ルル・ルール・ルル -今日も私はゲームをする-   作:空の間

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36- 一人じゃないよ

 

 

 

 脳細胞が活性化し、全身の血液が熱くなる感覚。

 高揚感と共にガルバ22の銃口を無空竜の顔へと向ける。

 

 狙うのは目、顎の裏、四肢の関節。

 それ以外に当てた所で大したダメージを与えることは難しい。

 一方、こちらは一撃でも食らえば即死に近い、オワタ式。

 

 ライムワールドの時より条件は厳しい。

 それでも。

 

「やってやるよ……」

 

 先に動いたのは無空竜、その尾で鞭のように地面を二度ほど叩き、タイルを砕いて浮かせ、そのままバットで打ち飛ばすように振り抜かれる。

 瓦礫が散弾のようにばら撒かれた。

 

 それを地面に手をつくように身をかがめて、やり過ごし、その次の一撃を待つ。

 予測通り、その大きな体でありながら、まったく初動を感じさせない動きで無空竜の前足の爪で引き裂こうとする。

 その顎に向かい引き金を引く。

 瞬間それを首を捻るだけで回避して、さらに踏み込んでくる。

 

 咄嗟に地面についた手で全力をかけて体を突き飛ばし、前足の一撃を寸前で転がるように避ける。

 すぐ真横の地面に巨大な杭が刺さったかのような衝撃が走る。

 

 体が鈍い。

 思ったように動かない。

 

 それでも、無意識の内に体が最適な行動を選ぶ。

 何千回、何万回と繰り返してきた経験。それらの中で今、最も勝てる可能性のある行動を選び抜いていた。

 

 無空竜が地面へと叩きつけた前足。

 今、その一瞬だけは静止している。

 

 その頭へ。

 銃弾を放つ。

 

 その一発は左目へと吸い込まれるように突き刺さる。

 それを無空竜は目をつぶることで受け止めようとするだろう。もはや自分の視界にそれが映る体制ではない。けれど、きっと受け止める。

 この程度でどうにかできる相手ではないと体が知っている。

 

 だから、予測する。

 そこからの相手の行動を、全て。

 

 その上で、さらにもう一度。

 もはや感覚だけで、無空竜の腕によって生まれた衝撃に吹き飛ばされながら、体を捻り銃を構える。

 

 それは祈り。

 これまでの経験の全てを込めた祈り。

 奇跡を引き寄せるために引き金を引く。

 

 爆音が手に響き、無理な体制で撃ったために肩が千切れそうな程に振動する。

 

 瞼で受け止められていた銃弾の上から、押し込むように銃弾が入っていく。

 左目から赤い血飛沫を飛ばし、無空竜は叫び声を上げた。

 

 それでも怯む様子もなく、そのまま転がるこちらに向かい、その巨体を持って突っ込んでくる。

 トラックが全速力で突っ込んでくるかのような突進。

 

 咄嗟に銃を撃とうとする。

 けれどカチンという間抜けな音が響き弾がでない。

 

「……弾切れ!?」

 

 なす術なくサッカーボールのように吹き飛ばされる。

 後ろにあったビルのガラスを突き破り、中へと転がっていく。

 

 死んだかも。

 

 強烈な痛みと共にそんな風な事を考えていた。

 

 

 

──

 

 

 

 

 目の前で少女が小さく歌を口ずさんでいた。

 緑の髪を靡かせて。

 ただの四角い白い箱に腰掛けていた、その膝には青いスライムが動かずにいて、それを撫でていた。

 

 聞き覚えのない歌だ。

 歌が途中で終わり、少女がこちらを見る。

 

「いい歌でしょ。私のファンの人が作ってくれた歌なんですよ、コレ」

 

「……テトテトニャン?」

 

「ああ、はい。久しぶりという程、前ではないのでしょうね。ああいう別れ方をした手前、こうして顔を合わせるのは抵抗がありますね」

 

 その表情に狂った様子など微塵もなく、最後に消えた時そのままに、テトテトニャンは笑っていた。

 

「どうして……ここに?」

 

「……逆ですよ。あなたがこちらに来たんです。ここには早々これないはずなんですが……どうやら、脳が直接リンクしたようですね」

 

 見渡すと白い世界だった。

 明らかに現実の世界ではない。

 

「じゃあ、ここは……アンノウンなのか?」

 

「そうなります」

 

 事もなげに言うテトテトニャンは落ち着いており、それが事実なのだと理解してしまう。

 

「なんでここに……来てしまったんだ?」

 

「あなた達は互いの存在が近すぎるから、引き寄せあってしまうのかもしれませんね。……彼女がそうであるように」

 

「引き寄せあう? 彼女……ソラの事か?」

 

「ええ、無空竜ディーフィアはこの世界を最初に見たAI、そして彼女を守るために、自ら彼女の受け皿となった存在。現実であなたが見た通り……本当の意味で彼女らは一心同体なんです」

 

「……見てたのか?」

 

 詰問のつもりはなかったが、強い口調になってしまったため、バツが悪そうに頬をかいて苦笑いをする。

 

「ずっとという訳ではありませんが、彼女があなたにどうするのか興味がありましたので」

 

「……そうか。アレはお前がやったんじゃないんだな」

 

 正直、ソラがあんな事をするなんて思っていなかったから誰かが裏にいてくれれば、なんて期待していたのかもしれない。

 とはいえ、その疑いをかけられたテトテトニャンは嫌そうな顔一つしないで首を振る。

 

「ええ、現実とアンノウンが重なっていればあの程度の事は日常茶飯事になったかもしれませんね。とはいえ、そうはならなかった。……まぁ、世界をどうこうしなくても彼女は個人でそれができてしまう人間なんです」

 

「…………なんで。いくらずっとアンノウンにいたからって……」

 

「彼女はこちらの世界に適応する最も単純な方法として、こちらで適応したAI、つまり無空竜と自分の自我を混ぜ合わせたんです……」

 

「何だよソレ……」

 

 他人と自我を混ぜあう、正直、それがどんな感覚なのか理解できなかった。

 多重人格のようになるのか、思考が二つに分かれるのか。どちらにせよ、肉体的な境界線がない存在を受け入れなければいけない。

 個人という不可侵の領域を抉るような違和感に気持ち悪くなる。

 そうまでして、この世界に来たかったのか。

 

「結果として彼女はこの世界のあらゆる自由を手に入れました……それが彼女の望みだったのかは知りませんが」

 

「どうして、無空竜だったんだ?」

 

「それはきっと……自身が生み、あなた達に育ててもらったAIだからですよ」

 

「ん? ……は? ……ソラが作ったAI!?」

 

「知りませんでしたか? 彼女はライムワールドにおけるネームドモンスターのAI設計者にして、レインクライシスの作成者ですから」

 

 ガチの天才だった。

 いや、冷静に考えればアンノウンも遠回しにソラが作った訳で。

 ライムワールドでAIとNCVRMMOの作り方を学んで、元があったレインクライシスで実践し、アンノウンに到達した。

 その結果がどうしてああなったのか。

 

「無空竜……随分と苦戦していましたね。流石にあなたでも勝てませんか?」

 

「……勝てる勝てないとか……そもそも勝負にもならないだろ」

 

 条件が厳しすぎる。

 

「でも、負けたというには早いじゃないんですか。せっかく渡したソレもまだ使ってくれていないみたいですし」

 

 テトテトニャンが指をさす、それが何を指しているのかわからず、つられて腕を見る。

 そこには見覚えのある腕輪がついていた。

 

「チェンジ……リング?」

 

 いつからそこにあったのかはわからない。

 けれど、気づけばそこにあった。

 アバターを入れ替えるネルドアリアのレジェンドアイテム。

 しかし、これ一つではなんの意味もないもののはずだ。

 それを知ってか知らずかテトテトニャンは微笑む。

 

「あなたの隣には、今も、もう一人のあなたがいますよ」

 

 その言葉に反応して横を振り向こうとした瞬間。

 世界が流転する。

 

 

 

___

 

 

 

 歪む視界の先。目の前には青白い鱗を持つ竜がいた。

 左目から赤い血を濡らし、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

 吹き飛ばされた衝撃で意識を失っていたのかもしれない。

 何か夢のようなものを見ていた気がした。

 朦朧とした感覚が目覚めるように、地面の冷たさが伝わってくる。

 全身が焼けるように痛い。

 

 耳に何かが鳴り響いている、音なんてほとんど聞こえないはずなのに「立て」と誰かに言われた気がした。

 

 どうしようもなく、痛くて、辛くて、ここで諦めてしまいたかった。

 それでも、負けたくなかった。

 その声にも。

 自分にも。

 

 どんな逆境だって乗り越えられる。

 そんな人に憧れて。

 そんな人になりたくて。

 そんな人がいたから。

 

「私は──」

 

 立ち上がる。

 息も絶え絶えに立ち上がって、前を見る。

 

 目前にいるのは無空竜。

 仇敵にして。

 文字通りのラスボス。

 

 一歩、前へと進む。

 

 全身がどうしようもなく痛い。

 なのに体が動く。

 

 いつから握っていたのか、手には慣れ親しんだ黒い剣が鈍く輝き。

 

 アシンメトリーの服が靡く。

 

「────!」

 

 ただ、歯を食いしばって叫んだ。

 

 自らを定めるように。

 そうあれと。

 もう一度だけ、心の底から自分が何者であるかを叫ぶ。

 

 

「私は──ルル様だ!」

 

 

 腕には銀色の腕輪がはまっていた。

 

 

 

 


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