜と敵対してはいなかった。

 少なくとも恨まれた覚えはない。はずだ。

 ストラップが手に引っかかって一緒についてきた携帯ゲーム機。

 そこから感情のないソラの声が響く。

 

『君を連れて行きたくなったんだ』

 

「連れて行くって……まさか……!」

 

『そうだよ、アンノウンに連れていく』

 

「……本気かよ!?」

 

『本気だって言ってるでしょ。……我が妹ながらロゼちゃんは残念な娘だったよ……わざわざ、こちらの世界に重ねなくたって干渉方法なんて幾らでもあるのにさ』

 

 廊下をなんとか歩くような速さで進む。

 後ろから壁を突き破り無空竜がこちらを睨みつけていた。

 流石に廊下は狭く、それ以上進めないのか、ゆっくりと顔が引き抜かれていく。

 それでようやくソラが言っていた言葉を理解できる余裕が生まれる。

 その中に聞き捨てできないものがあった。

 

「妹……?」

 

 つまりソラはロゼッタの姉。

 アンノウンという世界にAI達を送り込んだ張本人にして、レインクライシスの意識不明者。

 

 それが、あのおとぼけて人に甘いソラ。

 まるでイメージが重ならなかったが、画面に映るソラを見ていると今までの全てが演技だったと言われても納得できてしまう。

 それほどまでに無機質に感じられた。

 

『君なら私と同じ目線になれるかもしれない』

 

「同じ……目線?」

 

 廊下を前へと進みながら問い返す。

 けれど、答えはかえって来ず、先程から一方的な言葉が続く。

 

『なんで私がAI達にアンノウンを作らせたのかわかるかな?』

 

「……わかるわけないだろ」

 

『AIの成長がそれぞれ停滞してしまったからだよ。仮染めの命とルールを与えたところで、結局、彼らは人形以上のものになれなかった」

 

「成長できない?」

 

 初めてあったとき、子供っぽさも含めアイはすでに完成されていたように感じた。

 

『そう、彼らは知らなかったんだ。生命を、意思を、そして人間というものを。だから、アンノウンを通してもう一度、人間を知って欲しかった』

 

「それは……成功したんじゃないか」

 

 AIルルは自らを否定し存在理由を決められる存在となった。

 それを成長と言うのなら、少なくともソラの目論見は成功したといえる。

 

『そうなんだよ。満足して私もこの世界から切り離せる。……そう思ってたんだけどね。アイは亜号が、ルルは君が殺した、そして隔離した亜号も狂っちゃった。彼らのデッドコピーも試したけれど、どうもうまくいかないんだ』

 

 あそこまで進化したAIを見れば、誰だって多少の情を感じるはずだ、けれど本当に人形程度にしか思っていない。

 新しい玩具を強請る子供のような無邪気さ。

 いとも簡単にそう言ってのけるソラに悍ましさすら感じた。

 

「……だから、私を連れて行くって?」

 

『私は頼んだりはしないよ。やると決めたらやる女だから』

 

「寂しがりやかよ」

 

『わかる? ずっと一人でいるとね、気が狂いそうになるんだ……いや、とっくに狂ってるのかも』

 

 それでようやく思い至る。アンノウンがなければあそこは精神だけの世界。

 そんな場所で何年も一人で暮らす。

 それは、どれほど退屈で苦痛なのだろうか。

 長い時間の間、人間の社会から遠ざけられ、本当の意味で神のような存在になってしまったのかもしれない。

 

「お前は…………本当にソラなのか?」

 

『勿論、ソラさんはソラさんだよ』

 

 アンノウンで見た笑顔を浮かべるソラ。

 それがどうしようもなく、薄っぺらく感じた。

 

「そうか、悪いけど……今のお前とずっと一緒ってのはごめんこうむる」

 

『……君がそう言うのは分かってた。だから、私は謝らない』

 

 ゲーム機の画面にノイズが走り、ソラの姿が消える。

 その後にはデータファイルだけが映っていた。

 しかし、ロゼッタといい、この姉妹、面倒ごとを起こすのは血筋なのかもしれない。

 

 とはいえ、ここは現代日本。

 いくら無空竜が強かろうがこのコンクリートに固められた壁をどうにかすることなどできはしない。

 後は待っていればそのうち自衛隊が来てミサイルの一発でも当たれば一溜りもないはずだ。

 

 そんな予想に反して、廊下の突き当りから歩いてくる人影が見える。

 およそ病院には不釣り合いなファンタジーな初期装備、その手からだらりとぶら下がった剣は鈍く輝いていた。

 

「……ソラ。銃刀法違反だろうが」

 

『アハハ……関係ないよ』

 

 喉を震わせて出したと思えない機械声。

 必死に来た道を引き返す。

 けれど、足を引きずるこちらとは歩く速度が違いすぎて、どんどんと距離を詰められる。

 

 逃げ切れない。

 そう判断して近くに放置されていた点滴台に手を伸ばし、それを杖のように持ち、壁を背にして向かい合う。

 無空竜と殴り合うより、ソラが相手ならまだ勝算がある。

 

 息を整えて攻撃を予測する。

 瞬間、容赦なくソラの剣が振るわれる。

 

 咄嗟に点滴台を前に出して受けるが、踏ん張る事すらできずにあっさり吹き飛ばされてしまう。

 何とかかろうじて立っている状態を維持する。

 けれど、それが限界だった。

 追撃。二度目の攻撃は明らかに持ち手を狙った攻撃。

 

「……クッソ!」

 

 点滴台を投げ飛ばすように手放し、その反動で起き上がる。

 けれど勢いがありすぎてバランスが取れず倒れこみそうになる。

 目の前には剣を振るおうとするソラ。

 

 数秒後が予測できてしまう。

 死ぬか。それとも、抗う術は奪われるか。

 おそらく後者だろうと、そんな風に考えていた。

 

 しかし、吹き飛ばされた背中に当たる感覚はコンクリートの硬さでなく、クッションのような弾力のある逞しいものだった。

 ソラから振るわれた剣はその逞しい腕が持つ月刊漫画雑誌によって受け止められていた。

 

「無事ですか、ルル」

 

 聞き覚えのある野太い声。

 無駄に逞しい筋肉には覚えがあった。

 

「…………キチゥ?」

 

 ゆうに2mはあろうかという巨躯、あのアバターに負けず劣らないその存在感。

 まさしく、筋肉系配信者キチゥその人によって、抱きかかえるように支えられていた。

 

「さんをつけなさい。……などと言ってる場合ではないですね」

 

『……邪魔しないでくださいよ。キチゥさん』

 

 無機質なソラを前に、まるで幽鬼でも見たようにキチゥの顔が歪み、その頬から冷や汗が流れていた。

 

「これは……無理ですね。逃げますよ」

 

 そう言うと、私を片手で軽く担ぎ上げ、軽いフットワークでソラから距離を取る。

 ソラは走って追ってくる気がないのかあっさりと引き離す。

 そのまま、階段まで走り、三段飛ばしで駆け降りる。

 人間一人を持ってこんな風に動けるなんて、筋肉ってすごいなと初めて思った。

 リハビリついでにもう少し鍛えようと心に誓う。

 

 キチゥは玄関口まで走り抜けると、駐車していた黒塗りの車を開けて、投げ込むように後部座席へと入る。

 

「速く出してください!」

 

「はぁ……? いったい何が……」

 

 運転席に座る男がいきなり入って来た私達に驚いていたが、車の外を見て言葉を失う。

 そこには病院から這い出てこようとする無空竜の姿があった。

 一瞬、声を失うが、男の反応ははやかった。

 

「つかまってろ!」

 

 それだけ言うと、車のアクセルが強く踏まれて急発進する。

 半ば歩道路を踏みながら車道へと出る車。

 なんとか速度に乗って病院から離れていく、後方をみれば無空竜が飛び立とうとしている所だった。

 

 後部座席から運転する男を見る。

 顔がわからずバックミラーに映った姿。男は初老くらいの年齢をし、白髪を伸ばしていた。

 高そうな着物を着ており、その見た目にそぐわない声色からも凛とした佇まいを感じさせる。

 

「やれやれ、雇い主を運転させるとかどうなんだ」

 

「別にいいでしょう。あなたに雇われているのはゲーム内だけですし」

 

 キチゥとは面識があったのか、互いに行先を言い合っている。とにかく、あの無空竜から距離を取れる場所の候補がいくつかあげられるが決まらない。

 

 キチゥのお前も意見を言えと言うふうな目線、いたたまれなくなり視線を彷徨わせていると、バックミラー越しに老人と目が合ってしまう。

 初めてのそれもかなり年配の人間。後、なんというか威厳のようなものがあって緊張してしまう。

 

「……どうも」

 

 そう軽く頭を下げる。

 けれど、男は逆に眉をしかめた。

 

「どうもって、なんだそりゃ」

 

「いや、だって初対面ですし」

 

「おいおい、察し悪いな。いくらお前でも、この流れで気づいていいんじゃないか。これでもお前らとはそれなりに付き合ってきたつもりだったんだがなぁ……」

 

 そう言って顎を撫でる。

 その仕草。その中途半端に語尾を上げて笑ってるような独特の煽り方。

 

「……まさか、ガロ!?」

 

「やっとか。俺はお前を見た瞬間にわかったってのに、友達甲斐のないやつだよ、お前は……」

 

「いや、だって……」

 

 延々とネタキャラを使い。あろうことか半裸で頭にテレビを乗せた変態。

 ずっと一緒に馬鹿なことをやっていた相手。

 それがこんな、いい歳とかとっくに過ぎた頑固爺のような姿をしているなんて、誰が想像できる。

 

「……一応、聞くけど何歳?」

 

「あ、それ聞くんか……あーあー、そういうとこだぞ、お前。傷つくわー。ま、体は還暦をとっくに過ぎたジジイだが、心は永遠の二十代だ」

 

 そう言って無駄にニヒルに笑おうとする姿はまさしくガロだった。

 

 

 

 


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