ニートと同じような時間帯にずっとインしてる癖に、ガロのどこからそんな金が湧いてくるのかと疑問に思っていたが。
「年金か……私達が払った税金でガチャ回してやがったのか」
車を運転しながらガロが大きくため息をつく。
「いや貯金だし。後、そういうのはお前さ。まともに働いてから言えよ」
ぐうの音もでないほどの正論なのだが、これがガロから言われたと思うと何故か腹が立つ。
かなり前だが無職だと言っていた覚えもあるし、その時あまり深く聞くのもよくはないかと流したのだが。少し裏切られた気分になった。
隣でスマホをいじりながらキチゥがため息をつく。
「そもそも、その人。月の課金額が一般の年金で賄える額を普通に超えていますしね」
「まぁ、ゲームでいくら課金しようがせいぜい数百万単位だろ。それで満足感が得られるんだから安上がりじゃないか」
何を自慢気に言ってるんだこいつは。
金額に対する価値観が違うとは思っていたが、まさかここまでだったなんて。
「ガロって、そんな金持ちなの? 社長?」
「大昔はそういうのもやってたが、向いてなくてな、すぐに足を洗っちまった。その後は、そうだな、ちょっと額のでかい投資家みたいなもんを、ずーとな」
茶化すように笑うとその頬にある皺が寄る。
アンノウンでもネルドアリアでもリアルマネートレードをずっとやってたし、そういうのが好きだったんだろう。
「FXで儲けた口か」
自分が生まれる少し前には投資バブルとも言える時代があったらしい。
今では統計学の発達とAIによる管理により、昔ほど値段の振れ幅が無くなったため、大きな事件でもない限り儲けは微々たるものだそうだ。
「ま、金の流れは人の流れ、引いては社会の流れだ。知っておいて損はない。教えてやるから、ルルもやってみるか?」
「そうだな……とりあえず、後ろの何とかしたら考えるか」
後ろから空を飛び、猛スピードで追ってくる無空竜。
「……そうだったな。おい、キチゥ」
「なんです。今、ゴーグル先生にドラゴンの倒し方を聞いていましたが、どうやら粉塵爆発というものでいけるらしいですよ。流石、ゴーグル先生は物知りですね」
何をスマホで調べているのかと思ったが。
明らかに役に立たなさそうな情報なんですがそれは。
「……なるほど、粉塵爆発か」
「え、納得するんだ?」
ガロが一つ頷き指をさす。
「椅子の下にトランクがあるだろ。開けろ。キーはいつものやつ、暗証番号は37564だ」
物騒だな。
キチゥが椅子の下から何か四角いトランクを取り出し、鍵を嵌めて暗証番号を入力する。
カシャという金属音の後、トランクが開く。
中には何処かでみたような銃が入っていた。
「これは……」
ネルドアリアでガロが愛用していた実弾銃だ。
SFじみたデザイン、四角い装飾がついた拳銃にしては大きいサイズ。
確か、名前はガルバ22。そのレプリカなのだろう。
「随分と厳重にしまってると思ったけど、コスプレ用かよ」
キチゥがそれを手に取り、慣れた手つきで一度解体してあっという間に戻す。
「中は普通の銃のようですね。どうしてこんな取り回しの悪い形にしてるんです、狙いが下がりますよこれ」
「俺の趣味だ。撃ち方はゲームと一緒だ」
本物の銃。
ゲーム内では様々なものを見てきたが、リアルのソレはかなりの重厚感があった。
「いや、これ銃刀法違反……」
「いいか、粉塵爆発したんだ故意じゃない。いいな?」
「えぇ……」
もう粉塵爆発ってなんだよ。
窓から身を乗り出しキチゥが両手で狙いをつける。元々、凛とした面立ちのためその姿は様になっていた。
一発、二発と耳に残る銃声が街に響く。
そして数秒しキチゥは車内に戻ってくる。
「……無理ですね。当たる気がしません」
「おい!」
「射線に入る前に避けられるんです。牽制にもなりそうにないのでルル、貴方がやりなさい」
そう言ってガルバ22の持ち手をこちらに向ける。
「は? マジで!?」
「ルル、貴方の勝負勘は決してゲームだからこそのモノではないはずです。読み、反射神経、対応力、その全てがあったから貴方は強かった。まさかできないとは言いませんよね?」
「ああ……クソ!」
ガルバ22を受け取ると、思っていた以上に重く、ずっしりとした冷たい鉄の質感が伝わってくる。
キチゥがやっていたように見様見真似で車内から乗り出す。
外は風が強く、何かにぶつかるんじゃないかと気が気でない。けれど、後ろからは無空竜が追い付いてきていた。
両手でガルバ22を構え、狙いをつける。
体はキチゥが支えてくれているおかげで大丈夫だが、車の微かな揺れで照準がぶれる。
それだけでなく、無空竜は狙いを付けさせないように緩急や左右へのフェイントをつけて飛んできている。
呼吸を整える。
全神経を集中させ、予測する。
狙うのは体。
無空竜が射線に入る一瞬。
引き金をひく。
轟音が響き、そして弾けた。
その反動で手が痺れ、思わずガルバ22を手放しそうになる。
「……ッツ」
銃弾は無空竜の頭上を通り過ぎていく。
狙った場所にはいっていたが、無空竜が引き金をひく瞬間にその羽を動かし避けたのだ。
キチゥが当たる気がしないと言っていたのはこの事なのだろう。
痺れる腕を抑え、もう一度、狙いを付ける。
「次は当てる……」
けれど、予想に反し無空竜は大きく上昇していく。
一瞬、諦めたのかと思ったがそんな訳がなく。
急降下してくる。
一直線にこの車を目掛けて。
その速度はそれまでの比じゃない。
「車を止めろ、ガロ!」
言うが早いか咄嗟にガロが急ブレーキをかけて、車がスリップしながら曲がる。
車の目の前の地面を突き破るようにように土煙があがった。
その衝撃で車体が揺れ動く。
なんとか寸前でキチゥが体を引き戻してくれたおかげで助かったが、全身が痛んだ。
状況を確認しようとフロントガラスの先を見ると。
無空竜と目があった。
咄嗟にガルバ22を構える。
けれど、まるでこちらを待っているように無空竜は何もしてこない。
ガロは頭を打ったらしく気絶していた、キチゥも庇うために無茶な姿勢をしたのか体をうずめて唸っている。
息を乱しながら銃口を無空竜に向けたまま、ゆっくりと車の扉を開けて外に出る。
こいつの狙いは元々、自分一人。
先ほどと違い武器はある。
車から距離を取るようにゆっくりと動く。
それに沿うように無空竜も歩いてくれる。
無空竜の大きさは充分大きいが規格外と呼べるものではない、その体躯は象くらいだ。
けれど、目の前にするともっと大きく感じられる。それは強者を前にした時に陥る錯覚。
無空竜はネームドモンスターとしてあらゆるトッププレイヤーを下した経験を持つ、まごうことなきライムワールドの最強。
足も満足に動かせないし、武器もどこまで効くかわからない。
追い詰められ、敗北が目の前にあると自覚する。
それが、かつてない命の危機である事も理解している。
「……ハハ」
なのに、笑みが漏れ、どうしようもなく心が昂ぶっていた。